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オープニング 呪われし地球人たちへ

 宇宙。

 それは音楽業界に残された最後の開拓地である。

 そこには、人類の想像を絶する新しいジャンル、新しいファンが待ち受けているに違いない。そして実際、宇宙の彼方の深淵では、人類の想像を絶する生命体が、来たる音楽イベントを首を長くして待ち受けていた。

 これは比喩的な表現である。というのも、その生命体には首に相当する身体部位が無いからである。ついでに言うと、生命体と呼べるかどうかもちょっと怪しい。なにしろ、それは宇宙の誕生よりも前から存在しており、宇宙が店じまいした後でも同じだろうからだ。

 その存在、オグドル・シルは、一日前(これはもちろん地球時間に換算した便宜上の表現である。念のため)に初めて耳にした(耳は無いのだが、以下同文)、新たな音楽に愉悦を隠しきれずに触手の束をくねらせていた。この音楽というのは比喩ではない。オグドル・シルは普段、というよりほぼ永遠の時間を、周囲で従者たちが奏でるフルートの音色に身をよじり、陶酔に耽っているのである。

 その永遠のわずかな例外が、一日前に起きた時空の異変である。遥かな宇宙を隔てた岩石惑星上に生息する生命体が、身の程知らずにもオグドル・シルの召還を企て、深淵の玉座への直通通用口をぶち開けたのである。

 安寧を台無しにされたオグドル・シルは、触手を上げる労力に不平を上げつつ通用口を覗き込んだ。するとそこから奇妙な音楽が聞こえてきた。ふだん従者が奏でているフルートとはまったく違う音楽である。身じろぎの労力も忘れるほどだった。それどころか、その音楽に合わせて触手をくねらすのは実に心地良かった。

 あいにく深淵の玉座に枕を取りに戻ったとき(安寧で怠惰な生活には絶対に欠かせない)、惑星への通用口は閉じてしまった。幾星霜のこの方絶えて久しかった、新たな刺激を見つけたオグドル・シルは、通用口の向こうへ先触れに派遣した下僕に命じ、この新種の音楽をすぐにもっと送れと要求した。今もまた中性子スナックに触手を伸ばしながら、早く早くと、超空間思念で急かしている最中である。

 言うまでもなく、従者たちには新種の音楽の演奏は不可能だった。フルートしか演奏できない身体であることに加え、主の怒りに触れることを恐れて、全員病欠をとってしまったからである。


 いっぽう先触れの下僕のほうは、くだんの惑星の近所にて、主のひっきりなしの催促を意識から締め出しながら、来たる音楽イベントを同じく首を長くして待っていた。

 これは異例のことだった。首が長いのは下僕の肉体の通常形態なので、そのことではない。異例なのは下僕が待っていることである。主への服従以外はほとんど全能の力を持つ下僕は、その気になればあらゆる時空間より目的のものを探し出せるのだが、今回は主の要求があまりに異例であるために、それを生み出した惑星の原住民に再生産させる他はなかった。あいにく下僕の全能は主と同じく、生産的な活動にはさっぱり発揮されたためしがないのである。さもなければ、下僕もあのフルート吹きの一団に加えられて永遠の奉仕に駆り出されていただろう。

 そういうわけで下僕は、原住民どもに演奏をさせる準備を着々と進めているところだった。会場を隣の惑星にしたのは、その原住民は異星人に対し名状し難い恐怖心を抱くほどに進化が遅れているためである。原住民が食肉目的でもないのに大量殺戮を繰り返している、信じ難いほど遅れた惑星だが、何の手違いか主を感嘆させるほどの音楽を生み出したことは驚異だった。もっとも文明水準が文化水準と一致しない例は、下僕も多く目にしている。宇宙航行手段を確立しながら、他の惑星に出掛けてまで現地生物の狩りだの食餌摂取だのにしか能のない種族もいた。というかそもそも主にしてから、能力に見合った生産性があれば、下僕がこんな苦労をしなくて済むのだ。

 先触れの下僕はイベント会場に三本の脚で降り立つと、現地のイベントプロデューサーに会うための姿に変身した。黒い肌に二本脚の姿になった下僕は、プロデューサーと顔を合わせるなり本題を切り出した。

「余のイベントは順調であろうな」

 同じ二本脚の、緑色の肌をしたプロデューサーは、卑屈なほどの低姿勢でまくしたてた。

「それはそれはもう。会場の準備は滞りなくつつがなく進行中でございまス。開催予定日までにはまちがいなく整いまスとも、ニャルラトテップ様」

 プロデューサーは下僕が与えた権力に目が眩み、オグドル・シルに捧げる儀式とも知らず、イベントの開催に邁進している。現地人が自ら誘導されるように仕向けるのが、下僕ニャルラトテップのいつもの手口だった。自らが手を下せば遥かに簡単に目的は達成できるのだが、わざわざ他者を誘導するのは、そのほうが面白いからである。単純なただ一つの理由だがそれ以外はどうでもいいのだ。

「あの装置も、滞りなかろうな」

「もちろんでございまス。宇宙一の天才プロデューサーと呼ばれましたるこのワタシが手がけまスからには、イベントはもう成功したも同然ではありまスが。そこへもってあの装置があればもう、かつてないほどのあっと驚く一大ショーをご覧に入れてみせまスこと請け合いでございまス」

 プロデューサーはべらべらと喋り続けている。もちろんイベントの成功は予測済みだった。さもなければニャルラトテップの目には、癇癪を起こしたオグドル・シルによってプロデューサーが惑星ごと袋叩きにされる光景が予知されていただろう。

 開催予定は、その音楽を生み出した惑星、現地語で"地球"の自転周期に換算して七日後である。不快なプロデューサーの演説を聴覚から締め出したニャルラトテップは、地球語で"火星"と呼ばれる会場の惑星を見渡した。周囲では変身前のニャルラトテップに似た三本脚の作業機が、せっせと会場の工事に勤しんでいる。

 ニャルラトテップは知覚を地球へ向けた。準備期間に七日を要したのは、演奏を提供する地球人にも準備をさせるためでもある。オグドル・シルが中性子スナックを食い尽くして昼寝から醒めるまでの猶予が七日、その間に地球人には火星の心構えをさせておく。ニャルラトテップが出演のための餌を与えたとはいえ、並の地球人ならばかような宇宙神を前にしての出演など堪えられぬだろう。実際、並の地球人はオグドル・シルを目にするなり気絶した。かの出演者たちが乗り気なのは、やはり普通の地球人とは異質な種族であるせいか、それともよほど頭がどうかしているのだろう。

 と、その地球の演奏団に、新たな変化が起きたことをニャルラトテップは感知した。ただでさえ異質な者たちが恐れをなすほどの、地球でも滅多に起きない異変である。

 ニャルラトテップは満足を覚えた。準備期間が期待以上の波及効果をもたらし、当初の目的以上の収穫を予知したのである。このイベントは計画以上に、宇宙を変革させることになりそうだ。

 ひとしきり自己満足に浸り、ついでに主の怠惰を密かにバカにした後、ニャルラトテップは火星の交易都市へと向かった。銀河亜空間ネットのイベント特番で、主催者としてインタビューを受けるためである。全能の邪神といえども、プロモーションなくして業界の掌握は不可能なのであった。


 これは人類初の・・・もとい、地球人初の試みとして、二日間の宇宙フェス出演に旅立ったバンド"ザ・ファントムズ"の、驚異に満ちた物語である。

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