【第九話】 暗い森の中で
陽は海へ落ち、真っ暗な暗闇が覆っている。外灯もない森の中、すぐ先も見えない真っ暗な道を真一は用心深く歩いていた。先ほどまで町にいたのに森へと逆戻りしたのだ。それは真一を雇ったマイクの一言だった。
◇ ◇
「私は……珍しい物が好きでね」
柔らかそうなソファに腰掛けているマイクが言った。その前には真一が黙って立っている。
「若い頃は様々な場所を巡ったものだよ。譲り受けた財産もあったしな。そのおかげか、この島では一番の富豪だ。収集にも疲れたしこのまま隠居する予定だった」
今真一たちがいるマイクの家は、他の家とは比べものにならないほどの大きな家だった。他の家は隣同士と密接しているのにも関わらず、この家は庭までついた広い土地に立っていた。内装も見たこともない植物や像が置いてあり、今の言葉を現しているようだった。
「しかしだ。このイダワ島の森にフェル草の実があるという噂を耳にした。どんな物か気になり、どうしても手に入れたいと思った。……だが、もう歳だ。広大な森を一人歩けそうにもない。……この意味わかるかな、サモナー」
「……その実を見つけたら船に乗せる、そう言う意味だろ」
そう真一が言うと、にやりとマイクが笑った。
「そう言うことだ。もし見つけることができたなら、オーナーである私が乗ることを許可してやる。だが! もし、見つけることができなければ……死ぬまで私の世話するという約束をしてもらう。それにお前は珍しい格好をしている。置いておくにしろ、十分コレクションとしての価値はあるからな」
真一の袴と黒髪を見て満足そうに頷いた。
「……見つけりゃいいんだろ」
「あぁそうすれば私も文句を言うまい。ところで……」
マイクは前のめりになり、真一の様子を訝しそうに眺めた。
「サモナー、一体何をしているのだ?」
真一はマイクの顔を見ることなく、弓に弦を張り右手にかけをつけ始めた。
「準備だよ。もう陽が傾きかけてるし、このまま森に入ったら真っ暗だろ。何が出てくるかわかんねぇし、自衛のためだ」
すると、マイクは怪訝そうな顔をした。
「自衛のため? サモナーならサモナーらしく何かを召喚すればいいだろう。……あ、そうか。お前は魔力がほとんどないらしいな」
ふんと鼻で笑った。
真一は弓の状態と弦の状態を確かめ、袴の紐を結び直した。かけ袋をトートバックに入れ、中に入るひよこの様子も見た。――ひよこは窮屈な袋の中でじっとしていて、覗いた真一の目をじっと見た。
そのトートバックを肩から提げ、矢筒をたすきをかけるようにし背中に回した。そして、玄関へと向かって行く。
「おっさん」
扉を開ける前に真一は立ち止まり顔だけ振り向いた。
「俺はサモナーじゃない、萩野真一って言う名前だ」
そう言い残し、家から出て行った。
◇ ◇
「はぁしかし、シンイチのあの言葉!」
肩に捕まるヨウは、にやにやと笑いながら夜空を見上げていた。
「俺はサモナーじゃない、ハギノシンイチって言う名前だ、かぁ! ふふ、あやつ呆気に取られたような顔しとったぞ」
「うるせぇな! お前もぼうっとする暇があったらフェル草探せよ!」
足元も目を凝らさないと見えないぐらいの暗さだった。真一は地面を用心深く見ながら、頭をきょろきょろとしている。
「フェル草の実のぉ……。わしも聞いたことはあったが、実際に見たことはないの。昼に来たフェル草が生えとる場所に行くしかないの」
「お前、場所覚えてないのか? こんなに暗いと足元見るのがやっとだ」
「うーん……覚えておらんの。森を歩き回って探すしかないじゃろうな。しかし、灯りでもあればいいんじゃが……ん」
ヨウが何かを見つけた。視線を落としていた真一も何かの気配を感じ顔を上げた。
見ると木々の間から灯りが揺れている。誰かがいるようだった。しかし、灯りの動きが激しく、足音が徐々にこちらに近づいている。
「なんじゃろうな……」
「さぁ。こっちに来てるのは間違いなさそうだな。……ちょっと近づいてみるか」
灯りを目指し、暗闇の中歩を進めて行く。無音だった森の中に、足音と荒い息遣いが大きくなっていく。
そしてそれは目の前に現れた。
「わっ!」
「きゃっ!」
不意に横からぶつかり、その衝撃で真一は尻餅をついた。見ればそこに女が同じように尻餅をついていた。
暗くよく確認できないが、ローブを着ているようでフードを頭から被っている。そのフードの陰から顔がうっすらと見えた。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫?」
「え、あぁ大丈夫。あんたこそ……」
釣り目の目鼻立ちがはっきりとした顔だった。その顔に、思わずヨウが感嘆の声を上げた。
「おぉかわいい女子じゃ!」
そんなヨウの声を無視し、真一は土を払いのけながら立ち上がった。すると。
「助けてほしいの! 魔物に追われていて……お願い!」
と、女が必死の形相で言った。そして同時に真一の背中へと回りこむと、周囲を注意深く様子を見ている。
「なぜだかわからない……今までこんなことなかったのに急に魔物が現れたのよ! きっと今も……こちらの様子を伺っているはず。このままだと貴方も危険だわ!」
「ちょ、ちょっと! 魔物? あんた一体……」
「貴方、身分は何? 主魔術でもいいわ! 教えて!」
肩越しに女の顔を見ると、焦っているかのように眉間に皺を寄せ目を見開いていた。
「俺は……サモナーらしい。召喚魔術を……扱えるらしいけど」
しどろもどろで答えた。すると、女はあからさまに落胆の表情を浮かべた。顔に手を当てショックを受けているようだった。
「……そう。それは……そうなの。でも、やるしかないわね……。このまま町へ戻るのも危険だし……。私が命を張ってでも……」
なにやらつぶつぶと呟いている。真一は理解できず思わず首を傾げた。と、同時に周りに意識を高めた。女の言っていることに嘘はなさそうだった。確かに何かを感じる。見られているような、観察しているかのような、耳を澄ませば何かしらの音が聞こえる。何かがこすれるような音だ。
「シンイチ、この女子の言う通り何かおるぞ。気をつけるんじゃ……」
緊張感が漂う。何もしていないのに、背中に汗が流れ落ちてく。すると、背中の方から赤い灯りが見えた。思わず振り返ると、女が両手の手のひらで丸いボールのようなものを作っていた。ボールと言っても透明で光そのもののように見える。そこへ真後ろからバサッと言う羽ばたく音が聞こえた。
「後ろ!」
女が叫ぶと同時に振り返ると、そこには道場にいたカラスと同じ姿形をしたカラスがいた。気をとられていたせいか、振り返った時には鋭いくちばしを今にも振り下ろさんとしていた。
「あ……」
「シンイチ伏せろ!」
勢いよく振り下ろされてくるくちばし。ヨウが叫んだにも関わらず真一の動きが一歩遅い。このままでは突き刺さってしまう、そう感じた刹那、真一の目の前が赤い光の壁に覆われた。
"ボッ"
「ギャアアア!」
その壁にはじかれたように、カラスのくちばしが跳ね返された。同時に触れたためなのか、カラスのくちばしの先端から赤い炎が上がっていた。頭を振りながら再びカラスが森の闇へと消えていく。
真一はその様子を呆然と見ていた。突っ立っていると、後ろにいた女が心配そうに顔を覗きこんできた。
「大丈夫? ……あぁよかった。怪我はなさそうね。ひとまず追っ払うことはできたけど、魔物はすぐに来るはずよ! 早くこの場から去りましょう」
「あぁ……あんた一体……」
すると、女はくすっと笑いこう言った。
「私はダリィ。自衛魔術を主魔術としているわ。さぁ行きましょう」
走りながら前を走るダリィの話を聞いていた。ダリィも探し物を見つけるために森へ入ったようだった。
「……魔物が姿を現す前に早く見つけないと。このままじゃ町へ帰れないわ」
足早に森の中を進んで行く。遅れをとらないように真一もその背中を追っていた。
「あんたも探し物があるのか。何探してんの?」
「フェル草よ。あと少しで生えているところに着きそうだったのに……」
「フェル草だって? 俺もその場所に行きたいんだよ!」
その声にダリィの足が止まった。振り返った顔は少し怪訝そうな顔をしてた。
「貴方も、フェル草がほしいの? ……それはどういう理由で?」
「俺はフェル草自体じゃなくて、その実がほしいんだ」
「実?」
ダリィは眉をひそめた。そして、そのまま視線をはずすと考えるように口元に手を当てた。
「……そういえば噂は聞いたことあったわ」
「じゃあやっぱりあるんだな。その場所まで連れてってくれないか。邪魔はしねぇから」
「……フェル草目当てじゃないのなら……連れて行ってもいいわ。その代わり、フェル草には手を出さないと約束して」
そう言うと真一の返事を待たずに再び森の中を走り始めた。
「あぁ約束する。じゃあよろしく」
荷物を担ぎ直し、その背中を追うように走り始めた。
暗い森の中、ダリィの姿が赤い光によってぼんやりと確認できる。先ほど見せた赤い光を作っているのか、背中からは確認できない。がそのおかげである程度周りの様子が伺えるようになった。昼間と同様に細い木々が生え、その間を闇が隙間なく埋めている。何を目印に走っているのかわからなかったが、ダリィは迷う仕草も見せずに黙ったまま走り続けていた。