【第七十話】 集結
真一の詠唱と同時に、握られていた証が発光し指の間から光が漏れる。それは虹色のような輝きとなり、一斉に真一の手のひらから飛び出し浮遊した。
一定間隔で浮遊していた証は突然砕け散った。が、同時に光が人型のように濃くなり一気に強い閃光を放つ。
全員が光を手で遮る。――しばらくすると光が収まった。
ゆっくりと――目を開ける。
――そこには真紅のローブを着た、四人の統治者たち立っていた。
四人はイッチ姫の姿を認めると、すぐに跪き頭を垂らす。
「イッチ姫様、ご無事でなによりです」
――額に青色の宝石、シトモンだ。ライトには気づいていないのか、顔伏せたままだった。
「ご無沙汰しております」
――額に赤色の宝石と無精ひげに赤い色のターバン。一人異様な格好の統治者、トトロイ。その肩には赤羽の使魔、トトもいる。
「姫様のご無事、本当に嬉しく思います」
――額に黒色の宝石、ガナオンだ。長い金色のウェーブした髪が美しく艶やかだ。
「オディ参りました」
――額に黄色の宝石、オディである。スキンヘッドの頭は、トトロイの次に目がいく存在だ。
そんな四人の統治者たちを前に、イッチ姫はにこやかに答える。
「皆、よく来てくれました。ですが今、じっくりと話している時間はありません。そして、貴方達を召喚したのはシンイチさんです」
ようやく統治者たちが顔を上げた。それぞれ、別々の反応だった。
シトモンは真一を見たあと、すぐ隣にいるライトを見るや否や立ち上がり傍に寄る。
「ら、ライト! 目……目は治ったのか!」
「はい、父上。……色々ありまして……ですが今説明をしている時間はありません。どうかご協力いただきたいのです」
トトロイは腕を組み、にやりと口元を歪めた。その視線の先にはリオがいる。リオもトトロイのその姿に少しだけ微笑み頷き返した。
ガナオンはその場にいる者の顔を一通り眺め、再びイッチ姫へと視線を戻す。
オディは真一を睨みつけたが、ライトを見つけるとすぐに目を見開き驚きの表情へとなっていた。だが、すぐにイッチ姫へと視線を移す。
「……イッチ姫様。このように統治者を一斉に召喚されるということは、異常事態ということであります。この場合のみ、統治者の身体は元の場所へとは戻りませぬ。余は、イッチ姫様の手となり足なります故、何なりとご命令ください」
「ありがとう、オディ。……皆、今から言うことをよく聞いてください」
その場にいる全員の視線がイッチ姫へと集まる。
雨音が強くなる。その雨音にも負けない姫の声が響いた。
「私の意思と身体が……ダック公爵に乗っ取られつつあります」
「な、なんじゃと!」
肩に乗るヨウが声を張るが、イッチ姫は続けた。
「今は私の意思ですが、いつまた、ダック公爵に操られるかわかりません。以前にも乗っ取られ操られたことがあるようですが……記憶がないのです。どのようにしてダック公爵が私を乗っ取っているのかは不明です。また乗っ取られた後、ダック公爵が何をしようとしているかもわかりません」
「……つまり、やはりダック公爵は……黒、ということですか?」
トトロイは腕組みをしたまま険しい表情だった。トトも真剣な表情で姫を見つめる。
「えぇ間違いありません。……王が無事かどうかも……わかりません」
統治者全員の顔色が曇る。イッチ姫もぎゅっと拳に力を入れ、言葉を振り絞った。
「……もし、王の身に何かあり、私の身体が完全にダック公爵に乗っ取られてしまった時……。その時は、皆の力でダック公爵を討ち取り、力を合わせてアラウ国王の発展に尽力してください。何より……ぞんざいな扱いをされてきたサモナーの人々に光を与えてください。そして、エルモ国との対話による関係修復を……」
言葉の途中突然――イッチ姫が目を見開き、そのまま倒れてしまった。ヨウも思わず空中に浮遊し、姫を見下ろす。
「ひ、姫?」
だが、返事がない。近寄ろうとするヨウだったが――トトロイが叫んだ。
「待て!」
びくっとして止まるヨウ。一方で、トトロイは舌打ちをしてトトに目で合図を送る。
「チッ! トト、少しでも足止めをしろ! 危険だと判断したらすぐに逃げろ!」
「わかった!」
そう言うとすぐに腕を伸ばし始めるトト。そして、トトロイはオディに向かっても叫ぶ。
「オディ! 移動魔術で足止めをしてくれ!」
「余に指示をするな! ……どこまで持つかわからぬ、さっさとしろ!」
「頼むぞ……!」
リオも何かを感じ取ったのか、倒れているマスクを担ぎあげる。シトモンはライトに近寄ると、肩を抱き外へと走り出そうとした。
「ち、父上? イッチ姫様は一体……!」
「いいから逃げるのだ! イッチ姫様はおそらく……乗っ取られた」
「えっ!」
押し出されるように外へと逃げるライト達。
ガナオンは呆然と立ち尽くす真一に近寄る。
「シンイチくん! 早く逃げなさい! 姫様が目覚める前に!」
「乗っ取られた、のか?」
「いきなり気を失うなんてそれしか考えられない! ……早く!」
せっかく出会えたのに。
唇を噛む真一だったが、今は離れるしかない。
見るとヨウはまだ姫のすぐ近くにいた。呆然と姫を眺めている。
「ガナオンさん先に逃げてくれ。俺はヨウの奴と一緒に行く」
「わかったわ。……トトロイ、行きましょう」
ガナオンはトトロイの短いローブを引っ張って出るように促す。トトロイもヨウの姿を黙って様子を見ていたが、身体を翻した。
「シンイチ! ダック公爵はどこにいる!」
「俺は知らねぇけど、リオとライトが最後に会ってる!」
「わかった! お前も早く来い!」
「あぁ!」
トトロイはトトとオディを見た。二人とも腕を突き出し、いつでも魔術が放たれる状態になっている。
「……頼んだぞ二人とも」
「マスターも気をつけて!」
「……さっさと行け!」
その言葉を聞いて、トトロイとガナオンはライト達の背中を追った。
立ち尽くしている真一に対し、苛立った様子でオディが叫ぶ。
「貴様! さっさと行かぬか! 余の邪魔をしたいのか!」
イッチ姫に近づく真一。それはヨウがいるからなのだが、オディは見えないため邪魔でしかなかった。
だが真一はその場から逃げず、ヨウに言葉をかける。――ヨウは目を見開いたままの姫を呆然と見ていた。
「ヨウ」
生気のない姫の瞳を食い入るように見るヨウ。先ほどまで見せていた笑顔などそこにはなく、まるで人形のように倒れている。
「さっき姫様は言ってた、自分が恐ろしいって」
ヨウは伸ばしかけていた手を止めた。
「自分が何を言って何をしているか、わからないのが恐ろしいんだって。……たぶん、今も乗っ取らないように必死に抵抗してるんだ」
だからすぐに起きない――そう真一は思った。
「ヨウ。俺たちにできるのは、早くダック公爵の手から姫様を解放してやることしかねぇんだよ」
ヨウは小さな手で握りこぶしを作り力を込める。そして、ようやく真一の方に振り返った。
「……わかっとる」
今にも泣きそうな表情で、のろのろと真一へ飛んでいくヨウ。すると――いきなり姫が立ち上がる。だが、俯いているせいで表情まで見えない。ヨウは思わず止まり振り返った。
「……姫?」
近寄ろうとした時――真っ直ぐ姫の腕が伸びた。そして、ゆっくりと顔を上げていく。だが――そこに以前の姫の表情はない。虚ろな目をした無表情の姫だった。
「ヨウ! 逃げろ……!」
真一の叫び声と同時に、姫の身体が後方へ吹き飛んだ。そのまま本棚の中に飛び込む。
「君たち! 早く逃げなよ! 危険だよ!」
トトが施した魔術のようだった。
「すまねぇ! ……ヨウ、来い!」
真一は飛んだ先を見るヨウを無理掴み走り出す。
が、すぐに倒れた本棚がまた吹き飛んだ。何事もなかったように姫が立ち上がっている。
「姫様、少々失礼致します!」
邪魔がいなくなったオディはすぐに魔力を込める。
「アビシャス!」
大きな円状の黄色の空気の歪みは、そのまま姫を捕らえた。姫の周りには電流のように、光の帯がまとわりついている。
だが、姫は顔色が変わることなくそれを振りほどこうとしている。少しであるが、腕が動いていた。
「……さ、さすが姫様……魔力が凄まじい方だ。……だが余の魔力も侮れませぬぞ」
スキンヘッドの頭に血管が浮き出ると、また円状の黄色の空気の歪みができて、姫を二重に覆った。
ひたすら歯を食いしばり足止めをするオディ。
「僕もわずかだけど……アビシャス!」
トトの手のひらから、細い線のような光が放たれると、それは蛇のように姫の手首足首にまとわりついた。
黄色の光が電流のように姫を覆っている。
「……姫!」
それでも姫に向かおうとするヨウに、思わず真一は頭を叩いた。
「馬鹿野郎!」
「な、何するんじゃい!」
「よく見ろ!」
ヨウの顎を掴み、固定する真一。
「あれは姫様であって、今は姫様じゃねぇんだ! 操られてるんだよ!」
「じゃが、姫であることは間違いない! 呼びかけたら戻るかもしれん!」
「戻らねぇよ! 戻ったら自分のことを恐ろしいなんて言うかよ! いいか、姫様にとってお前が一番傷つけたくない相手なんだよ! なんでお前地球に来たのか、忘れたのかよ!」
ハッとするヨウ。
――待っているから。
走馬灯のように姫の顔が蘇る。
「俺らが向かっている間、姫様は一人で戦ってたんだよ! だったら早く解放してやりてぇだろうが! てめぇがふぬけてどうするんだよ!」
ヨウは真一の手を振りほどき、肩に捕まる。
そして、しっかりとした声と目で真一を見据えた。
「すまん。わしがしっかりせねばならんかった。ありがとうシンイチ」
「……ったく。急ぐぜ」
雨の中、再びアラウ城へと戻る真一たち。
肩に乗るヨウは振り返り、身動きの取れないでいる変わり果てたイッチ姫を遠く眺めた。
――姫。必ず助ける。もう少しだけ、辛抱してくれ。
いよいよ最終章となりました。
今回の話はシーンに登場する人数が多かったので読みにくかったかもしれません。私の力不足です、申し訳ありません。
もう少しだけお付き合いいただきましたら幸いです。