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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第七章 アラウ城
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【第六十九話】 つかの間の休息

    ◇    ◇


 こんなに全速力で走るのは久しぶりなのかもしれない。

 ライトは必死に息を吸いながら、肺が痛くなるのを感じていた。だが、足を止めるわけにはいかない。振り返るのも怖かった。

「頑張れライト! 絶対に止まってはならんぞ!」

 後ろから付いてくるヨウも羽根を必死に羽ばたかせていた。

 後ろを振り返る。――少し間を開けて、エルモ人がマスクを担いで走っている。その後ろからダック公爵が追ってきそうな気配はない。

 だが止まるわけにはいかない。三人が力を合わせても、あのダック公爵相手ではわからない。やはり――。

「シンイチ……姫……!」

 二人の力が必要だった。

 一番後ろを走るリオ。マスクを肩に担ぎ走る。

 重くはなかった。だがやはり走りづらい。何より後ろから嫌でも感じる殺気に、足がもつれそうになる。

「落ち着け……こちらへ向かっている気配はない……落ち着け……!」

 槍を握る手に力が入る。一方で、担いでいるマスクはだらりと力なく、意識を失ったままのようだった。


「あの扉を出ればロビーじゃ! 外に繋がっておる!」

 前を走るライトにヨウは叫ぶ。少し先に扉が迫っている。

「……はい!」

 短い返事をするだけで精一杯だった。苦しい。

「もうすぐじゃ! 頑張れライト!」

 止まりそうになる足をヨウの声が防ぐ。ライトは歯を食いしばり、何とか息苦しさを堪え走った。


 そして――。


    ◇    ◇


「外へ! 早く逃げるんじゃ!」

 なだれ込むように入って来た三人を前に、真一とイッチ姫も慌てて外へ出て行く。

 勢いよく城の門を開け、そのままアラウ城前の橋を渡りきる。雨が相変わらず激しく降り続いていた。ヨウがある建物を指差す。

「ひとまず、あの城の中に行くんじゃ!」

 それは黒塗りの城――ダック公爵の城であった。先頭を走る真一とイッチ姫は一目散に走る。が、その城の扉が開いている雰囲気はない。――すると、イッチ姫が走りながら両手を前に突き出した。鋭い眼光の先には黒塗りの城。

「シント!」

 詠唱と共に、強い衝撃波が降り続ける雨をも吹き飛ばし水しぶきのように扉へと向かっていく。そして、ドーンという強い衝撃音と共に扉が激しく破壊された。

「……すげぇ」

 思わず呟く真一を横目に、イッチ姫は先に城へと転がりこみ素早く立ち上がる。

 続いて真一が城の中へと入る。――城の中は湿っぽい臭いがした。

 その後すぐにヨウ、ライトと続いて入り、最後にマスクを抱えたリオが入り終えた。

「はぁ……はぁ……」

 ヨウと真一の目が合う。上がった息を整えつつ、お互い頬を緩ませていく。声をかけようとするヨウに対し、真一は微笑んだまま顎を使いヨウの後ろを示した。

 振り返るとそこには――泣くのを必死に堪えようとするイッチ姫の姿があった。

「ヨウ……!」

「姫!」

 二人は飛びつき、抱き合った。

「会いたかった……! 無事で本当によかった!」

「姫も無事で……本当によかった。待たせてしまったの」

「いいえ。必ずヨウは来てくれる、そう信じていたもの」

 抱き合う二人を見て、そっと背を向ける。ようやく再会した二人を邪魔してはいけない。

 ――と、おかっぱの少女がぽーっと真一の顔に見惚れていた。思わず真一もじっと見つめる。

「……まさか」

 少女の見開いている目に違和感を覚えたが、その格好に間違いはない。ゆっくりと近づく。

「……ライト、なのか?」

 少女は言葉を発せず、ただただ真一を眺めた。目に焼き付けるかのように。

「目、見えるのか? 俺が見えるのか?」

 優しい声の主。名を聞かずともわかる。

 アラウでも見たことのない服装にアラウではいない黒髪。手に持っている弓も、アラウでは存在しない道具だろう。全てが新鮮で心を震わせる。何よりも――。

「声でわかるか? 俺は……」

「シンイチさん」

 ぼそっとライトが呟いた。と同時に、目に涙が溜まっていく。

「シンイチさん……会いたかった」

「ら、ライト?」

 膝から崩れ落ち涙を流すライトに、そっと真一が背中に手を添えた。

「大丈夫か?」

「ごめんなさいシンイチさん。私、私……シンイチさんを裏切って……!」

「何言ってんだ」

 ハッと見上げると真一はにこやかに笑っている。

「ほら、見てみろよ。やっと……ヨウと姫様が会えたんだ」

 視線の先にはイッチ姫の肩に乗り、お互い嬉しそうに微笑み合うヨウと姫がいた。

 先ほどまでの状況など忘れているかのように、二人とも幸せそうに見える。真一はそんな様子を眺めながら口を開いた。

「……あいつのあんな顔見たことねぇよ。本当に……ここまで長かった」

「シンイチさん……」

 真一はライトの腕を引っ張って立ち上がらせる。ライトのぱっちりとした目が真一をじっと見つめる。

「目、治ってよかったな」

 ぽんぽんと真一に頭を撫でられ、ライトは恥ずかしくて俯いてしまった。すると、一番扉の近くにいたリオが真一へと近づいてくる。

「……リオ。お前も無事でよかった……ってなんでマスクがいるんだよ!」

 その声にイッチ姫も近くに寄りマスクを一緒に見下ろした。

 マスクは目を閉じたまま意識がないようだった。警戒する二人にリオが咳払いをする。

「……こいつが逃がしたんだ」

「……貴方は?」

 一瞬赤髪に目をやったイッチ姫にリオは跪く。

「……エルモ国から参りました、リオ、と申します。事情あって、シンと共に行動しております」

「初めまして、私はアラウ国王の娘、イッチ、と申します。顔を上げてください」

 リオは立ち上がる。と、真一も慌ててリオの横に並んだ。エルモ人だと知ると警戒する人が多い。

「姫様、こいつは俺の友人なんだ。さっきの触媒も、こいつからもらったんだ。だからその……」

「大丈夫ですよ。今誰がどこの国か、全く関係のないことです。……それより、今まで何があったのか説明をしてもらいたいのですが」

 ほっと息を吐く真一の横で、リオは説明を始める。

「俺たちはこのマスクとダック公爵に追い詰められた。もう駄目か、と言う時になぜかこいつが逃してくれた。それで逃げる最中に、お二人に出会った、というわけさ」

「ダック公爵? 会ったのか」

「あぁ。何やら統治者がどうのこうのと、お怒りのようだったがな。よくわからん」

 ライトも加わる。

「作戦がどうとか言っていました。私を見て、統治者にどう説明するつもりだと、マスクさんを問い詰めていました」

 倒れているマスクに目をやる。

「でも、マスクさんはなぜ私がいるのかという答えをダック公爵には言いませんでした。それで……怒った公爵はマスクさんに私たちを殺せ、と」

「……でも殺さなかった、のですね」

 ヨウは肩から離れると、マスクの元に降りた。ぺたっと頬に手を当てる。

「どうする、姫。こやつの起こして事情を聞くか?」

 少しイッチ姫は沈黙した後、首を横に振った。

「……それより統治者たちにこのことを伝えましょう。私の意識があるうちに……」

「どういう意味じゃ?」

「統治者を召喚した後、説明します」

 ちらりとイッチ姫は真一を見た。それに頷いて答える。

 トートバックから四つの証を手に取る。青色、赤色、黒色、黄色――。片手にぎゅっと強く握り締める。

「インディションサモン!」


    ◇    ◇


 その頃、マスクを吹き飛ばし怒りを露わににしているダック公爵だったが――すぐに後は追わなかった。

「あはははっ! まさか、あのマスクが裏切るとはな!」

 まさに追うとした時、空中に浮いているトグから笑い声が響いた。

 睨みつけるダック公爵に怖気づくことなく、トグは腹を抱えて笑う。

「ダックの忠実な下僕かと思ったが……予想外だったな!」

「……何がそんなに可笑しい」

 笑いすぎて出てきた涙を指で拭い、ゆっくりとダックの近くまで舞い降りる。

「物事がすんなりと進むのも面白くないからな。……まぁまさかあのマスクが裏切るとは……くくくっ」

「トグ、貴様死にたいのか?」

 赤い杖から熱を帯びているような空気の歪みが発生する。

 だが、トグはそれを見ても動じず鼻で笑った。

「ふん。ダック、お前が俺を単に殺すわけないだろう。……それより、追いかけなくても良いのか?」

「もう良い。どうせ逃げる場所などたかが知れておるわ」

「いいのか? あのハギノとかいう男、統治者の証を持っているぞ。時期に統治者全員呼び出して、協力を仰ぐだろうな」

「何? トグ、証は回収したのではなかったのか!」

「……うっかりしてな。拘束し、運ぶことで頭がいっぱいだった」

 詫びる気はないのか、にやりと口元を歪め笑っていた。

 そんなトグの様子に、杖を握る手に力が入る。

「貴様……何がしたい」

「別に。……呼ぼうが関係あるまい。所詮、統治者程度の魔力。束になったところでたかが知れている。ただ問題はその後だな」

 黙り込むダック公爵。

 張り詰めていた空気が解かれたように、また、窓に叩きつける雨音が廊下に響き渡る。

「……まぁどうにでもなる。私と貴様、そして姫の力があればできぬことはない」

「ダック、俺が裏切ったらどうするつもりだ?」

 睨みつけるダックを意に介さず、にやりと笑うトグ。

 だが、すぐにダックもにやりと口元を緩めた。

「……その時は貴様を生贄に捧げ、この国を破滅させるのみだ」

「な、に?」

「私がただ使魔どもを捕まえていると思ったか? 貴様がなぜ召喚魔術の禁術のみ私に教えぬのか気になったのだ。……使魔の魂を食らえばそれ相応の知識も身についた。それだけのこと」

 トグから笑みは消え、眉をひそめ歯を食いしばる。

「ダック……貴様……使魔は兵力として使うのではなかったのか」

「さぁ……覚えておらぬな。しかし、これで私の魔術に関する知識は完璧となった。……トグ、貴様に感謝せねばな」

「チッ!」

 悔しそうに視線を逸らすトグに、ダック公爵は満足げに笑みを見せる。

「……ふふ、私に逆らおうとせぬことだ。貴様の命は私が握っていることを忘れるな……!」

 すると、ダック公爵は窓へ歩みを進め外を見下ろした。雨のせいで暗い。だが、時折光る雷に影が浮かび上がる。

 ――ダックの城から見える複数の人。

「やはり、あそこか。私が行くまでもない」

 そう言うと持っていた赤い杖の先端の球体をじっと睨みつける。

 するとぼんやりとイッチ姫の顔が浮かび上がった。

「……貴方が始末してください、イッチ姫」

 

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