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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第七章 アラウ城
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【第六十八話】 脱出

 真一とイッチ姫はなんとか部屋から脱出を試みていた。だが、やはり壁の隅々を探しても扉を見つけることができない。黙々と探す二人からは、思わずため息が漏れている。

「やはり見つけることはできないのでしょうか」

 イッチ姫の表情が曇る。だが、真一は見向きもせず手を止めない。

「俺は諦めねぇぞ。……絶対ここから出てやる」

 壁を手で叩いたり、広範囲を触っている時だった。

 急に壁全体が白いもやに覆われ出したのだ。

「な、なんだいきなり!」

 思わず二人とも壁から離れる。そのもやを見つめながら、イッチ姫ははっとした表情を浮かべた。

「もしかして……マスクの魔力が弱まったのかもしれません!」

「本当か! だったらどこかに……!」

 目を皿のように扉を探す。白いもやは壁を見えづらくする。ゆらゆらと揺れる煙を、目を凝らしながら見ていくと――。

「あ、シンイチさんこれ!」

 イッチ姫が壁の前に立ち、真一を手招きする。急いで見てみると、透けているが扉の外殻が見える。

 白いもやから浮き出るように、段々と扉が実体化していく。

「こ、これは……」

「おそらく、隠れていた扉がマスクの魔力が弱まったため、私たちの目に見えるようになったのでしょう」

 やがて白いもやは消え、扉もはっきりと見えるようになった。

 イッチ姫が扉に手をかけ、いざ開けようと試みる――が。

「あ、開かない! 鍵がかかっています!」

 体当たりを試みるも、扉はびくともしない。真一も体当たりをするが、結果は一緒で開く気配がない。

「くそ! 二重に閉じ込めていやがったのか! どうすりゃいい」

 頭を掻いて悔しがる真一。必死に考えを巡らす。

 何か手はないか――。扉を開けるにはどうすればいい――。

 ふと、思い立つ。

「あっ」

 そう言うや否や、懐から小さな袋を取り出した。

「……それは?」

 イッチ姫が不思議そうにその袋を見つめる。思わず真一は顔が緩み、にやりと笑った。

「姫様。これは俺ができる唯一の召喚魔術、それに欠かせない触媒だ」

「触媒……? というと?」

「これを使って、道具を召喚するんだ。……ちょっと待って」

 真一は触媒の粉を少し握り締めた。

 扉は木製。体当たりではびくともしないが、もっと、より強い衝撃を与えれば壊れるはず――。

 ある道具を思い出し、粉を挟むように両手で握る。そして、ぎゅっと力を込め目を瞑った。

 鉄製の腕ぐらいの柄、先は重い頑丈な円柱――。

 手の隙間から微かに光が漏れ始める。

 真一は物を思い浮かべ、カッと目を開けた。

「インディションサモン!」

 詠唱とともに両手から銀色の液体が漏れ始める。

 それらは銀色に美しく輝きながら、真っ直ぐに伸び真一の腕ほどの長さになった。先端は円柱をかたどり、徐々に光が収まっていく。そして、真一の手にも徐々に重さを増していく。

 その感触に、思わず真一はにやける。久しぶりに矢以外の召喚魔術が成功した。

 一方で、その光景にイッチ姫は言葉を失った。

「……そ、それは……一体……?」

「へへ、これはハンマー。これで扉を叩き壊してここから出る! ちょっと下がって!」

 目をパチクリさせながらイッチ姫は一歩下がり、それを確認した真一は大きく振りかぶる。

「うおらぁ!!」

 勢いよくハンマーを扉に向かって振り下ろす。ハンマーの重さと遠心力と真一の力で、木製の扉に穴が空く。

「……すごい」

「もう、いっちょだぁ!」

 もう一度振り下ろすと木の破片が派手に飛び散った。そして、そこに人一人通れるような穴ができている。

「はぁ……はぁ……こ、これで出られるぞ」

「す、すごい。一体……これは……」

 ハンマーと穴の二つを呆然と見つめる。一方で、真一は息を整えながら、大きなハンマーを床に置いた。

「……この触媒は俺の友人が作った物なんだ。この触媒は武器を召喚するためのもの。召喚された武器はとても頑丈だ」

「……武器、ですか」

 置かれたハンマーは銀色に輝いている。が、瞬く間に砂へと化した。思わず、イッチ姫は、あっと声を出した。

「だけど、あいにく俺は剣とか槍は扱えねぇ」

「……ではシンイチさんは何を武器に?」

「弓だ」

 イッチ姫は眉をひそめ、首を傾げた。

「……弓、ですか?」

「あぁ。俺、この部屋に来る前に落としちまったんだ。たぶん、アラウ城を入ってすぐのロビーのところにあるはずだ。それに、そこには統治者たちの証もある」

「統治者の証ですか……。今こんな状況ですし、皆の意見も伺いたいですね。取りに行きましょう」

 二人は扉の穴から少し顔を覗かせて、人がいないかを確認した後、一人ずつ廊下へと出る。

 外は雨が降りしきり、廊下には人の気配が全くない。

「……でも、シンイチさん。弓、という武器。それは召喚できないものなのでしょうか?」

 左右を廊下を確認しながらイッチ姫が続ける。

「いつ見つかるかわかりません。弓を触媒で召喚されてはいかがでしょうか?」

「んー」

 真一は困った表情で苦笑いを浮かべた。またイッチ姫は首を傾げる。

「……何か不都合でも?」

「これは俺のわがままなんだけど、弓はあれしか駄目なんだ。俺の大切な……地球での思い出の品だから」

 手のひらを見つめる顔は、笑っているもののどこか悲しげに見えた。

「そんな大切な物を落とすなんて、駄目だよな。代わりは……ないんだ。だから、その、姫様にはわりぃんだけど……」

 イッチ姫は大きく息を吐いた後、意地悪そうににやりと笑う。

「全く! 私は一国の姫君ですよ? ま、さ、か、俺を護衛しろ、なんて言いませんよねぇ?」

「う……」

「ははっ! 嘘です。嘘ですよ! 任せてください。私の魔術をなめてもらっては困ります。それに、シンイチさんが間違って死なれてしまっては、ヨウとも会えませんしね」

 にっこり笑うイッチ姫に、苦笑いを浮かべた。

「……変な冗談を言うのはやめてくれ」

「ふふっ。では参りましょう。どうやらここは離れの塔のようです。表ロビーへは廊下を渡ればすぐに行けます。ただしその途中、兵士が見張っている箇所がいくつもあります。私を見れば襲うことは考えにくいですが、相手はダック公爵です。……シンイチさん、離れないでください」

 マントを揺らしつつ、イッチ姫が歩き出した。一国の姫君とは思えない、頼りがいのある背中である。

「あぁ。頼むぜ」

 

 城の中を歩くが、外が雨のせいかどこも薄暗い。どこかひんやりとした空気が漂っていた。

「気のせいかもしれねぇけど」

 二人は周囲を気にしつつ歩いていた。

「兵士、一人もいねぇ気がするんだけど」

 塔の階段を下り、フロアを歩いている最中いくつか部屋があった。だが、どこももぬけの殻。人がいたという気配さえない。

「……ありえません。兵士を一人も見ないなんて……!」

 歩きながら、誰もいない部屋を追う。廊下は、真一とイッチ姫の足音と雨音が響くだけ。兵士の話し声、誰かの足音など、生活音が全くしない。異様な静けさだった。

 もうすぐ本館と繋がる扉に着こうかとする時、いきなりイッチ姫が歩みを止めた。

「ど、どうした?」

 イッチ姫はある部屋の前に立ち尽くし、部屋の中を呆然と見ている。真一も近づき部屋を見た。

 そこは食堂のような、広い部屋だった。いくつか長いテーブルが置いてあり、そこに数えきれないほどの椅子が並んでいる。

「えっ」

 その椅子に人間がいる。ほとんど全ての椅子に、人間が座っている。だが様子がおかしい。

 イッチ姫は黙ったまま、食堂へと足を踏み入れた。真一もその後を追う。

 近くで見るとその異様さの原因があった。椅子に座っている人間全てに、ずり落ちないように紐で椅子に括りつけてあったのだ。

「なんで……」

 薄暗い中よく見れば、兵士、料理人、使用人と、城の中で従事しているものばかりだった。

「おい、大丈夫か!」

 軽く頬を叩くが起きる気配はない。その顔は氷のように冷たい。

「姫様……大丈夫か?」

 イッチ姫はその光景を呆然と眺めている。叫ぶことも泣くことなく、ただ呆然と。

「ここにいたから兵士を見なかったんだ。でも、こいつらに一体何があったんだ」

「……私が……私が何かしたのでしょうか」

 動揺しているのか、細かく瞳が動いている。

「思い出せません。ここにいる全ての者は、城の従事する者たちです。どうして、どうしてこんなことに……」

「落ち着け。まだ助けられるかもしれねぇ」

 そっと肩に手を乗せる。――見た目よりもずっと華奢な身体。その小柄な身体が細かく揺れている。

「早くロビーへ行って、ヨウを探そう。みんなで力を合わせれば、きっとどうにかなる」

 何を根拠に言っているのか、真一自身もわからない。しかし、そう言わなければこの異様な光景の前に崩れ落ちそうだった。

 イッチ姫も自ら奮い起こすように、ぎゅっと握りこぶしを作り振り返る。

「……そうですね。早く探しましょう」

 イッチ姫は振り返ることなく部屋を後にした。そして、真っ直ぐ前を見据え歩き始める。


「シンイチさん」

 イッチ姫が廊下の先を指差した。――そこに少し大きめの扉がある。

「あの扉を開ければロビーです」

 そう言うと二人は駆けだした。近くで見ると、部屋の扉よりも頑丈そうである。二人は同時に扉を押し開いた

 そこはどうやらロビー二階らしかった。横を見るとらせん階段があり、一階へと繋がっている。

「あ、あった。俺の弓とバック」

 一際目立つ大きな昇り階段前に、落としたままの状態で弓とバックはあった。

 二人はそのまま一階へと降り、弓とトートバックを拾い上げる。弓に傷はなく、トートバックはちゃんと統治者の証やら中身はちゃんと揃っていた。

「よかったですね」

 イッチ姫は弱く微笑む。やはりさっきの光景が焼き付いているのだろう。表情はどことなく暗い。

「ヨウたちは、この階段を昇って真正面の扉に入っていったよ」

 そう言って、真一はたった今降りた階段のすぐ上にある扉を指差した。

「……この扉は……」

 そうイッチ姫がしゃべろうとした時だった。

 その扉が勢いよく開いた。――そこから金色のおかっぱ頭の少女を先頭に、ヨウが出てきたのだ。

「えっ」

「あっ!」

 ――この少女、まさか。

 一瞬少女の顔がほころんだのもつかの間、すぐにヨウが叫ぶ。

「姫!」

「ヨウ!」

 イッチ姫の顔が一瞬にして明るい表情へと変わる。が、ヨウは違った。険しい表情を崩さず再び叫ぶ。

「外へ! 早く逃げるんじゃ!」

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