表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第七章 アラウ城
73/77

【第六十七話】 光と闇

 ライトの思わぬ大声に沈黙が流れた。窓にあたる雨音が、妙にはっきりと廊下に響く。

「……マスクさんお願いします、シンイチさんとイッチ姫様、どうか解放してください!」

 胸の辺りで拳を作り、震えを抑えている。

「私……マスクさんがこんなことをするなんて信じられません」

「ライト様、何をおっしゃっている?」

 ふっ、と嘲笑すると、一歩マスクが前へと出る。

「私のどこをどう見て、こんなことをするはずないとおっしゃっている? 全く理解ができぬことだ」

 両手を広げふざけた様子で笑っている。だが、ライトは真剣そのもので表情を崩さない。

「マスクさんは、いつでも私を殺すことも捨てることもできたはずです。それなのに、私を殺すどころか目を治してくださいました! そんな……そんな方が、シンイチさんやイッチ姫様に対して、酷い仕打ちをするなんて信じられないんです!」

 決してお世辞ではなく、本当に思っているのだろう。ライトの目は、迷うことなく真っ直ぐとマスクへと向けられていた。

 その余りにも力強い視線に、思わずマスクは顔を背ける。一方で、リオとヨウはマスクを刺激しているのではないかと、注意深くじっとマスクを睨みつけていた。

「……ふっ」

 丁度白い仮面を向けられ、本当の表情までは読み取れない。ただ、何か鼻で笑うような声がした。

「ふははははっ!」

 突然、マスクが見たこともないような大声で笑い出した。

「ライト様! 何を滑稽なことをおっしゃる! その言い方では、まるで私が良い人間のような言い方だ! ありえぬ、全くありえぬことだ!」

 笑い続けるマスクを三人はじっと見つめる。

「ははっ! 初めてですよ。私にそのようなことをおっしゃるのは。ふふ。本当に……本当に……」

 マスクは顔を三人へと向ける。目を細め、気味悪く口の箸を持ち上げ笑っていた。

「見くびられたものだ!」

 リオは何かを感じたのか、手早く槍を両手で持ち替えた。

 と次の瞬間――マスクが目を見開き、リオに対し両手を突き出すような形になっていた。その両手の中には、黒い渦のような空気の塊が蠢いている。

 その黒い渦と槍がぶつかり合い、リオとマスク、双方が力を押し合っている。

「き、貴様……!」

 歯を食いしばり耐えるリオ。力に自信のあるリオでも腕が震えている。

「本気でライトさんを殺す気なのか!」

「黙れエルモ人! ……ライト様、貴方の視力を治したのはなぜか、お答えしましょうか」

 にやりとマスクが口元を歪めた。

「貴方が憧れていた世界、そんなもの、薄汚れたくだらない世界だと知ってもらうためですよ! ほとんどの人間が、地位や肩書き、容姿で全てを判断する。愚かな人間ばかりだ! 貴方は幸いにも視力がなかった。だけど、疎まれたでしょう? 目の見えぬ統治者の娘、手のかかる娘だと!」

「そ、そんなこと……!」

「いいえ! だからこそ、貴方はその暗闇の世界から逃げ出したかった! だからヨウを一度、私へと差し出したのですよ!」

 リオは思いっきり力を込めてマスクを突き離す。

 そして、すぐに槍を構え刃先を前を突き出した。ヨウもライトの肩から離れ、リオと並んで険しい表情でマスクを睨みつける。

「ヨウ。まだこちらへ来る気にならぬか。新たな犠牲が出ても構わぬ、そういうことか?」

「ライトを傷つけたらただではすまさんぞ」

「愚かだ。だったら早くこちらへ来い」

 今の攻撃は本気だった。ヨウは、これ以上マスクを刺激すれば、エルモ人かライトが犠牲になる――そう思った。そうなるより、最善の策はやはり――。

 だが、ライトがそれを許さなかった。

「駄目です! ヨウさん、行ってはいけません!」

「ら、ライト! お主、何を言うておるんじゃ! 今のマスクを見たであろう? 奴は本気じゃぞ!」

 だが、ライトは一歩前へ出ると丁度リオとヨウの間に立つ。視線は真っ直ぐ、マスクを見る。恐れのないしっかりとした表情だった。

「マスクさん。確かに私は、一度ヨウさんを渡してしまいました。だけど、やはりマスクさんに目を治していただいたこと、感謝しているんです」

 冷たい視線ながら、マスクも黙ってライトの話に耳を傾けている。

「確かに目が見えないことで、父上や周りの方々に迷惑ばかりをかけていました。それに、どうして私は目が見えないのだろう、どうして私なのだろうと、自問する日々でした。そんな時に出会ったのが、シンイチさんとヨウさんです」

 にこっと微笑みヨウをちらりと見たライト。

「お二人はとっても温かい人。見えなくても、感じたんです。私が盲目でもお二人は本当に、本当に普通に接してくれました。とても楽しかった。だって、盲目であることも、私が統治者の娘という肩書きも気にせず、お二人は私を仲間だと言ってくれました」

「ライト……」

「お二人が見る世界は、一体どんな世界なのだろう――そう思っている時に、マスクさんが少しの間視力を戻してくれました」

 マスクはいつの間にか両手の魔術を解いて、じっとライトを見ていた。

「本当に、本当に眩しい世界でした。だけど、それは私にとって手を出してはいけない世界でした」

「……ふっ。やはり現実はくだらない世界だった、そう思ったわけですか?」

 ライトは首を横に振った。

「……もっと強い思いが生まれてしまったんです」

「……ハギノ、ですか」

 その言葉に少し顔を俯かせ頬を赤く染める。

「眩しい世界、美しい世界――暗闇ばかり見てきた私にとって、どれも心を満たすはずでした。だけど、違ったんです。やっぱり――シンイチさんを見たかった、のです」

 ライトは真っ直ぐマスクを見る。

「マスクさん、どうかお願いします。お二人を解放してください! そのためなら、私はまた暗闇に戻っても構いません。……いいえ、命だって捧げます!」

「な、何を言っておるんじゃ、ライト!」

「目が見えるようになっても、何も満たされませんでした。……シンイチさんが助かれば、きっと私は満たされます。わがままだとわかっています。でもどうか! マスクさん、お願いします!」 

 ライトは深々と頭を下げる。それを憂い顔でマスクは眺めていた。

「……貴方は、ハギノを見たい、のではないですか?」

「……いいんです。シンイチさんが助かるならば、私はいいんです」

「ハギノのいない世界で、貴方はどう生きるのです? 貴方はまた、疎まれる存在になるかもしれぬのに、またその世界へ好んで戻る、そうおっしゃるのですか?」

 その質問に、ライトは微笑んで頷いた。

「私は私らしく生きる、それしかありません」

 その時だった。

 王の部屋の扉が開いたのだ。皆一斉にそちらへと振り返る。だが、そこから出てきたのは王ではなかった。

「……何をしている?」

 赤い杖を持ち、肩まで伸びる白髪。窪んだ目元から鋭い眼光で睨みつけていた。

「だ、ダック公爵!」

 見た瞬間、ヨウは頭に血が上るのを感じた。顔が熱くなる。イッチ姫と別れる原因を作った張本人である。だが、当の本人はヨウを一瞥したものの、すぐに違う者へと向いた。

「……どういうことだ、マスク」

 杖をつきながらダック公爵が近寄ってくる。その顔は深く皺を刻み、険しいものだった。

「なぜ、エルモ人とライト嬢がここにいるのだ! 私は、ヨウを連れ戻せとだけ言ったはずだ! 説明しろ!」

 見ればマスクは跪き、深々と頭を下げている。

「……ダック様の部屋へと向かっておりましたので、足止めをしておりました」

「違う! 私が聞きたいのは、なぜエルモ人とライト嬢がいるのか、ということだ!」

「エルモ人は、ハギノが逃したものと思われます」

「ライト嬢はなぜいる?」

「……」

 その質問に対して、マスクは頭を下げたまま何も言葉を発しなかった。

 マスクの態度が気にくわないのか、怒りに震えダック公爵の顔がみるみると赤く染まり上がっていく。異様な雰囲気に、リオも思わず後ずさりをした。片手を伸ばしライトを守る。

「マスク……もう一度尋ねる……どうしてライト嬢がいる?」

「……申し訳ございません。それはお答えできかねます」

 ダック公爵が杖を激しく床につける。

「どういうことだ! これからのことは他言してはならんと貴様に伝えたはず! それをこの場所にライト嬢を連れてくるなど、どう統治者たちに説明をするつもりだ! ……貴様、私の計画を潰す気か?」

「いいえ。そのような考え全くございません」

「信じられると思うのか! ……そうか、わかった。貴様を今一度信じてやろう」

 ようやくマスクが顔を上げた。その顔は動揺しているわけでもなく、冷めた目でダックを見上げている。

「今この場で、ヨウ以外の人間を殺せ」

 にやりと笑うダック公爵の顔を、マスクが初めて目を見開き驚きの表情へとなる。

 一方、ヨウたち三人にも緊張が走る。

「……どうした、その顔は。私に仕えるというのであろう? であれば、ライト嬢とエルモ人、双方をはよう殺せ。貴様が処分すれば説明も容易い」

「……かしこまりました」

 そういうと立ち上がった。

「トグを出せ」

 主の言葉にマスクは白い仮面を外した。そこから、にやりと笑ったトグがダック公爵を見下ろしている。

「ダック、何を焦る必要があるのだ? イッチ姫も、ヨウの契約者もいる。もう全ての役者が揃っているではないか。この二人を今殺さなくてもよかろう」

「黙れトグ。そのような小言を聞くためにお前を出したのではない。……マスクとともにトゥルメイをしろ」

 マスクの眉がぴくっと動く。

「ダック様……トゥルメイ、でございますか?」

「そうだ。どうせ殺すならばトゥルメイで魔力を生かしたほうが良い。それにトグとやればすぐ終わるであろう。こんなくだらんことに時間を割くことはない。さっさとしろ」

 マスクはポケットから二つ、小さな小瓶を取り出し目の前に置いた。それを見たトグは、すぐにマスクと三人を挟むような形で移動した。

「トゥルメイ? 何をするつもりじゃ!」

「まぁ知らなくて当然だ。この魔術は俺とダックで考案した禁術だからな」

 にやりと笑うトグを見て、ヨウは再びダックを睨みつける。

「ダック! どういうことじゃ! 姫はどこじゃ!」

「うるさい喚くな。心配せずとも、姫のところに連れてってやろうと言うのに」

「何?」

「だが、貴様が駄々をこねるから余計な犠牲が生まれる。全く愚かな使魔よ」

「どういう……!」

 ヨウが飛び立とうとした――だが、何か壁のような見えないものが目の前にある。それはライト、リオにも同じようだった。

「こ、これはどういうことですか!」

「何かに囲まれている! ここから動けん!」

 パントマイムのように、なにもない空中を叩いている。だが、それは三人をぴったりと逃がさぬように四方を取り囲っていた。リオが押したり、叩いたり、槍で叩いたりしたもののびくともしない。ライトも何か必死に叩くが駄目だった。

 マスクが両手を広げる。やがてそこから青白い渦がだんだんと大きくなっていく。

 何か悪いことが起こる――それはライトの身にもひしひしと伝わっていた。

「マスクさん! 出してください! ……っ!」

 マスクの様子にはっとした。

 それはリオもヨウも、気づかない些細なこと。ライトは見た。

 一瞬、ほんの一瞬だけ――マスクが俯き、歯を食いしばり、何か苦悩するかのような表情を浮かべた。

 冷たい――それがライトが盲目の時から抱いていたマスクの感想だった。声や手の感触、その存在さえも、冷たい――何も受け付けない冷酷さを持つ人間。それは、目が見えるようになって、初めてマスクを見たときもイメージ通りの人物だった。

 だが、ライトはマスクに恐怖心を抱きつつも、どこか自分に似たようなそんな気がしていた。

 ――あの仮面をどうしてつけているのだろう。

 ずっと疑問だった。あの下に大きな怪我の跡があるのも知っていた。しかし白い仮面は、マスクに対する恐怖心をより煽っている。まるで、人との交流を遮断するように――。

「マスクさん……」

 そんなマスクが、今、初めて、目の前で苦しい表情を浮かべている。白い仮面の壁も超え、どうするべきなのか悩み、答えが導き出せず躊躇していた。それを一瞬、マスク自身が発信したのだ。

 マスクが自分を逃がさず殺さず手元に置いていた理由――そんな考えがライトの頭を突き抜けた。

「マスクさん……シンイチさんとイッチ姫様をお願いします」

 ライトは微笑んだ。

「な、何を言っている……」

 思わぬライトの言葉に、マスクは言葉を詰まらせた。

 そしてライトは足掻くこともやめ、ただ祈り始める。

「マスク! さっさとやらんか!」

 ダックが鬼の形相で睨みつけていた。我に返ったマスクは再び両手に魔力を込める。

 すると、マスクが三人の目の前までゆっくりと歩いて行く。

「……」

 トグがじっとマスクの様子を見下ろしている。

「……ライト様」

 マスクの呼びかけに目を開けた。一方、リオとヨウもやってきたマスクを睨みつける。が、そんな二人を見ることもなく、マスクはじっとライトを見つめる。そして、小声で囁いた。

「この場からお逃げください」

「えっ」

 マスクが浮かび上がっているトグに目で合図を送る。それに対し、ふっと鼻で笑いトグが魔術を解いた。

 その瞬間、三人を囲っていた壁がなくなった。自由になったことを確認したリオが、すぐさまライトの手首を握り下り階段へ向かって走り出す。

「逃げるんだ!」

 リオがライトに向かって叫ぶが、ライトはマスクから目を離さなかった。

 一方、ダック公爵の怒りが爆発した。

「貴様ぁ! 私に歯向かうのだな! もういらぬわ!」

 赤い杖をマスクへ向けると同時に、マスクが壁へと吹き飛ぶ。その威力が凄まじいようで、ぶつかった壁から石の破片が飛んでいく。

 マスクは声も出さず、がっくりと首をうなだれた。

「マスクさん!!」

 ライトの叫び声に、顔だけ振り返ったリオが小さく舌打ちをする。

「くそっ! ライトさん、先に逃げろ! とにかく外へ出るんだ!」

 そう言うや否や、ライトから手を離し風のようなスピードでマスクの元へ駆け寄り担ぎあげた。

 ライトは言われるがまま階段を下り始める。すぐ後ろをヨウが付いて行く。

「私から逃げられるとでも思っているのか!」

 リオはダック公爵を見ることなく、ライトたちの後を追いかけた。

ぎりぎり書き終えました。

次も頑張って一週間後に投稿しようと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ