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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第七章 アラウ城
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【第六十六話】 味方

 お互いに驚いたままの表情で、固まってしまっている。その横で冷めた様子のマスクが沈黙を破った。

「いつまでそうしているおつもりか?」

 その言葉にハッとしたのはイッチ姫で、咳払いをして、くるりと真一に背を向けた。

「ハギノ、しばらくこの部屋でじっとしていろ。……逃げ出そうと思わぬことだ。まぁイッチ姫様がよくご存じだろう」

「何?」

 一歩下がり、マスクは深々とイッチ姫におじぎをする。

「では失礼致します、イッチ姫様」

「ちょ、待て!」

 慌てて真一は手を伸ばしたが、一瞬でマスクとトグはその場から消えてしまった。

 ――結局ライトが無事なのかわからなかった。

 小さく舌打ちをして振り返ると、目の前にイッチ姫が腕組みをして仁王立ちしていた。

「うわっ!」

「うわ、じゃありません!」

 思わず真一は後ろに尻餅をついた。

「な、何だよ、いきなり!」

 近くで見てもやはり美しい顔だった。凛とした綺麗な肌。姫と呼ばれる割には、どこか精悍さがある。

「先ほどのマスクが言っていたことは本当なのですか?」

「あ、あぁ。本当だよ」

「ヨウは……無事、なのですか?」

 精悍さがなくなり、目を潤ませ心配そうな表情へと一変した。あまりの表情の変化に、真一はどきっとした。

「あ、あぁ。……たぶん」

「……たぶん?」

 真一の言葉に、またイッチ姫の表情が一変した。

「たぶんとは何ですか! だいたい、貴方が契約者であるなら、どうしてこの場にヨウがいないのですか!」

「それは……」

「もしも、ヨウの身に何かあったらどうするおつもりなのですか! 貴方はそれでも契約者なのですか!」

「ちょっと待った!」

 大声でイッチ姫を制止した。ハッとした表情になったイッチ姫は、また真一に背を向けた。束になった金色の髪が揺れる。

「……取り乱しました」

 はぁと真一はため息を漏らした。

「……貴方がヨウを心配するのはわかります。ヨウも、貴方のことをずっと、ずっと心配していましたよ」

「ヨウが……私を?」

 落ち着いた様子で、ゆっくりとイッチ姫は振り返った。大きな瞳が真一を見つめる。

「俺とヨウは……まぁ事故みたいな形で、使魔と契約者の関係になったんだ。それからずっと、貴方を目指してアラウを巡って来たんだ。貴方にヨウを返す、その目的のために」

「そう……だったのですね」

「ヨウの奴、俺と出会う前の記憶を忘れてたんだけど、途中思い出して……。それからより一層、貴方の事心配してたよ」

「では、えっと……」

「あ、俺は萩野真一って言います」

 そう言われたイッチ姫は微笑んで答えた。

「シンイチ様、ですね」

「様はちょっと……普通に呼び捨てでいい」

「ではシンイチ、貴方もヨウと私のことをご存じ、ということですね?」

「あぁ……だいたい話は聞いてる」

 改めて思えば、ここまで来るのに永い永い時間を旅してきた。今この目の前にいる人物に会うために、ヨウと一緒に旅を始めたのだ。だが、会うべきはずのヨウがいない。

「ヨウと姫様……大変だったな」

 二人に何もなければ、真一がアラウに来ることもなかった。ヨウとイッチ姫との関係も、そのままだっただろう。

「ヨウは……簡単にくたばるやつじゃねぇ。だから絶対生きてる。何より、一番あいつが姫様に会いたがっていたんだ。くたばるはずがない」

 何か言い聞かせるように言う真一に、イッチ姫は優しく微笑む。

「そうですね。私もそう思います」

「……ところで」

 真一は改めて部屋を見回した。

「この部屋はなんだ? 窓があるのに、扉が見当たらないんだけど」

 ソファの後ろに、同じく外から鉄格子のしてある窓があった。相変わらず雨が降っている。

 しかし、あるはずの扉がない。四角い部屋の壁には一つ窓があるだけで、扉らしいものが見当たらなかった。

「先ほどマスクが言っていましたでしょう? この部屋はあの者の魔術のせいか、扉を消されているのです」

「そんなことできるのか」

「まぁ、消す、と言っても、扉そのものを消しているわけではありません。そのような魔術はありませんから。おそらく、彼はイシャイナーなので私たちの目に何か魔術でもかけているのでしょう」

「目に?」

「扉だけ一時的に見えなくさせる……。まぁそのような魔術、本当にできるか疑問ですがあり得る話です。ひとまず、この部屋から出ることはできません。私の移動魔術さえ効きませんから」

 はぁと大きなため息を吐いた。

「姫様は、移動魔術を使うのか」

「えぇ。ですが、この部屋。極端に雷魔元素がないようです。魔術をしようにも力が入らずできないのです。……情けない話です」

 また大きくため息を吐いたイッチ姫に、真一は首を傾げながら尋ねた。

「その前に、なんで姫様はここにいるんだ? というか、この部屋で何してんたんだ?」

「私は……」

 何か思い出そうとしているのか、呆然と視線を床に落とし眉をひそめている。

「……なぜこの部屋にいたのか、思い出せないのです」

「え、どういうことだ?」

「……シンイチ」

 真面目な表情で真っ直ぐイッチ姫が真一を見る。

「今から言うことは、この国の存亡に大きく関わることです。……それでも聞きますか?」

 とても冗談とは思えぬイッチ姫の言葉の重み。今から何が言われるのか。おそらく、それを聞いてしまえば命が危ない、だからイッチ姫はあえて言う前に聞いたのだろう。だが、真一の答えなど決まっている。思わず笑みがこぼれた。

「何を今更。もう何度も危ない目に遭ったよ。それで、姫様の身に何があったんだ?」

 真一の言葉に、イッチ姫も少し頬を緩める。

「聞いてくれるのですね……。実は、今私のこの身体と意思は……私のものであって、私のものではないのです」

「……は?」

 言葉が出ない。

 ――私のものであって、私のものではない? どういう意味だ?

 言葉を反芻しても答えが出ない。それを察したのか、イッチ姫は続けた。

「私自身も気づくのに時間を要しました。ヨウを異世界・チキュウへ飛ばした後のことです。ダック公爵が魔術を使い……私の身体と意思を乗っ取ったのです」

「な……何だって! そ、そんなこと……」

 できるはずがない、そう言葉を続けようとするが、それを制するようにイッチ姫が首を横に振る。

「嘘ではありません。事実、私の記憶も曖昧で、突然意識が飛んでしまうことも度々ありました。何より、ダック公爵自身がそう言ったのです」

「ダック公爵本人が?」

「えぇ。この部屋へ来る前の記憶は、椅子に手足を縛られ、目の前にダック公爵がそのように言った記憶です。……そこからどうやってこの部屋へ来たのか、思い出せません」

 イッチ姫は自らの腕を抱き、今にも泣きそうな表情だった。

「私は自分が恐ろしいのです。記憶がない間、私は誰と会い、何を言ったのか。私自身、ヨウと別れてから一度も王とはお会いしていません。……もしかすると、私が王に良からぬことを何か言ったのではないかと思っているのです。でも……それさえも思い出せない!」

 そう叫ぶと、イッチ姫は膝から崩れ落ちた。手のひらで顔を覆っている。真一も跪いた。

「姫様……ずっと、怖い思いをしてきたんだな。それを誰にも言えないで……」

 そっと腕を伸ばし、イッチ姫の背中を摩った。

「大丈夫だ。俺とヨウは、何があっても必ず姫様の味方だよ」

「シンイチ……」

「だから、まだ間に合う。記憶がない間、何が起こったのか知るのも怖いかもしれない。それはもう変えようのない事実だ。だけど、今からは違う。もう姫様一人じゃない。俺とヨウ、それに仲間もいる。統治者だってそうだ。事情を知れば、みんな味方になってくれる」

 真一は立ち上がり手を差し伸べる。

「だからこのことをヨウに、他のみんなに知らせるんだ。まずはここから出ないと」

「シンイチ……そうですね……」

 イッチ姫は涙を拭い、真一の手を握った。そして立ち上がる。

「どうにかして部屋から出ましょう。ダック公爵の操り人形にはなりません!」


   ◇    ◇


 一方、ヨウ、ライト、リオの三人は部屋から出てアラウ城の廊下を進んでいた。頼りになるのは、ヨウの記憶だけだった。実際、どこに真一が捕らえられているのかもわからない。ましてや、いつ兵士たちが飛び出てくるのかわからない。――しかし。

「……どうして兵士が一人も出てこんのかのぉ」

 ライトの肩にヨウが乗り、ライトが前、その後ろにリオがついて歩いていた。

「そういえば、一人も兵士の方を見ませんね」

 アラウ城に入ってからというものの、出会った兵士はリオが捕らえられていた地下だけだった。

「ライトさんの部屋に入る前に、五、六人の兵士に追いかけられたが?」

「あれは、無限回廊の一つの罠なんです。兵士がいるように見えますが、実際は幻です。……あの回廊は侵入者の体力を奪うためのものですので」

「なんだ、そうだったのか……。気付かなかった」

 唸るリオを尻目に、ライトとヨウは話を続けた。

「おかしいの。もっと兵士はおったはずじゃが」

「というより、人気を感じないですね」

 静かな廊下に、三人の足音が響いている。時折、外からは雷鳴が轟く。

「……何か兵士の身にもあったのかもしれん。やはり急がねばならんの。ひとまず、王の元へ行こう。何か知っておるかもしれん」

 王の部屋への道。ヨウは進みながら、嫌でもイッチ姫と別れるときのことを思い出せずにはいられなかった。王の部屋までもう目の前と言うときに、マスクとトグ、そしてダック公爵が現れた。そんなことを思い出すためか、嫌な予感がしてならなかった。

 ふと、ある部屋が目に留まる。

「待ってくれんか」

 その言葉にライトの足が止まり、釣られてリオの足も止まった。

「おらんとは思うが、一応見ておきたいからの」

 そう言ってヨウは背中の羽根を羽ばたかせながら、扉が開け放たれている部屋の前まで行った。

 そこはイッチ姫の部屋だった。だが、その部屋は薄暗く人がいるような気配は感じられない。ただ虚しく、窓に雨が激しく当たる音のみが響き渡る。

「……すまん。行こう。すぐそこの、螺旋階段を昇った先に王の部屋がある」

「わかりました。……リオさん、あそこの螺旋階段を昇ったところに国王がいらっしゃる部屋があるそうです」

「そうか。もうすぐだな」

 再び歩み始める三人。

 階段前にも兵士はいない。気にせず昇り始めるライトとリオだが、一人、ヨウだけが違和感を感じずにはおれなかった。

 姫と別れる場面が、走馬灯のように蘇る――。

 まさに今、階段を昇り終え階段から何歩か進んだ――その時だった。

「ライト様。このような場所にどのようなご用件で?」

 振り返るといつの間にかマスクがいた。白い仮面をつけ、見える半面の顔は笑っているように見える。

「おかしいですね、部屋でお待ちいただくように言ったはずですが」

 見る見ると顔から笑みなど消え、冷たい視線を三人へと向ける。

「おまけに、エルモ人までいるとは……もしやライト様、無限回廊の魔術を解かれたのですか?」

「貴様、シンはどうした!」

 青ざめるライトの前に、すぐにリオが出た。槍の刃先をマスクへと向ける。

「答えろ! シンはどこだ!」

「黙れエルモ人。この際、貴様に用はない。……ヨウ、イッチ姫様とはお会いになったのか?」

 何か蔑むような目線でヨウを見る。

 一方で、ヨウはマスクからイッチ姫という言葉が出たことで一気に爆発した。

「気易く姫の名を呼ぶな! 貴様、何を考えておる! シンイチと姫はどこじゃ!」

「その様子では会っていないようだな。まぁ会えぬだろうな」

「どういうことじゃ!」

「……よく考えろヨウ。ハギノとイッチ姫様、二人とも俺が預かっているその意味を。そこまで馬鹿ではあるまい」

 にやりと笑うマスク。

「……何が目的じゃ」

「ヨウ、お前が大人しく捕まってくれれば問題ない」

 拳を握り締めヨウは睨みつける。一方、マスクは涼しげな表情を崩さない。二人の間に流れる沈黙に、リオも構えるだけでその場から動けないでいた。

 シンイチとイッチ姫。その二人の居所がわからない以上、知っているマスクから吐き出す方法以外見つけられない。

 二人が無事ならば――そう思い、ヨウが口を開こうとした。

「マスクさん! どうしてですか!」

 身体を微かに震わせながら叫ぶ、ライトの声が廊下に響いた。


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