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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第七章 アラウ城
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【第六十二話】 救出

    ◇    ◇


 どれぐらいの時間が経ったのだろう。

 空腹は限界に達し、もはや足掻く気力さえもなくなりそうだった。立つことも困難で、壁に貼り付けにしている手錠のため座ることもできない。手錠は手首に食い込むばかりで、痛みさえも感覚がない。自分が本当に生きているのかさえも、わからなくなりそうだった。

 ただ一つ、リオをなんとか生き長らえさせている要因は、真一の存在とライトの行方。それだけは知らねばならないと、なんとか自分に言い聞かせていた。

「……?」

 何か、遠くの方から物音が聞こえて気がした。幻聴かもしれない。警戒する気力も起きず、ただただ耳を傾けるしかなかった。

 足音らしき音がゆっくりと近づいてくる。

 今度は一体どんな拷問を仕掛けてくるのか……。


 リオの意識は遠のいてゆく。


    ◇    ◇


 呼吸をする、そんなことさえも普通にできない緊張感。少しでも音を出さないよう、慎重に慎重に進んでいく。

 それはヨウも同じようで、肩にしがみ付いたきり全く動かない。じっと前を見据えたまま固まっている。弓に力が入り、岩壁の冷たさが手に伝わる。心臓が喉から飛び出そうなほど暴れ回っていた。

「……誰か……おるぞ」

 突然ヨウが囁いた。びくっと驚きながら真一は一度足を止めたのの、一度深呼吸をし、懐にある触媒の入った袋に手を伸ばす。そして再び、忍び足でじっくりと進む。

 少し先の壁が途切れていた。そこに牢屋のような鉄格子が見えた。ゆっくりと近づいて行く。

 そこにいたのは――。

「り……リオ!」

 ぐったりと張り付けにされているリオの姿だった。思わず鉄格子を握り締め、もう一度真一は声を張る。

「リオ! しっかりしろ!」

 気を失っているのか、声に反応がない。

「くそ!」

 声を押し殺しつつも、思わず舌打ちをする。力いっぱい動かそうとするものの、びくともしない。

「シンイチ、鍵じゃ。どこかに鍵があるはずじゃ」

 我に返った真一は薄暗い辺りを見渡す。狭い廊下にはドアなどない。進むしか道がないようだった。

「リオ……死なないでくれよ」

 ぐったりとするリオに向かって囁くと、再び弓に力を込める。薄暗い廊下の先を見据え、再び忍び足で進みだした。


 どれだけ進んでいるのかわからなかった。右手で持つ弓を力いっぱい握り続け、冷たいごつごつとした岩肌の壁に背中を向けつつ忍び足で進む。今歩いてきた廊下、そして廊下の先、交互頻繁に顔を向ける。人一人がなんとかすれ違いできる狭い廊下は、真一の擦れる衣類の音しかしない。

 僅かづつではあったが、奥に見える僅かな灯りに近づいているようだった。

 その時だった。灯りのすぐ右の壁から明りが洩れたのだ。

「……シッ。シンイチ止まれ……!」

 ヨウの声と同時に真一の足と息も止まる。

 ドアがあったようで、明りが四角く暗闇に映る。

「……ゆっくり構えるんじゃ。……出てきたところをいくぞ」

 そう言うと、ヨウは右腕を真っ直ぐ前に伸ばす。真一も息を殺しながら、袋から一つまみ粉を手に取った。

「……インディションサモン」

 囁くように言うと、粉は銀色に発光し横に伸びあっという間に矢の形へと変化した。そして、すぐさま弓に番える。

 奥では四角い明りから僅かに暗い影が見えた。一人なのか、複数いるのか、そこまでは見えない。だが、すぐに出てこない。

「複数おるかもしれん。気をつけろ、シンイチ」

 耳を澄ますと、声が微かに耳に届いた。

「……今声がしなかったか?」

「まさか、気のせいじゃないのか?」

「いや、例の奴かもしれん」

 影が三人見えた。

 と、同時にヨウが片腕を真っ直ぐ三人の方に向けた。

「アビシャス!」

 小さな手のひらから、放たれた歪な空間の歪みが真っ直ぐ三人に飛んでいく。だが、三人はすぐに気付き逃げ遅れた一人だけが空間の歪みに囚われる。

 残り二人は、一人はそのまま真一たち側のほうに転がり、一人はすぐさま部屋の中へと逃げた。

 転がった使者がすぐに立ち上がり、目に止まらない速さで真一たちの距離を一気に縮める。

「おのれ!」

 ヨウが捕らえている片方の腕を震わせながら叫ぶ。

 だが、真一は冷静だった。

 真一はいつの間にか足踏みをしており、すでに弓を引いた『会』の状態だった。鋭い眼光は、真っ直ぐと向かってくる使者を貫いている。

 ――バシュッ。

 銀色の光の粉が舞い散ると同時に、弓から矢が放たれた。矢は使者の腹を貫いた。貫いた矢は、そのまま灯りの火の中に飛んで行ったが、そのまま消滅していく。

 一方で矢で射抜かれた使者はその腹を抱え込みながら倒れた。

「シンイチ、もう一人隠れておるぞ! 気をつけるんじゃ!」

 ヨウは苦しそうに顔を歪めている。魔術で使者を捕らえているためか、伸ばしている右腕は細かく震えていた。

「……インディションサモン」

 先ほどまでの恐怖心が消えている。真一は冷静な眼差しで、隠れた使者の部屋を見つめながら矢を番える。

 物音は聞こえない。目の前に淡い明りがかすかに揺らめいていた。部屋の明りも変化なく、人の気配を感じることはできなかった。

 神経を研ぎ澄ませながら、じりじりと地を這うように前に進んでいく。部屋より少し手前には、ヨウの魔術に捕らわれている使者が、身動き一つせず固まっている。そちらにも警戒しつつ少しずつ近寄って行った。

「……き……さま、ら」

 顔を震わせながら捕らわれている使者が言葉を発した。一瞬、そちらに気が逸れた。

 ――その時だった。

 すぐ先の部屋から使者が飛び出てくる。

「シント!」

 移動魔術の『シント』――空気を歪ませ相手を吹き飛ばす魔術だ。

 その言葉と同時に使者の目の前の空気が歪み、一気に真一へと飛んでいく。避ける間もなく、真一は大きく後方へと吹き飛んだ。ヨウだけは一瞬の判断で、浮かび上がりその場になんとか留まっている。

「シンイチ!」

 真一は背中と後頭部を打ちつけたため立つことができず、横たわったまま痛みを堪えている。

「アラウ城に侵入してくるとは良い度胸だ! このままダック公爵に引き渡してくれる!」

 そう言うと、使者は腕を真っ直ぐ真一へと向ける。

「させるか!」

 ヨウは叫ぶと、捕らえていた使者の魔術を解き、すぐさま再び叫んだ。

「シント!」

 歯を食いしばり、その捕らえていた使者を奥の壁まで吹き飛ばした。勢いの強さに、壁に打ち付けられた使者はそのまま気を失う。一瞬の出来事に、構えていた使者は思わず気を失う使者に目が行った。

「だ、大丈夫か!」

「貴様もじゃ! シント!」

 再び叫ぶと、すぐさまもう一人の使者も壁へと激突した。首をもたれ、気を失ったようだった。

「はぁはぁはぁ……。ぐっ……」

 強い衝撃がヨウの右腕を襲っていた。骨が軋むように痛んだ。指先まで痺れている。

「……シ、シンイチ!」

 だが、すぐにシンイチの元へと飛んで行った。行くと、真一は痛みに顔を歪め、頭を押さえていた。

「大丈夫か! 無理して動くでないぞ! 使者どもはわしが倒したから大丈夫じゃ!」

「わ、悪りぃな」

 にやっと笑う真一に、ヨウはほっと胸をなでおろした。

「それにしてもシンイチ、見事じゃったぞ。シンイチが矢を放っておらんかったら、わしら共々捕まっておるところじゃ」

「……少しは俺を見直したか?」

「……ふん、まだまだじゃ」

 ゆっくりと起き上がる真一の肩にヨウがしがみ付く。

「けっ、素直じゃねぇなぁ。……っと、鍵を探さねぇと」

 袴についた埃を払うと、廊下の奥へと進んでいく。倒れている使者の横を恐る恐る通り過ぎ、廊下突き当たりの灯りまでとやってきた。すぐ横には部屋があり、その扉は開いている。

 中からは物音は聞こえない。人の気配もないので、倒れている使者三人がいたようだった。真一はゆっくりと足を踏み入れる。

 中は薄暗く、灯りが部屋の四隅と、部屋の中央テーブルの上にぶら下がっているだけだった。テーブルの上には先ほどまで飲んでいたのか、コップが三つ置かれている。周りにはほとんど荷物はなく、あると言えば、ローブは詰め込まれている木箱が三つほど並んでいるぐらいだった。当然、窓はなく天井も壁も岩ばかりだ。

 そんな壁を見渡すと、部屋の一番奥に鍵束がぶら下がっている。

「あ、あれだ!」

 真一はすぐ駆け寄り鍵束を手に取った。何本か鍵が連なっている。

「どれかがエルモ人の鍵じゃろうな」

「よし、行こう」


 リオの牢屋の前に行くと、すぐさま牢屋の鍵穴へと鍵を差していく。――すると、ガチャッと音を鳴らした。

 真一は鍵束を懐に収め、力いっぱい鉄格子を引っ張った。見た目以上に重く、鉄同士が軋む音が廊下に鳴り響く。

「リオ!」

 人が通れるほど開けるや否や、すぐにリオの元へと駆け寄った。が、すぐに真一はリオの悲惨な状態に息を呑んだ。

 リオは壁にもたれる形で座っている。が、手首を頭より上で固定されていた。その手錠は、血で色を変え手首も血だらけだった。傷口は皮膚と呼べるものはなく、今でも手錠と触れている箇所から血が腕を伝っていた。

 顔は切り傷や火傷の生々しい傷、殴られたような痣でぼこぼこに膨れ上がっていた。足も同様に刺し傷や切り傷、火傷で赤く青く膨れ上がっていた。

「ひどい……」

 呆然とヨウは言葉を失った。

「……くそ! リオ、死ぬんじゃねぇぞ!」

 真一はすぐさま鍵束を取り出すと、手錠の鍵穴に差しこみ出した。震える手を押さえながら、片方ずつ手錠を解放していく。一つ解放するごとに腕が力なくおり、両腕解放するや否や、身体までも横に倒れかかる。が、すぐに真一が受け止めた。

「リオ! 助けに来たぞ!」

 腕はずっと上がっていたせいか、色も悪く冷たかった。

「しっかりしろ、リオ! 頼む、起きてくれ!」

 真一はリオの耳元でリオの身体を揺らした。それでも目覚めない。もう一度身体を揺らした。

「おいリオ!」

 リオの身体が力なく揺れる。真一は手を止め、震えながらリオの肩に頭を落とした。唇を噛み締める。リオの身体を支える手のひらに力が入った。

「頼むリオ! 死ぬなよ!」

 大声で叫んだ真一の声は廊下に響き渡った。

 ヨウも目を伏せ、諦めかけた――その時だった。

「……シ、ン」

 か細い声だった。真一はゆっくりと頭を上げた。

「……無事、だ……った、か……」

 唇も膨れ上がり、動いているかどうかさえもわかりづらい。が、間違いなく声がした。

「……よ、か……った」

 リオはゆっくりと顔を起こすと、膨れ上がる瞼を少し開け真一を見た。

「リオ!」

 真一も目に涙を溜めながら表情を緩めた。

「よかった……俺、マジでもう駄目かと思ったんだぜ?」

「……な、んとか……いき、てる、さ」

 小さな声で言うと笑おうとしているのか、微かにリオの頬が動く。

 ヨウもほっと息を吐き、少し頬を緩めた。

「どこまで治せるかわからんが……やってみよう」

 そう言うと、ヨウがリオの目の前で浮かんだ。そして、唇を噛み締め右腕を震わせながら力を込め始める。

 手のひらから、ゆっくりと青い光が漂い、じんわりとリオの傷ついた身体を包み込み始める。だが、確実にヨウの疲労の色濃く険しいものだった。


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