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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第六章 クフィロン山
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【第六十話】 最終進化

 尻餅をついたまま、真一は動くことができなかった。ただただ、目の前に現れた大きな一角の竜を凝視している。

「……り、竜じゃねぇか」

 真一の身体の何倍もの大きさ。全身を黒い鱗で覆い尽くし、伸びる手足の爪は鋭く長い。森に伸びる木の中間まで高さがあり、竜のおでこの辺りからは円柱の白い角が生えている。後ろには蝙蝠のような、黒い翼が折りたたまれている。

 目が赤黒い、だが、そこに生気が宿っているようには見えなかった。

「これが……召喚の雛の……第三段階じゃよ」

「は? 第三……え? なんでだよ、俺はピィを召喚しようとしたんだぞ!」

「じゃから……これが……ひよこじゃ」

 信じられない表情で見上げるヨウの横顔に、嘘は感じられなかった。真一ももう一度竜を見上げる。

 竜は前を呆然と見ている。低い唸り声を上げるが、暴れる様子もない。

「う……嘘だろ。……な、なんでこんな姿になるんだよ!」

「わしも知りたい。じゃが、シンイチが召喚した以上、この雛は間違いなくひよこなんじゃよ」

 そう言われても信じられない。真一は竜に少し警戒しながらも、ゆっくりと立ち上がる。ずっと顔を見上げたままだったが、やはり竜は暴れる様子もない。

「お前本当に……ピィ、なのか?」

 そう小声で真一が囁いた。すると、竜は遠くへ向けていた視線を突如動かし、真っ直ぐ真一を見下ろした。赤黒い眼差しが真一を捕らえる。が、そこに殺気立ったものを感じられなかった。

 真一も、じっと見られることに一瞬ひるみそうになったが、何か違う。

 姿かたちはまるで違う。ピィと言われても信じがたい姿。――だが、この眼差しに、どこか懐かしさを感じた。

「ピィ……だよな。……そうだよな。俺はピィの姿を想像しながら召喚したんだ。……どんな姿だろうが、ピィなんだよ」

 そう言うと、真一はゆっくりと竜に近づいて行く。ヨウはその横でその様子を固唾を呑んで見守る。

「……おかえり、ピィ」

 そう言い、そっと黒く固い鱗で覆われた皮膚にそっと手を触れた。思った以上に冷たい――だが、真一は手を離さなかった。

 竜――ピィも触れられたことに暴れる様子もなく、低い唸り声を出し静かに目を閉じている。

「ひよこじゃ……間違いなく、あのひよこじゃ。ではなぜ、第三段階に進化しとる!」

 呆然とした表情だったがヨウだったが、そう叫ぶと一気にピィの顔元まで舞い上がった。

「おい、ひよこ! お主、なぜ第三段階になって戻った? わしの経験上このようなことはない!」

 小さな指でピィを指差しつつ迫る。だが、ピィはヨウの声に反応することもなく、目を閉じ低い唸り声を上げているだけだった。

「お、おのれ……やはりデアサモンで召喚したものに意識はないか。……シンイチ」

 真一は手を離し、ヨウを見上げる。

 すると、ヨウはそのまま降りてくると肩へとしがみ付いた。

「早く城へと行かねばならんぞ。デアサモンはそう長く――」

 と、ヨウが言葉を続けようとした時だった。

「いたぞ!」

 聞き慣れない突然の叫び声。

 真一とヨウが同時に振り返ると、そこに水色のローブに目元を白い仮面で覆った者――使者がいたのだ。その使者は後方に向かって叫んでおり、いかにも複数人の使者がいることを伺わせた。

「いかん! 使者たちじゃ! はよう逃げるんじゃ!」

「んなこと言われたってどうすりゃいいんだよ! ピィはどうするんだ!」

「じゃから、ひよこを使って移動するんじゃよ!」

 そうこう言っている間に、後ろから複数人の足音が聞こえたかと思うと、またすぐに叫び声が聞こえた。

「待て! ゆっくりとこちらに振り向け」

 真一の身体中が一瞬にして冷たくなる。ごくりと唾を飲み込み、言われた通りゆっくりと振り返った。

 そこには、同じ格好をした使者が五人ほど、手のひらを二人に向けたまま立っている。

「黒いローブに……黒髪……間違いない! 貴様、ハギノシンイチだろう! 命により捕らえる! 無駄な抵抗はやめろ」

 使者たちは一斉に手のひらを向けたまま、じりじりと真一に近づいてくる。真一は少し後ずさりをしようと試みるものの、身体が動かない。逃げたところで、移動魔術から逃れられないとわかっていた。ヨウも歯を食いしばりながら、必死に考えを巡らす。

 そんな時だった。

 突然、ピィが耳を塞ぎたくなるような雄叫びをあげたのだ。言葉をしゃべっていた時のような、落ち着きのある声ではない。もはや、獣の叫びで静かな森を轟かす。

「な、なんだこいつは! こんな情報などなかったぞ!」

「とにかく、縛り上げろ!」

 使者たちはそう叫ぶと、真一に向けていた手のひらを一斉にピィへと向ける。

「やめろ!」

 それを見るや否や、真一は叫びながら使者たちに向かって走って行く。だが、その時だった。

 突如として、辺り一帯に黒い閃光が放たれた。思わず真一は足を止めた。

「……なんだこれ」

 木漏れ日のように、黒い光が上から降り注いでいる。薄暗い森の中であっても、はっきりと見える黒い筋。真っ黒の光に、何かキラキラと光っているようにも見えた。

「これは……異空間じゃ! シンイチ、あれを見ろ!」

 そう叫んだヨウは、上空に向かって指を差していた。言われるがまま、その指差す方を見上げた。

 ――ピィの一角の角の先端に、黒い球が空中に浮かんでいる。真っ黒の球体でありながら、中はキラキラと星のように光っている。光はそこから伸びていた。

「なんだあれ……。異空間って何だよ」

「言うなれば、異なる空間」

「……そのままじゃねぇか」

「じゃから、あの空間に入ってしまうと別の空間に飛ばされてしまうんじゃよ。わしが姫にチキュウへ飛ばされたようにの」

 小さく、あっと呟き、再び真一は黒い球体を見上げた。

 真っ暗でありながらどこか輝いている空間は、大きくなることもなくピィの角の先に浮いている。黒い閃光は伸び、それを辿れば使者たちが少しずつだが後ずさりをしていた。

「こ、これは……もしや……パラッグの雛の第三段階……!」

「しかも……滅多にいないという……召喚の雛……!」

 使者たちも黒い球体に見入っていた。先ほどまで手のひらをピィに向けていたのに、震えを抑えるように握りこぶしを作っている。

「報告では第二段階……しかも、死亡したはずだ……! どういうことだ……」

「だ、だが……今は恐れている場合ではない。このまま見過ごしてしまえば……俺たちの身も……!」

 その言葉に反応し、使者たちは互いの顔を見合わせ小さく頷いた。それが何かの合図だったかのように、再び真一たちを見据えた。

「……国王命令は絶対だ。任務を果たすのが、我ら使者の役目。……だ、第三段階の雛など……恐れぬ!」

 その言葉を号令に、使者たちが一斉に真一に向かって手のひらを向ける。

「やれ!」

 号令と共に、使者たちの手のひらから、雷のような光線が向かってくる。一瞬のことで、真一は一歩も動くことができなかった――が、その時だった。

 突如目の前に、黒い何かが現れた。向かっていた光線はそれに阻まれ、どうなったのか全く見えない。ただ異様なほど静かになっている。

「……な、なんだ」

 やっとのことで声を出した真一に、ヨウがゆっくりと口を開いた。

「これは……異空間じゃよ。見てみぃ……」

 そう言ってヨウは上を指差している。それに釣られ、真一は空を見上げた。

 そこには低い唸り声を上げながら、鋭い牙を見せ明らかに殺意を見せているピィの姿だった。角の先にあったはずの黒い球体がない。

「じゃ、じゃあこれって……ピィのあの黒い球かよ」

「そうじゃ。ひよこが異空間を盾として、シンイチの目の前に投げたんじゃろう。……それより、早くひよこの背中に移動するんじゃ。今のうちにさっさとこの場から逃げるんじゃ!」

「あ、あぁ……」

 真一は、すぐにピィの後ろに回り込み背中に飛び移った。ひんやりと冷たいピィの肌はごつごつとしている。真一が必死にピィの頭までよじ登り、下を見下ろしてみた。

 見れば、使者たちは未だに黒い球体に向かって移動魔術をしていた。

「あいつら……俺がいねぇってこと気づいてねぇんだな」

「おそらく、あの球が何か知らんのんじゃろう。じゃから移動魔術でどうにかしようとしとる。……まぁ馬鹿な使者どもは放っておこう。それより、ひよこを使って一気にアラウ城へと行くんじゃ」

 ピィは真一が頭の上にいるというのに、嫌がる素振りも見せなかった。むしろ、真一に触れられているせいか、ぐるぐるという気持ちよさそうな鳴き声さえ聞こえる。

「……どうやってだよ」

「シンイチが指示すれば、ひよこは必ず従う。デアサモンで召喚された者は絶対じゃ。……アラウ城は……あの雲の先じゃよ」

 そう言って、ヨウは遠くの雲を指差す。

 ――木々がずっと続く森の向こう、雲がかかっている。そこからはまだまだ山が続いているようだった。

「……随分遠いな。ピィがいなかったら、俺遭難してるぞ」

「……本当じゃよ。ひとまず、急いだ方がええ。デアサモンで召喚された者の時間は長くはないんじゃ」

 真一はそっとピィの肌を撫でた。

「じゃあ……ピィよろしくな」

 すると、折りたたまれていた黒い翼を広げた。ゆっくりと大きく扇いでいく。

「アラウ城へ……頼んだぞ」

 真一の声とともに、ピィは大きく雄叫びを上げると一気に空中に舞い上がった。そして、そのまま大きな翼を羽ばたかせながら一気に森の上空を飛んでいく。

 その背中で、真一とヨウは必死に背中にしがみ付き、まだ見えないアラウ城を見据えていた。

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