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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第六章 クフィロン山
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【第五十九話】 デアサモン

 真一とヨウは使魔たちが捕らえられていた建物を出ると、再び森を歩きはじめていた。進むにつれ、傾斜がだんだんとひどくなっていく。が、景色だけは一向に変わらない。

「おい……本当にこのままで城まで行けるんだろうな」

 息を切らし、汗を拭いながら真一が言った。

「木ばっかりじゃねぇか。それに、麓から見上げたとき頂上なんて見えなかったんだぞ」

 汗のせいで余計に肌寒く感じていた。立ち止まると、余計に寒さを感じる。見上げても太陽の光など届かず、かすかに葉っぱの隙間から光が漏れているだけだった。

「……おそらく、このまま歩いても着かんじゃろうな」

「……は?」

 半ば睨みつけるようにヨウを見た。

「おい。じゃあどうしろってんだよ」

「移動魔術……と言いたいところじゃが、わしに元々雷魔元素は少ないし無理じゃろう。この土地なら余計じゃ」

 クフィロン山は魔元素が少ない場所――それは統治者たちも言っていたことだった。それに、ヨウは移動魔術は得意ではないとなると、魔術に詳しくない真一であろうとわかることだった。

「じゃあどうすんだよ! いや、まて……。お前……何か考えがあるんだろ」

 焦りの見えないヨウに、真一は何かを感じた。

「もったいぶらずに話せよ。何か方法があるんだろ」

 肩にしがみ付くヨウをじっと見つめる。だが、ヨウは黙ったまま何かを考えているようだった。

 すぐに口を開くことなく、二人の間に沈黙が流れる。だが、真一はヨウが口を開くまで待っていた。

「……あるぞ。一つだけ、な」

「一つ? なんだよそれは」

「今、わしらは二人だけではない、ということじゃよ」

 その言葉に、真一は開いていた口を自然と閉じた。

『わしら二人だけではない』

 意味がわからず、思わず周りを見渡す。だが、人の気配などない。使者がいる様子もない。ただ静かに森が広がっている。

「……どういう意味だよ。ちゃんと説明しろ」

 風も吹いていないのに、木々の葉がざわざわと揺れていた。

 小さなざわめきの中、少し間をおいてヨウがゆっくりと口を開いた。

「……わしらにはずっと一緒に旅をしてきた奴がおったではないか」

「ずっと……一緒に旅を……」

 言葉を反芻しながら真一はハッと気付いた。

「ピィ……ピィのことか……!」

「そうじゃよ。前に言うたじゃろう。……デアサモンを使う時がきたんじゃ」


    ◇    ◇


 冷たい床と、目の前に立ちふさがるのは鉄格子。牢獄の中には何もない。窓さえもない。真っ暗な牢獄の中、リオは手を手錠で繋がれ、壁に貼り付けの状態で座っている。目こそ暗闇に慣れたものの、動くことができないために周りに何があるのかさえ確認できなかった。

 先ほどまで目隠しをされた状態で、この牢獄の中へ連れてこられた。と同時に、今の状態にされ厳しい暴行を受けていた。目を覆われたままの状態の拷問は、無意識に身を固める余裕さえ与えられず、どこから飛んでくるかもわからない拳をただ受け続けた。拳だけではなく、針が刺すような冷たいものを当てられたり、身を焦がすような火の粉を浴びせられた。今、顔や腕など身体中が怪我だらけである。

「……くそ」

 だが、リオの強い精神力でそれを乗り切っている。身体の痛みこそひどいものの、意識を失うほどではなかった。リオの言葉がしんとする牢獄に短く響いた。

 口の中に広がる血の味に耐えられず、思わず唾を吐き飛ばす。

「……奴らどこへ行った……」

 先ほどまでいた使者たちがどこかへ行ってしまった。ほんの少しの間だろうと考えていたリオだったが、なかなか戻ってこない様子に疑問を抱く。

「……シン、無事だろうか」

 ぐっと拳を握り締めると、鎖が軋む音がした。

 リオは歯を食いしばりながら、何もできない歯がゆさと己の力不足に、悔しさをにじませていた。


    ◇   ◇


 静かな森の中、真一は信じられない表情でヨウを見つめていた。

「デアサモンって……ピィを生き返らすってことかよ」

「あぁ。そうじゃよ」

 真剣な眼差しのヨウに、真一はぐっと唇を噛み締め視線を逸らした。

「……拒む気持ちもわからんでもない。じゃが、今、頼れるのはそれしかないんじゃ」

 デアサモン――それは一度きりの魔術である。

 真一が素直に頷かないのには理由があった。

「……俺たちのことを忘れてるピィなんて……お前には耐えられるのかよ。それに……ピィは最後の最後まで尽くしてくれた。それを死んでまで頼るなんて、なんか勝手すぎるんじゃねぇか」

 目を伏せたまま真一は静かに言った。

 だが、ヨウも引き下がらない。強い眼差しを真一に向けたまま、はっきりとした口調で反論する。

「それはシンイチの勝手な考えじゃろう? わしは、ひよこがどれだけシンイチに感謝しておったか聞いておる。なのに、勝手にひよこのためだの言って……結局、ひよこから逃げておるのはシンイチの方ではないか! 主であるなら、しっかりと強い意思を持て! それがひよこのためでもある! 主の役に立てて、恨むやつなどおらんわ!」

 そう言うと、ヨウは右手の親指を自らの歯で噛み始めた。少し表情が歪んだかと思うと、その指先から血が流れ始める。

「お前、何やってんだ」

 そんな真一の問いかけにも気にもせず、ヨウは器用に流れる血を手のひらまで流すと、ぎゅっと強く握る。

 相変わらず左腕は力がなくだらりと垂れているが、目を瞑り血を握り締める右手を額に当て、ぶつぶつと詠唱を始めた。

 そしてゆっくりと目を開け、額から右手を離し、手のひらを広げる。

「……え?」

 思わず真一は声を漏らした。

 手のひらから出てきたのは――見覚えのある色の、一枚の羽根だった。

「これは、ひよこの羽根じゃ。……これを触媒とし、デアサモンを唱えるんじゃ」

 小さな手のひらに乗るのは、茶褐色のピィの羽根だった。崩れておらず、そのまま抜き取ったように整っている。

「どうして……ピィの羽根が出てくんだよ」

「……あの日、試合の前に奴から貰い受けたんじゃよ。死んでもシンイチに尽くしたい――その言葉を聞いたからの」

 ヨウは羽根を手のひらに乗せたまま、ぐっと真一の前に突き出した。

「さぁ。準備は整っておる。あとは、シンイチが魔術を唱えるか唱えんか、ただそれだけじゃ」

 じっと真一は羽根を眺めた。

 ピィを召喚するべきなのか――自問自答してもどっちが正しい答えなのかわからなかった。わかることは、今、この状況を打破するためには真一とヨウの力だけでは不可能ということである。

 ゆっくりと手を伸ばしていく。

 召喚されるピィはどんな姿をしているのだろう。本当に、自分たちのことは覚えていないのか。そんな疑念が次々と浮かんでくる。だが、手は止めなかった。

「……やってみる」

 そう言いながら、ピィの羽根を握り締める。さらさらとした、さわり心地の良い一枚の羽根。

 まだ顔色の冴えない真一に、ヨウはふっと微笑んだ。

「大丈夫じゃ。ひよこなら、必ずシンイチに協力する。……それが少しの間であっても、それがひよこの幸せなんじゃ」

 そう言うと、まだ血が流れる指先を真一の手のひらにそっと触れた。

 赤い斑点が手のひらにできる。突然の行動に、真一は怪訝そうに眺めた。すると、すぐにヨウが口を開く。

「その手のひらで、ひよこの羽根を包み込むんじゃ。そして、生きていたひよこを思い描きつつ叫べ――『デアサモン』とな」

 ヨウの真っ直ぐで真剣な眼差しから目を逸らし、手のひらの羽根に目を移す。

 茶褐色の羽根から微かに温かさを感じる。まるで今、そこでピィから抜いたようだった。

 そんな羽根を両手で優しく包み込む。

 すっと目を閉じ、生きていたピィを思い描く。

 卵が生る木から生まれた、ピィ。

 地球では考えられない大きさの、ひよこの姿をしたピィ。いつもいるのは真一の頭の上だった。

 突然の変化。ひよこは鶏にはならず、立派な鷹へと進化した。しかも、言葉を発した。いつも喧嘩をするヨウに対し、真一に対してはいつも味方だった。

 試合に参加する時も、文句も言わず一つ返事だった。――いつも見守っていてくれた。

 真一は目をゆっくりと開いた。そこに迷いの光はなかった。

「デアサモン」

 静かな森に心地よく響き渡った。じっとヨウも様子を見守る。――すると。

 突如、真一の両手の隙間から黒い閃光が発せられた。思わず真一が手を離すと、羽根が黒い光の球の中に包まれたまま浮かび上がっていく。

 黒い光の球の周囲には、電流のような白い光がびりびりと走っている。唖然とした表情で真一はその球の様子を見上げた。

「お、おい! 本当にピィが生き返るのかよ!」

「ええから黙って見とれ」

 一方で、ヨウは落ち着いた様子で球を見上げていた。

 球は徐々に濃さを増していく。さほど時間が立たないうちに、真っ黒の球体となり、中の羽根は見えなくなってしまった。しかし、以前と球体の周りの小さな稲妻は走っている。

 すると、球体は突然拡大していく。と同時に、稲妻もけたたましい音を響かせながら数が増えていく。あまりの爆音に、思わず真一は顔を歪ませながら耳を塞いだ。

 だが、ヨウは違った。

 稲妻の音にも冷静さを保っていたが、球体の様子に目を見開いていく。

「……こ、これは……まさか……!」

 球体は周りに立っている木をも押し倒しつつ、なお拡大を続けていく。稲妻の音に、さらに木が倒れる音が森に響き渡る。

「……嘘じゃ……信じられん……」

 そんな騒音の中、ヨウのつぶやく声がはっきりと真一の耳に届いた。

 顔を向けてみると、驚いた表情で呆然と球体を見上げていた。問いただそうと真一が口を開けようとした時、さらに球体が大きさを増した。一気に周りの木をなぎ倒す。

 と同時に、球体の稲妻が一斉に上空に伸び、一つになった。

 そして――一気に球体に向かって落ちる。

 バチィッという、まるで雷が落ちたような爆音と衝撃が真一たちを揺らし、と同時に白い閃光が周りに放たれた。予想以上の衝撃に、思わず真一は目をきつく閉じ尻餅をついた。

「こ、こんなことがあり得るのか……! シンイチ……すごいぞ!」

 そんなヨウの叫び声が聞こえた。

 瞼の向こうから閃光が治まったことがわかった。ゆっくりと目を開いて行く。先ほどとは違い、木の葉が風に揺れる音が聞こえた。

 一体何が起こったのか。

 ゆっくりと目を開き、飛び込んできたものは――。

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