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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第六章 クフィロン山
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【第五十八話】 再会

 矢筒を背負い弓を握り締め、真一は黙々と湿っぽい森を歩き進んでいる。湿った空気は肌にまとわりつき、太陽が届かないせいなのか、森は肌寒く暗い。湿った空気は不快感を与えるだけではなく、熱をもまでも奪っているようだ。

 整った道などなく、無造作に生える長い草と細い木々が隙間なく生えている。細い木々に似合わない葉が空を覆い尽くし、そのせいで辺りは昼夜の判別もできない。ただ、薄らと光が漏れていることから、朝になりつつあるのではないかと真一は思った。興奮しているのか眠気も空腹感もない。疲労感だけがずっしりと身体を重くしていた。

 肌寒さに耐えながら歩いて行くと、細い木々の間から何かしらの建物が目に入った。とうとうアラウ城へついた、と思いきやそれほど大きな建物でもない。一階建のようで、黒く四角い箱のような建物だった。

「……何だここ」

 警備らしき人の影もない。一応、周りを見渡してみたが誰もいない。だが、何か重苦しい雰囲気が建物から感じられた。思わず握る弓に力が入り、ごくりと唾を飲み込む。足音を立てないように、真一はゆっくりと建物へと近づいて行く。

 黒いドアの前までやって来た。――そこである声が聞こえた。一人ではない、大勢の声らしく複数人の声がした。聞きとれないが、何人かがしゃべり物音を出している。

 思わず真一は身を引いた。

 このドアの向こうに誰かがいる――。ドアノブに伸ばしていた手が思わず止まる。鼓動が早まり、緊張のためか冷や汗が流れ出る。寒さなのか恐怖なのか、自然と身体が震えていた。

「……大丈夫……大丈夫」

 目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。そして、ポケットから触媒を少し握り締めそのまま取り出す。

 ――今更迷ったって仕方ねぇんだ……!

 目を開けると同時に、握り締めていた触媒が矢へと変化する。銀色の光を放ちながら、横に伸び触媒が矢へとなった。それを確認した真一は、一旦跪きかけを右手にはめる。

 かけをつけた右手に弓と矢を握り締める。そして、左手をゆっくりとドアノブへと近づけていく――。

 ――開けなきゃ、前に進めねぇんだ。

 ぐっとドアノブに力を込める。そして、一気に開け放った。


    ◇    ◇


 金属と金属がぶつかる、甲高い音が牢獄に響いている。

 脱出したヨウは、閉じ込められている使魔を解放しようとしたものの、鍵がなくなかなか牢獄を開けられないでいた。魔術で壊せば良いのかもしれないが、やはり魔元素がないのか、それともヨウの魔力が少ないのか、それ以上の魔術を唱えられないでいた。そのため、召喚した短剣で鍵の部分を必死に叩き壊そうとしている。

「お、おのれぇ! 壊れんか、この!」

 ヨウは右手で握り締めた短剣を、鍵に向かって振り下ろしていた。両手ですれば力が入るのだろうが、左腕はだらりと下がったままだった。

「俺たちはいい……あんただけでも、逃げてくれ」

「そうはいかん! お前たち、このままじゃと何をされるかわからんぞ!」

 そう言いながら必死に振り下ろすが、一向に壊れる気配はない。

「だが……この数を見ろ。これ全て、あんたが一人で……開けられるのか?」

 キン、という音が鳴り響く。と同時に、ヨウは手を止め上を見上げた。

 途方もなく、四角い小さな牢獄が並んでいる。その一つ一つに使魔が入っているのだ。まだ一つも開けられない。満足に魔術もできない。

「……じゃが……わし一人だけ抜け出すなど、できん!」

 そう叫んだ直後だった。

 突然、廊下の一番奥の扉が開かれた。遠い暗い廊下の奥に、光がぼんやりと浮かんでいる。

「に、逃げろ! 人間どもが戻って来た……」

「早く……あんただけでも……」

「……俺たちは死なない」

 次々に使魔たちの声が轟く。焦る使魔たちの中で、ヨウだけは違った。

 じっと、その開かれた扉を見る。

「……ま、まさか……」

 逆光で影だけが見える。その姿は見慣れた影だった。

 ざわつく使魔たちの言葉を振り切り、ヨウはすぐに飛んでいく。

「まさか、まさか……もしや!」

 どんどんと光が大きくなっていく。その影も、予感から確信へと変わって行った――。


    ◇    ◇


 ドアを開け放ち出てきたものは、暗く長い廊下だった。外見から想像した建物の内部とはかなり違った。廊下は、目の前に広がるこの道一本だった。その両サイドには、何か牢獄のような鉄製らしき棒が、小さく四角に分けられていた。そして、その中には何かが入れられている。その小さな四角い牢獄は、天井まで続いていた。

「なっなんだこれ……」

 真一の声に反応したのか、牢獄の中に入っているものがかすかに動いた。

 それに気付き、真一は目を凝らして一体何が入っているのかじっと眺める。

「えっ……」

 暗さに徐々に慣れて行く目が映し出したもの――それは、がっくり身体を牢獄に預けている使魔の姿だった。

 使魔は少し身動きをしたかと思うと、どんよりとした眼差しでじっと真一を見ている。何があったのか、と声を掛けようとした時――廊下の奥から何かが近づいてくる。耳にかすかに聞こえた風を切る音に、真一は険しい表情で廊下の奥を睨みつける。どんどんと近づいてくる気配に緊張が高まって行く。

「……シンイチ!」

 その瞬間、真一の強張っていた身体が一気に力が抜けていく。聞き慣れた声だった。

 頭が真っ白になる真一の目の前に、息を切らして現れた人物は――。

「ヨウ……」

 紺色のシャツとズボンを着た金色の髪の使魔。背中の白い羽根を忙しく動かし、目の前に浮いている。

「シンイチ! よかった……無事、じゃったんじゃの……」

 頬をほころばせながら、ヨウの目が段々と涙目になっていく。ヨウは目元を袖で拭い、なんとか涙を堪えているようだった。

 一方で、真一はまだ信じられない表情で呆然とヨウを眺めている。

「……本当に、無事でよかった……。わしは、心配で心配で……」

 涙を拭っていたヨウだったが、何の反応もない真一に顔を上げた。

「……シンイチ? どうしたんじゃ?」

 首を傾げじっと見つめる。真一は目を見開いたまま微動だにしていない。

 すると、突然真一は弓と矢を手から落とした。そして――。

「いたっ!」

 いきなり拳をヨウの頭に振り下ろした。力が入っていのか、ヨウは頭を押さえたまましばらくそのまま動かない。

「……シ、シンイチ! 貴様いきなりなんじゃ!」

「それはこっちの台詞だろうが!」

 ヨウは睨み上げたが、真一の表情に言葉が出なかった。

 唇を噛み締め、うっすらと涙目になっている。

「心配かけさせやがって……。俺が……どれだけ心配してたか知らねぇだろ!」

「そ、それは……すまんの」

 真一は長く息を吐くと、落としていた弓と矢を拾い上げた。

 まさかの真一の反応に、ヨウは申し訳なさそうに俯きじわりじわりと肩に近づいて行く。ヨウにとって、そこが真一との場所だった。――が。

「……ちょっと待て」

 その言葉にぴたっと動きを止める。真一は顔を段々と険しくさせながら、ヨウをじっと見据えた。

「お前、なんでここにいんだよ。マスクたちに捕まってたんだぞ」

「……何? わしがか? ……気づいたらこの牢獄の中におったんじゃが」

 真一は目を見開きながら、一気に廊下を走り始めた。すかさずヨウも肩にしがみ付く。

 暗い牢獄に、真一の息遣いと足音が響く。左右の牢獄からは、弱々しい使魔たちの息遣いも聞こえた。

「シンイチ! いきなりどうしたんじゃ!」

 だが、真一は走ることはやめなかった。

「……これは」

 足が止まった場所は、ヨウが捕まっていた牢獄だった。出入り口は壊されているものの、この牢獄だけが異様に広い。

「本当にお前一人だったのか?」

「あぁ。わし一人、縄でぐるぐる巻きにされとったんじゃ」

 人間一人が入れそうなほど空間にゆとりがある。

 そんな空間を眺めた後、真一は何か気づいたように振り返った。――そこには小さく区切られた小さな牢獄がある。

「おい! お前ら、こいつがここに連れてきた時何か見てねぇのか!」

 真一の叫び声が牢獄に響き渡る。だが、使魔たちはぐったりとしたまま、かすかに牢獄の中で動くだけだった。

 返事を待っていたが、痺れを切らしたのか真一は牢獄の鉄格子を掴む。

「答えてくれ! 目の前だぞ? 何か見てるだろ?」

 一つに限らず、いくつかの牢獄に訴えていく。だが、徐々に何か邪悪な雰囲気が立ち込めて行く。使魔たちは黙ったまま、目に見えるほどの殺気を出し始めた。それを感じ取ったヨウは、一旦真一の肩から離れる。

「……こやつがわしの主じゃ! 貴様らを捕まえた人間ではない!」

 突然のヨウの叫びに、真一はきょとんとした顔を向けた。

「それ以上の殺気は、わしらに対する敵意としてとるぞ。いくら同胞といえど、ただではすまんぞ……!」

「おいおい……何言ってんだ」

 はは、と笑う真一を横目に、ヨウは険しい表情を崩さず牢獄を睨みつける。

 すると、殺気立っていた牢獄が段々と治まって行く。真一も、しんとする牢獄の雰囲気に思わず見渡した。

「……男が一人だけ」

 静まりかえる牢獄に、ぽつんと言葉が漏れた。

 ハッとした表情で真一は声の主を探す。

「他に……他にいなかったか!」

 どこから漏れたかわからない声に、再び真一が叫ぶ。

 男とは、おそらくマスクのことだろう。となると、もう一人女がいるはずなのだ。

「頼む! 思い出してくれ!」

 だが、それ以上の言葉が出ることはなかった。一瞬だけ感じた邪悪な雰囲気はどこかへ消え、今はどんよりとした暗い空気が立ち込めている。

「……シンイチ」

 そう呟いたヨウを見れば、先ほどまでの険しい表情ではなくなっていた。

「一刻も早く……城へ行くことがええ」

 ヨウにもわかったのだろう。歯を食いしばり悔しさを噛み締めていた。

「あぁ……でも……」

 そう言うと、真一は牢獄を見上げた。――天井まで四角い牢獄が連なっている。その一つ一つから使魔の弱々しい息遣いが聞こえた。

「いいのかよ……このまま放っておいて……」

 ヨウも立ちはだかる牢獄を見上げた。恨めしそうに眺めている。

「……壊せるものなら、すぐにでも壊したいわい。じゃが……できんのじゃ」

 その言葉に、真一はぐっと牢獄を掴み強く引っ張ったり押したりしてみた。だがびくともしない。その様子を、使魔たちはじっと眺めていた。

「くそ、びくともしねぇな。……でも、お前そこから出たんだろ?」

「あぁ……腕が一本折れたがの」

 そう言われ、初めて真一はヨウの左腕に力がないことに気付いた。

 目を見開き驚く表情に、先にヨウが口を開く。

「そう驚くな。痛みがない、と言えば嘘になるが、おかげで出ることができたんじゃ。……こやつらは、その最後の力さえも残ってはおらん」

 真一は視線をヨウの腕から移し、立ちはだかる牢獄に目をやった。

 先ほどまで何か異様な雰囲気を出していたはずが、どの使魔たちもぐったりと身体を預けている。ただただ、弱々しい眼差しを二人に向けているだけだった。

「……こやつら、食事もほとんど与えられておらんようじゃ。体力だけがどんどんとなくなりよる。まともな受け答えも難しい。だったら、ここで情報を聞くより早く城へ行くことが先決じゃろ。……それに、こやつらのためにも鍵を手に入れ解放させた方がええ」

 そう自分に言い聞かせるように目を強く瞑っていた。ぐっと拳を握り締める。そして、ヨウは一気に目を見開くと、強い眼差しで牢獄に向かって叫んだ。

「絶対に諦めるな! わしら二人を信じろ! 必ず、必ず戻る!」

 すると、目の前の牢獄に入っている使魔が弱々しく微笑んだ。

「……それでいい。俺たちは諦めない。貴方がそう言うなら……俺たちもその人間を信じてみよう」

 か細い声だった。それでも声ははっきりと真一とヨウに届いた。

「ありがとう。必ず、必ず戻ってくる。それまで堪えてくれ」

 真一はそう言うと、出入口に向かって足を踏み出す。

 静まりかえる廊下に、足音だけが静かに響く。見送る使魔たちは、それを見届けつつ、どこか安堵を浮かべた表情で再び眠りにつき始めたのだった。

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