【第五十七話】 暗闇に現る黄色き人
真一は証にぐっと力を込める。目の前に立つガナオンも真剣な眼差しで眺めていた。目の前に立ちはだかる岩壁を超えるには、最後の統治者の協力が不可欠だった。
顔も見たくない相手。だが、今はそうも言っていられない。
じっと拳を見下ろしていると、まもなく黄色い閃光が辺りを包んだ。拳から漏れる閃光は、渦を巻きながら上に集まると、そのままガナオンの横へと落ちた。――そして。
「……余を呼び寄せるとは良い度胸である」
閃光が治まると同時に、その声が響き渡る。
スキンヘッドの頭には宝石のついた紐を巻き、鋭い目つきで真一を見下ろしていた。――統治者オディである。
「貴様なんぞ見たくもない。さっさと戻りたい気分ではあるが……」
ふっと口元を緩め、オディはそのままガナオンの方へと向き直った。
「これはこれは、ガナオン殿。久しぶりではないか」
「オディ、久しぶりね」
にこっと微笑むガナオンだが、どこか作られたような笑顔である。一方で、オディも緩めた口元を崩さない。
「このような場所で会うとは。町の再建に励んでいると思ったが……それとも、もう諦めたのかね?」
「あら、私は誰かさんと違って簡単に諦めたりしないわ。任された場所は、しっかりと責任を持つつもりよ」
ふん、オディは鼻で笑うと再び真一の方へ顔を向けた。
「……で、余に何の用事で呼び寄せた? ……ん」
何かに気づいたようで、オディは視線をそのまま真一の後ろの岩壁に向けた。途端、目を見開き真一を押しのけ岩壁の前まで歩み寄った。
「なんだこれは! ……貴様! 回廊で何をした!」
「俺じゃねぇよ! この壁のせいで立ち往生食らってんだ! そのためにあんたを呼び寄せたんだよ!」
「……何があったのか、余に話せ」
真一は、オディに送られた後何があったのかを説明した。リオとヨウのことは一応伏せたまま、目の前にダック公爵の部下であるマスクが来たことだけを話した。顔色一つ変えず聞いていたオディだったが、ダック公爵という言葉が出ると眉をひそめた。
「ダック公爵。余が唯一、恐れる人間……」
「……シンイチくんが城に行きたくても、その部下が道を塞いでしまったせいで進めないのよ。だからオディ、貴方の移動魔術でこの壁を壊すか、いっそのこと城の近くまで運んでくれないかしら?」
オディは地面に視線を落としたまま、しばらくの間沈黙は続いた。何か考え込むようにじっと地面を睨みつけていたが、ようやくオディは視線を上げた。
「……断る」
思いもよらぬ言葉に、ガナオンはオディの目の前に迫った。
「どうして!」
「この回廊に壁ができようが関係ないではないか。むしろ、余計な愚民どもが城へ近づけなくなる。良きことだ」
「私たち統治者たちも城に行けなくなるわ!」
「ふん、余は移動魔術で行けるし、移動魔術がなくとも直接城からの使者たちが来るではないか。……この岩壁が余たちに与える不利益は全くない」
ふっとガナオンに対し鼻で笑って見せた。一方、ガナオンは唇を噛み締めたまま、言い返せる言葉がなく睨み上げていた。
その時、そっと真一はガナオンの肩を置きその場に進み出た。
「……シ、シンイチくん?」
「おっさん、いいこと教えてやるぜ」
にやりと笑う真一に対し、顔を引きつらせながらオディが見下ろす。
「貴様……余をおっさんだと……!」
「要するに、あんたに利益がありゃ協力してくれるんだよな?」
「どういうことだ?」
すると、真一は左腕をオディの前に見せた。
「これ、何かわかるだろ?」
左腕――二の腕辺りに赤い線二本がぐるりと回っている。
「それは……契約者と使魔の証!」
「俺には使魔がいる。で、あんたも知ってると思うけど使魔掃討作戦のせいで使者に追いかけまわされてたんだ。でも、さっき知ったんだけど、その作戦の内容が俺を捕まえろってのに変更されたらしいんだよ」
その言葉に、オディだけではなくガナオンも眉をひそめ驚いた表情を浮かべた。
「な、なんですって? どうしてシンイチくんが?」
「わからないです。でも、そう変更した本人はマスク――ダック公爵の部下だ。……で。オディさん、俺をダック公爵のところまで連れて行ったら、あんたの評価が上がると思うんだけどなぁ?」
にやりと笑う真一の横で、発言に驚いたガナオンが真一の肩を掴んだ。
「ちょっと、シンイチくん! 貴方、何を言ってるの!」
ガナオンが止めるのも無理なかった。追いまわされた使者の手を、今自ら進んで行こうとしているのだ。
一人慌てるガナオンに対し、真一とオディは互いに睨みあったままだった。鋭い視線で見下ろすオディに対し、真一も負けじと視線を逸らさない。自分の足で進めない今、オディの移動魔術に頼るしかなかった。
「よかろう。貴様はこの回廊を抜けることができ、余は評価を上げられる。悪い話ではない」
にやりと笑みを浮かべるオディに釣られ、真一もにやりと頬を緩めた。が、ガナオンは違った。
「オディ! シンイチくんが何か悪事をしたと言うの? 何もしていないでしょ! 無実の人を命令だからと渡すの?」
「……ガナオン殿。間違えっておられる。余たちは、国王の手と足となる統治者という立場である。命令に従うのは当たり前であって、命令に対し疑っていては務まらぬぞ」
「それでも……最近の国王はおかしかった! それを正しい道へと導くのも統治者の役目ではないの?」
ため息を漏らすオディの横で、真一は肩に乗せられたガナオンの手を降ろした。
「ガナオンさん大丈夫です。呼び寄せた時から、リスクは伴うって感じてましたから。……この人がどういう人か、町で思い知らされましたからね」
ガナオンは眉をひそめ、悔しそうな表情だった。だが、真一の意思に反論することができないのか、それ以上訴えることはしなかった。すると、タイミングよくガナオンの身体が光始めた。眩しい光はガナオンの身体を包んでいく。
「……シンイチくん、また何かあれば召喚してね。……絶対よ」
そう言葉を残し、ガナオンはあっという間に姿を消した。
ふと、その足元に目をやれば、リオが落とした武器が棒の状態で落ちていた。真一はガナオンが消えた足元を見ながら、その武器を拾い上げる。必ずリオも無事のはず。
「……頼むぜ」
「ふん、貴様こそ逃げるのではないぞ。余の評判を落とさぬようにな」
「逃げねぇよ。城まで送ってくれりゃいいんだ」
オディは手のひらを真一の肩へ乗せた。すぐに移動魔術をするのかと思いきや、じっと真一の顔を見ていた。
真一はすぐに移動魔術をするものかと思っていたので、じっと真正面を向いてオディを見ていなかった。
「……なんだよ」
沈黙が続いたので振り向けば、険しい表情でオディが見ている。
「貴様……なぜ自分に不利益なことばかりをする? 余の考えでは考えられぬ」
「自分最優先のあんたには、一生わかんねぇよ。……地位や金じゃ、手に入らねぇもんもあるんだよ」
「……ほう。まぁ良い」
そう言うと、ふっと足元が軽くなった。
オディは間もなく移動魔術をしたらしかった。一瞬にして目の前が暗くなる。この闇が開けた瞬間、自分は捕まる――そう思っても、真一は不思議と恐怖心は沸かなかった。
もしかすると、ヨウ、リオ、ライトにも会えるかもしれない。そんな淡い希望が、真一の闇を照らしていた。
一瞬にして闇は消えさえり、気づけば薄暗い森の中に立っていた。
「……ここどこだよ」
見覚えのない光景。鬱そうと茂る森。じめじめと肌に不快感を与え、濃い霧が森の中に張り巡らされている。
「……ここは、クフィロン山である。貴様が歩いていた回廊の地上部分にあたる所である」
「は? 俺はダック公爵のところに連れていけって……」
半ば睨みつけるようにオディを見上げた。
「やっぱりあんたでも、あの回廊じゃあうまく魔術できなかったのか」
トトロイとガナオンも、満足に魔術ができなかった。二人の様子から、魔元素が少ないというのはやはり城に近いためだと思っていた。だが、オディはすぐに反論した。
「余を甘くみるな。余の移動魔術はあのような少ない魔元素の場所であっても、城までぐらい行くことは可能である。自衛魔術ではばかれようとも、我が魔術は屈しない。だが……」
するとオディは、視線を横へと流しそのまま閉口した。何か言いにくいのか黙り込んだままだった。
突然の沈黙に、真一は眉をひそめ思わず首を傾げる。すると――。
「貴様の言う……地位や金では手に入らぬもの。余はそれが気になる。貴様を簡単に使者へ渡してしまうと、余の楽しみも減る。ただそれだけである」
そう言い残すと、すっと姿を消してしまった。
「ちょ、待て!」
思わず手を伸ばすが、すでに遅かった。残されたのは、もやもやした胸とじめじめとする不快な空気だけだった。