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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第六章 クフィロン山
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【第五十六話】 暗闇に現る黒き人

    ◇    ◇


 ヨウは、ふっと意識を取り戻した。

 目を開けると見覚えのない天井が広がっていた。起き上がろうと腕を動かそうとする――だが、動かない。

 見ると、身体にぐるぐると縄が巻かれていた。

「な、なんじゃこりゃ!」

 精一杯腕に力を込めるがほどけない。眉をしかめつつも、ヨウは部屋を見渡した。

 殺風景な部屋である。

 周りは石材で囲まれ、窓というものはない。ふと、視線を横へ逸らすと檻のような鉄格子が並んでいる。――まるで牢獄だった。その隙間からは通路らしき道が見える。だが暗いためか、それ以上はどうなっているのかわからなかった。部屋に物は一切なく、ここまで何者かに運ばれたことは間違いないようだった。

「……なぜこんな場所に。確か……ライトを道案内しとったと思ったんじゃが……」

 ライトの手を引きながら、クフィロン山の麓まで案内していたはずだった。

 暗い夜道、足元に気をつけながらライトと共に進んでいた。真一がいるかもしれない――その可能性を信じ麓まで行っていたのだ。

「ライト……ライトどこじゃ!」

 ふと我に返ったヨウは慌てて叫んだ。しかし、虚しく部屋に響くだけで反応する声もない。というよりも、人の気配がまるで感じられなかった。

 しんとする牢獄。軽く混乱状態に陥りそうなヨウの耳に、かすかだが声が聞こえた。

「……い……か」

 遠くから声が聞こえた。何を言っているのかわからなかったが、ヨウ以外の声が聞こえたのだ。

「誰じゃ! 誰かおるのか?」

 必死に耳を凝らす。そして――再びかすかな声が届いた。

「……誰かいるのか」

 はっきりと聞こえたその声に、ヨウは身体をよじりながら鉄格子に近づいた。そして、隙間から見える暗闇に向かって再び声を張り上げる。

「おるぞ! お主も捕まっておるのか!」

「……俺一人ではない……かなりの人数がこの牢獄に閉じ込められている」

「な、なんじゃと?」

 暗闇で何も見えなかった目が、だんだんと慣れていき少しだがうっすらと見えていく。

 目を凝らし凝視する暗闇に、思いもよらぬ光景が目に飛び込んだ。

「こっ……これは!」

 通路を挟んで向こうには、四角く区切られた牢獄が立ちはだかっていた。鉄格子が四角小さな箱のようになり、それが何段と積み重なっているように見える。そして驚くべきは、その中一つ一つに衰弱しきっている使魔たちがいることだった。

 皆が狭い牢獄の中にぐったりと身体を預け、目を閉じかすかに呼吸をしている。

「……使魔掃討作戦で集められた使魔たちか! お主らなぜ逃げださんのじゃ! しっかりせんか!」

 ヨウの叫び声にもほとんど反応しない。ただ一人、上の鉄格子に入れられた使魔が弱々しい眼差しをヨウに送った。

「……この鉄格子は特別らしい。魔術ができない。皆、食事もまともに与えられず、餓え死寸前だ……」

「なんということじゃ……」

 信じられない様子でヨウは檻を見上げた。

 使魔掃討作戦がどのような事態を招くのか、ヨウはそのことを懸念していた。だが、使魔は集団行動をすることがない。もし、契約者と共にいるものならば、常にその契約者と生活を送ることになる。使魔は人間よりも魔力は優れているし、契約者といても身の安全は保障されている。たとえ使者が目の前に現れようとも、簡単には捕まるはずはないと考えていた。

「なぜ……なぜこんなにも捕まってしもうたんじゃ」

「主に……連れてこられたのだ」

「あ、主に……じゃと!」

 困惑するヨウを、その使魔はただ弱々しく眺めている。

「……所詮、人間など……俺たちを利用する道具としか見ていなかったのだ。ここに集まった使魔は、全て主の手により使者に渡された」

 視線を流し、どこか遠くを見つめていた。全てを投げ出したような目だった。暗い牢獄の中、光も入らず、ただただ時間が過ぎて行くだけ。集まった使魔たちとの会話もままならず、確実な死がひたひたと近寄る。

「人間など……俺たちよりも劣る者ども。いつか……必ず復讐を……。できずとも……呪いながら死んでやる」

「復讐……呪い……じゃと?」

 身動きのない使魔たちを見上げながら、ぐっとヨウは唇を噛み締める。

 拳に力が入り自然と身体が震えた。ほどけることがない縄が、みしみしと軋む。

「貴様ら……誇りはないのか!」

 ヨウの叫び声は、牢獄の中に響き渡った。目の覚めるような大声は、身動きをしなかった他の使魔たちを刺激した。ぴくっと動き、ゆっくりと顔をヨウへと向けて行く。

「このような場所でお前たちはじっと待っておったのか? 魔術が使えんからと諦め、死を選ぶのか? わしらには魔術がある、人間にも負けん魔力がある、そう思いながらもあがくこともせんかったのか?」

 力のなかった使魔たちの瞳に、徐々に光が戻って行く。皆、ヨウの言葉に耳を傾けていた。

「最後のあがきが、主を恨みながら死んでいくことなのか? ……わしは、そんなことまっぴらごめんじゃ! 少なくとも、わしの主は必ず助け出してくれる! この状況を見れば、きっとお主らも助け出すに違いない。じゃが、主にはわしほどの力はない……それでも……」

 ヨウはふっと視線を地面に落とした。

 必死に探す真一の姿が目に浮かんだ。魔力も少なく、魔術もまともに扱えない――それでも愚痴も言わず、ここまで来た。日に日に成長する真一に、ヨウも驚き、これからの成長が楽しみだった。真一といれば再び姫に会える、そんな願いも叶うような気がした。いや、その願いは必ず叶うと信じている。

 ヨウは鋭い目つきで牢獄の使魔たちを睨み上げた。

「わしは主を信じとる! 貴様らのように、ここでのたれ死ぬ気はない!」

 そうヨウは叫ぶと、ぐっと手のひらに力を込め始めた。

 その様子に気づいた使魔が、声をかけた。

「……無駄だ。召喚魔術はできぬ。何度も俺たちが試したのだ……無駄なことはやめるんだ」

 呆れたような声だったが、それを無視しヨウは歯を食いしばり力を貯める。力を込める手のひらは震え、なんとか召喚を試みようと集中を高める。だが変化は起こらない。

「やめるんだ。力を浪費するだけだ。……ここで黙って待つしかないんだ」

「あんたの言葉は結局は理想論。俺たちのできることは、人間を恨みながら死んでいくだけ」

「……結局駄目……か」

 ヨウを見守っていた使魔たちだったが、口ぐちに諦めの言葉を吐くと再び身を檻の中に預け始めた。

 再び、牢獄の中に暗い重い空気が支配する――その時だった。

「インディションサモン!」

 ヨウの叫び声とともに、激しい光がヨウの檻から発せられたのだ。

 突然の閃光に、使魔たちは驚くとともに光から目を覆う。光は少しの間続き、やがて光が治まって行く。それを感じ取り、使魔たちはゆっくりとヨウの檻を見下ろした。

 そこに広がっていたのは――。

「いくぞ……同胞たち!」

 鉄格子には穴があき、大きく折れ曲がっていた。牢獄から脱出したヨウの手には短剣が握り締められている。

 驚く使魔たちは、ヨウを信じられない様子で眺めるだけだった。

 使魔たちの眼差しを受ける中、ヨウの左腕がだらりと力なく垂れ下がっていた。だが顔を歪めることもなく、すぐさま使魔たちの牢獄へと飛んで行った。


    ◇    ◇


 真一はただ呆然と、目の前に立ちふさがる土壁を見上げるしかなかった。固く閉ざされたその向こう、マスクとライト、そしてリオとヨウがいたのだ。

 手に届く距離だった。あと一歩早く出ていれば――連れ戻すことができていたかもしれない。

 だが、今更そんなことを考えても仕方のないことだった。今ある現実は、道を塞がれてしまった事実だけである。

「……ちくしょう……ちくしょう……!」

 がっくりと膝から崩れ落ち、ただ拳を握り締め悔しさを噛み締める。何度も拳で土壁を殴った。だが、崩れない。びくともしない。殴るたびに、自分は無力なのだと思い知らされる感覚だった。

 しかし、真一は力の入っていた拳をふっと抜き、視線をすっと上げた。

「……俺は……諦めねぇぞ……」

 独り言を囁くと、立ち上がりトートバックの中に手をつっこみ証を握り締める。それは、ガナオンから貰い受けた黒い証だった。

 それを両手でぎゅっと握り締める。真一の目は諦めていなかった。

 するとまもなく、黒色の閃光が辺りを包んだ。その光は真一の目の前に委縮していき、やがてそこから真紅のローブを着たガナオンが姿を現した。

「こんにちは、シンイチくん」

 ウェーブのかかった黄色の長い髪。細身の身体でありながら、胸が大きく色香を漂わせる。久しぶりに会う真一の姿に、微笑むガナオンだったがすぐに表情が一変する。

「……こ、これは!」

 真一の横を通り過ぎ、岩壁に手を当てる。

「ここは城への回廊でしょ? 何なのこの壁は!」

 ガナオンは険しい表情で振り返った。一方、真一は眉間に皺を寄せつつ、視線を落とし悔しそうな表情をしていた。

「……マスクが道を塞いだんです」

「マスク? ……ダック公爵の部下ね。でもどうして道を……! シンイチくん、一体何があったの?」

 真一は、城下町オディから起こったことをガナオンに話した。

 ピィが死んでしまったこと、オディの証を手に入れたこと、ライトとヨウの姿が消えてしまったこと、そして、マスクがライトとヨウを連れて目の前の道を塞いでしまったこと――。全てを話終えた時、ガナオンは視線を泳がせ驚きを隠せない様子だった。

「ライト……シトモンさんの娘さんがシンイチくんと一緒に旅を……? そしてダック公爵の部下と一緒にいた……? なぜ……。ライトはマスクと一緒に……本当に自らの意思で……?」

「違う! 絶対マスクに弱みを握られてるんだ! ……ライトが俺たちを見捨てて、マスクの所へ行くわけねぇ」

 そう信じるように、真一は顔を伏せぎゅっと拳を握った。

 とても信じられなかった。――なぜライトがマスクと一緒にいるのか。ついさっきまで隣にいたライト。それがなぜ、ヨウとともにマスクの隣に立っているのか――。

「……シンイチくん」

 ガナオンの声にハッとした真一は再び顔を上げた。

「とにかく……これではアラウ城へ行くことができないわ。……残念だけど、私ではこの岩壁をどうすることもできない。ここは魔元素が少ない場所で、私の召喚魔術ではとても壊せないの」

「そ、そんな!」

 だが、ガナオンはふっと表情を緩めると続けた。

「大丈夫。私には無理でも、もう一人の統治者ならばできるわ」

「……誰ですか?」

 思わず眉をひそめた。真一は嫌な予感しかしなかった。そんな真一に気づくはずもなく、ガナオンは笑みを崩すことなく言った。

「オディよ。彼の移動魔術で連れて行ってもらいましょう」

 予想通りの人物の名に、思わず真一は視線を逸らした。

「……あら、どうしたの?」

「いえ……なんでも」

「……その様子だと彼と何かあったみたいね。まぁ確かに彼は人を逆撫でするような性格だけど、魔術に関しては文句のつけようがないわ。それに、魔元素が少ないこの地であっても彼の移動魔術は関係ない。本当に、移動魔術に長けた人なのよ。……安心してシンイチくん。私もちょっと苦手だから」

「ガナオンさんも……?」

 ガナオンは苦笑いを浮かべつつ頷いた。

「えぇ。けど、今はそんなこと言ってられないわ。ライトと使魔を救いたい……でしょ?」

「そうですね……すいません、子供みたいなこと言って……」

 すると、ガナオンはふっと表情を和らげて微笑んだ。

「いいのよ。さぁ頼んだわよ、シンイチくん。一緒に彼に頭を下げましょ」

 その言葉に思わず真一もふっと表情を和らげた。そして、トートバックの中から最後の証である、黄色の証を手に取った。

「……あいつに殴られたって構わないです。それで策が見いだせるなら、いくらでも殴られますよ」

 そう言うと真一はぎゅっと証を握り締めた。

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