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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第六章 クフィロン山
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【第五十五話】 暗闇に現る――人

 真一とリオは肩を並べ洞窟を歩き続けている。道は相変わらず淡い光が照らすだけで、景色が変わることもない。ひたすら土壁が続き、いつになったらつくのかさえわからない。一人だと発狂するかもしれないが、進む二人の表情は明るかった。

「……じゃあシンが戻ったら二人とも姿がなかったのか。そりゃびっくりだな」

「ライトは目が見えねぇから、余計不安なんだよ。……もしライトの身に何かあったら、俺、ライトの親父に殺される……」

「はは、そりゃ親ならば子の心配はするさ。……俺もその時は見守るしかないな」

「……おいおい、頼むぜ」

 真一はリオに今までの経緯を話した。リオには使魔の存在は見えないにしろ、それが嘘ではなく本当に存在するものだと理解している。現に、トトロイにもいることもあり、多少なりともその存在には慣れているようだった。

「……しかし、ライトさんの回復魔術といい、使魔といい、このアラウという国は不思議なことだらけだ。エルモと違いすぎる」

「魔術が当たり前だからなぁ。……まぁ俺もアラウ人じゃねぇから最初は戸惑ったけどな。習うより慣れろ、だな」

「そうかもしれないな。俺もトトロイの家に住み始めてだいぶ日にちは経ったが、最初よりは慣れてはきたかな。……トトロイの雑用ばかりだけどさ」

 リオはふっと鼻で笑い口元を緩める。

「……雑用って何するんだ?」

 思わず真一は食いついた。リオの身体付きは真一よりも良い。筋肉質の二の腕は太く、分厚い手のひらはかなりの腕力がありそうである。足も鍛えているのだろう、無駄な肉がない。

「ほんとに雑用さ。掃除とか料理を作るのさ」

 はは、と笑いながら言うリオに対し、真一は目をまるくして驚いた。

「ま、マジかよ! 想像できねぇ……。俺、家の警備とか力仕事してんのかと思ったぜ」

「そういうことは、トト、とか言う使魔がやっているそうなんだ。……俺には見えないけどさ」

「へぇ。リオが掃除に料理ねぇ。……ごついメイドだな……」

「何か言ったか?」

 ぼそっと呟いた真一に、リオは不思議そうに首を傾げる。

 真一は慌てて頭を横に振り、苦笑いを浮かべた。ごつい男の家事風景――見るに耐えがたい、と言えるはずもなかった。


 しばらく歩いていくが、やはり一向に景色は変わらない。景色が変わらないので、一体山のどの辺りに来たのかさえもわからなかった。

「……こんなことならトトロイさんに次の自衛魔術の位置を教えてもらえばよかったな。進んでのか迷ってるのか、それもわからねぇよ」

「進んでいればいづれ出口があるさ。他に道などなかったしな」

 二人分の足音が息遣いとともに洞窟に響く。

 ――その時だった。急に、リオが足を止める。それに釣られ、真一も足を止め振り返った。

「なんだよ、急に止まって」

「……誰かいる」

 眉をしかめリオは目の前の暗闇を睨みつけている。真一も視線を前へと戻し、じっと見つめてみるものの何も感じなかった。

 いやに静かな空間が重くのしかかる。耳をすまし、目をこらし、暗闇を見つめ続ける。

「……何にもねぇじゃねぇか」

 そう言いながら振り返ってみるが、リオはなお暗闇を睨みつけていた。その様子をしばらく眺めていたが、リオは突然持っていた槍の柄をどんと地面に叩きつけた。

「出てこい! そこにいるのはわかっている!」

 真一はその叫び声にびくっと身体を震わせながらも、再びゆっくりと暗闇に視線を送る。

 ――やはり何も見えない。どこまで続いているのかわからない暗闇。そこから人の気配など感じなかった。

 だが、それはほんの一瞬だった。

「エルモ人、貴様よほど目が良いらしいな」

 聞き覚えのある声。

 その声の主を思い出すのに、それほどの時間はかからなかった。それはリオも同じだったらしく、声を聞いた途端、槍の先端を暗闇に向ける。

「そ、その声は……!」

 なぜここにいるのか――それが頭の中で整理ができなかった。真一は顔を引きつらせながら、思わず後ずさる。そして、暗闇から姿を現したのは、水色のシャツとズボンを着たマスクだった。

「前に言ったはずだ。……次に会う時は死ぬ時だ、と」

 顔半分は白い仮面で隠れているものの、見える片側の口元は釣り上がっている。

「ど、どうして……どうしてマスクがここに」

「何をそんなに驚いている? 俺はダック公爵の部下。この回廊に入ることなど、造作もないこと。……それより、己の身を案じたらどうだ?」

 冷たい目線が真一を貫く。びくっと震える真一の前に、すかさずリオが立ち塞ぐ。槍を構え警戒心を露わにする。

 その様子にマスクはふっと鼻で笑って見せた。

「……そう慌てるな。次に会うときは死ぬ時――そう言ったのは間違いない。だが、少々事情が変わった。今いるのは――俺一人ではない」

「何?」

 その言葉に真一とリオは眉をしかめた。そして、マスクの隣を凝視する。

 暗闇からゆっくりと足音が近づいてくる。一体誰が出てくるのか。ゆっくりと進んでくる足音と共に、見えたローブの色は――。

「……な、なんで……」

 真っ白のローブ。おかっぱの黄色の髪。閉じた目と不安そうに八の字になった眉。

 間違いなくライトだった。

 だが、逃げる素振りもなく、マスクの横へと進み寄った。

「シ、シンイチさん……」

 呆然とライトを見る真一だったが、ふと何かが視界に入った。――ライトの腕の中にヨウがいた。だが、寝ているのか目を閉じている。

 それを見た瞬間何か嫌な予感がし、思わずマスクを睨み上げる。

「マスク! てめぇ……二人に何しやがった!」

「とんだ言いがかりだ。俺は何もしていない。ここにライト様がいらっしゃるのは、ご自身の意思だ」

「何?」

 にやりと口の端を釣り上げるマスク。一方で、真一とリオは言葉を失ったままライトに目線を移した。

 ライトは腕の中のヨウを抱きかかえたまま、動こうとはしない。むしろ、真一たちの目線から逃げたいのか顔を俯かせていた。

「……ライト、どういうことだ! なんでマスクと一緒にいんだよ! それに、ヨウはどうしちまったんだ!」

 その問いかけに、ライトはなかなか答えようとはしなかった。唇を噛み締めたまま、黙りこんでいる。

 沈黙に耐えきれなくなった真一は、近づこうと一歩踏み出した。だが、マスクがライトの前に身を乗り出し、不敵な笑みを浮かべる。

「何があったのかも何も、ライト様がここにいることが事実だ。そして――ここにヨウがいることもな」

「何が事実だ! てめぇがそそのかしたんじゃねぇのか! ライトとヨウをどうする気だ!」

「聞いてどうする? 全く意味のないことだ」

 すると、マスクは白い仮面に手を伸ばし、そのまま仮面を取る。そこから何かが出てきたかと思うと、上空にトグの姿があった。冷めた目線で真一たちを見下ろしていた。

 真一はトグを見上げていたため、見えないリオも釣られて顔を見上げた。

「俺を出してどうするんだ。何がしたい」

「この道を塞げ」

 マスクの言葉に、トグを除く全員が眉をひそめた。

「なっなんだと!」

「ハギノ、使魔掃討作戦が変更されたことを知っているだろう? 先ほど、使者の奴が来たと思うが?」

 口元を歪めつつ笑みをこぼすマスク。まるで仕向けたような言い方である。

「……やっぱりてめぇが仕向けたんだな」

「ダック様から仰せつかっているからな。だが、少し事情が変わった。……もっとも俺とライト様の間でしかないがな」

 そう言い終えた途端笑みは消えた。そして、冷たい視線をリオへと向けた。

「ただしエルモ人、貴様は別だ。トグ、奴を捕らえろ」

「了解した」

 すぐにリオは槍を突き出し身構えた。だが、目線はトグがいる方向は全く違う方向だった。視線を彷徨わせ気配を探ろうとしている。

 トグはそれを鼻で笑い、真っ直ぐリオに向かって腕を伸ばす。

「リオ逃げろ!」

 真一はリオに向かって叫ぶが、リオがすぐに反応できるはずはなかった。

「アビシャス」

 トグから飛ばされた空間の歪みは黒く、それはリオの目にも見えた。だが、いきなりのことでリオは避けることができなかった。槍で防御しようとしたが、それはするりと避け、リオの身体に巻きついてしまった。そのはずみで、槍が落ちてしまう。

「なっなんだこれは!」

「それを解くことはできない。いくら身体を鍛えているエルモ人であろうとな」

「ぐ……くそっ!」

 腕に力を入れ、その歪みを破ろうとしてる。が、リオの腕が震えるだけでそれはびくともしない。

 どうすればいいか。真一は咄嗟にポケットに手を入れ、触媒を握り締めた。とにかくこの魔術を解かなければならない。そう判断し、矢を召喚しようとした。――だが。

「無駄だ」

 そのマスクの声と同時に、トグが片腕を天井に伸ばした。

「シント」

 小さな手のひらから、その何倍もの大きさの衝撃波が天井に放たれた。勢いそのままに、衝撃波は天井にぶつかる。その瞬間、洞窟全体が揺れるような地響きとともに、天井から土の塊が落ち始めた。

 大きな揺れにバランスを崩しそうになる。だが、目の前に立つマスクは余裕とばかりに笑みをこぼしていた。

「……命拾いしたなハギノ。ライト様に感謝するがいい」

 ライトはずっと顔を俯かせたままだった。そして、その腕の中にいるヨウも目を閉じたまま開こうとはしない。一体二人の身に何が起こったのか、真一は理解できなかった。

 そして、リオはトグの魔術に捕まったまま、綱で締めあげられたように自由を奪われている。いつの間にか身体を倒され、引きずられていた。

「マスク、てめぇ何がしてぇんだよ!」

 駆け寄ろうとした瞬間、目の前に砂や岩が落ちていく。声はそれらにかき消され、マスクたちの姿までも遮って行く。

 あっという間に目の前に岩壁が出来上がってしまった。マスクたちの声も届かない。残ったのは灯る淡い光と、再び一人となってしまった孤独感だった。

「くっそおぉ!」


    ◇    ◇


「シン、大丈夫か!」

 身動きの取れないリオだったが、閉ざされた土壁に向かって叫んだ。だが、真一からの返事は聞こえない。代わりに、隣に立つマスクがふふっと声を漏らした。

「……貴様、人の心配より自分の心配をしたらどうだ?」

 キッと睨み上げれば、口の端を持ち上げにやりと笑っていた。

「ハギノは殺さん。それがライト様との約束だからな。……これで満足ですか、ライト様?」

 そう問いかけられたライトだったが、唇を噛み締め眉をしかめ俯いている。逃げる素振りがないライトに対し、リオは叫んだ。

「どうして逃げない! どうしてこんな奴なんかと一緒にいるんだ! シンがどれだけ心配していたのか知らないだろう!」

 その瞬間、ライトの眉がぴくっと動いた。

 リオはなんとかライトに近づこうと、動かない身体を必死にねじり近寄って行く。

「早く……逃げるんだ!」

 だが、ライトは動かない。近寄ろうとするリオだったが、マスクに頭を踏みつけられてしまう。

「ぐっ!」

「先ほども言ったと思うが、ここにライト様がいらっしゃるのはライト様自身のご意思。口を慎め」

 すると、マスクは手のひらを広げそこから黒い渦のようなものを作り上げた。そして、それをリオの背中に思いっきり叩きつけた。

 背中に触れられた瞬間に異変は起きた。

「かはっ!」

 背中から全ての力を吸い取られる感覚。力が入らず目の前が真っ暗になる。思考も途切れ、リオはそのまま気を失ってしまった。

 一方で、叫び声を聞いたライトはびくっと顔をしかめた。

「な、何を……」

 ヨウを抱く手のひらに力を込める。もう後戻りはできないとわかっていても、心は逃げたいと訴えるように暴れていた。

「うるさいので、少し黙らせただけですよ。ご心配ありません。それより参りましょう。ライト様も早く手に入れられたいでしょう?」

 そう言って、マスクは力が入っているライトの手のひらにそっと触れた。だが、ライトは触れられた手のひらをびくっと震わせた。そして、片腕で抱くヨウの手のひらを奪われまいと力を込める。その様子にマスクはふっと口元を緩めた。

「大丈夫ですよ。約束は守りますから。現にハギノは逃したでしょう。……そんなに疑っていては、これから行う治療も不安になると思いますが?」

「……ご、ごめんなさい」

 にやりとマスクは笑みをこぼし、そっとライトの手を握り締めた。言葉通りヨウに視線を送るものの奪う気配はない。ライトも、身体を強張らせながらも抵抗はしなかった。

「……トグ、俺の部屋へ移動しろ」

「部屋? なんだ、先にダックの所に行くんじゃないのか?」

「先に治療だ。その後エルモ人を連れて行く」

「……まぁいい。好きにすればいい」

 トグはそういうとマスクたちの周りに円を描き、ぶつぶつと詠唱を始めた。そしてすぐにふっと姿を消した。

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