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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第六章 クフィロン山
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【第五十四話】 暗闇に現る赤き人

 地面を蹴る真一の足音だけが、静かに響いている。足元は固い地面で、周りは掘り進めたように土壁が永遠と続いていた。坂の洞窟は、一定の間隔で灯りがともっている。だがそれは弱々しいもので、ほんの先しか照らされず、奥がどうなっているのかは確認できなかった。両手を広げても届かない天井と横幅は、ここが山であることを忘れそうなほどゆとりのある道だった。

 黙々と坂を登る。傾斜が緩やかなことも幸いし、そこまで息が切れるということにはならなかった。だが、蓄積された疲れは真一の身体を徐々に重くしていった。ましてや一人である。足を進めるたびに、本当にこの先に二人がいるのかどうか不安が大きくなる。

 もし――ライトが誘拐されていたなら。ライトはどこへ連れ去られてしまったのか、ヨウは無事なのか。悪い考えが頭の中をぐるぐると回る。

 身体の辛さが増していくが、そんな考えが足を止めることを許さなかった。早く二人と合流しなければならない――そんなことを考えながら、薄暗い前を見据え歩いている時だった。

「……ん?」

 真一の息遣いと足音しか響かないはずが、何か別の音が耳に届いた。確かめようにも、淡い光はほんの先しか照らされない。

 だが、目の前に気配を感じる。

 ごくりと唾を飲み込み、じっと闇を見据える。ライトなのか、ヨウなのか、はたまた別の誰かなのか――。

「だ、誰かいるのか?」

 暗闇に吸い込まれるように消える声。感じる気配は、真一の声に反応するかのように足音を立て近づいている。そして、見えたローブの色は――水色だった。

「うわっ!」

 目元を覆う白い仮面。間違いなく使者だった。

 なぜここに使者がいるのか、ならばヨウたちはどこへ行ったのか――そんな疑問が次々と沸いて出てくるが、考える暇などなかった。

「アビシャス」

 使者は手のひらを真っ直ぐ真一に向け、すぐさま詠唱した。

 空間の歪みが向かってくるが、横へ倒れるようになんとか避けた。すぐに立て膝をし、使者を睨みつける。

「て、てめぇいきなり何なんだよ!」

 だが、使者は何の言葉も返すことなく、再び手のひらを真一へと向けた。そして、また詠唱する。

「くそっ!」

 すぐさま立ち上がり、間一髪で歪みを避ける。だが、避けるといっても場所は狭い。徐々に追いやられ、気づけばすぐ真後ろに壁が立ち塞いでいた。

 唇を噛み締めながら使者を睨みつける真一。一方で、使者は言葉を発することもなく淡々と移動魔術を詠唱するだけだった。

「……俺を捕まえてどうするつもりなんだよ」

 手のひらを向ける使者に問いかえるが、やはり答えはない。

「アビシャス」

 今度は避けることができなかった。空間の歪みが真一を襲う。

 言葉を発することもできず、そのまま歪みに覆い尽くされてしまった。身体全体がしびれるような感覚となり、手足を動かすことや瞬きでさえもできない。ただ、意識だけははっきりとし、目の前に立つ使者の姿が見えた。

 すると、使者はおもむろに後ろを向き、そのまま歩き始めた。真一の身体も、引きずられるかのように一緒に移動し始める。空間の歪みが、綱のような役割となっているようだった。

 ――どうにかしねぇと……!

 そう思ってみるものの、身体は反応できない。足を踏ん張ることも、持っている荷物に手を伸ばすこともできなかった。気持ちだけが焦って行く。

 ――どうするどうする……どうするんだよ!

 少しの間引きずられたと思うと、急に使者は立ち止まり何かぶつぶつと詠唱し始めた。すると、使者の周りから静かな風が舞い上がり始める。

 ――移動魔術か? くそっ! どうすりゃいいんだ!

 焦る気持ちだけが募っていく。だが、声も出ない。――そんな時だった。

「……っ!」

 突如、かばんが赤く光りはじめたのだ。強い赤い光はかばんから漏れ、それに気付いた使者は詠唱をやめ振り返る。

 真一は全く動いていない。だが、証が勝手に光っている。

「どういうことだ……!」

 そう言いながら手を伸ばす使者。だが、かばんに辿りつく前に証は一番強く光り辺りを赤一色に染めた。

 次第に光が弱まり、元の薄暗い洞窟へと戻って行く。すると突然、使者が急に身を引いた。じりじりと距離を置いているようにも見える。一方で、真一は後ろを振り向くことができず、一体何が起きたのか理解できなかった。だが、すぐに真後ろから声がした。

「すぐに解放しろ。無駄口は許さん」

 聞き覚えのある声色だった。

 真一が記憶を遡っていると、使者は少し間を置いた後、重い口をゆっくりと開いた。

「か……かしこまりました」

 使者は悔しそうに唇を噛み締めている。すると、手のひらからゆっくりと空間の歪みが消え去って行き、やがて真一の身体を覆っていた歪みもなくなった。

 一方で、真一はふっと身体が軽くなったような感覚になり、すぐに力が入らずそのまま膝から崩れ落ちた。地面に手をつき呼吸を整えていると、先ほどとは違う声が耳に届いた。

「シン、大丈夫か?」

 ハッと目を見開く。

「その声は……!」

 真一のことを『シン』と呼ぶのは一人しかいない。まさかと思いつつすぐに振り返った。

 そこには――槍を地面に突き立てているリオと、使者に鋭い眼差しを送るトトロイの姿があった。

 トトロイの髪はターバンで隠され、額には赤い宝石が光っている。また肩にはしがみ付くようにトトがいた。トトロイとリオ、共に真紅のローブの肩と裾の部分が、引き裂かれたように短くなっている。そこから見える腕は太く逞しい。

「シンイチ一人か。使魔はどうしたんだ?」

「ヨウさんはどうしたの?」

 真一は唖然とした表情で立ち上がる。まさか三人もいるとは思わなかった。すると三人は、ふっと鼻で笑った。

「……そんなに驚くこともないだろう。証は俺の額の石と繋がっているからな。行こうと思えばいつでもシンイチの元へ行けるのだ。まぁ……まさかこんな状況だとは思わなかったがな」

「ほんとだよ。ヨウさんがいないって……君、契約者としてどうなの?」

「トトロイに頼んで俺も連れてきてもらったんだ。……何か手伝えることがあるんじゃないかと思ったが、さっそく力を発揮できそうだ」

 三人の視線が使者へと注がれる。それに釣られ真一も前へ向き直った。

「わりぃな。心強いぜ」

 立場が逆転したこともあり、思わず真一の口元が緩む。

 一方で、使者はその間に少しずつ距離を開け、今にも逃げ出しそうな雰囲気だった。だが、トトロイがそれを見逃すはずはなかった。一歩踏み出すと同時に、大きく足音を立てた。

「おい、逃げるなよ。お前には説明をしてもらわないといけないからな。……トト」

 視線をトトへ送る。それを受け、トトは真っ直ぐ手を伸ばした。すると、何かを感じたのか使者は逃げようと詠唱をし始める。周りを丸く風が舞い上がって行くが、トトの詠唱の方が早かった。

「アビシャス!」

 あっという間に空間が使者を捕らえた。綱のように空間の歪みが使者の身体に巻きついている。必死に抵抗する使者を眺めながら、トトロイが歩み寄って行く。

「……統治者として尋問する。一つ目。城への回廊に、なぜお前のような使者がいる? 王から警備を頼まれたのか? ……そんなわけあるまい。ここは証が必須となる道。嫌でも統治者と会わなければ進めんのだからな」

 トトロイは目の前まで行くと、太い二の腕を組み使者を見下ろす。

「二つ目。なぜシンイチを連れ去ろうとした? 使者は、使魔掃討作戦の実行人と聞く。それが、使魔のいないシンイチを狙うとはどういう魂胆だ? お前も見えるだろう? シンイチには使魔がいない。それをなぜ狙う?」

 鋭い目つきで使者を睨む。使者は言葉を選ぶように口を開き、ゆっくりと言葉を発した。

「と、トトロイ様……こ、これは……任務です」

「任務? では誰からの指示だ? 言え」

 使者はしばらく黙り込んでいた。だが、トトロイの威圧に耐えきれなくなったのか、小さな声で言葉を吐き出した。

「……じょ、情操部の……命令です」

「情操部? ……下らん名目ばかりの役所か。では、なぜシンイチなのだ? 使魔を捕らえるのが、使魔掃討作戦の内容ではないのか?」

「わかりません……。きゅ、急に作戦が変更されたのです。ハギノシンイチを……捕らえよ、と」

 その言葉に全員が眉をひそめた。

「何? どういうことだ!」

 トトロイはそう叫ぶと、使者の胸倉を掴んだ。苦しそうに使者は口を歪めるが、トトロイは力を抜こうとはしない。

「俺はそんな内容は聞いてはいない! 貴様、嘘を言うな!」

「ほ、本当です……嘘ではありません……」

「戯けたことを! もう良い! 戻ってこの下らん作戦をやめさせろ! ……トト、やれ!」

 険しい表情で振り返った。それを受け、トトは大きく頷いて見せた。

 自らの指を切り、血で使者の周りの地面をぐるりと指でなぞる。そして、目を閉じ集中し始めた。

「と、トトロイ様! この作戦は絶対です! 背くことなど……貴方様でも許される所業ではありません!」

 叫ぶ使者。だが、トトロイは眉一つ動かさない。

「統治者であるならば、国のために実行すべきです! それを妨げるなど……このまま私を返すならば、私は貴方様の今の言動を全て報告させていただきます! ですから、今すぐ……」

 言葉を続けようとした使者だったが、それをトトロイが遮る。真っ直ぐと使者を見据え、その顔に迷いはなかった。

「勝手にしろ」

 口を半開きにした使者はそのまま言葉を失い、トトの移動魔術によってふっと姿を消してしまった。

 

 しん、と再び洞窟の中が静寂に支配される。そんな中、トトロイは殺気立ち険しい表情で顔をしかめていた。

「気にくわん。一体、城で何が起こっている」

 トトロイは小さく舌打ちをする。組まれた腕をぎゅっと握り締めていた。

「使魔掃討作戦、だよね……? なんで君が対象になってんだろ?」

 肩に乗っているトトも首を傾げ、じっと真一を眺めていた。その真一は、呆然と地面に視線を落としていた。

 ライトとヨウがいなくなって混乱している中、今度は自分が狙われている――そんな状況が信じられなかった。

「俺のところには城からの状など届いていない。……大抵のことは、統治者には必ず周知されるはずなんだがな。それとも、俺に使魔がいるからあえて知らせなかったのか? ふん、どちらにしろ気にくわん」

 トトロイは視線をリオへと向け、口を開く。

「……リオ。お前はシンイチと共にいろ」

 思わぬ言葉に、トトロイを除く全員が驚いた。すぐにトトが眉をしかめ叫ぶ。

「マスター! 何言ってんの! こいつがエルモ人だってこと忘れちゃったの? 絶対に家から出しちゃダメだよ!」

「……まぁ落ち着け。一度、ダック公爵の部下に姿を見られたのだろう? だとしたら、俺がエルモ人を囲っているということを上が知っていてもおかしくはない。遅かれ早かれ、いつかはばれてしまうのだ。それに、シンイチが狙われていると知った以上守るべきだろう? ……俺が近くにいればいいんだが、町のこともあるんでな。だからリオ……頼んだぞ」

 トトはがっくりと肩を落とし、それ以上言葉を言わなかった。

 一方で、その言葉にリオは顔をほころばせ大きく頷いて見せた。

「あぁ、まかせろ! あんたの許可さえ下りれば、俺はいつでもシンを守るさ」

 真一はその言葉に反応し、ようやく視線を上げた。考えがまとまらない頭ではあったが、リオが一緒に行動する意味だけははっきりとわかった。

 リオがアラウの人にばれてしまう可能性が高いのだ――そうなれば、リオはどうなるのか。また、トトロイはどうなるのか。

 大きなリスクを伴うことだけはすぐにわかったが、それを言葉として出すことはできなかった。一人きりの真一にとって、誰かの存在があるだけでも大きな心の支えになる。そして何より、真一に対する二人の気持ちが伝わり、止める言葉を出すことができなかった。

 リオもトトロイも、真一に付いて行くことがどういうことか理解しているはずである。それでも、命がけで自分を守ろうとしてくれている――そんな思いを強く感じ、二人を案ずることが逆に失礼なような気がしたのだ。 

「ありがとう」

 二人は真一を真っ直ぐ見て微笑んでいた。それに釣られ、真一も表情を和らげた。命を狙われている――そんな事実でさえも、頼もしい二人を目の前にすると恐怖が自然と消える。

「使者なんかに捕まってたまるか」

 トトロイとリオはふっと笑みを見せた。そして、それぞれ真一の肩に手をぽんっと乗せる。

「よし、その意気だ。絶対に屈するんじゃないぞ」

「シンなら大丈夫。きっと平気さ」

 微笑みかける二人に、真一は静かに頷いて見せた。

 ライトとヨウはどこに行ってしまったのか。使魔掃討作戦とは一体何なのか。考えた所で、今の真一にできることはただ一つ――アラウ城へ行くこと。城へ行けば、ヨウの前マスターのイッチ姫がいるはずである。使魔掃討作戦が何か、それを問い詰める相手にもなり得る人物だった。

「……トトロイさん。ヨウの奴がどこに行ったのか不安だけど……あいつを信じて進んでみようと思います」

「なんだ、はぐれたのか? まぁ、ひょっこり顔を出すだろう。お前とリオなら、使者なんぞぶっとばせるだろうしな。ここまで来たならアラウ城を目指せ」

「はい。……ところで」

 そう言うと、真一は目線を前方へと向ける。

「トトロイさんは自衛魔術を解くとか、そういうのはやらないんですか? さっき、シトモンさんを呼び出したらすぐにやってくれたんですけど」

 すると、トトロイはにやりと口元を緩めた。

「馬鹿者。俺自身が自衛魔術、要するに壁なんだよ。気にいらない奴ならば、俺がそいつをぶっ飛ばす」

 ははっ、と大声で笑うトトロイに対し、一同は苦笑いを浮かべた。トトロイらしいと言えば、らしい考えである。

「シンイチは俺のお気に入りだからな。これからもし何か困ったことがあれば、遠慮せず俺を召喚すればいい」

「あ、ありがとうございます」

 トトロイは笑うのをやめると、咳払いをし真剣な表情となった。

「とにかくここを進め。そうすればアラウ城内に入る。移動魔術で送ってやりたいのは山々なんだが、ここは特別な土地でな……。移動魔術の元となる雷魔元素が極端に少ない。いくら使魔のトトと言えど、これ以上の移動魔術をしてしまえば動けなくなる。……すまんな。俺もさすがに町を捨ててまでお前について行けないのだ」

「いえ、それはいいんです。けど、なんで……どうして俺なんかのために、ここまで気を遣ってくれるんですか?」

 じっとトトロイを見つめる。真一にとって純粋な疑問だった。トトロイは他の統治者と違い、地位を感じさせない親近感がある。

 トトロイは一瞬きょとんとした表情となったが、すぐに口元を緩めた。

「別に気に病むことじゃないだろう。シンイチは気にせず、己の信じることをやり抜けばいいだけのこと。別にお前に気を遣っているわけじゃない」

 トトロイは一旦言葉を止め、トトに視線を流した。それを受け取ったトトは、血の指でトトロイの周りに円を描き始める。

「……まぁなんだ。シンイチにしろ、リオにしろ、お前ら二人は何かしらの強い意思があるように見える。信念というべきか……何か他の奴らとは目の輝きが違う」 

 描き終えたトトが念じ始め、その円に手を触れる。すると、白い光が一気に沸き上がった。

「……とにかく、俺がそうしたいからしているだけだ。ぐだぐだ言わずさっさと行け」

 そんなトトロイの声を最後に、トトロイとトトはあっという間に姿を消してしまった。残された二人は呆然とその後を眺める。

 すると、先にリオがふっと鼻で笑って見せた。

「……あの人は好き勝手にやっているだけさ。俺はあの人のそういう所は嫌いじゃない。そのおかげで命を助けられたし、付き合ってみると意外と面白いんだ」

「そう、か。……トトロイさん、本当に自分がやりたいからやっているっぽいしな。まぁ……いっか」

 頭を掻きながら真一は顔をリオへと向けた。

「よろしくな、リオ。頼りにしてるぜ」

「あぁまかせとけ。では、行こう」

 真一とリオは歩み始める。薄暗い洞窟に二人分の足音が響く。二人は真っ直ぐ前を見つめ、見えない道の先にヨウとライトを追う。

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