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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第五章 城下町オディ
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【第五十二話】 証と雛

 移動魔術で真一が来た場所は、砂場の回りを塀で囲まれた所だった。何かの建物の中のようで、天井があり、また塀の上には客席がずらりと並んでいる。

「ここは闘技場である。存分に戦うが良い」

 掴んでいた真一の腕から手を離し、オディはにやりと笑った。

「試合の準備でもするが良い。余は移動の雛を呼んでこよう」

 そう告げると、オディはふっと姿を消してしまった。一人ぽつんと残された真一は、周りを見渡した後静かに弓を引く準備を始める。

 命を賭けた試合。もう逃げることはできない。

 ――ピィも命がけで試合に臨んだ。

 弓巻きをはずしながら、そんなことを思った。弓巻きを取り終えると、すぐに弦を張る。丁度良い長さに調整し終えると、一旦しゃがみ込み、かけを右手につけ始めた。

 ――あんな小さな身体で……俺のために……死んだ。

 ぎゅっとかけの紐を結ぶ。熱くなる目を堪えながら、真一は立ち上がった。その瞳に迷いはない。すると、丁度目の前に大きな黒い箱が現れた。

「……さぁ連れてきてやったぞ。いつでも始めるが良い!」

 声のする方を見上げてみると、オディがいつの間にか客席で座っている。にやにやと、笑みをこぼしながら真一を見下ろしていた。

「眠りを妨げたのは……召喚の主、また貴様か」

 真正面からの声に視線を移せば、移動の雛が箱を開けたり閉めたりしている。

「そりゃ悪かったな」

 そう言いながら真一はポケットの中に手を突っ込む。袋からほんの少し粉を握り締めると、拳を真正面に真っ直ぐと伸ばす。

「インディションサモン」

 拳から眩い光が四方に放たれた。そして、握られていた粉は意思を持っているかのようにうねり、そのまま矢へと変化した。

 銀色に輝く矢を握り締め、真一は移動の雛を睨みつける。

「ふん、そのようなものを召喚しようと関係ないことである」

 そう言うと、雛は大きく箱を開けた。すると、中に鏡のようなものがあるのが見える。そこに映し出されているのは、真正面に立つ真一の姿だった。

 真一はそれをじっと見た後、目を閉じ大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 ピィの試合で、あの鏡は攻撃を全て跳ね返している。だが、真一に迷うことは許されなかった。

 ピィが風しか攻撃手段がなかったように、真一も弓矢で戦うしかない。閉じていた目を開け、鋭い視線を雛へと向けた。

「射止めてやるよ」

 そう言い放ち、雛に対し真横を向けた。そしてすぐに足踏み――足を肩幅に開く。それを行いながら、気持ちを落ち着かせ呼吸を整える。弓をきちんと握り、腰の辺りに手を当てる。

 特別なことはない。全ては練習通り。今までのことを発揮するだけだった。

「無駄が多い動作である。……まぁ無駄なあがきも一興であろう」

 ふん、と鼻で笑うオディ。にやりと口を持ち上げ、見下した視線を真一へと送っている。だが、真一はその声や視線さえも感じないほど集中していた。

 弓構え(ゆがまえ)

 視線を上から弓を伝いながら、静かに顔を雛へと向ける。一点だけを見据え、ゆっくりと腕を上げて行く。

 打ち起こし。

 矢が平行になるようゆっくりと上げる。

 引き分け。

 左手は弓を押すように、右手は力まず、身体を割るようなイメージでゆっくりと弓を引いていく。

「一体何の真似である? 貴様の遊びごとに付き合う時間など無駄。さっさと死んでもらう」

 そう言うと雛は大きく箱を開いた。そして、一気に真一へと向かう。

「余の養分となるがいい!」

 迫る雛。だが、真一は動じない。冷静に心を落ち着かせ、弓を引き続けていた。

 (かい)

 弓を引き分けた状態でじっと雛を睨む。

 真っ直ぐ向かっているせいで、狙うのは容易かった。矢を放つのは、自分の心持次第。

 雛が迫りくる。

 だが、真一は焦ることなくただ雛を見据えていた。そして――。

 離れ。

 緩まないよう、真っ直ぐ右手を弦から離す。弦が弾く音が響くとともに、左手に握り締める弓はくるりと回った。そして、放たれた矢は真っ直ぐ雛に向かって飛んでいく。

「馬鹿者! 貴様、試合を見ていなかったのか! 余に攻撃など無意味! 全て跳ね返してくれる!」

 虹色の残像を残しながら飛ぶ矢。一方で、恐れなどなく勢いそのままに襲おうとする雛。

 二つがぶつかる瞬間――激しく光りが四方に広がった。

 上から見ていたオディは思わず手で光を遮る。白い光はあっという間に広がり、真一を除く人間全てが目を瞑った。

 光は徐々に治まって行く。外からゆっくりと波が引くように光が薄くなり、最後に中心部がやっと姿を現した。

「な、何をやっている!」

 光の中から現れたのは、雛の中の鏡に矢の先端が触れた状態で固まっているものだった。互いにびくともしていない。落ちるはずの矢も、なぜか鏡に触れた状態のまま浮いている。

「移動の雛! 貴様、一体何をやっている! そんなもの跳ね返すべきである!」

 オディは顔を紅潮させ立ち上がった。目を見開き、力いっぱい拳を握り締めている。そんな怒号にも似た叫びに対し、雛は言葉を発しない。真一も同じく、離れの形――残心(ざんしん)のまま、微動だにしなかった。

 それがまたオディの逆鱗に触れ、今度は椅子を思いっきり叩きさらに叫んだ。

「何か言わぬか! 貴様、余の雛であろう! それが主に対する返答か!」

 真一が一瞬、視線だけをオディへと向けた。あの移動の雛の主は、統治者オディだったのだ。だが、オディは声援を送ることもなく怒りに震えるばかりだった。

「わけのわからぬ魔術を跳ね返せぬとは言語道断! 移動魔術は最強なのだ!」

 すると、雛の身体――黒い箱が変化し始めた。ゆっくりと赤色が斑模様に広がり、やがてどす黒い赤へと変化してしまった。

「……主の意のままに」

 雛のその言葉とともに、鏡から強い赤い光が発せられる。

 と、その瞬間――放ったはずの矢が真っ直ぐ真一に向かって飛んできた。

「なっ!」

 銀色の矢が飛んでくる――だが、集中を切らしていなかった真一は咄嗟に身を引いた。

 間一髪、矢は真一のすぐ横を飛んでいき、壁に見事突き刺さった。そして、そのまま粉へと戻って行く。

 尻餅をつき荒い呼吸を繰り返している真一に、雛の恐ろしく低い声が届く。

「……貴様、良く避けたものである。だが、余に残された時間は少ない。さっさと勝負つける」

「はぁ……はぁ……っ!」 

 突然雛が真一の頭上に飛び上がると、大きく箱を開け放ち急降下し始めた。

 一方で真一は、座り込んだまま呼吸も整っていない。だが、雛は容赦なく大口を開けどんどんと真一に迫りくる。

 ――このままじゃ……死ぬ!

 歯を食いしばり、なんとか立とうと試みるものの身体が動かない。

「ご苦労である。召喚の主」

 避けることができず、咄嗟に真一は目をきつく閉じた。

 だが――何も起こらない。それでも身を固め、真一は動かなかった。しかし。

「う……う……」

 うめき声が聞こえた。

 真一は恐る恐るゆっくりと目を開けて行く。すると、頭上にあったのは――赤く丸い空間に箱を歪ませ固まった雛の姿だった。

「うわっ!」

 真一はすぐさま立ち上がり距離をとる。真一がその場から逃げても、雛は動く素振りさえ見せない。箱を開き固まったまま、動かない。よく見てみれば、丸い空間の歪みから一筋歪んだ空間の線が延びている。それを伝うように真一は視線を上げて行った。それに辿りついた場所は……。

「何やってんだ!」

 冷たい視線で見下ろし、雛に向かって手のひらを向けるオディの姿だった。

「余に従う雛は、常に完璧であるべきである。それを……貴様、何とも醜い戦いを見せつけてくれた」

 オディはそう言いながら、広げていた手のひらをゆっくりと閉じて行く。それに伴って雛を包む空間の歪みが徐々に狭まっていった。すると、中にいる雛の身体――箱が少しずつ欠けて行く。

「移動魔術はどの魔術よりも勝る、優れた魔術である。それを……わけのわからぬ魔術相手に手こずるとは……言い訳ならぬ」

 手のひらがほとんど握り締められる形となる。雛を包む空間の歪みがさらに狭まり、中では雛の破片が飛び散っている。それでも雛は叫ぶこともあがくこともしようとはしない。

「やめろ! 今は俺と雛が試合してんだろうが! てめぇが手出すんじゃねぇよ!」

「黙れ!」

 顔を紅潮させたオディは真一に鋭い視線を向けながら、なお続けた。

「余は統治者である! 貴様たかがサモナーであろう。身分をわきまえよ!」

 その言葉に真一はぴくっと眉をしかめた。

「身分……? だから何なんだよ! 今関係ねぇだろうが!」

 その時だった。

 空間の歪みに包まれていた雛が、突如赤く光りを発し始めたのだ。そして一番強く光った瞬間、大きな爆発音とともに吹き飛んでしまった。

 近くにいた真一は、その爆風により吹き飛んだ。激しく背中をぶつけ、顔を歪めながらもすぐに雛が元いた場所に目を移す。だが、そこにはすでに何もなかった。

「……ど、どういうことだ。おい! てめぇ一体何しやがった!」

 立ち上がり真一はオディを睨み上げる。が、オディはため息を漏らし、呆れた様子でどかっと椅子に腰かけた。

「……くだらん。死ぬつもりなら余の力を使わず済んだものを……。ふん、時間の無駄であった。……くれてやろう」

 オディは真一に目もくれず、何かを投げ入れた。

 真一の足元に、その何かが音もなく落ちる――見れば見覚えのある形だった。

「これは……証」

 拾い上げて見れば、黄色いバッチのようなものだった。真一が持っている証と変わらない、色違いのものだった。それを握り締めつつも、真一は納得がいかず再び見上げる。

「どういうことだ! なんで雛は爆発したんだよ!」

「勝手に死んだ、それだけのこと。ふん、貴様何を言っている。命拾いをしたのだ、もっと素直に喜べばよかろう」

「お前……自分の雛が死んだんだぞ。何とも思わねぇのかよ……」

「……つまらん戯言である。たかが、パラッグの雛一匹。代わりなど山ほどいる。……貴様、証がほしかったのではないのか? 証はすでに貴様の手の内。何の不満がある?」

 真一は視線を落とし、手のひらにある証を見つめる。

 証のため――全てはこのためである。ピィが死んだことも、そして今、移動の雛が死んだのも――全ては証を手に入れるため。

「ふん。わけのわからぬ奴だ。さっさと余の目の前から立ち去るが良い」

 オディはすっと真一の横へと移動してくると、真一の肩に手を乗せ移動魔術を行った。

 目の前が暗くなるとともに、地に足をつけている感覚がなくなる。真一は証を見つめたまま、身動きできなかった。

 真一は呆然と思いを巡らす。

 証を手に入れるため――それは事実だった。今回、この証のためにパラッグの雛がいくつもなくなった。ピィだけではない、回復の雛、自衛の雛、そして移動の雛。どれも人間の勝手な考えに動かされ、そして死んでいった。

 真一自身、自分は違うと思っていた。だが、結局真一も証のためだった。それは変えようのない事実である。

 だが――と、真一は目を閉じた。

 真一にとってピィは代わりのいない存在。アラウへ来て、初めて出会えた仲間であることも事実だった。死は受け入れがたい、しかし、ピィがいなければこの証は手に入らなかった。そう思いながら、ぎゅっと手のひらを握り締める。

 ピィに限らず今回見てきた全ての雛に、真一は感謝をし、心の中で静かに祈りを捧げた。


    ◇    ◇


 町に戻ると同時にオディは姿を消し、真一はすっかり人気の引いた大通りにぽつんと一人立ち尽くしていた。

 ひっそりとしている。耳が痛くなるほどの静けさに、人の気配など感じなかった。

 ――とにかく二人と合流しなきゃな。

 そう思い、真一は元いた裏路地へと足を進めた。

「……あれ」

 暗いながらも、そこは間違いなく元いた裏路地だった。だが、そこに誰もいない。

「おーい?」

 声は真っ暗な空間に消えて行く。反応する音もなく、ただ闇が広がる。

「……どこいったんだ」

 呆然と立ち尽くす真一。

 ――町の外……か。

 ふとそう思い、真一は身支度を始めた。弓巻きを巻き、かけを片づけフードを被る。町は使者がいる可能性が高い、だから外で待っているのだろう。そんなことを考えていた。

 だが――真一は知る由もなかった。ヨウの身に危険が迫っている事実を。

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