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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第五章 城下町オディ
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【第五十一話】 残されたもの

 ヨウの言葉に、真一は目を見開き信じられない様子だった。さらにヨウは続けた。

「生き返らす、と言ってもほんのわずかな時間だけじゃ。しかも、一度行うと二度とできん。さらに言えば……その対象となったものは、生きていた頃の記憶などなく只の屍。指示だけを聞く人形となっておる」

 その言葉に真一は目を伏せた。眉間に皺をよせ唇を噛み締めている。ライトも、眉をひそめ俯いていた。

「……どうする。生前、ひよこは死んでもシンイチに尽くしたいと言っておった。その意思を汲み取り、また大会に参加し証を手に入れるか?」

「……いや」

 ぼそっと呟くと、真一は少し顔を上げた。

「ピィは……頑張ったんだ。死んでまで俺たちに尽くす必要はねぇよ。だから……その魔術はしねぇ」

 ぐっと拳を握り締めている。ヨウに視線を向けていないものの、見える目は赤くなっていた。

「それに、記憶がないピィなんて……見るのも辛い」

「じゃが……証はどうするつもりじゃ?」

 今、真一の手元にオディの証はない。アラウ城へ行くには、証は最低限の条件である。

 だが、ピィが死んでしまった今、証を手に入れる手段はない。

「証がないとアラウ城へは行けん。証を与えられるのは大会の優勝者――それが条件である限り、大会に出場せんともらえんぞ」

 そのことは真一も重々承知していた。だが、また新たなパラッグの雛を連れて行くという考えには及ばなかった。

「大会には出ねぇ……ピィの代わりなんているはずねぇだろ」

「そ、そりゃそうじゃが……どうするんじゃ」

 二人とも良い考えが浮かばず沈黙が流れる。

 家を探そうにも、派遣所で不可能と言われてしまった以上動けなかった。知っている町ならまだしも、広い町である。また目の見えないライトや、使者に狙われているヨウがいる以上、思うように動けないのも事実だった。

 証を手に入れる手段はあるのか――そう二人が考えている最中、ライトの声が響く。

「わ、私が……オディ様にお願いしてみましょうか……?」

「え?」

 思いもよらない言葉に、二人同時に顔をライトへと向けた。

「ライトが……? 面識でもあんのか?」

「……はい」

 そう言うとライトはかぶっていたフードを取った。黄色のおかっぱの頭が露わとなる。

「この髪色さえ派遣所で見せれば、すぐに話が通るはずです。シンイチさん……派遣所まで連れて行ってくれませんか?」

 何か自信がある様子のライトに、真一とヨウは互いに目を合わせ頷き合う。というよりも、他に手段が思いつかず、頼るほかなかった。

「わかった。一緒に行こう」

 真一はヨウに預けていた弓具を受け取り、ライトの手を取った。だが、真一は全てをライトにまかせるつもりはなかった。

 ――ピィの責任を果たすために何をすべきか。

 真一はある決心を胸に、弓をぎゅっと握り締め派遣所に向かって歩き始めた。

 

 暗いことも幸いし、ライトの髪が人々の目に留まることはなかった。使者に狙われる可能性があるヨウは、派遣所には近づかず上空で待つこととなった。

 真一とライト、二人きりの道のりとなったが会話はない。それぞれにピィのことが頭をよぎり、その度に目頭が熱くなる。

 真一は何も知らずピィに頼んでしまったことを後悔し、ライトは何もしなかった自分を責めた。

 だが――ライトはまた別のことで不安を抱いている。

 オディとの関係。ライトはオディを毛嫌いしていた。

 歳は倍ほど離れているのにも関わらず、深い交流を図ろうとする。姿を見れば食事に誘い、物を送り――気を引こうとする態度はライトでさえもわかるほどだった。もちろんシトモンも知っていたが、それを止めようとはせず、むしろライトにきちんと受けるように言ってくる。確かに身分だけ見れば、統治者という揺るがない肩書きである。だが、ライトは心底嫌だった。姿は全く知らない。しかし、触れる手、聞こえる声、感じる視線――全てにおいて不快感を抱いた。

「……ライト。派遣所に着いたぞ」

 そんな真一の声にライトは顔を上げた。ぐっと拳に力を入れる。

「あ、ありがとうございます……」

 真一はライトの手を引きながら、派遣所の戸を叩いた。すると間もなく役人が姿を現した。だるそうに欠伸をしている。が、ライトの髪色を見るや否や口を閉じ目を見開いた。

「そ、その髪色! 貴方は一体!」

「私は港町シトモンの娘、ライトと申します。折り入ってお願いがあるのですが……」

「し、シトモン様の! た、大変失礼致しました! して、そのお願いとは一体何でしょうか?」

 叫ぶと同時に、役人は膝を折り曲げライトに対し頭を下げた。一方で、ライトは不安そうに眉をひそめ胸元に手を組んでいる。

 その横で真一は、役人の態度の急変に思わず笑いそうになっていた。漏れそうになる声を、手で口元を覆っている。

「そ、その……オディ様にお願いしたいことがあるのです……。お会いできませんか?」

「……オディ様に、ですか」

 顔を上げ眉をひそめる役人。ちらりと後ろにいる真一の姿にも目が行った。だがすぐに視線は戻りライトに向けられる。

「かしこまりました。オディ様もライト様に会えると聞けば飛んでいらっしゃるでしょう。少々お待ちください」

 そう言うと役人はすっとその場から姿を消した。移動魔術をしたらしい。

「態度変わりすぎだろ。……しかしまぁ、やっぱりライトは王族ってことか」

「そ、そんな……肩書きだけです」

 苦笑いを浮かべるライト。

 その時だった。突然後ろから聞き慣れない声が届いた。

「ライト、そこの馴れ馴れしい男は何だ? 余を差し置いて別の男といるなど……気に食わぬ」

 ライトと真一はびくっと驚き、すぐに振り返った。

 そこに立っていたのは、赤いローブを着たスキンヘッドの大男だった。鋭い眼光におでこには細い糸で巻かれ、その中心には黄色の宝石が光っている。

 統治者オディ――その人だった。

「お、オディ様……いつの間に」

「お主が珍しく会いに来たと聞いたから急いで来てやったものを……別の男と一緒とは……しかもそやつ昼間の主ではないか」

 苦々しい表情で真一を一瞥すると、すぐにライトの目の前までやって来て手を取る。

「まぁそれは今回会いに来たということで見逃してやろうではないか。ライト、前よりも大きく女らしくなった。肌も美しい」

 そう言いながらライトの手を撫でまわしている。ライトは顔を歪ませながらも、振りほどかず我慢した。

「そ、それより……お願いがあるのです」

「ん、何だ、申してみよ」

「……その方に……証を差し上げてほしいのです」

 ぴたっと手の動きが止まった。そしてオディはゆっくりと振り返り、真一を睨みつける。

「この者に……? なぜだ。余は大会で優勝した者のみにしか渡してはおらぬ。この者は準優勝。……証を渡す条件を満たしてはおらぬ」

「どうか……どうかお願いします! この人はずっと、港町、潤いの町、山岳の町と回られていらっしゃるんです。あと、オディ様の証で全ての証が集まるのです。オディ様、どうか……お願いします……!」

 ライトはぎゅっとオディの手を握り締めた。眉を八の字にしながら顔を上げ、オディの方に顔を向ける。

「……王族であるライトがここまで頼むとは……貴様、ライトの何なのだ?」

 鋭い眼光を真一へと向けるオディ。ライトの手を離し、真一と対峙する。

 真一もオディを睨み上げた。

「……仲間だ。それに、ライトを頼って証を手に入れようとは思っちゃいねぇよ。こうやってあんたに会えてよかった」

「ほう。余に会ってどうするつもりだ?」

「俺が下調べを怠ったせいでピィは死んだ。それはもう……どうしようもない。けど、ピィの意思を継ぐことはできる」

「……というとどういうことだ?」

 弓をぎゅっと握り締め、心を落ち着かせる。何を言うか――それはすでに決めていた。

「俺と移動の雛、勝負させろ。俺が勝ったなら証をくれ」

 ぴくっとその場にいた全員が驚いた。ライトも息を呑み、思わず口を手で覆う。オディも思わぬ申し出ににやりと口元を歪めた。

「ほほぉ。それは面白そうである。当然、どちらかが死ぬまで続く……ということだな?」

「当たり前だ。条件は大会と同じで構わねぇよ」

「し、シンイチさん!」

 思わずライトは叫ぶ。やめろと言う意味だったが、真一は見もせずオディを睨みつけていた。そんな真一を見下ろしながら、オディは大きく笑い始めた。

「ハハハッ! 面白い奴だ。余を楽しませてくれそうである。よし、いいだろう。我が屋敷で取り行おうではないか。二人とも我が屋敷へ招待してやろう」

 横を向きにやりと笑うオディ。ライトは返事をせず黙っていた。

「別にあんたを楽しませようと思って試合するわけじゃねぇよ。俺は証さえ手に入ればそれでいい」

 ふんと鼻息を鳴らし、真一はライトの手を掴もうと手を伸ばした。――が、しかし。

「……行きません」

 触れようとする時、ライトがぼそっと言葉を吐いた。

 思わぬ言葉に驚いた真一は、伸ばしていた手を止め顔を見上げる。

 だが、ライトは顔を俯かせているため表情が見えない。

「行かぬのか? まぁ良い。目の見えぬお前だ、下手に動き回ることもできまい。町のどこかで休んでいるがいい」

「……ライト?」

 いつもと様子が違う。

 そう直感した真一は、一歩ライトへ歩み寄った。そして、肩を掴もうと再び腕を伸ばす。が、横からオディにその腕を掴まれてしまった。

「さっさと行くぞ。我が屋敷へ」

 足元がふわっとし、今にも移動魔術が発動する――その瞬間。

 真一の目に、顔を背け今にも泣きそうなライトの表情が見えた。


    ◇    ◇


 役人に案内を求め、ライトは人の少ない路地へと連れて行ってもらった。一緒にいると役人は言い張ったが、ライトはそれを断った。それでも役人は一人きりになるライトを気遣ったが、すぐに連れが来ると説明されしぶしぶ了承した。

 ひっそりとする路地にライトは一人座り込む。出るため息は静かに消えて行く。

「ライト」

 びくっとし顔を上げた。声は空から聞こえ、その声の主はすぐにわかった。

「よ、ヨウさん……」

 周りに人はいなかった。ライトにはわからないことだったが、ヨウは周りの様子を伺いつつライトの元へ降りて行く。

 降りてヨウは周りを見渡す――真一の姿がない。

「シンイチの奴はどうした?」

「……オディ様のお屋敷に行かれました……移動の雛と勝負されるようです」

「な、なんじゃと!」

 ぐっと歯を食いしばり、乱暴に頭を掻く。

「シンイチの馬鹿め! 移動の雛と勝負じゃと? 死んだらどうするつもりじゃ! ライト! オディの屋敷はどこじゃ!」

「……わかりません」

 低く唸りながらヨウは上空へ舞い上がる。もしかしたら姿が見えるのではないか、そんな風に考えた。が見えるはずもない。大通りは淡い光に包まれているが、大通りでさえ人ははっきりと見えない。ましてや光のない路地は真っ暗である。また建物自体も大きさは見えるものの、そこに人がいるのかどうかもわからない。それでもヨウは必死に探す。

 そんなヨウの様子など、ライトはわからない。ただ気配がなくなったので、近くにはいない、そんな風に感じることしかできなかった。

 なぜ付いていかなかったのか。

 一緒に行き、真一の応援をすればよかったのかもしれない。だがオディがいる。また、ヨウを一人放っておくこともできない――。

 だがそれらはあくまでも表向き。

 本当の理由は――。

『貴方の目は治りますよ』

 急に頭の中にマスクの声が蘇る。今、近くに真一はいない。ヨウとライト二人きり。

 真一の目に触れられることのない時間。


「ライト様……アラウ城の山の麓……そこでお待ちしております」


 そこにはっきりとした声が耳に届いた。思わずライトは立ち上がる。

「だ、誰ですか!」

 気配を感じない。それでも声は間違いなく聞こえた。さらにその声は続けた。

「申し上げなくてもおわかりいただけるでしょう? ハギノがいない今が渡す時ですよ」

 マスクだった。気配はしないにしろどこかで様子を伺っている――ライトは恐ろしいと思った半面、その存在を確かめたかった。

「ま、待ってください!」

「それでは……その時に……」

 その言葉を残し、声は消えてしまった。呆然と立ち尽くすライトの元に、ヨウが帰ってくる。

「おのれぇぇ! やはりどこにおるか見当もつかんわい! ……ん、どうしたライト。顔色が悪いぞ」

「な、何でもありません」

 ライトは慌てて笑顔を作った。ヨウが気づかないということは、やはり姿は近くにいないらしい。

 真一の行方がわからず低く唸り続けているヨウ。イライラとしているのか、忙しく動き回っている。

 ――今しかない。

 マスクの言葉が何かのスイッチだったかのように、ライトの頭の中から迷いが消えた。――目の前を覆う暗闇が一層濃くなる。

「ヨウさん。わ、私……一つ心当たりがある場所があるのですが……」

「何! 本当か!」

「は、はい……。口で説明しますので……一緒に付いてきてもらえませんか?」

「もちろんじゃ。早く行かねば、シンイチが心配じゃ!」

 そう言うとさっそくヨウはライトの指を握り締めた。ライトもフードを目深にかぶり髪色を隠す。

「ありがとうございます……ごめんなさい……」

「ぬ? 何を言っておる、一緒に行くのは当たり前ではないか」

 ライトの言葉にヨウは小首を傾げた。だがそれは無理もないことだった。

「山の麓へ……お願いします」

「……わかった。足元に用心するんじゃぞ」

 ライトは俯いたままだった。その様子が心に引っ掛かったものの、ヨウはそれ以上の追及はせず先を急ぐ。

 だがヨウにライトの本当の考えなどわかるはずもなかった。

 ――暗闇を払いたい。

 ライトは黙り込んだまま、ヨウの後ろを付いて歩いて行った。

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