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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第五章 城下町オディ
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【第五十話】 真一の抵抗

 空は夕日のせいで赤く染まっている。傾いた太陽はそびえる建物の影を作り、そこから伸びる影からは夜の気配を感じさせた。

 影は広場まで伸びるが、そこにほとんど人は残っていない。残っているのは、広場に座り込んだままの真一と階段に腰掛けたままのライトだけだった。

「し……シンイチさん……」

 誰もいないせいで、ライトの声さえもよく通った。ライトは不安そうに眉をひそめ、どこに行ったかわからない真一を求めた。

 ライトはおそらく自分を放ってまでどこかに行かないだろうと思い、広場にいるのは間違いだろうと考えた。

 それでも反応の声が聞こえないのは――相当なショックを受けている。

 目の見えないライトでさえも、悲しみに暮れる真一の姿が見えるような気がした。


 真一はただ呆然と何もない広場を眺めていた。何度探しても、見ても、そこにピィはいない。

『貴様の雛はすでに死んだということだ』

 何度も反芻しては否定する。嘘だと信じたかった。だが、いないのだ。現実とその言葉が、真一の動く気力さえ奪ってしまった。

 ――なぜ。

 統治者の言う通り、下調べを怠ったせいか。それともピィに頼りすぎたせいか。それとも……。

 ――自分に力がないせいか。

 グッと拳に力を込める。悔しさと虚しさがこみ上げる。

 あの時何ができたのか。その、何かできる最低限のことさえしていれば、こんな状況にはならなかったのではないか。しかし、今そのようなことを考えても仕方がなかった。

 ――じゃあ今できることは何か。

 呆然としていた真一の表情に、再び生気が宿る。

 真っ直ぐ前を見据え、統治者と移動の雛が去って行った道を見た。

 統治者の言葉が全てではない。もしかすると、ピィはまだ助けを待っているのかもしれない。だとすれば、今できることはただ一つ。

 ――ピィを助けること。


「ライト!」

 突如立ち上がり、真一は声を張り上げた。

「は、はい!」

 いきなりの呼びかけにライトも驚き立ち上がる。

 真一は階段を駆け上がると、ライトの元に行きすぐさま手を握り締めた。

「俺、ピィを探しに行ってくるから、その間ライトはヨウと一緒にいててくれ」

「え、ピィさんを……?」

「あぁ! とにかく裏路地に!」

 遠く建物の影を見上げると、そこにはこっそりと隠れているヨウの姿があった。遠くのため表情まで知ることはできなかったが、真一は指で指示しあっちへ移動するよう送った。

 駆け足でひっそりとした裏路地に入る。夕方のためなのか、余計に路地が暗く見える。当然人もおらず、大通りとは全く異なる世界だった。後ろで軽く息を切らしているライトの元に、上空からヨウが降りてきた。――表情は暗い。

「シンイチ……」

 気の毒そうに目を伏せている。だが、真一は違った。

「おい! お前ライトと荷物、頼んだぞ! 俺ピィを探しに行くから」

「……何?」

「あの箱の中にいるはずなんだよ! こうなったのは俺の責任だ、絶対に助ける!」

 半ば無理やり弓具をヨウに押しつけると、走り去っていく。

「待てシンイチ! 探すなんぞ、一体どこを探すつもりじゃ!」

「まずあの箱だ! 絶対見つける!」

 走りながらそう叫んだ真一の背中は、すぐに大通りの人ごみの中に消えてしまった。

 残されたライトとヨウは呆然と消えた大通りに目を向けている。事情を説明する余裕はなかった。と言うより躊躇ってしまった。真一が余りにも必死だったからだ。

「……ライト。お主も薄々感づいておるのではないか?」

「え」

「ひよこが……もうすでにおらんことじゃよ」

 ライトは返事はしなかったが、そのまま顔を俯かせる。それを肯定と捉え、ヨウも大きくため息を漏らし空を見上げた。


    ◇    ◇


 とにかく場所を知るには、まず派遣所に聞くしかない。あの移動の雛の主が誰で、どこに住んでいるのか。さっきの裏路地から広場まではそう遠くない。派遣所もすでに見えていた。行く先を立ち塞ぐように流れる人を避けながら必死に走って行く。

「はぁ、はぁ……」

 ようやくのことで派遣所の目の前に着いた。汗を拭いながら扉を押す。するとすぐに役人が姿を現した。真紅のローブに腕には緑色の腕章をつけている。

「……何だ? 何かあったか?」

 真一の険しい表情と乱れた呼吸に、役人もただ事ではないと感じたらしい。心配そうに真一を眺めている。

「今日の……大会の優勝の……移動の雛は、どこだ?」

「……。貴様、召喚の雛の主か」

 決勝が終わった直前、真一が移動の雛に迫ったことはその場にいた全員が目にしている。移動の雛の所在を尋ねる者も、今では真一ぐらいしかいないだろう。

「どこかって聞いてんだよ!」

 役人は思わず眉をしかめる。あの時も尋常ではない行動だった。今もそうである。乱暴な口調とこの表情。尋ねる態度ではない。

「……聞いてどうする?」

「移動の雛に聞きたいことがあるんだよ! それはいいから、早く場所を教えてくれ!」

 真一は役人の腕を掴んだ。

 焦る真一の一方で、役人は冷めた様子でじっと見下ろす。

「……あの時、オディ様が申されたはずだ。大会の勝敗はどちらかが死ぬまで続くとな。そして勝敗がついた。……その意味がわかるだろう」

「わからねぇから確かめに行くんだよ! ……くそ、教える気がねぇなら自分で探す!」

 掴んでいた腕を乱暴に払い、そのまま役人に背を向ける。が、すぐに肩を掴まれた。

「待て。わからないならはっきりと言ってやろう。貴様の雛は死んだのだ」

「うっせぇ! 俺は自分の目で確かめる! 誰が何と言おうと俺は信じねぇ!」

「落ち着かんか!」

 頭が割れるような大声だった。通りを歩いていた人々もじろじろと二人の様子を見ている。突然の大声に真一も一気に怯んでしまった。

 一方で役人は人の目など気にせず、肩を掴む手に力を入れたまま冷静な声で続けた。

「……貴様がそこまで言うなら案内してやろう。ただし、少しの間だ。こちらにも仕事があるからな」

「……すまねぇ」

 ちらりと視線を役人に向けた。しかしすぐに逸らし視線を地面に落とす。だが、先ほどよりも落ち着きを取り戻したようだった。

「すぐ行ける。決して手を離すなよ」

 その言葉直後、足元が浮いた感覚となった。


 一瞬暗くなったかと思うと、すぐ目の前に大きな檻が現れた。真一と役人は立ち並んだまま、いつの間にか町の郊外へ移動している。

「……い、移動魔術か」

「あの檻の中に移動の雛はいる」

 役人は前に進むと、鉄格子の檻の鍵を開け始める。見れば、確かに黒い箱だけがある。動いていないためただの箱にしか見えないが、間違いなく移動の雛のようだった。

 一歩遅れ、真一もすぐに檻へと近づく。箱以外にとくに何もない。ふと、何のための檻なのか、と疑問が沸いた。

「……なんで檻の中に」

「移動の雛は珍しいのだ。だから盗まれぬよう檻の中にいる。……さぁ開けたぞ」

 鉄が軋む音と共に、重そうな鉄格子がゆっくりと引かれる。役人は入り口に立ったまま、真一を入るよう促す。それに従い真一は頭を屈めながら中に入った。

「俺は誰か来ないか監視している。好きなだけ確かめればいい」

 そう言うと役人は檻から少し離れ背を向けた。それを見て、真一はもう一度じっと移動の雛を見る。

 ――目の前にピィを吸い込んだ――移動の雛がいる。

 冷静さを取り戻していた頭が上気し始める。

 絶対にこの中にいるはず、いや、そうなのだと何度も自分に言い聞かせる。そう思うと同時に、ピィとの出会いが走馬灯のように頭を駆け巡って行く。

「おい! ピィを出せ!」

 乱暴に箱を叩く。握りこぶしに力を込め、思いっきりぶん殴る。しかし箱は固く、逆に真一の手が痛々しく赤く染まって行く。だが関係なかった。

「聞いてんのか! なんか言えよ!」

 何度も何度も叩いた。何か反応があるまで続けるつもりだった。――すると。

「無礼な奴だ。余の眠りを妨げて、出た一言目がそれか」

 初めて聞いた雛の言葉に手が止まった。

「ピィとは……召喚の雛のことか」

 顔はない。だか、少しだけ箱が開いたり閉じたりした。

「あぁ、わかってんなら……」

「奴なら死んだ」

 はっきりとした声が耳に届く。

 目の前が一瞬にして真っ暗になる。だがそれを振り払い、真一は再び手に力を込める。

「どいつもこいつも……俺は絶対に……!」

「ならば、召喚してみれば良いだろう。召喚できれば生きていて、できなければ死んだ」

 真一はハッとした表情となり、手の力が抜けて行く。

 雛の言うことは一理あるのだ。慌ててポケットから召喚本を取り出し、ピィのページを開く。そして躊躇くことなく叫んだ。

「プレサモン!」

 だが……何も起こらない。

「……プレサモン!」

 本に乗せる手が震える。いくら待っても何も起こらない。

「……なんで……なんで何も起こらねぇんだよ!」

「……だから死んだのだ。貴様馬鹿か。何度も言っておるではないか」

 膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込む真一。がっくりと肩を落とし、わずかに震わせている。

 召喚ができない。

 それは、ピィがいないことを意味している。

 信じたくない事実。振り払おうにも、目の前にピィは現れない。


 閉じる瞼の裏に、ピィとの出会いからの出来事が思い出される。


 卵から生まれた大きなひよこ――それがピィだった。怯えた目の黄色のひよこは、差し出した真一の右手にふわっと乗った。見た目以上に軽く、羽根がふわふわとしたかわいらしい雛。ひよこの時はずっと真一の頭の上が定位置。呼べば返事をし、時にはあの身体で真一を守ったこともある。

「ピィ……」

 真一が危ない時、ピィはひよこから鷹へと姿を変えた。そして言葉をしゃべるようになった。丁寧な言葉で、常に味方で居てくれた。優雅な姿と強さに、真一は嬉しかった。

 この世界に来て、初めて心を許せたのはピィだった。

「俺は……ピィを……」

 顔を俯かせる真一に、雛は冷たい言葉を吐き出した。

「おい。気が済んだのならさっさと去れ。余の睡眠の邪魔である。……そこの役人!」

 雛の声にびくっとさせ、役人は振り返り慌てて檻の中に入って来た。

「この者を立ち退け。余は寝る」

「了解しました」

 役人はぐったりとする真一の脇に腕を入れると、そのまま立ち上がらせ檻から出て行こうとする。――しかし。

「……ふざけんな!」

 真一は目を見開き、両腕に力を込め役人から離れる。そして、移動の雛に向かって駆け出した。

「てめぇがピィが殺したんだろうが!」

 しかしすぐに役人に腕を掴まれた。

「落ち着かんか! 貴様、移動の雛をどうするつもりだ!」

「ピィの敵を取るに決まってるじゃねぇか! こんな……こんなふざけた奴に殺されたなんて……! 許されるわけねぇよ!」

 力を込めなんとか振りほどこうとするものの、やはり体格が役人の方が良いため解けない。逆に今度は脇からしっかり押さえられたために、腕も上がらない状態となってしまった。少しだけ動く腕と足をばたつかせながら抵抗する真一に、移動の雛は静かに言った。

「……可笑しな奴だ。ならば、初めから貴様が出さなければこんな結果になっていなかったのではないか? 第三段階と第二段階。どう見ても不利なのは試合前から誰の目にも明らかなことではないか。それを余のせいにするとは……貴様に主としての資格はない」

 抵抗していた真一だったが、一瞬にして動きをやめた。茫然とした表情でゆっくりと視線を落としていくと、そのままがっくりとうなだれる。役人もこれ以上の抵抗はないと判断し、きつく絞めていた力を緩める。

「……わかったか。俺も忙しい。さっさと帰るぞ」

 真一は返事をしなかったが、役人は構うことなく移動魔術を行った。

 一瞬にして派遣所の前に到着すると、真一をそのまま放置し、派遣所の中に入ってしまった。


    ◇    ◇


「うーむ。探しに行こうにも、うろつくと使者に見つかる可能性があるしのぉ」

 腕組みをしたヨウは、ため息を吐きながら空を見上げた。

「ひよこはシンイチにとって、アラウへ来てから初めての仲間だったからのぉ……相当落ち込むじゃろうて……」

「……ピィさん……どうして……」

 ライトは流れる涙を指で拭っている。声は今にも消えそうなほど弱く、相当なショックを受けているようだった。一方でヨウは涙を見せないものの、何か申し訳なさそうな表情を浮かべている。

「奴は……ただシンイチに恩を返したかったんじゃ。おそらく、試合に勝つことができず悔いておるじゃろう。初めから死ぬ気だったからの……」

「そんな……。まさか、試合の勝敗というのは……」

「そうじゃよ。どちらかが死ぬまで続く。ひよこは、それをシンイチには言うなとわしに言ってきた。知ればシンイチはきっと止めるからと、な」

 その時、急に後ろから声がした。

「お前知ってたのか」

 びくっとして振り返ってみると、そこには唖然とした表情で見る真一が立っていた。驚いているのか目を見開き真顔だった。そしてそのまま足早に近づいてくる。

「俺に言うなってどういうことだ」

「し、シンイチ……」

 ヨウは視線を逸らした。だが、真一はそれを許さずヨウの小さな顔を掴み無理やり向かせる。

「はっきり言え。お前とピィで、何か話してたのか? 俺に何か隠してんなら言えよ」

「……ひよこは、シンイチに……ただ恩を返したかっただけじゃ」

「……さっきの俺に言うなってのは何だよ」

「大会の勝敗はどちらかが死ぬまで続く、ということじゃ。ひよこはそれを知った上で、試合に出たんじゃ。わしも知っておったから止めようとした。じゃが、ひよこ自身がシンイチには言うなと口止めしてきたんじゃ。……シンイチ、ひよこは死んでしもうた。じゃが……おそらく死に対して後悔はしておらん。じゃからシンイチ……」

「そんなのわかんねぇじゃねぇか!」

 突然の大声にヨウも驚き口を閉ざす。

 真一は目を潤ませヨウを睨みつけていたが、ぐっと唇を噛み締めると顔を逸らした。丁度前髪のせいで表情が隠れている。噛み締める唇だけが見えた。

「寿命を全うしたわけじゃねぇ……俺のわがままで死んだ……後悔しないなんて絶対あり得ねぇよ」

「……シンイチ、それは違うぞ」

 はっきりとした声に顔を上げて見れば、ヨウは真っ直ぐ真一を見ていた。

「ひよこは本当に、本当にシンイチに感謝しておった。命を賭けて証を手に入れたかったんじゃ。それはシンイチのためでもあり、ひよこのためでもあった」

「……ピィのため?」

 一つ頷くヨウ。さらに続ける。

「ひよこはシンイチに言葉では言い表せんほど感謝しておった。それを今回、証を手に入れることでシンイチに感謝の意を示したかったんじゃよ。証を手に入れることは、ひよこがここまで成長することができた証でもあったんじゃ」

 黙り込む真一。視線を落とし呆然とした表情だった。

「それに……わしも黙ったままではない。この事態を想定して、ある召喚魔術を施した」

「……召喚魔術、だと?」

 言葉に反応し、再び視線をヨウへと向ける。

 ヨウも一つ頷くと、真剣な眼差しのまま静かに答えた。

「『デアサモン』。……死んだものを生き返らすことのできる召喚魔術じゃよ」

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