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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第五章 城下町オディ
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【第四十八話】 準備と決意

 もう一つの試合である、自衛の雛と移動の雛の対戦はすぐに始まった。


 自衛の雛は以前トトロイで見た、ロイの姿そのままだったが――大きさが違っていた。

 ロイの大きさよりもはるかに小さく、広場の半分の大きさもない。人二人分ほどの高さと横幅ぐらいである。それでも竜であることは変わらず、口から見える鋭い牙と爪に観客は歓声を上げていた。

 一方で移動の雛も第三段階の姿だった。

 が、その姿は――人が入りそうなほどの黒い箱だった。目があるわけでもない。ただ、しゃべるのか上の部分が閉じたり開いたりする。

 そんな二匹の対戦に、どんな試合内容になるのかと広場全体が盛り上がっていた。


「……こいつら、本当にあの卵から生まれたのか……? 絶対嘘だろ」

 対峙する雛たちを眺めながら、真一は思わず言葉を漏らした。疑いの眼で腕組みをし信じられない様子だった。

「ど、どんな姿なんですか?」

「一匹は……頭が二つある竜。これは自衛の雛の第三段階なんだ。で、もう一匹は黒い箱。……移動の雛の第三段階らしいけど、あんなの雛って言わねぇよ」

 観客が熱い眼差しが注がれる中、最初に動いたのは自衛の雛だった。

 二つの口を大きく開き激しい炎を吐き出す。観客席まで熱気が伝わり、真一も思わず手をかざした。ライトも突然の熱気に顔をしかめている。

 だが移動の雛は逃げることもなくただ口を開いていた。

 当然、激しい炎は移動の雛を包み込んだ。一瞬にして炎で見えなくなる。誰もが自衛の雛の勝利を確信した。――だが。

 急に炎が中心から吸い取られるようになくなると、そこから口を閉じた箱が出てきたのだ。紛れもなく移動の雛で、炎で焼かれた様子もない。平然とした様子で飛び跳ねていた。

「なっなんで……!」

 そう真一が叫ぶと同時に、移動の雛が一気に自衛の雛へと近づいて行った。

 自衛の雛も驚き、すぐさま炎を吐き出す。だが、炎はまた移動の雛の中に吸い込まれてしまった。まるで炎が水であるかのように、その箱の中へと流れ入る。

 そして、自衛の雛の前へと飛び跳ねると一気に箱の口を開いた。大きく膨らんだかと思った瞬間、その中へと自衛の雛が吸い込まれてしまった。

「……い、移動の雛、勝利!」

 一瞬しんと静まる広場に、真紅の男の声が響いた。と同時に、一気に広場がざわつき始める。皆、突如姿の消えた自衛の雛に驚きを隠せないでいた。

「ど、どこにいったんだ……あの竜」

「な、何があったんですか?」

「いきなり……移動の雛が吸い込んだんだよ。そしたら、自衛の雛がどっかいっちまった……」

 観客たちも口々に真一と同じことを言っている。忽然と消えた自衛の雛の行方に驚きとざわめきが広場に漂う。

 そんな中、真紅のローブの男は冷静さを取り戻し再び声を張り上げた。

「決勝は召喚の雛と移動の雛の対戦となる! なお、時間はオディ様がこの広場に到着次第開始とする!」

 その言葉と同時に、観客が一斉に歓声を上げた。

「……統治者のおでましってことか」

 ふん、と鼻息を鳴らした真一はあからさまに嫌な顔となった。歓声が沸き上がる広場を目で追いながら、ふと思う。

 なんとなくは予想していたが、祭りといっても結局のところ統治者の趣味で行われているような気がした。趣味だけで一匹のパラッグの雛は死んでしまって、もう一匹の雛はどこかへと行ってしまった。何か身勝手すぎる統治者のお出ましに、真一は嫌でも気分が悪くなる。

「……そう言えば、ピィさんはどちらに?」

「あぁ。何かヨウに用事があるってどっか飛んで行った。まぁ、また指鳴らせば降りるから大丈夫だろ」

 呆然と広場の中央を眺める真一。一方で、何か不安げな様子で両手を組むライト。これから始まる決勝と統治者の登場に、それぞれ苛立ちと不安を感じていた。


「ええか、ひよこ。絶対に無理をするでないぞ」

 何時にも増してヨウの表情は真剣だった。

 広場が小さく見える上空――そこにヨウとピィは浮いていた。

「そんなこと……できるわけないじゃないですか」

「……ぬ? らしくない言……」

「違います。無理をしなきゃ勝てないと言っているんです」

 むっとした表情でピィは答えた。そしてさらに続けた。

「次の相手は移動の雛でしょう? 一番やっかいな相手じゃないですか」

「それがわかっとるなら、無理はせず様子を見ながら攻めろと、わしは言うておるんじゃ」

 今度はヨウがむっとした表情となる。

「昨日も言うたが、命を粗末にするもんじゃない。ましてや、お主はシンイチに助けられた身じゃろ? 恩を返したいという気持ちもわからんでもないが、それで死んでしまっては今度はシンイチが苦しむことになる。……お主もわかっておるじゃろ?」

 真一は初戦でも、相手が自殺したために勝敗がついたと思っている。そのため、相手が死ぬまでとはわかっていなかった。

 だが、ヨウとピィは知っていた。移動の雛に吸い込まれてしまえば即終わってしまう。

 あの中が一体どうなっているのか、それは誰も知らない。わかっていることは、吸い込まれた者は二度と姿を現さないということだけである。

「わかってます……けど、それでも私は……」

 ヨウから視線を逸らすピィ。真一が事実を知れば、きっと止めるに違いないだろう。――心配する真一の顔が目に浮かんだ。

「ひよこ、お主は……死んでもシンイチに尽くしたいと思うか?」

「え?」

 思わぬ言葉に顔を上げた。

「どうなんじゃ?」

 ヨウは真っ直ぐピィを見つめる。ふざけた様子もない。真剣な眼差しだった。

「死んでもなお真一さんの役に立てるなら……私は尽くしたい」

 その視線に応えピィは即座に答えた。嘘のない、本当の言葉だった。それはヨウにも伝わったようで、深く一つ頷いて見せた。

「……わかった。では、お主の羽根を一枚、わしによこせ」

「羽根を……? どうしてですか?」

 そう言いながら、ピィは自らの羽根をくちばしで啄み、茶色の光沢のある羽根をヨウに渡した。

 手のひらよりも大きな羽根を見ながら、ヨウはそれを両手で挟みぐっと力を込める。そして目を閉じると、ぶつぶつと何かを呟き強く念じ始めた。すると、次第に両手全体が黒い炎のような、燃え上がる空間の歪みが覆い始める。

「よ、ヨウ……貴方、一体何を」

 ピィが思わず声をかけた時、丁度カッとヨウが目を見開いた。と同時に、両手を覆っていた空間の歪みが一気に吹き飛ぶ。――が、その両手の中に挟まれていた羽根がどこにもない。

「お主の羽根を……わしの中に取り込んだ」

「……え?」

 口を開こうとしたピィよりも先に、ヨウが口を開いた。が、顔には汗が流れ荒い息を上げている。ぐったりと肩を落としている様子から、かなりの魔力を消費したようだった。

「プレサモンと、異なる、召喚魔術の準備じゃよ」

「プレサモンとは異なる召喚魔術? なんですか、それは」

「わしの中に取り込んだ者……つまりひよこを、死んだ状態でも召喚を可能にする魔術じゃ」

 ふう、と息を整えたヨウはぐっと背筋を伸ばした。一方でピィは驚いているのか目を見開いている。

「あくまでも、最悪の事態に備えた準備。これをしたから言って、今のお主に影響はない。それにお主が死なん限りすることはないし、魔術をするかせんかはシンイチの意思次第じゃ。……とにかく試合に勝つんじゃぞ」

「そうですか。……おや、広場が何か騒がしいですね」

 二人は同時にはるか下の広場に視線を落とした。――米粒よりも小さな人々が何やら歓声を上げている。

 それを見た二人は一緒に下降し始めた。

 とくに会話はない。ヨウも魔術に対するそれ以上の説明もしなければ、ピィもそのことについて疑問を投げかけなかった。だが、ピィはなんとなく予想できていた。

 きっとその魔術を行ってしまえば何かしらのリスクを伴うのだろう、と。真一に対してのことなのか、もしくはピィ自身に対することなのか。そこまではわからない。だが、最後の最後でヨウがこのことを行ったということは、本当に最後の手段であることは間違いない。

 試合に勝てば良い。真一に恩返しができたら良い。

 そう思うだけで自然と力がみなぎる。向かう広場の歓声も、そんなピィを歓迎する声に聞こえた。


 広場の中央に真紅のローブを着た男と、もう一人、同じく真紅のローブを着た見たことのない男が立っている。今までの統治者たちと同じく頭に細い紐を巻き、丁度おでこの中心に黄色い宝石がある。目は鋭くきつい目つきで、満席の客席を満足そうに眺めていた。今までの統治者とは違い、頭はスキンヘッドだった。

「皆の者、今回も良く来た。いよいよ始まる決勝だが、楽しんでいるか?」

 一斉に歓声が上がる。盛り上がる広場の中、真一とライトだけが唖然とした表情で見下ろしていた。

「……あれが統治者か」

「今の声の方が……オディ様ですね」

 二人だけを除き、皆席を立ち統治者に向かって拍手や歓声を上げていた。何か異様とも思える光景である。

「……盛り上がっているようだな。なら良い。ではさっそく決勝を見せていただこうか。余を満足させる、見応えのある試合を望むぞ」

 そう言うとオディは客席に背を向け、後ろに用意されていた椅子へと腰掛けた。椅子の周りには囲いがされてあり、左右には派遣所の役人らしき男たちが二人並んでいる。

 それを見届けた後、残されていた真紅のローブの男が大きく声を上げた。

「では、これより決勝を始める! 召喚の雛、移動の雛は中央へ!」

 再び広場から歓声が沸き上がる。

 いよいよ決勝が始まる――。真一はすっと上空を見上げ、指を鳴らした。するとピィは滑降しながら広場の中央へと降り立った。今度はピィの姿を馬鹿にする者はいない。すると、反対側にも移動の雛がぱっと現れた。相変わらず箱の上部を開けたり閉めたりしている。

 大歓声の中、ピィは真一の方へと顔を向けた。

「ピィ、応援してるからな。頑張れ」

 当然の如く、真一の声はかき消される。それでもピィは一つ頷いて答えた。

 死ぬか勝つか。二つしかない結末の試合が、今、始まる。

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