【第五話】 南東の孤島
広い部屋の中に大きな机と豪華な椅子、その後方には壁を埋め尽くすほどの本棚がずらりと並んでいる。椅子には金色の竜の装飾が施され、見るからに豪華さを演出していた。その椅子に腰掛ける者が一人、部屋の中にいた。ただ黙々と、赤く輝く宝石をはめ込んだ杖を布で丁寧に拭いている。
静寂する中、一人部屋へ駆け込んで来た。
「……発見しました!」
今走ってきたかのように息を少し切らしている。しかし、部屋の主は驚く様子もなくそのまま杖を拭き続けていた。
しばらくその様子を見ていたが、じれったくなったのかその者は再び口を開けた。
「……どうされますか、すぐにでも……」
するとようやく手を止めた。
「待て」
一瞬で部屋の中に緊張感が漂う。嫌に通る声は主の風格さえ感じられた。
「そう焦るのではない。場所はどこですか?」
「離島の……イダワです」
少し眉をひそめつつ、引き出しから地図を取り出した。地図には大きな大陸と海、そして島が書かれていた。大陸の中には大きく"アラウ"と書かれている。主は、地図上でイダワの場所を指差した。イダワ――大陸より南東に位置する小さな島。そこを指差したまま、ゆっくりと対極へ動かし、その先に着いたのは――北西の城だった。
「随分遠い。焦る必要はない。……しかしだ。様子を見て、もし機会があるようならやっておきなさい」
「……かしこまりました」
深くお辞儀をすると、そのまま姿をふっと消した。
主は不思議がる様子もなく椅子からゆっくりと立ち上がると、そのまま窓際まで歩み寄った。
窓から望む風景は、大きな架け橋とそびえ立つ大きな城。白い霧が城全体を覆っていた。
「やはり生きていたか……」
そう呟くと、持っていた杖を強く握り締めた。
◇ ◇
「ここはどこだ」
真一たちが降り立った場所は、足場がごつごつとした崖の上だった。下を見れば岩肌に波が激しく打ち、荒れた波を起こしていた。左を見ても右を見てもずっと崖が続いている。空は青く雲が流れ、周りを見ても特別変わった物もなく地球とほぼ似た環境だった。
「本当にアラウへ来たんだろうな。一瞬真っ暗になって、場所が変わっただけじゃねぇの?」
疑いの眼で肩にしがみ付いているヨウを見た。が、ヨウは声が聞こえていないのか見向きもせずわなわなと震えていた。
「……おのれぇぇ、なぜイダワなんじゃ!」
そう叫ぶと小さな羽根を使い、ふわぁと空中へと上がった。
「おい、イダワって何だよ」
「イダワは町の名前じゃ。ここはアラウ本島から南東にある離島のイダワ島なんじゃよ! ……お、あっちに町があるの」
町を発見したらしく、その方向を向いたまま真一の肩へと降りてきた。そしてそのまま指を差した。
「シンイチあっちじゃ。ひとまず町へ行かねば」
「あぁ、そうだな。わかった」
真一はヨウが指差す方向へと歩み始めた。
あの後、真一は袴を着たまま肩にはトートバックとかけ袋を付けた矢筒を提げ、手には弓巻きに包んだ弓を持ちアラウへと異空間移動した。家に帰って仕度をすればいいとヨウは言ったが、真一が急ぐなら早く行った方がいいと言ったので大した準備もなくアラウへとやって来た。
道場の格好と今の違いと言えば、足袋しか履けなかった足元に白いスニーカーを履いていることぐらいだ。
「今から行く町にお前の前マスターはいるのかよ」
足元に注意を払いつつ、歩きながら真一がヨウに尋ねた。
「いや……おらん」
むすっとした表情で答えた。さらに続けた。
「前マスターはアラウ本島におる。じゃから、会いに行くためにはまず本島へ向かわねばならん」
「なんだそれ。だったら初めからその場所へ行けよな」
すると、ヨウが睨みつけるように真一を見た。
「わしも行こうと思ったんじゃ! シンイチがマスターになったことでわしの魔力がシンイチの魔力に依存してしもうたんじゃ! おかげで今のわしの魔力は以前の半分以下じゃわい!」
大声を出すので、真一は思わず左耳を手で塞いだ。
「……耳元で叫ぶなよ。なんだよ、俺が悪いみたいな言い方しやがって」
「悪くはない……悪くはないが、愚痴の一つでも言いたくなるわい。アラウでは魔力が全てに影響するからの……」
「魔力? ……俺、全くないと思うんだけど」
「じゃから、わしの魔力が半分以下になったと言っておるじゃろう!」
思いっきり叫んだせいなのか、はぁはぁと息切れをしていた。真一は立ち止まり困ったように頭を掻いた。
「……要するにだ、俺がお前の魔力を取ったってことか」
「そうじゃよ」
「そんなこと言われてもなぁ……」
思わず自分の手のひらを見てみた。別に変わった様子もない。身体の変調もない。手を使わずに物を取り出せる雰囲気でもなく、手から何かが飛んでいくような雰囲気でもない。魔力を取られたと言われても、本人に魔力が備わったと言う感覚がなかった。そんな真一の様子を察したのか、ヨウが羽根を羽ばたかせ真一の目の前に浮かんだ。
「間違いなくシンイチには魔力が備わっておる。しかし、じゃ。その魔力について説明せんと理解しようにもわからんじゃろう。じゃから少しばかり説明してやる。一気に言うとわからんと思うからの。少しずつじゃ」
「そりゃどうも」
「まず、魔力の前にこのアラウについて説明せねばならん。アラウはこの離島イダワを含む、大きな国じゃ。本島には砂漠もあれば草原もあり山脈もある。そのアラウ全土を治めとるのがアラウ国王様じゃ。しかし、王様一人だと全てに目が行き届かん。じゃから四大都市と言われるシトモン、トトロイ、ガナオン、オディの都市にそれぞれ統治者が一人おる。王様の子分みたいな奴らじゃ。そいつらがそれぞれの地域を見守り情勢を安定させとるというわけじゃ」
「へぇ。で、お前の前マスターはどこにいんだよ」
即答はせず遠い空を見上げた。何か寂しげな横顔だった。
「わしの前マスターは、アラウ城におる」
「は? アラウ城って……アラウって王様の名前だよな。前マスターってのは……何者なんだ?」
「イッチ姫。アラウ国王様の姫君じゃ」
一瞬、真一は言葉を失った。国王様と言われるからには、このアラウ国においてトップの人間だろう。その国王の姫君、つまり娘。その姫君をマスターとしていたのは、今の目の前で幼い顔をしているこの妖精。真一の顔を不思議そうに首を傾げ見ているこのヨウなのだ。
「お、おま……それすごくないか?」
驚きのあまり声が少しどもった。今更ながらヨウの凄さに気づいたようだった。驚いている真一が嬉しかったのか途端にやにやと笑い始めた。
「ふふ、そうじゃ。凄いじゃろう。姫はシンイチと同じぐらいの歳ながら、移動魔術に長けておってのぉ。何よりあのミニスカから出る美しい足が……」
「移動魔術?」
鼻の下を伸ばし妄想に入ろうとしていたヨウだったが、真一の問いかけに一気に冷めたようで、白けた顔を向けてきた。
「……魔術には四つあるんじゃ。人や物を運ぶことができる移動魔術。物の修復や人の治療ができる回復魔術。攻撃から身を守るための自衛魔術。そして、物を召喚する召喚魔術の四つじゃよ」
「へぇ、すっげぇなぁ!」
一方で魔力や魔術と言った、ゲームの中でしか考えられなかった言葉が出てくるためなのか真一の顔が生き生きとしてきた。そして、再び己の手のひらを見た。
「で、俺はどんな魔術が使えるようになったんだ?」
目を輝かせ頬を緩ませている真一の顔に、思わずヨウはくすっと笑った。
「ふふっ、シンイチは全くゼロの状態じゃったからわしと同じ魔術になったはずじゃよ」
「四つの内どれになったんだ?」
「召喚魔術じゃよ。どれ、わしの血がついた方の腕、出してみぃ」
素直に出された腕には、未だにヨウの赤い血が一滴付いている。それを確認したヨウはその一滴の上に指を二本当て、ゆっくりと摩り始めた。
「……何してんだよ」
「まぁ見とれ」
円を描くように摩る指に、乾いていた血が潤い始めている。そして指は円を描くのをやめそのまま腕周りを一周した。それぞれの指の先端に血がついていたため、腕には赤いリングのような赤い線が二本できた。
「よし、これで完成じゃ」
リングを描いたヨウは腕から指を離し血を拭った。
一方でその様子を見ていた真一は不思議そうな顔をした。
「何だこれ。……お前の血乾いてたはずだったんだけど」
「それはな、わしら妖精の血が特別じゃからじゃ。そして、その赤い二つのリングはわしとシンイチとの"マスターと使魔"の関係の証じゃ。これでわしの魔術、召喚魔術がシンイチにも使えるようになったぞ」
「マスターと使魔の証……? あぁ使魔ってお前のことか」
「そうじゃ。ここじゃわしらのことを一般的に使魔と言うんじゃ」
「へぇ。その証か……それに召喚魔術。……はは、何か地球っぽくなくなってきたな!」
リングを見て、顔をくしゃっと崩して笑う真一。
「もう地球の常識はここでは通用せんからな。……どれ、町へ行く前にパラッグの木でも探すかの」
「パラッグの木? 何だそれ」
不思議そうな顔をする真一に対して、ヨウはにやりと笑いながら再び肩にしがみ付いてきた。
「シンイチが魔術に興味があるならと思うてな。まだ明るいし、町は後から行っても間に合うじゃろう。パラッグの木は卵が生る木じゃ」
「卵が生る木?」
「まぁ実際見るのが早い。ほれ、あそこの森に行くぞい。運が良ければあるかもしれん」
「へぇ。んじゃま、行ってみようぜ」
わくわくと胸を高鳴らせながら、ヨウが指差す森へと歩み始めた。