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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第五章 城下町オディ
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【第四十五話】 大会前日―真一とライト―

 ヨウとピィが練習をしている間、真一とライトは町を歩き回っていた。

「……ったく俺たちは見世物じゃねぇっての」

 石材で舗装された道。その大通りを人が無造作に行き交っている。皆がそれぞれ好みの色のローブを着て、子供大人の差別はない。手を繋ぎ微笑みあいながら歩く親子や、荷物を手に歩く男女や腰を曲げた老婆もいる。また大通りに面した建物も、今までの町にはない高さだった。色に統一性はなく、さまざまな着色を施されている。

 町全体が虹色のような町――そんな優雅な町であっても、真一とライトに対する視線は冷たい。

「やはり……皆さん私たちを見ていらっしゃるのですか?」

「あぁ。けど、いちいち気にしてたら町なんか歩けねぇからな。……そんなことより、せっかくこんな町歩けるんだ。俺がしっかり説明するから、しっかり聞けよ」

「ありがとうございます!」

 ライトは嬉しそうに微笑むと、ぎゅっと真一の手を握り締めた。

 目の見えないライトに聞こえるのは、がやがやと賑やかな町の音。フードをすっぽりと覆い、顔はしっかりと隠す。髪色は絶対に見せてはいけない。今は王族だということを隠したかった。例えどんな目で見られようと、今この時を奪われたくなかった。

 ――温かな手。

 ライトは静かに微笑む。それを感じられるだけで世界が変わる。肌に感じる町の雰囲気が、どれだけ痛いものであっても関係なかった。

 目に見えない分、自分の世界が広がり続ける。それはどんな町よりも、ずっと居心地の良い場所だった。

 

 雑踏の中、真一は目に映る風景をそのままライトに伝えていく。が、うまく説明できるほど器用ではない。

 何色の建物がある、良い匂いのおいしそうな食べ物を売っている、人が多い、など――あまりに簡潔な内容だった。進めば進むほど、前に言った説明と重なりどんどんと言葉に詰まっていく。最後には、綺麗、すごい、など単純な感想だけとなっていた。

「……ごめん、俺、やっぱ説明下手だな」

 大通りを抜け、二人は長椅子のようなものに並んで腰かけた。

 丸い広場の真ん中に、噴水があり水が沸き上がっている。それを囲むように長椅子が並んでいた。周りを見渡せば、長椅子に寝ている者や呆然と思いふけっている者などがいる。

 人の流れが早い通りに比べると、この広場だけがゆったりとした時間の流れる感じられた。そのせいか、真一たちの姿をじろじろと見る者はいない。

「そんなことありません。町の光景が目に浮かぶようでした」

 にっこりと微笑むライトの横顔に、真一も釣られ頬を緩めた。

「そっか。ならよかった」

「本当に……本当にシンイチさんは優しい方です……」

 そう言うと、ライトは少し顔を俯かせながら両手を丸め拳を作った。

「……私、本当に感謝しきれません」

 呟くような声だった。フードの端で顔が隠れ、真一からライトの表情がわからなかった。

 そのまま二人の間に沈黙が流れる。遠くから大通りの騒がしい音が聞こえ、噴水の水が沸き上がる音が静かに響く。

 その間も一寸も動かないライト。呆然と前を眺めていた真一も、沈黙に耐えきれずちらりと横を覗き見る。が、ライトは顔を少し俯かせたままの状態だった。

 ――まさか泣いている?

 不安に思った真一は、静かに身体を屈め恐る恐る表情を盗み見る。

 しかしライトは泣いてはいなかった。ただ眉を八の字にし、今にも泣きそうな雰囲気だった。

「ら、ライト? どうした?」

 思わぬ方向からの問いかけに、ライトははっとした。そしてすぐに顔を上げる。なぜかほんのりと頬を赤く染めていた。

「……なんか考えごとか?」

 ライトは首を横に振りながら、明るい声で答えた。

「な、なんでもありませんよ! そ、それより……わ、私、シンイチさんがいらっしゃったチキュウについてのお話を伺いたいです!」

「え、地球の話? ……いいけど、本当に何でもねぇの?」

 切り替えの早さに真一は首を傾げるが、ライトは笑みを崩さない。

「わ、私のことは気になさらないでください。そ、それより、シンイチさんのご家族やお友達はどんな方々なんですか?」

 にっこりと微笑むライトの一方で、真一はすっと真顔になりそのまま視線を落とした。

 しばらく無表情のまま黙り込み、呆然と地面に視線を落とす。ライトは見えないため、その沈黙の意味が理解できず首を傾げた。

「……俺、一人暮らししてんだ。友達も、いねぇ」

「……え」

 予想外の返答に言葉を失い、ライトの表情が曇っていく。

「俺さ、今まで友達とか仲間とかどーでもいいって思ってたんだ。所詮上辺だけの関係、困った時にしか寄ってこない奴ら、とか……まぁそんなこと思ってた。今だって、地球――というか俺の学校じゃ普通に授業が進んでいるんだろうよ。けど、戻りたいとも思わねぇし、むしろ行けなくなってほっとしてる。……言ってもわかんねぇと思うけど、俺の親が離婚してさ。そのせいかはわかんねぇけど、自分でも驚くほど冷めてる」

 ふぅと息を吐くと、真一は口元を緩め空を見上げた。

「けどヨウに会って振り回されてるうちに、こういう関係も悪くねぇなぁって思うようになってたよ。まぁ、こっちの世界で一人じゃ生きていけねぇのが最大の理由かもしれねぇけどな」

「……ご、ごめんなさい。私……すごく失礼な質問を……」

 見ると口を手で覆い、また不安そうに眉を八の字にしている。小柄な身体はますます小さくなっていた。

「別に失礼でも何でもねぇよ。でもまぁ、地球から離れて……心配かけてるなぁって思うのは一人いるな」

「……お一人ですか。シンイチさんの大切な方……ですか?」

「んー大切というより、尊敬してる人。俺の弓道の先生なんだ。あの人だけ、本当に俺のことを見ててくれるし、本当に世話になってる」

 遠い空を見上げながら、真一は自然と先生の顔を思い浮かべた。

 もう何日過ぎたのかわからない。たった一枚の手紙だけを残し、先生にだけ伝え去って行った。あれを見て何と思ったのだろう――と真一は思う。

 審査の心配をしてくれていたのが、遠い昔のように感じた。

 もう審査の日は過ぎたのだろうか、先生は受けないと知り呆れてしまったのか――今そのことを考えても、答えを知る手段はない。

「……シンイチさんは、冷めた人なんかじゃありません」

「え?」

 はっきりとしたライトの言葉に、真一は視線を戻しライトに向ける。フードから見える横顔は笑っているように見えた。

「私はチキュウについて全くわかりません。ガッコウとかジュギョウとか、リコンとか……今話をお伺いする限りでは、相当シンイチさんが苦労されたんだなと思います。けど、シンイチさんが冷めた方、だなんてそれは信じられません。私が耳や肌で感じたシンイチさんは、とっても温かい人ですよ。私が不安に思うことを察してくれて、いつも真っ直ぐで……本当に本当に心の温かな人……そんなシンイチさんに私は……」

 はっとしたライトはすぐさま口を閉じ、手のひらで口を覆った。

「……私は、なんだ?」

「あ、いや、あ、あの! な、なんでもないです……」

「そ、そう。……はは、なんかライトにそんなこと言われると恥ずかしいな。でも、ありがとう」

 照れ笑いを隠すように、真一は空を見上げた。一方、その横でライトは身体を硬直させていた。ありがとう、の一言が心を温める。


 暗い世界に光が差すような、温かく心地の良いもの。

 それをずっと感じていたい――もっと知りたい――ライトはいつの間にかそんなことを考えていた。

 ――だからこそ、もう一度光がほしい。

 ライトは再び表情を曇らした。一度だけ見た、マスクの顔とヨウの寝顔を相互に思いだす。

 ヨウを渡さなければ目が治ることはない――真一たちについてきたのも、それを実行するため。

 そう思うと胸を締め付けられた。


「あ……そう言えば今思ったんだけどよ……」

 突然の言葉にライトはすっと顔を上げた。

「なんでライトは俺たちについていくって言ったんだ? シトモンさんだって心配してるだろうに……」

 どきっと激しく心臓が打った。身体全身から汗が噴き出すような感覚になり、顔を背けたい衝動に駆られる。が、そんな行動をとれば怪しまれるに違いない――そう思いライトはなんとか平常を保った。

「ち、父上はいいんです……。た、ただ私は……シンイチさんたちのお手伝いをしたくて……」

「そうかぁ? 絶対心配してると思うけどなぁ……」

 幸いなことに、真一は空を見上げたままだった。びくびくとするライトの様子に気づいていない。が、ライトは声色でしか判断できず、真一が自分を疑っているのではないかと思った。

 ぎゅっと手を合わせ必死に話の話題を考える。――が考えつく間もなく、勝手に口が開いた。

「あ、あの! シンイチさんに尋ねたいことがあるんです!」

「ん……ど、どうしたいきなり」

 真一が顔を向けると、ライトは険しい表情である。

 何を言われるのかと思い、真一は思わず姿勢を正す。

「……シ、シンイチさんは……」

 一方で、ライトは何を言おうかと迷っていた。とにかく話を逸らせること――それしか頭になかった。

「私のことを……どう思ってますか?」

「えっ……」

 予想しなかった言葉に真一は言葉を失った。

 一方、ライト自身も見る見る顔が火照ってゆく。

「あ……ち、ちが……ど、どう思っているというのは……わ、私の、め、目のことです!」

「め……目?」

 目という言葉に真一は眉をしかめた。ライトは赤く染まる頬を隠すように、再び顔を俯かせる。

「私は目が見えません……。そのせいか、様々なことを言われそれを耳にしてきました。あるいは、周りの方がどれだけ気を遣っているのか……それを肌で感じてきました」

 話しながら、ライトの頬の赤みも引いていく。しかし、今までの経験を思いだし次第に胸が苦しくなるのを感じた。

「私は……この目が憎い、です。光を持っていた時があるからこそ、今が余計に悔しいんです。見たい、知りたい世界でさえも、この目は受け付けてはくれません。……今だって、私、一番見たいものがあるのに……」

 ライトはぎゅっと拳を握り締めていた。何かに耐えるように、小さく震えている。

「俺は、目が見えないことなんて気にしてねぇよ」

 真一が静かに言うと、ライトの拳の震えた止まった。ハッとして顔を真一へと向ける。

「ライトが苦しんできたことは……きっと俺の想像以上だと思う。けど、そのことでライトをかわいそうとかそんなことは絶対に思わねぇよ。ライトはライトじゃねぇか。こんな俺に協力してくれる仲間だと、俺はそう思ってる」

「……仲間?」

「あぁ。だから、ライトが困ってるなら俺はそれを助ける。……もし、目が治ったら一番見たいものを見せてやるよ。絶対に協力する」

 にっこりと笑う真一。

 ライトにも、瞼越しに真一の笑顔が見える気がした。だがその笑顔は、逆にライトの胸を締め付ける。


 ――私が光を取り戻すとき、シンイチさんは目の前にいないかもしれない。


 ライトは再び顔を俯かせた。それでも――光がほしかった。

 一方で、俯いたライトに大した疑問を抱くことなく、真一は終始笑顔を崩さなかった。

「……ありがとうございます。その時はよろしくお願いしますね」

「あぁ。だから、目が見えなくって気にするんじゃねぇぞ。何かあったら俺とヨウが守るから」


 それから二人は再び大通りへと戻り、町から出る間に陽はいつの間にか傾いていた。

 広い草原の中、必死にヨウとピィを探す真一。その後ろをついて歩くライト。探している間に陽はどんどんと陰り、このまま探せないのではないかと真一は焦った。

 が、遠くに何か二つの物体が寄り添うようにあるのが見えた。それを見つけ足早に行ってみると、互いに寄り添う寝るヨウとピィの姿だった。

 今までになく仲の良い光景に、そっと真一はライトに耳打ちをする。

「……こいつら寄り添って寝てる。俺らも今日はここで休もう」

「はい……」

 身体と身体を互いの枕にし合っている。真一も思わず頬を緩め、静かにその場に腰を下ろす。――平和そのものだった。

 ライトも、頭で想像し出来上がる光景にふっと頬を緩めた。

 大会前日の、静かな夜だった。

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