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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第五章 城下町オディ
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【第四十三話】 証の条件

 暖かな風が吹き抜けて行く。その度に草が波のように揺れていた。草も進むにつれて少しずつ短くなり、今では足元までの高さとなっている。

 三人は多少の会話をしながらも、辛抱強く歩き続けた。幸いなことに天候にも恵まれ、歩くことに支障はなかった。だが、やはりずっと歩けば身体は悲鳴を上げる。靴に隠れる足の裏はじんじんと痛み、地面を蹴り上げる力も弱まっていた。口数も減る一方だったが、真一もライトも愚痴は絶対に言わなかった。

「……あれが城下町オディじゃよ」

 頭を下げ黙って歩いていた時、耳元でヨウが言った。真一とライトは立ち止まり、垂れていた首をぐっと上げる。――草原の向こうに建物のようなものが見えた。その奥には山もある。

「あれが、最後の都市……か」

 ヨウも指を差しつつ遠くを見つめている。が、その視線はどことなく虚ろで、呆然とした表情だった。

 過去のことを語って以降、時折こんな表情を覗かせることが多くなっている。呆然と空を見上げたり、じっと考え込むように視線を落としたりと、まるで意識がここにないようだ。

 じっとヨウの様子を見ていた真一は、わざとらしく咳払いをした。

「……じゃあさっさと行くか!」

 と同時に、何かの合図のようにライトの手をぎゅっと握り締めた。

「……はい!」

 何かを察し、ライトは微笑み大きく頷いて見せた。気丈に振る舞っているが、色白の頬から汗がじんわりと流れている。歩き回らないライトにとっては、この徒歩の移動は過酷だったに違いない。しかし、それでも声を張り上げ笑顔を作っていた。

 ヨウは黙ったまま、そんな二人の様子を眺めた。

 言わずとも感じる二人の心遣い。見ていると自然と顔の表情も和らいでいく。だが、犯してしまった過失が消えることはない。

 守るべき者を守れなかった記憶。そして、それを忘れてしまっていた事実。

 だが、二人はそれ以上聞き出すことはしなかった。その話題に触れもしない。話を聞いたせいで、二人が命を狙われるかもしれない。――それでも二人はそれ以上の探索はしなかった。ただいつも通りに接する。忘れろとも言わず、疑問を投げかけることもない。

 町へ向け歩く二人の様子を眺めながら、ヨウは静かに微笑んでいた。


 城下町オディは、四大都市の中で一番の広さを持つ。

 アラウ城がある山のふもとにあり、集まる人々のほとんどが上級階級のものばかりだった。召喚魔術を扱うサモナーはもちろん、回復魔術を扱うイシャイナーでさえも、この町では偏見の目で見られる。

 町に入ると多くの人々が行き交っていた。人の流れに目を奪われていると、腕に布を巻き付けている者があちこちにいる。――見れば、ほとんどが赤い布と黄色の布だった。

「あの色は……自衛魔術と移動魔術って意味だったっけな」

 目の前を行き交う人々に視線を移しながら、真一はぼそっと呟いた。

「……にしても人が多いな」

 真一たちが立っているのは、大きな大通りだった。

 今までの町にないきちんと舗装された通りで、地面は整った石がずらりと並んでいる。大通りの左右に目を移せば、レンガ造りの四角いビルのような建物が建っていた。

 窓はまん丸や四角など、それぞれの建物によって異なっている。一階の入り口辺りに目をやれば、その入り口の上には何やら文字が入ったプレートが貼ってある。どうやら、建物一つが個人の持ち物らしい。そんな建物が隙間なく建てられ、時折小さな建物がある。

「城下町オディは一番華やかな都市なんです。私も幼い頃この町を訪ねた時、人の多さと建物の多さに驚きました」

 そう口元を緩めているライトの頭には、いつの間にかフードが被せられていた。

「ライト、なんでフード被ってんだ?」

「あ……わ、私の髪色を見ると、王族だとばれてしまいそうで……。ばれてしまうと、色々と面倒なことがあるかもしれないので……」

 そう言いつつ、ぐっとフードを顔に引き寄せた。綺麗な黄色の髪は、すっぽりと隠れてしまい全身白いローブだけとなっている。

「あぁ……そうだな。俺の髪と格好も、この世界じゃ目立つよなぁ……」

 視線を感じそちらに目をやると、訝しそうに人々が眺めていた。黒髪も当然だが、真一の持っている荷物も十分目立つ要因となっている。

「シンイチ。どこか人が少ないところへ行って、黒いローブに着替えた方がええぞ。その荷物は仕方ないとしても、ここは人が多すぎる。統治者を探すのはその後がええ」

「……だな」


 大通りを避け、適当な横道へと入る。細い路地裏のような道は、先ほどの人だかりが嘘のようにひっそりとしていた。高い建物の間のせいか、思いのほか暗い。そんな場所で真一はさっさと袴をたたみ、黒いローブへと着替えた。

「……よし。じゃあ、統治者を探すか」

 ポケットに触媒の小さな袋を入れると、トートバックを肩から提げた。

「でも、これだけ広いとどこにいるんだか見当もつかねぇな。……おい、お前何か知らねぇのか」

「うーむ。わしらがこの町を訪ねる時は、大抵移動魔術で目の前だったからのぉ。町全体のことは覚えとらん」

 腕組みをし頬を膨らませている。真一はため息を漏らすと、ライトに視線を移した。

「ライト、さっきこの町に来たことあるって言ったよな。統治者がどこにいるか知らねぇか? 証をもらわねぇといけねぇんだ」

「……幼い頃のことですので記憶が曖昧ですが、一応は覚えています。で、でも目が……」

 そう言うと軽く顔を伏せ、ぐっと唇を噛み締めた。

 すぐにヨウが真一を睨みつけた。おまけにばしばしと肩を叩いた。真一がむっとした表情で顔を向けると、声こそ出ていないものの口が「ばかもん」と言っている。――しかし、真一は平然と言い切った。

「ライトが覚えているなら、それでいいんだよ」

「……え?」

 はっとして顔を上げるライト。眉が八の字になり不安そうな表情に見える。思わぬ言葉にヨウもきょとんとした表情を浮かべた。

 そんな二人を気にすることもなく、真一はライトに近寄ると手を握り締めた。

「見えなくても、俺がライトの目の代わりになりゃいいんだ」

 真一はにっと笑うとフードを被った。

「建物とか目立つもんを言うから、ライトの記憶と照らし合わせて見てくれ。……頼んだぞ」

 すっぽりと黒髪をフードに隠すと、そのまま裏路地から出ようと歩き始めた。

 ライトは手を引かれるまま、少し後ろを歩き始める。その頬は少し赤く染まっていた。手を握る温かな手のひら。見えないはずの瞼越しに、うっすらと、真一の笑顔が見えた気がした。


 真一は大通りに出ると、まず今どんな場所にいるのかを説明しようとした。が、周りを見渡しても似たような建物ばかりである。小さくため息を漏らすと、肩に乗るヨウへと視線を移した。

「お前、上から目立つ建物がないか見てくれよ。ここからじゃ人が多すぎるし、目立つもんがねぇんだ」

「うむ、そうじゃな。ちょっと待っておれ」

 背中の羽根を羽ばたかせ、ヨウは一気に上空へと舞い上がった。それを見上げていると、隣のライトが軽く腕を引いた。

「……ん、どうした?」

「あ、あの……私の曖昧な記憶で探すよりも、派遣所で聞いた方が早いと思うのですが……」

 久しぶりに聞いた単語に、思わず真一は「あっ」と声を漏らした。しかし、すぐに眉をしかめ低く唸り声を上げる。

「うーん……いや、まぁその方が早いだろうなぁ。まぁ、あいつの返答次第で考えるよ」

 歯切りの悪い言葉に、ライトは不思議そうに小首を傾げる。すると、上空からヨウが降りてきた。――むっとした表情で、小さく首を横に振っている。

「駄目じゃ。どれもでかく、建物自体にそれほどの差がないぞ」

「そうか……。今、ライトから提案があったんだけどよ……派遣所で聞けばいいんじゃないかって……」

 ヨウも小さく「あっ」と声を漏らした。一瞬、ぱっと明るい表情となったがすぐに視線を落とし、乱暴に頭を掻いた。

「……派遣所、か。まぁ仕方あるまい。さっきそれらしき建物が見えたから、わしが案内しよう。シンイチ、お主また反抗的な態度をとるんじゃないぞ」

「わかってる。俺だって、もう取り調べなんてごめんだ」

 一人が首を傾げるライトを引き連れ、真一たちは再び大通りを歩き始めた。


 近距離で人がすれ違う大通り。ざわざわと騒がしく、何か行事があるのかと思うほどの人の流れ。その中を真一とライトが歩き進む。ライトは顔を俯かせ、人の目を避けるように背中を丸めている。一方で真一は背筋を伸ばし堂々と歩いていた。人々の目が弓具に行っているが気にしていない。

 真一の荷物も目が行く要因だが、二人の対照的な色彩にも人々の目が自然と釣られていた。

「ライト。疲れたらちゃんと言えよ」

「……はい」

 真一も視線を感じていた。ちらりとその方へ目を向ければ、皆が怪訝そうに眺めている。が、足を止めることはしなかった。今はこの視線の餌食になっているのは、真一だけではない。ライトも、盲目ではあるがきっと雰囲気は感じ取っているはずである。それに、ローブだけ見れば真一よりもよほど目立っている。

「……ったく、この町の連中は失礼な奴ばっかりだな。みんな揃ってガン見かよ」

「まぁしょうがない。さっきも言ったじゃろ? ここはティレナーとフィティナーが住人のほとんどを占めておる。シンイチの黒い布が、ローブで隠れとることが幸いじゃよ……。とにかく、こんな居心地の悪い町の用事は済ませて、さっさと出て行きたいの」

 容赦なく視線を送る住人たちを眺めながら、ヨウはため息を漏らした。

 上級階級ばかりが住む、城下町オディ。もしかすると、ヨウの姿も見えている者もいるかもしれない。さらに言えば、使魔掃討作戦の使者がこの中に紛れ込んでいる可能性もある。

 ――と、ふっと思い出しヨウは視線を真一へと戻した。

「シンイチ。アラウ城から一番近い都市じゃ、もしかしたら派遣所でわしの姿が見える者がおるかもしれん。着いたら、わしは上空で様子を見ておくぞ」

「……あ、そうだな。でも、言葉通じるのか?」

「あぁ大丈夫じゃ。言葉が通じなくなるのは、わしの魔力が底を尽きかけた時か、契約が切れた時か、はたまたわしが死んだときのどれかじゃよ。覚えておくとええ」

「……要するに、言葉がわからなくなったらやばいってことだな」


 人の目に耐えながら進むと少し開けた場所へと出た。丸い円のような広さで建物も立ってはいない。――ふと、町に入って初めて見る建物を見つけた。

 三角錐の屋根をした小さな小屋である。木の柵で閉じられた入り口の上には、木の板に文字が書かれていた。真一には読めなかったが、おおよそ『派遣所』などと書かれているのだろうと思った。

「じゃ、わしはしばし上空におるぞ。シンイチ、喧嘩腰になるんじゃないぞ」

「何度も言われなくてもわかってら」

 ヨウはふん、と鼻息を漏らすと羽根を広げそのまま真っ直ぐ上空へと舞い上がる。一方で、そんなヨウには目もくれず真一はそっと派遣所の中を覗き見た。――やはり真紅のローブを着た者たちが見える。

「ここだな。……にしても、大通りから離れた場所にあるんだな。それになんだ? あの広場みたいな場所は」

 派遣所の建物の真正面に、楕円型に窪んだだだっ広い場所があった。その中には何も建ってはいない。内側は階段のようになっていて、そこに人が座れるようになっている。

「広場、ですか? ま、前はそんな場所なかったと思うのですが……。すいません、私ではわかりません……」

 しょんぼりと俯くライト。声はかすれ消えそうである。その様子に慌てた真一は、ぽんっとライトの肩に手を置いた。

「そ、そんなに落ち込むことじゃねぇだろ。小さい頃のことなんて、全部覚えられるはずねぇもん。気にすんなって」

「……私、シンイチさんのお役に立てられるのか不安で……やっぱり迷惑なんじゃないかって」

 白いフードがすっぽりと覆い、顔まで見ることができない。が、声の具合から今にも泣きそうな感じだった。

「ライト。お前、もっと自分に自信を持てって。俺にはできないことが、お前にはできることだってたくさんあるだろ? それに迷惑なんて思っちゃいねぇよ。……まぁすぐに自分に自信を持つなんて簡単じゃねぇよな。俺だってそうだしよ……」

「シ、シンイチさんも……?」

 とその時だった。派遣所の入り口の柵が開く音が響いた。

「お前たち。我らの目の前で何をやっている?」

 二人の間から割って入ったのは、真紅のローブを着ている男だった。見れば腕に緑色の腕章をしている。

 怪しげに二人を眺めながら口を開く。

「……何か派遣所に用があるのではないか? それとも、何かしらの悪戯でも仕掛けようと?」

「そ、そんなことはいたしません。ただ、道をお尋ねしたいのです」

「……道? ふん。どこへ行きたいのだ?」

 鼻息を鳴らし腕組みをした。どうやら、目を閉じた状態のライトを察したらしい。真一も、ここはライトがしゃべった方が良いと判断し黙り込むことにした。じっと男の顔を眺める。

「と、統治者オディ様のお屋敷へ……」

「オディ様の? 一体何の用だ?」

「証を……い、いただきたいのです」

 腕を縮めぎゅっと握りこぶしを胸の辺りに作っているライト。不安そうな姿ではあるが、しっかりとした口調だった。

 一方で、じろっと二人を見下ろす男。眉をひそめ、二人の姿を視線で調べているようである。真一はその視線から逸らすことなく、真正面から見上げた。睨むと心証を悪くしそうだったので、なるべく顔の力を抜き真顔を維持する。

「ふん。証か。……オディ様はご自宅をこの町にいくつか持っておられ、今どこにいらっしゃるのかはわからん」

「では、その家々がどこにあるのか教えていただけませんか?」

「教えてやっても良いが、家は十以上ある。巡っている間にオディ様は移動されている。直接会うことは不可能に近いだろう」

 その言葉に肩を落とすライト。あからさまに落胆の色が見える。真一も男の言葉に一瞬顔をしかめたが、すぐにやめ口を開いた。

「じゃあどうすればいいんですか? 諦めろって言うんですか」

 むっとした表情で男が真一を見下ろす。

「諦めろとは言ってはいない。……お前らどちらか、パラッグの雛はいるか?」

「パラッグの、雛?」

 思わぬ単語に真一は首を傾げた。ライトも俯かせていた顔をすっと上げる。男は言葉を続けた。

「もしいるならば、明日、パラッグの雛の大会が開かれる。その優勝者には無条件で証が手渡される。どうしてもほしいならば、明日の大会に出場することだ。……というより、オディ様から証がほしければこの大会に出るしかないだろう。おそらくだが、オディ様に直接訴えても相手にされない。今まで渡した奴らは皆、大会の優勝者ばかりだからな」

「優勝者だけ……。今までの統治者さんたちは、説明したら渡してくれたんですけど。その、オディ……様ってのはどういう方なんですか」

 言葉遣いが気にいらないのか、男はむっとした表情のままである。

「……移動魔術にたけた素晴らしい方だ。その言い方はまるで侮辱しているように聞こえるが?」

「いえいえ、とんでもない。……ひとまず、証がほしいんで大会出場します。どこに行けばいいんですか?」

「目の前のあの広場に行けば良い。当日受付だ。……まぁ頑張るんだな」

 そう言うと身体を翻し、建物の奥へと消えて行った。


 真一とライトは派遣所から離れ、人の少ない横道へと入った。すると、それを見計らったようにヨウが肩へと降りてくる。

「どうじゃった? 場所はどこじゃ?」

「……家が十以上あるんだとよ。探すのは不可能だってさ」

「なにぃ! じゃあどうしろと言うんじゃ!」

「大会で優勝すりゃ証が無条件でもらえるんだとよ」

「大会?」

 真一はライトから手を放し、懐から召喚本を取り出した。ページをめくる。それを見ながらヨウはぴんっと閃いた。

「……まさか、大会というのは」

「そう。パラッグの雛の大会」

 真一は開いたページに左手を乗せ「プレサモン」と言った。と同時に、かっと召喚本から光が放たれる。

 すると、目の前に鷹の姿をしたピィが現れた。

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