【第四十一話】 ヨウの記憶―1―
山岳の町ガナオンから山を下ると、どこまでも広がる草原がある。真一たちとマスクらが会ったのもここで、残された三人はその草原をただひたすら歩いた。
丈の高い草は、いつの間にか真一の胸のあたりまで伸びている。青臭い草の匂いは鼻にこびりつき、風に揺れる草は波のように見えた。日中は温かな気候も、日が沈めば肌寒い夜へと変貌する。街灯などない。ただ夜空に浮かぶのは、数えきれないほどの星。それらが淡い光を放ち、僅かながら真一たちの手元を照らしていた。
「そろそろ話してもいいんじゃねぇのか」
そう言う真一の手には食パンがある。先ほど真一は四枚ある内の三枚を使って食パンを召喚した。柔らかい生地と香しい匂いが漂っている。どうやら味も失敗ではなかったようで、ヨウとライトも頬をほころばせながら食パンにかぶりついていた。
「……何がじゃ?」
とぼけた様子もなく、まん丸とした目をぱちぱちさせながらヨウは言った。
「とぼけんな。お前とマスクたちの関係だよ」
「あぁ……そのことか」
すぐに言う素振りも見せず、黙って食パンにかぶりついている。その様子を真一はじっと睨む。
ライトも何か只ならぬ雰囲気を感じ取り、動かしていた口が止まった。
「……そうじゃの。じゃあ食べながらでも話そうかの……」
思い出すかのように、呆然と地面を見つめるヨウ。草が揺れる音が響く中、静かに語り始める――。
◇ ◇
「マスター。どうもおかしいと思わんか?」
そこはとある一室。窓は外から鉄格子があるものの、そこから眺める景色は美しい。ほとんど霧に囲まれたアラウ城ではあるが、晴れた日にはまるで空の上にいるかのように見えた。今日も空からは太陽が顔を出し、明るい日差しと温かな陽気を運んでいる。
「ヨウもそう思う? 私もよ」
ヨウからマスターと言われた女――イッチ姫は、外に向けられた視線を肩に乗るヨウへと移した。
高い身長の割りに小さな顔。ぱっちりと開かれた瞳ではあるが、どこか凛々しく隙のない顔立ちである。長い黄色の髪を一つにまとめ、頭を動かすたびに艶やかに光る。
胴衣には鎖帷子のような丈夫で軽い服を着用し、背中には白いマントを羽織っている。また薄紅色のスカートは短く、それが特有の服装であった。
「父上がいきなりあんな政策を発表するだなんて……。確かに、民の生活は著しくない。けれど、あんな政策では貧富の差が激しくなるだけよ」
政策――それはサモナー政策である。この時、アラウでは食糧難で苦しんでいた。
魔術のみで成り立つアラウにとって、作物を育てるという技術がなかった。そのため一般に食べ物の供給は、フェル草で作られる召喚魔術の食べ物のみである。
しかし、サモナーの数は少なかった。土魔元素を扱える者が元々少なく、それ以外であれば使魔と契約した者のみだったからである。
また食糧難の背景に、現国王になってから戦争行わなくなったことも含まれていた。戦利品の減少、また、兵士たちの食糧確保のため、民に回される食糧が減ってしまったのだ。
「いっそ……軍なんてなくなってしまえばいいんだわ。父上なら、きっとエルモ国との話し合いで解決できる。それなのに……どうして軍にこだわるの?」
「国王の周りの連中が納得せんのんじゃろう。……しかし、サモナー政策か。またわしらの血が流れるのか……」
悲しげに俯くヨウに、姫はそっと頬を寄せた。
奇しくも姫の予想は当たってしまう。
サモナー政策が施行されて以降、貧富の差は広まる一方となった。さらには、浮浪者や貧困者を対象に、無理やりサモナーの身分を与えられたことにより、サモナーに対する偏見の目が出始めたのだ。それは民ばかりに及ばず、統治者の一人ガナオンをも巻き込まれる形となった。
「……姫。そんな顔をしないでください。私は気にしていませんから」
アラウ城の中、大会議室の間に姫とガナオンの姿があった。
「けれど……サモナーに対する偏見の目だけで、どうして貴方が山岳の町へ行かなければならないの。不条理な話だわ」
姫はぐっと唇を噛み締め、申し訳なさそうに俯いた。そんな姫の肩に、ガナオンは優しく手を置いた。
「仕方ありません。城下町は一番アラウ城に近い都市。そんな都市を治める統治者がサモナーでは民の納得が得られない――そうおっしゃった国王の意見は正論です」
「……確かに民の考えを汲み取ることが、私たち王族の役目です。けれど……父上は貴方に事前の相談もしなかった。……何かがおかしいのよ。ガナオン、貴方もそう感じないですか?」
ガナオンは姫をじっと見つめた後、ちらりと視線を後ろへとやった。それに釣られ姫も後ろを振り向く。
「姫。私も……いえ、統治者たち全員が異変を感じ取っています。そして、その原因ではないかと思われる人物が一人……それがあの席の方です」
部屋には二人しかいない。がらんとする大きなテーブルの一番奥に、ひときわ目立つ席がある。そこが国王が座る椅子である。その隣、統治者たちと変わらない椅子ではあるが、国王と肩を並べて座れる人物が一人だけ存在した。
「……ダック公爵、ですか」
椅子はあるが、一度も会議の場に顔を出したことはない。しかし、イッチ姫は何度か顔を見たことはあった。
赤い杖を持った老人である。白髪を肩まで伸ばし、目元は窪みいかにも不健康そうな顔つきだった。挨拶をしに行った時、鋭く光る眼光に身震いをしたのを思い出す。
「私たち統治者は、誰一人としてお会いしたことはありません。国王から口伝えで紹介されたのみ。魔天族の方ですから、変に勘ぐるのも国王に対する非礼にあたりましょう。ですが、王族の一員である統治者の立場から言わせていただければ、魔天族の方の素性を知らないというのは気味が悪くて仕方ないのです。ましてやそれが国王様の出資者。……何か企みがあるのではないかと勘繰りたくもなります」
「……つまりガナオンの考えは、公爵が裏で絡んでいるのではないか、ということね」
空いた席を見つめながら、出会った時のことを思い出した。
いつ出会ったのかも知らない。いきなり国王が姫の部屋へ訪ね、『やっと莫大な資金を援助してくれる貴族が現れた。良き友にもなり得る素晴らしい人物だ』とにっこりと微笑んでいた。
初対面のこと――深々とおじぎをしてみせる姫に対し、ダック公爵も軽く会釈をし微笑んで見せていた。その隣には満足そうな顔をしている国王がいる。
二人は旧知の仲だったように、和気あいあいと雰囲気で会話を楽しんでいた。
「……あの、姫。このことはどうか国王には……」
イッチ姫は呆然としていた意識をはっと戻し、再びガナオンの方に向き直る。
すると、ガナオンは視線を泳がせながら苦笑いを浮かべていた。日頃見ないような表情に、姫は思わずふっと声を漏らす。
「大丈夫です。父上には言いません。……ガナオン。どうか元気で。いつかヨウと二人で会いに行くわ」
ちらりと肩に視線を送り、それに対しヨウは大きく頷いて見せる。
嬉しそうに微笑む姫の表情だけがガナオンには見えた。幸せそうな姫の表情に、自然と顔がほころぶ。
「仲がよろしいようですね。イッチ姫様もどうかお元気で。いつでもお待ちしております。来られるまでに、山岳の町を立派な町へとして見せますわ」
「えぇ楽しみにしています」
ガナオンは一礼すると、部屋に姫を残し出て行った。
日に日にダック公爵に対する疑念が強くなっていく。それと同時に、国王は自ら発表したサモナー政策の現状を知り、徐々に体調を崩していた。姫たちは心配し何度も部屋に足を運ぶが、国王は姫の前では気丈に振る舞った。ダック公爵について聞いても『彼は私を気遣ってくれる。本当に良き友だ』と疑う様子もなく、目を細め微笑むばかりであった。
「……ヨウ。私はどうすればいいの?」
夜明け前――部屋にまだ日は届かず、小さな炎の明りが一つ灯っているだけである。机の上、淡く光る炎を見つめながら、姫は呆然と耽っていた。
「民の生活も著しくない。その上サモナーや貴方がた使魔の血も、今だって流れているかもしれない。確かに以前よりも食糧の確保はできている。けれど、その犠牲になっている人だって大勢いる……。もしかしたら、本当に潤っているのはごく一部の民だけかもしれない。どうにかできるのは父上だけ……けれど……」
痩せこけた顔色の悪い国王の顔が浮かぶ。苦しそうな咳を繰り返し、それでも心配させまいとして笑顔を作る。その笑顔が姫の胸を締め付けていた。
「……あんな状態じゃ民の前に出ることさえできないわ。民も父上も苦しんでいるなんておかしい……」
握りこぶしをおでこにつけ、姫は唇を噛んだ。ヨウは顔をしかめ姫を見つめる。
「マスター、もういっその事……サモナー政策をやめるよう進言したらどうじゃ?」
姫の顔がふっと真顔に戻る。そして顔を上げ机の上に座るヨウを見た。
「サモナー政策を……。そうよ、そうだわ。あの頃から父上の様子がおかしかったのよ」
「じゃろう。国王が体調を崩されておるのも、そのサモナー政策が原因じゃ。ならば、その原因を取り払ってしまえいいだけのことじゃ」
しっかりと目線で頷く姫。二人は陽が昇るのも待たずに部屋を出た。
廊下も点々と灯る灯りのみで薄暗い。窓に視線を送れば、薄らと白い霧が見えるのみ。物音一つしない。昼間とは違った雰囲気が漂っている。
国王の部屋を行く途中だった。突然目の前に人の気配を感じた。暗い廊下の奥――静かに足音が近づいてくる。兵士ならば気にする必要もない――そう思った。しかし、姿を見せたのは思いもよらぬ人物だった。
「おはようございます、イッチ姫様。このような時間にお会いするとは……いやはや驚きました」
どんよりと鈍く光る眼光。杖を片手に歩く黒いローブ。歳を感じる風貌ながら、背筋はぴんとしていた。
「ダ、ダック公爵……。おはようございます。私も驚きました」
姫は動揺しながらも、にっこりと笑顔を作った。一方でヨウは鋭い目のまま警戒を強める。――現れたのはダック公爵だけではなかった。
「公爵。その隣にいらっしゃる方は……?」
「あぁ、こやつは私の使用人……部下ですよ。気になさらないでください」
隣に、白い仮面をつけた奇妙な男と見慣れた使魔――トグがいた。しかし、二人は姫を目の前にしても憮然とした表情で挨拶もしない。ただ無表情のまま姫をじっと見ているだけだった。
見たところ王族特有の髪色でもない。一般の者が姫を前に挨拶もない――非礼の行為にヨウは二人を睨みつける。
「トグ。貴様、わしのマスターに挨拶もせんつもりか。国王の姫君じゃぞ」
「だから何だ? 俺は使魔だ。人間の国王など関係ない」
さらりと言ってのけるトグ。その顔は無表情で冷たい視線だけを送っている。隣に立つ男も同じで、無言のまま姫をじっと見ているだけだった。
「ところでイッチ姫様。こんな早い時間にどちらへ行かれるのですか?」
ヨウが口を開こうとした時、丁度ダック公爵が割って入った。にやりと口元を緩め笑っている。
「父上の元へ。公爵こそどちらへ?」
「私は国王の所から帰ってきたところです。国王は今ご就寝されたばかりだ、行かれない方が良いでしょう」
ダック公爵は一歩踏み出した。
「ささ、部屋へお戻りください。こんな早い時間から出歩いていては、兵士たちも困りましょう。それとも、何か国王に事伝えがあるのであれば、私から伝えておきましょうか?」
姫の肩に手を伸ばす。が、それを姫は振り払い鋭い視線を向けた。
「いいえ。父上に直接訴えたいのです。寝ていようが起きていようが関係ありません」
「ほぉ、さようでございますか。して、イッチ姫様がそれほどまでに訴えたいこととは一体何でしょうか?」
「それは公爵には関係のないことです」
「いえいえ、関係ありますな。私は国王の友――出資者であります。互いに民のため知恵を振り絞る故に、いかなる情報も手に入れておきたいのです」
友という言葉に、姫とヨウが眉をひそめる一方で、ダック公爵はにやりと笑っている。
窪んだ眼の奥、何か邪な考えが見え隠れするようなそんな笑みだった。
姫はその目から逃げるように視線を逸らし、ぐっと唇を噛み締めた。いくら素性が怪しいとは言え魔天族。国王と協力する立場であることには変わりはない。姫は少し間を空け、先ほどよりも小さな声で目を合わすことなく言った。
「……サモナー政策について、父上に進言したいことがあるのです」
ぴくっとダック公爵の眉が動く。
「イッチ姫様。一体何を進言なさろうとしているのですか? サモナー政策は今、この国を支えているのですよ。それをまさか……やめろとでもおっしゃるつもりですかな?」
「支えている?」
逸らしていた視線をダック公爵へと戻した。
「確かに食糧は確保されつつあるでしょう。しかし、民の間に貧富の差が広がりつつあります。サモナーに無理やりさせられた民や元々サモナーだった者たちは、その巻き添えになっているのです。サモナー政策に欠かせない使魔だってそうでしょう。潤っているのはごく一部……そんな政策がこの国を支えているとおっしゃるのですか」
ぐっと握りこぶしを作り、目はしっかりとダック公爵に向けられている。半ば睨みつけているように見ていたが、ダック公爵はふっと口元を緩めた。
「……イッチ姫様の考えはよくわかりました。しかし……それを国王に進言するのはやめなさい」
すっとその場に雰囲気が変わった。姫も感じたのか、思わず一歩身を引く。
「サモナー政策はアラウ国のための政策に間違いはないのですよ。現に、食糧難だったのにも関わらず、兵士の食糧を確保できその上に民にも流通されている。アラウは魔術がものを言う国だ。食糧も魔術で補わなければならない。イッチ姫様、皆が幸せ、なんていう甘い考えは通用しないのです。誰かを犠牲にしなければ、困難に立ち向かえることは不可能。サモナー政策はまさにそれです。一部のサモナーや貧困者浮浪者のおかげで、この国はまた持ち上がった。貧困者や浮浪者は今までは社会に何の役にも立たなかった。それがこの政策によって役立っている。……考えてみなさい、もしサモナー政策をやめてしまえば、再びその者たちが放り出されてしまう。そして、また食糧難だ。戦争は休戦しているが、もし国内で食糧を巡って戦いが始まったらどうするおつもりです?」
息つく間もない言葉に、唖然とした表情を浮かべた。それを見たダック公爵がなお続ける。
「よくわかっていらっしゃらないようですね。つまり、サモナー政策はもう引くに引けないものとなったのですよ」
目を見開いた顔がぐっと近づいた。肩まで伸びる白髪と、顔に刻まれた皺が歳を物語っている。そしてそれらが、有無をも言わさない雰囲気を助長させていた。見るからに歳をとった老人にしか見えないが、何か狂人的なものを感じさせられる。これ以上の口応えは許さない――身体全身から訴えているようだった。
「つまり……父上に進言をするな、とおっしゃっているのですね」
「とんでもない。ただ、そのようなことをおっしゃって国王を悩ませてほしくないのです。今体調を崩されているのは、イッチ姫様もご存じでしょう」
はっとした表情で姫は息を呑んだ。ヨウも小さく舌打ちをした。
確かに、サモナー政策をやめろと言ってしまえば、余計に国王を悩ますことは確実である。体調を崩した原因は間違いなくサモナー政策。だが、ダック公爵の言ったことも一理ある。二人は返す言葉がなく、視線を床に落とした。その様子に、トグのふっという鼻で笑う声がした。ダック公爵も、体勢を再び整えるとにやりと笑みをこぼした。
「さぁ部屋へお戻りください。国王には私がついておりますから、ご安心ください」
立ちふさがるように立つダック公爵たちを目の前に、姫は無言のまま部屋へと戻って行った。
部屋に戻り椅子に腰かける。灯りもつけない部屋は薄暗く、しんとしている。まだ陽は昇ってはいないが、窓からの風景が少しずつ明るいものとなっていた。
「……このままでいいわけない」
虚ろな表情で姫は呟いた。
「いづれにせよ、このままでは父上も民も傷が広がるばかり。ダック公爵の言ったことも一理あることは間違いない。だけど、先延ばしにしてしまえば本当にどうしようもなくなってしまう」
ぐっと拳に力を込めた。力で小さく震えている。それを見ながらヨウは口を開いた。
「ダック公爵、か。国王を友と言ったあの顔……どうにも胡散臭い。それに、進言しようとしたマスターを無理やりやめさせた気がせんでもない。……どうするんじゃ、マスター」
首をもたげ黙り込む。何かを思案しているようで、呆然と机に視線を落としていた。眉間に皺が寄り、厳しい表情が見て取れた。
が、急に姫の表情がふっと戻る。
「やめさせるわ」
そう言うと顔を上げた。――何かを決心したような精悍な顔つきだった。
「じゃが……国王がそのことで悩むかもしれんぞ。それに、食糧難で内紛が起こることも否定できん」
「そうかもしれない。だけど、このままサモナー政策を放置してしまえば、貧富の差は広がるばかり。罪のないサモナーたちを放っておけない。内紛が起きてしまうのであれば、それを全力で鎮めるのが王族の務め。それに……」
そこで言葉を切り、ぎゅっと拳に力を込めた。
「食糧を確保するためなら……エルモ国に援助を求める手だってあるわ」
「え、エルモ国じゃと? マスター、相手は敵対国じゃぞ! ただで援助するわけがない!」
ヨウは立ち上がり姫を見上げる。その顔は真剣そのもので、視線を逸らすことなく姫を見つめていた。しかし、真っ直ぐと視線を伸ばす姫の横顔も迷いはなかった。
「その時は私の身を捧げる」
「な、なんじゃと!」
「アラウにあってエルモにないものは魔術しかない。私一人の身で、幾人もの民が救われるのであれば……喜んで行くわ」
そう言って、姫はヨウに視線を移し弱く微笑んで見せた。――全てを受け入れる、そんな気持ちがその笑みから見て取れた。
ぐっとヨウは唇を噛み締める。姿が見えない自分が忌々しかった。目を伏せたまま、姫から顔を背けた。すると――。
「……ヨウ。私はね、使魔たちも救いたいの」
透き通るような声だった。それにヨウの表情も和らぎ、思わず上を向いた。
「わがままだと、自分でもわかってる。けれど……ヨウとはこれからもずっと一緒にいたい」
薄暗い部屋の中、姫の瞳がしっかりと見えた。
「遠くへ行くことがあっても、私の元へ来てくれる?」
ヨウの返事に緊張しているのか、若干眉が寄り不安そうな表情に見えた。固唾をのみ返事を待っている。
先ほどとは全く違う表情に、ヨウは自然を頬を緩ませた。――答えなど一つしかない。
「そんなの当たり前じゃ。その代わり、逃げられても追いかけるからの! 覚悟するんじゃぞ!」
そう言いヨウはぷいっと顔を姫から逸らした。どこか気恥ずかしかった。しかし一方で、姫は段々と表情を和らげていく。
すると、ヨウを両腕で抱き寄せるとそのまま頬を寄せた。
「ありがとう、ヨウ」
赤く染まるヨウの頬を、部屋の薄暗さが隠していた。
◇ ◇
三人が持っていた食パンはなくなり、頭上には無数の星が煌めいている。ヨウが話すその間、真一とライトは黙ったまま耳を傾けていた。
「……でどうなったんだ」
無造作に足を伸ばしている真一。ライトは胸の辺りに手を合わせ、ヨウの話を夢中になって聞いている。
「ヨウさんの前契約者さんって、イッチ姫様だったんですね……。お、驚きました」
ヨウはすっと夜空を見上げた。
「これを聞くとマスクに命を狙われるかもしれん。……ライトええのかの?」
「はい。一緒に行くと決めた以上、その覚悟はあります」
それを聞きヨウは再び視線を真一へと戻した。
「……これから話すことは、絶対に他言するな。その者が命を狙われるかもしれん」
「するかよ。いいから、もったいぶらず話せ」
急かす真一の言葉にふっと鼻で笑うと、ヨウは視線を再び落とし再び語り始めた――。