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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第四章 山岳の町ガナオン
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―主の部屋にて―

 広い部屋には本棚と机しかない。そこに、椅子に腰かける人物が一人。肘をつき、今か今かと報告を待っている。外は相変わらずの濃い霧が立ち込め、窓からアラウ城を見ることができなかった。暇を持て余していたが、報告の期待感がそれを相殺していた。

「……只今戻りました」

 そこへ、ふっと人が現れた。すでに跪いた格好となっている。

 主は身を乗り出し頬を緩ませた。

「待っていた。それで、始末はできましたか?」

 主の声にその者は顔を上げた。顔半分に白い仮面をつけている男――マスクである。が、視線は彷徨い、主と目を合わせようとはしなかった。視線を落したまま口を開く。

「残念ながら……失敗に終わりました」

「何! お前とトグがいながら失敗?」

「申し訳ございません。……途中邪魔が入った上、トグが負傷しました故に……」

 そう言ってマスクは両手を差し出した。その中には気を失ったままのトグが倒れている。目を瞑ったまま、手をだらりと垂れ下げていた。

「……何があった?」

 それを一瞥し、主は低い声で問いただす。杖を握り締めている手の甲は、力が入っているのか血管が浮き上がっている。

 それでもマスクは平常心を保ったまま、今度は真っ直ぐと主を見上げた。

「ヨウの契約者であるハギノシンイチが、召喚魔術により複数人を呼び寄せました。それらに応戦している最中に、トグは負傷した模様です」

「……お前は何をしていた」

「ライト様にある条件を出しておりました」

 そう言うと、マスクはトグを前に横たわらせた。一方で、主は思いもせぬ名前に驚き眉をひそめる。

「ライト? ライトと言えば、シトモンの娘の名ではないか。……どういうことだ?」

「ハギノは、ガナオン様、エルモ人、ライト様の三名を召喚しました。また、トグをやったのもハギノ。予想以上に力をつけてきているようです」

「……ガナオンにエルモ人か。アラウ国王に逆らうとはいい度胸をしている。……まぁ良い。で、ライト嬢に出した条件とは?」

「盲目を治す代わりにヨウをこちらによこせ、と」

 すると主は一変、豪快に笑い始めた。

「あっはっはっ! あのシトモンでさえも完治できんのだ。それをお前が治すだと? そのような条件誰も信じまい!」

 静寂する部屋の中、その声だけが反響し響いている。それを顔色一つ変えずにマスクは見つめ続ける。

「……失礼ながらダック様。同じことを言ったライト様に対し、少しの間光を与えました」

 マスクの言葉に主は口を閉ざした。そしてじっとマスクを見下ろし沈黙する。疑い眼だった。真意を探るように睨みつける。

 物音一つせず、重苦しい沈黙が部屋を支配する。マスクは決して目を逸らさなかった。主も顔色一つ変えない。が、ようやくゆっくりと口を開いた。

「――私を除き回復魔術の極めた者はシトモンだ。それをお前が一瞬でも治しただと? 一体何をやった?」

 その問いにマスクはポケットから小さな小瓶を取り出し、主に示した。

「これを使いました」

 栓をした小さな小瓶。透明なガラスの中には何もない。ただ、ぼんやりと淡く光っていた。

「奪った生命か。……行った魔術はトゥルメイか」

「おっしゃる通りでございます」

 そう言って頭を下げたマスクは、その小瓶を再びポケットの中へ忍び込ませる。そしてそのまま、頭を上げることなく主の言葉を待った。

「やはりお前は冷血に徹してはいない」

 その言葉と共に大きなため息が漏れた。なお主は続ける。

「トゥルメイは禁術だ。命を奪うことは一向に構わない。だが、それを他人に分け与えるという考えは無駄だ。生命はいわば最大の魔元素。四大魔元素とは別の全くの力なのだ。それをお前に教えたのは、私の部下として認めた故だ。意味がわかるか、マスク」

「――はい」

「お前は私の手となり足となる者なのだ。その力を……」

 主はそこで言葉を切ると、乱暴に椅子から立ち上がった。がたん、という大きく椅子が引かれる音が響く。

「他人に分け与えることなど言語道断! 私を侮辱する行為に匹敵する!」

 それでもマスクは頭を下げたまま微動だにしない。そこに、足音が忍び寄り真横までやってきた。見えた黒い革靴は、主その人である。

「マスクよ。お前の命を奪うことは造作もないことだ。しかし、お前にはこのトグを渡した故簡単には殺せん」

 先端に赤い宝石をつけた杖が、真っ直ぐとトグに向けられた。そこから青白い光が帯び、やがてそれはトグ全体を包み込む。

 強く光ったや否やすぐになくなり、トグがゆっくりと目を開いた。

「……ここは?」

「私の家だ」

 はっとしたトグはすぐさま身体を起こした。見下ろす主を見上げ、そしてそのすぐ横で頭を下げているマスクに目をやった。

「……ヨウを逃して戻ったのか」

 トグの問いかけにも、マスクは何も言わず動かなかった。

「俺のせいで戻ったのだろう? 愚かな……」

 小さく舌打ちをすると、そのままトグは浮き上がった。そして主の真正面で浮遊する。

「ダック、今回は俺のせいだ。エルモ人にカッとなってしまった。その結果がこれだ」

「……ほう」

「俺はマスクに貸しができた。もし、マスクに対し何らか罰を与えるつもりなら俺にやれ」

 マスクは驚きすぐさま顔を上げた。冷めた顔でダックと対面するトグがいる。一方で主は不機嫌そうに顔をしかめていた。

「トグ。心までマスクの契約者に成り下がったか」

「違う。俺は貸し借りが嫌いなだけ。俺は俺だ」

 しばらく睨み合いが続いたが、突然、主がふっと鼻で笑った。すると、そのまま椅子に戻り再び腰かける。

「……立てマスクよ」

 言われた通り立ち上がる。主は椅子に肘をつき、にやりと口の端を持ち上げていた。

「トグの心意気を買い、今回は見逃してやろう」

 マスクは表情を変えず、真っ直ぐ主に視線を送る。

「それにお前は使魔掃討作戦の責任者。引き続きその公務に携わってもらう」

「かしこまりました。……ヨウはいかがされますか」

「放っておきなさい。こちらに向かっているならば、向かわせれば良い。記憶が戻ろうとも、姫がいる限り意味はない。それに、力をつけてきているとは言え使魔の契約者は異星人。私の魔力に叶うことはない。……むしろ、姫の目の前で惨状を見せるのも一興だろう」

 窓に雨が当たる音が響き始める。静寂する部屋の中、雨音が音楽のように流れ始めた。

 確かに、とマスクは思った。この方に比べれば自分は冷血などではない。もしあの時、主が同じ状況に置かれていたなら、ためらうことなくヨウを奪い去っただろう。マスクの中で、やはり女だという躊躇いが生じていた。同じイシャイナーであるライト。そして、同じではないにしろ障害を持つ同士。片目だけでも世界が拝めるマスクより、ライトはその世界さえも失っている。

 同情していたのだ。単なる気まぐれだ――とマスクは思う。ヨウさえ手に入れば良い。それさえできれば、万事がうまくいく――。

「かしこまりました。では、失礼いたします」

 マスクは腰を折りおじぎをした。そして白い仮面に手を伸ばし、それを取り外す。黒い穴。そこにためらうことなくトグが中へと入った。それを見計らい再び白い仮面をつける。

 すると、身体が軽くなりすっと目の前が暗くなった。トグが移動魔術をしたからである。どこへ向かうのか、答えはすぐに思いつく。

「城下町オディか」

 トグは黙ったままだったが、マスクはそれを肯定と受け取った。主からは放っておけと言われたが、どうやらやはり気になるらしい。それはマスクも同じだった。

「だが、手は出すな。ダック様の命令は絶対だ」

「……ふん」

 ふっと重力を感じた。それと同時に目の前が明るくなる。そこは綺麗に舗装された道の真ん中だった。行き交う人は多く、マスクたちの出現にも動じる者はいない。そのままマスクは人ごみの中に紛れた。

 すれ違う度、人々は驚き少し身を引いていく。しかし、マスクは堂々と歩いた。マスクの中に感情はほとんど残ってはいなかった。他人からどう思われようが関係ない、己を必要としてくれる主にだけ従っていれば良いのだ、と考える。

 と、ちらちらと視線を感じその方へ視線を流した。すると相手は驚いたようにすぐ顔を背けた。

 じっと睨みつけた後、また正面を向き直す。

 愚かだ、と心の中で吐き捨てた。この白い仮面をつけるようになって、ますます人はくだらない生き物だと感じる。所詮、人は外見やその者にある身分や体裁にしか目がいかない。それが世間では受け入れがたいものだとすれば、人はそれを避け見て見ぬ振りをする。自分には関係ないものだと決めつける。――全てがくだらない。

 立ち止まり、ため息交じりにふと空を見上げる。真っ青の空が広がっていた。

『こんなにも眩しい世界だったなんて』

 ふとそんな言葉を思い出す。そう言ったのは誰だったか。まるで、今考えたことと逆の言葉である。マスクは自嘲気味に笑うと、再び歩き始め人ごみの中に消えて行った。

次話から第五章が始まります。この先も、どうぞよろしくお願いします。


一応、今まで通り日曜日に更新をしたいと思っています。

……ですが、間に合わない場合があるかもしれません。その時はブログで報告しますのでご参照ください。なるべく、更新できるよう頑張ります。


いつもお読みいただきましてありがとうございます<(_ _*)>

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