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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第四章 山岳の町ガナオン
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【第四十話】 新たな出発

 腰の辺りまで伸びている草が、風によって揺れている。波のように揺れる中を、真一はリオの肩を持ちながら進んでいた。リオも片手に槍を杖代わりに、痛さを堪えながら懸命に歩いている。

 マスクが消えた時、緊張の糸が切れたのか激痛が走った。脛が真っ青で膨れ上がっていたのだ。それを見て、慌ててライトの元へと歩き始めたのだった。

 真一はもう一つ、ライトのことが気になっていた。先ほどのマスクに変った様子はなかった。しかしマスクがライトの元へ行ったのは間違いない。

 ――ライトは無事なのか、ヨウは一体どうなったのか。不安だけが募る。急ぎたい気持ちを抑え、リオの歩調に合わせ草原を進んで行く。

「ライト!」

 草原の中に黄色の髪が見えた。真一の叫び声に、その頭は立ち上がり姿を現した。

「シ、シンイチさん? シンイチさんですか!」

 ライトは口元を緩めほっとしている様子だった。胸元に両手を硬く握り締め、祈りを捧げていたかのように見える。

 外傷もなく無事だったライトの姿に、真一もほっと息をついた。歩み寄りリオをゆっくりと座らせる。痛さのためか額には汗が滲んでいる。

 すると、ライトが真一以外の気配に感づき、ぴくっと身体を震わせた。

「大丈夫。こいつは仲間だから」

「な、仲間?」

 眉を八の字にし不安そうにしている。真一はリオを座らせた後、ライトに近寄りそっと肩に手を置いた。

「無事でよかった。心配してたんだ。……それで、また治療を頼みたいんだけど」

「え、え?」

 座るよう促す真一に、ライトは素直に従う。ゆっくりと膝を折り曲げそのまま草の中に腰を下ろした。まだ警戒心の取れていないライトに対し、リオが頬を緩めそっと手を差しのばした。

「初めまして。俺はリオ。見ての通りエルモ人さ」

「は、初めまして。わ、私はライトと言います。えっと……」

 ライトが手を無造作に動かしている。不思議そうに首をかしげるリオだったが、すぐさまはっとした表情となった。驚いた表情のまま真一に顔を向ける。指で目を差すリオに、真一は黙ったまま頷いて答えた。

「ライトか……よろしく」

 リオは悲しげに微笑み、彷徨うライトの手を握り締める。突然触れられびくっとしたライトも、温かな手の感触ににっこりと微笑んで見せた。

 そんな二人の様子を眺めながら、真一はふと草の中に視線を落とす。――そこにヨウがいた。汚れていたローブは元通りとなり、血が流れていた腹部はその形跡すらない。真一はすぐに駆け寄り跪いた。

「治してくれたんだな! ありがとう!」

「あ、い、いえ」

 ぎこちない笑みだった。しかし、真一はライトを見上げることなくヨウをじっと見下ろした。

 規則正しい寝息が聞こえている。暖かな日差しを受ける寝顔は、笑っているのではないかと思えるほど幸せそうだった。それを眺める真一に、自然とイライラが募っていく――。

 ライトは一生懸命治療をした。リオは負傷しながらトグやマスクの足止めをした。全て、ヨウのためである。――それが、張本人が寝ている。

 腹が立った真一は握りこぶしを作ると、そのままヨウの頭へと振り下ろした。

「……いった!」

 鈍い音とともに、ヨウが跳ね起きた。おでこを両手で押さえ真一を見上げる。

「何すんじゃい! もっと怪我人を労らんかい!」

「うっせぇ! お前いつまで寝てんだよ!」

 そんなやり取りにライトはくすくすと笑い声を漏らした。口元を手で覆い、頬を緩め笑っている。一方でリオは、真一の独り言にぽかんとした表情だった。

「ついでにお前に聞きたいことがある! ……ライト、悪りぃんだけどリオを治療してやってくれ」

「え。あ、は、はい」

 ヨウを掴むと、真一はライトたちよりも少し離れた場所へと歩き始めた。一方で、ライトは再び両手から青白い光を作り出す。それを目の当たりにしたリオは、ぎょっとした表情を浮かべた。本当に治せるのか、という問いかけにライトは控えめに微笑み頷いて答えている。


 ヨウは服の襟元を掴まれたまま、憮然とした表情で黙っていた。真一は黙々と草をかき分け歩き進んでいく。

「シンイチ、何をするつもりじゃ……って」

 真一の顔を見上げ文句を言おうとした。が、すぐに口を閉ざした。

 見上げたその顔は、眉間に皺を寄せ殺気に満ちた目をしたからである。そこで、ようやく足を止めた真一は、腕を真っ直ぐ前に伸ばしヨウを離した。

「そ、そんなに怒ることもないじゃろう?」

「……」

「あいつらとの間に何があったのかも、あとでちゃんと説明する。じゃからそんなに睨むでない」

 はは、と笑いでごまかすヨウ。それを見て真一はふうとため息を漏らした。しかし、すぐにヨウの小さな頬を掴むと思いっきりつねった。

「そんなこと当たり前だろうが!」

「わわ、わかった! 痛いから離せ!」

 離すとヨウの頬が赤く染まっていた。ヨウはそこを何度も摩る。真一はそれを見ながら黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。

「……俺が怒ってるのはそんなことじゃねぇ」

「え?」

「どうして俺が死ぬとお前自身が死ぬって言わなかったんだよ」

 はっとした表情でヨウの手が止まった。それでもなお真一は続ける。

「お前、ここまで来ても俺が信用ならねぇのか。いつ俺に言うのかずっと黙ってたんだよ。なのにお前は言う素振りさえ見せねぇ。なのに、今回俺をかばうし……意味わかんねぇんだよ!」

 真一は口調こそ刺々しかったものの、ヨウを見る目はどこか悲しげだった。そんな表情をじっと見るヨウも申し訳なさそうに視線を落とす。

 出会った当初、それこそ本当に自分の身を守るためだった。言わなかったのは、恐れ慄き前マスターまで届けることを放棄してしまわないため。一緒に旅をするのもそれが一番の目的だった。

 しかし――ヨウの中で、その一番の目的が揺らぎ始めた。前マスターの場所に戻りたいのは変わらない。が、その運び役である真一がそれ以上の存在になりつつあった。

 魔力がものを言うアラウの国。その中で真一は魔力もなければ魔術も知らない。もし、真一がアラウで生まれ育ったなら弱者として生活していたことだろう。

 が、真一はそうではなかった。理由なく人を助け、アラウ人やエルモ人、王族さえも気にしない。全てを同じ人間として扱う姿に、ヨウの心も巻き込まれていた。その真一の心意気は、確実に魔力を上げ力となっている。

 そんな真一に、次第にヨウの考えが変わっていた。

 命のためではなく本当に守りたい存在――真一と一緒にいれば何かが変われる、そんな思いを抱くようになっていた。

「シンイチ……すまんかったの」

 ヨウは伏せていた視線を上げ、真っ直ぐ真一を見た。

「確かにシンイチの言う通り、お主が死ねばわしが死ぬことは事実じゃ。じゃが、言わなかったのは変な心配をかけたくなかったからじゃよ」

「……本当かよ」

「あぁ。最初こそ、前マスターに届けてくれればそれだけでよかった。変に言って放棄されても困ると思っての。じゃが……今は違う。わしはこの命を捨ててでもお主を守ってやる。……信じてくれるかの?」

 真一はじっとヨウを見たまま、すぐに口を開かなかった。――ヨウの目は嘘をついているようなものではない。何より本当に自分の命を守るためなら、危険を冒してまで助けないはずだ。

 ヨウは不安げに真一を見つめている。幼い顔の小さな使魔。今にも泣きそうなその顔に、思わずふっと頬を緩めた。

「……ばーか。お前が本当に守りたいのは前マスターだろ? お前一人じゃ頼りねぇから、俺も手伝ってやるよ」

 にやりとそう言うと、ヨウの表情が見る見る明るくなっていく。そして、それを照れ隠すようにすぐさま真一の肩にしがみついた。

「当たり前じゃ! シンイチ、何のためにアラウまでやってきたんじゃ? 全てわしのためじゃろう」

「……あんまり調子乗んなよ」

 軽くこつんと殴り、再びライトたちの元へと戻っていく。が、ヨウは殴られた頭を両手で押さえながらも、その顔は満面の笑みだった。


「……あれ、リオは?」

 戻るとそこにはライト一人となっていた。ぽつんとライトは一人草むらに座り込み、真一の声に口元を緩め振り返る。

「リ、リオさんは召喚時間が切れて戻られました。それと、また何かあれば喚んでほしい、そう伝えてほしいと」

「そうか。……まともなお礼も言えなかったな」

 真一はそういうと、ライトの隣に腰を下ろした。ようやく緊張がほぐれ、自然と大きく息を吐く。

「シンイチさん……大丈夫ですか?」

「え。あぁ、大丈夫。ちょっと気が抜けただけ」

 そう言うとちらりとライトへと視線を向けた。

 真一自身も疲れてはいたが、おそらくライトも疲れているはずである。重症だったヨウとリオの二人に回復魔術を施したのだ。ライトは目を瞑ったまま、呆然と顔を伏せ考えているようにも見える。なんとなくではあるが、ライトの様子がおかしい気がした。もしかすると、マスクと何かあったのかもしれない。

「ライト……マスクに会ったんだろ」

「えっ」

 びくっとし怯えたような表情を浮かべた。それを真一は見逃さなかった。ぐっとライトの肩を掴む。

「何かあったのか?」

「あ、いえ、とくに何もされてません。だ、大丈夫です」

「あ。そ、そか……」

 はは、と真一は笑いながら肩から手を離した。しかし、ライトの表情はまだ優れなかった。顔を伏せたまま、口を真一文字に結んでいる。

 ヨウもそれを不審に思い、肩から離れライトの肩へと乗り移った。

「ライト。何か悩んでおるのかの? わしは治療してもらった身じゃ。遠慮せず言うてみ。相談ぐらい乗るぞ」

 ヨウの屈託のない笑みに対し、ライトはすぐに口を開こうとはしなかった。考え込み言うか言うまいか迷っているようだった。

「ライト……どうしたんだ?」

 明らかに様子がおかしい。何か脅されているのではないか、と真一は思った。躊躇わずに襲ってきたマスクである。目の見えないライトとヨウしかいなかった時に、何もせず手を引くというのは考えにくい。

 真一はちらりとヨウに視線を送った。何か聞いているのではないかと思ったからだ。が、ヨウは困った表情で頭を横に振っている。

「……ライト。何か、わしらには言いにくいことでもあったのかの?」

 赤い瞳で心配そうに見つめるヨウ。そんな声に反応し、ライトはゆっくりと顔を上げる。

 が、口をすぐに開こうとはしない。少し俯き加減に黙り込む。

 マスクの言葉が、一度見た光が、ライトを惑わせていた。


 温かく降り注ぐ日差し。色彩を放つ風景。久しぶりに見た人の顔。

 何もかもが今では体験できないことだった。

 もう一度見たい。そして、今目の前にいる真一の顔を見たい。助けてくれた恩人、温もりのある手のひらと声を持つ人。

 ――どんな顔をしているのだろう。どんな風景を見ているのだろう。私をどんな風に見ているのだろう。

 一度は諦めた光。だが、まだ手に入る好機があるかもしれない。それは――ヨウの受け渡し。あの小さな使魔を渡せば治すというマスクの言葉だった。

 迷っている。

 今を見逃してしまえば二度と治らないかもしれない。いや、治らないだろう。だとすれば――。


 ライトは俯かせていた顔をゆっくりと上げる。口をゆっくりと開けながら、喉の奥から言葉を絞り出した。

「シ、シンイチさん……私を……私を一緒に連れて行ってください」

「……は?」

 思わぬ言葉に、二人は顔を見合わせた。

「ライト。わしらと行くということは、当分の間シトモンには戻れんということじゃぞ? 本気か?」

「はい、構いません」

 真っ直ぐ顔を上げている。迷いはないという雰囲気である。

「ライト……だけど、道のりは長いんだぞ? それにほとんど野宿だし……」

「大丈夫です。盲目である故、迷惑をかけてしまうことはわかっています。だけど一緒に行きたいんです。その分、私の回復魔術を使ってください。お願いします」

 ライトは無造作に手を動かし、真一の手を掴んだ。ぎゅっと握りしめる細い手。

 真一とヨウは戸惑った。再び顔を見合わせ、どうしてものかと言葉に苦しんでいる。

「ら、ライト。知ってるか知らねぇけど、今俺たち使魔掃討作戦っていうので狙われてるんだ。不意打ち食らうかもしれねぇし、それに巻き込まれる可能性もあるんだぞ」

 ライトは不安そうに眉をしかめ、少し顔を背けた。しかし手をぎゅっと握りしめるとすぐに顔を上げる。

「それでも、それでも一緒に行きたいんです! シンイチさん、お願いします!」

「う、うーん……困ったな」

 困り顔の真一に変わり、肩に乗っていたヨウは真一へと移った。じっとライトを見つめている。

「ふむ、ライトは本気のようじゃぞシンイチ」

 おどおどした雰囲気もなく、自分の意志を通そうとしている。それを感じ取ったヨウは、ふぅと息を吐くと頬を緩め真一を見た。

「一緒に行っても良いじゃろう。もし、危険が及んでもわしらが守ればいいこと。それとも……シンイチはおなご一人も守れん男かの?」

「は? んなわけねぇだろ」

「じゃあええじゃろう。それより、もうすぐ時間が切れてしまうぞ。ライトが戻ってしまう前に、召喚本のページにライトを触れさすんじゃ。そうすれば、戻ることなくここに留まることができる」

 真一も言い返す言葉もなく、ふうと息を吐くと召喚本を取り出した。ヨウがライトに、大丈夫だ、と耳打ちをすると頬を赤らめ喜んだ。ライトの久しぶりの笑顔に、にやにやするヨウと思わず見入る真一。無理すんなよ、という言葉にライトは笑みをこぼしながら頷いた。


 ライトは自分の落としたページに触れ、シトモンに戻ることなくその場に留まった。そして真一の手に引かれ、ライトは共に歩き出す。

 三人の向かう先は、城下町オディ。求めるは最後の証。新しく三人となったこの道に、一体何が待っているのだろうか――。

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