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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第四章 山岳の町ガナオン
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【第三十九話】 真一の矢

 真一は来た道をそのまま戻ってはいなかった。途中、大きな光が見えたのだ。他に人気はない。

 リオしか考えられなかった。焦る気持ちを落ち着かせながらも、急いで草原の中を駆け抜けて行く。

 すると、うっすらと人影が見えた。遠くからでも見える赤い髪。そのすぐそばには煌めく槍も見える。

 しかし様子がおかしい。槍にすがるように立ち、構えている様子もない。またマスクの姿がなく、リオだけがそこにいるようだった。

「リオ!」

 走りながらそう真一が叫ぶと、リオは驚いた顔でこちらを向いた。

「シン! 無事だったのか?」

 草をかき分け、見えたリオの身体は傷だらけだった。とくにひどいのは足の脛で、真っ青に膨れ上がっている。槍で支える身体は震え今にも倒れそうだ。赤いローブはあちこちが切り裂かれ、腕や身体にも無数の切り傷があった。

「リオ……だ、大丈夫か?」

 目を見開き驚く真一に対し、リオはぐっと背筋を伸ばして見せた。そして頬を緩ませ笑みを見せる。

「……なぁに。ちょっとした不注意だ」

「無理すんなよ……ひどい怪我じゃねぇか」

「大丈夫だ。それよりシンが無事でよかった……さっき仮面の男がそちらへ向かったので心配したんだ」

「マ、マスクが!」

 慌てて真一は振り向く。――風が草原を揺らしている。何事もなく静かな風景。しかし真一の胸騒ぎは止まらない。

 ――もし、ライトがマスクに見つかってしまったとしたら……。

「シン! 来るぞ!」

 突然のリオの叫びにはっとし、正面に向き直す。

 遠くから黒い光の球が迫ってくる。どす黒い球は小さな稲妻が走り、轟音と共に真っ直ぐ真一たちへ向かう。

「避けろ!」

 隣からリオの轟音にも負けない叫び声が聞こえた。その声に押されるように、真一は咄嗟に身体を横へと投げだした。その直後黒い光がすぐ横を通過する。その熱気が離れた真一の身にも届いた。

 強く草の上に叩きつけられた真一は、痛みも忘れすぐ元の位置を見た。

 ――リオがいない。

 草は黒く焦げ灰となっている。真一は立ち上がり呆然とその跡を見た。嫌な予感が胸を締め付ける。

「リオ……」

 呆然と焦げた草に目を落としていると、突然、日差しが遮られた。不思議に思った真一はすぐさま空を見上げた。

 そこにはリオがいた。槍の柄の部分を下にし足が空に向いている。まるで高跳びの選手のように、空に高く舞い上がっていた。リオの表情に余裕などなく、歯を食いしばっているように見えた。青く腫れあがる脛に力はない。

 その状態のまま槍を即座に持ち替えた。空に向いていた先端を地面へと向け、ぐっと槍を握り締める。そして、その状態のまま槍を真っ直ぐ草の中へと突き刺した。

 ずどん、という小さな地響きがした。リオは震える腕を堪えながら、ゆっくりと足を地面へと下ろしていく。

 真一はすぐさま立ち上がり、リオの元へと駆け寄った。

「む、無茶すんなよ! あのまま地面に激突したらどうするつもりなんだよ!」

 足をゆっくりと地面に下ろし、リオはなんとか着地をした。目を閉じ深呼吸を一、二度するとゆっくりと目を開けた。やはりどこか疲労の色が見える。そして、リオはそのまま己の足元に視線を落とした。

「……こうでもしないと避けれないのさ。さっきからこんな調子だ。俺の足が効かないことをいいことに、あえて遠くから攻撃を仕掛けてくる。わざと避けるよう仕向けているようだ。――大方俺が弱るのを待ってるんだろう」

 真っ青に腫れ上がった脛。立っているのが不思議なほど痛々しいものだった。そんな脛をリオは唇を噛み締めながら、恨めしそうに見つめる。

 何があったんだ、と真一が口を開こうとした時だった。背中に殺気を感じぞくりと悪寒が走った。

 慌てて振り返ると、小さな黒いオーラが見え空間が歪んでいる。その中に漆黒の羽根を持つ使魔がいた。

 身体はどう見ても小さく、人形にしか見えない。だが、こちらを睨みつけている顔は子供や人形などではなかった。眉をしかめ憎々しげにこちらを睨みつけ、じっと目を合わせるだけで恐怖すら覚える。

「あいつはマスクの使魔……!」

 口を開け驚いている真一に釣られ、リオもその方角を見てみた。確かに殺気を感じる。が、その正体まで見えなかった。見るだけで嫌な汗が流れ、大きな憎しみと殺気が肌に伝わる。

「……あそこにいるのか」

「あぁ」

 するとリオはぐっと歯を食いしばり、すがっていた槍を地面から離し始めた。足が痛いのか、身体全体が震えている。それでゆっくりと両手で槍を支え刃先をその方角へと向けた。

 顔が痛さで歪んでいる。それでも口の端を持ち上げにやりと笑みを見せる。――無茶だ。真一はそう思いやめさせようとした。

「お前が来たところで何も変わらん」

 幼い声が耳に飛び込む。見れば冷めた目線を送るトグがいた。見下した眼差しのままなお続けた。

「貴様、ヨウの契約者であろう? そのくせ、まともに魔術を扱えぬ。呆れたものだ、そのような奴が来ようと何の足しになるのか」

「なにぃ」

「そうか、エルモ人の後始末か。それならチキュウ人でもできよう」

 ふん、と鼻で笑って見せた。

 真一は自分でも顔が熱くなっていくのがわかった。ヨウと同じ使魔とは考えられない。持っている弓に力が入る。

「確かにな、俺はお前たちみたいに魔術を自由に扱えねぇよ。けどな、俺はお前が見えるんだよ!」

「見えたところでどうなる? お前がエルモ人に教え逃げる間に、俺はすぐに追いつく。全くの無駄だ」

 真一はにやりと口元を緩めた。そして懐に手を伸ばし、袋の中の粉を少し掴んだ。さらさらとした感触の良い粉。握る右手にぎゅっと力を込めた。

「誰が逃げるっつった。俺をなめんじゃねぇぞ」

 少量の砂を握りながら、真一はあるものを想像した。

 トトロイのように攻撃魔術も使えない。ライトのように怪我の治癒もできない。リオのように強い身体ではない。真一が唯一胸を張れるのは――弓道だった。

 目を閉じる。愛用してきた矢はすでにない。だが、その矢は毎日のように目にしていた。思い出すことはたやすい。

 ――銀色のシャフトに青い羽根。それが真一の矢だった。頭の中で鮮明に蘇る。すると手の中の砂が変化し始めた。熱い。砂は意思を持ったかのようにうねり始め、手の中で暴れだす。その瞬間真一はかっと目を開けた。

「インディションサモン!」

 反応するかのように、手の内の砂は変化し熱い液体に変化する。銀色に光るその液体は握りこぶしから漏れ、真っ直ぐ横へと伸びて行く。形は矢そのものとなり、あっという間に真一の想像した通りの矢となった。

 青色の羽根に銀色のシャフト。しかし、矢そのものから光が放たれている。それはまるで、リオの槍と同じ美しくも妖しい輝きだった。

「それは……俺がトトロイに渡した素材か!」

 リオも矢に見とれていた。トグに向けられていた槍もいつの間にか下がり、リオを支える杖となっている。立つのも困難のように身体全体が震えていた。それでも顔だけは、ぽかんと矢を見つめ驚いている。

「リオ。お前はそこで休んでろ。俺がなんとかする」

 真一はリオを目で制し、そのままトグを睨みつけた。トグの表情は変わらず、見下した目線で二人の様子を伺っている。真一も目を離すことなく、矢筒についていた袋からかけを取り出した。

「なんとかするって……。シン、戦うつもりなのか!」

 真一は軽く跪くとささっと右手にかけをつけた。久しぶりにつけたかけは、しっくりと手になじむ。そして作り上げた矢をそのまま右手に持った。弓は左手に握り締め、真一は勢いよく立ち上がる。

「一矢で決める」

 そのままトグに向かって身体を横に向ける。そして肩幅に足を開いた。

 ――射法八節。上手になりたい、その一心で鍛錬してきた動作。一つの動作、呼吸までもが真一の身体に染みついている。ゆっくりとした動作の中にも、独特の雰囲気を持つ弓道。弓を伝い矢を伝い、トグを見定める真一の瞳に迷いはなかった。

「愚か者。そのような遅い動作で――この俺を仕留められると思っているのか!」

 トグの身体から放たれる黒い空間が、一気に広がった瞬間だった。真一に向かい一気に飛びかかってきた。

 凄まじい殺気にリオも身震いをする。姿は見えない。それでも何かが確実に狙っている。戦い慣れたリオでさえも、動悸がし逃げろと身体が警笛を鳴らす。リオは注意を促そうと真一を横目で見る。

 が――真一は違っていた。弓を引いている姿は美しかった。十字となっている弓と矢。狙いを定める真一の瞳に曇りはない。そこだけが異空間だった。

 "バシュッ"

 乾いた弦の音が鮮明に響いた。真一は右手を真っ直ぐ弦から離し、その反動で弓はくるりと左手の中で回る。真一の顔を身体だけが動かず、じっと黙視していた。

 放たれた矢は虹色の残像を残し飛んでいく。向かうはトグ。真正面から向かうトグとぶつかり合おうとしていた。――しかし。

「こんな棒、避けることなどたやすい!」

 真っ直ぐ向かっていたトグは、矢を目の前にして上空へ高く舞い上がったのだ。にやりと口元を緩め真一を見下す。

「エルモ人ともども始末してやる!」

 両手を広げそこから真っ黒な光が放たれた。リオもそれに気付き見上げた。真っ青の空に、黒い塊がこちらに向かってきている。

「シン! 何か来る!」

 リオの言葉にも真一は反応しなかった。ただ、放たれた矢を見つめる。虹色の残像を伸ばし飛んでいる矢。トグに避けられたかと思われた。

 しかし、突如矢が輝きを放った。

 七色に発光するや否や、矢は止まり、再びトグに向かって飛んでいった。駆け抜ける虹のように空を掛ける矢。襲わんとするトグに、迷うことなく先端を突き立てた。

「なっなんだと……!」

 黒い空間が少しずつ縮まっていく。小さな背中には、その空間を吸収するかのように矢が輝きを放っていた。丁度トグの羽根の間に見事矢が突き刺さっている。トグは身体を震わせ、信じられない顔で矢を見ていた。

「避けたはずだ……それがなぜ!」

「さぁな。ただ、当たってくれと念じただけ。……まぁそれを言うと先生に怒られそうだけどな」

「ふざけた……ことを」

 トグは力なくそう呟くと、草原の中へと落下した。すると背中に突き刺さった矢は、さらさらと再び粉へと戻っていく。そして残ったのは背中に残った小さな刺し傷のみだった。

 それを見て真一はようやく弓を下ろした。そして足を元に戻し、気を失ったトグと向き合った。目を瞑る顔はヨウそっくりである。じっと地面に目を伏せる真一に釣られ、リオも視線を落とした。

「終わったのか?」

「あぁ」

 真一はそういう草むらに跪いた。トグを拾い上げようと手を伸ばす。

「待て」

 聞き覚えのある声が響いた。低い声。真一とリオは一斉にその方を向いた。

 そこにはいつの間にかマスクが立っていた。冷めた目線で二人を睨みつけ、腕組みをしている手のひらに力がこもっている。二人を目で牽制した後、視線を草むらへと落とした。

「トグをやったのか」

 そう言うや否や、リオと真一の間に突風が吹き抜ける。思わず顔を手で覆い隠した。

 やがて風はやみ、二人とも手を下した。が、そこに倒れていたトグの姿がない。驚く真一たちだったが、背後に人の気配を感じた。

「……これではこちらが不利、か」

 いきなりの声に驚き振り返ると、トグを腕に抱くマスクがいた。冷めた表情でトグを見下ろしている。

「い、いつの間に」

 驚き固まる真一とリオ。すると、マスクが視線をすっと上げる。真っ直ぐ二人を見据えた。

「ハギノ。今回は見逃してやろう。だが、次会う時は死ぬ時だ。それを忘れるな」

 そう言い残すと、そのままふっと姿を消してしまった。

 何事もなかったかのように、草原に風が吹き抜けていく。草の波が立ち、聞こえるのは風の音。広がる青空と太陽も、いつもと同じように日差しを届けていた。

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