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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第四章 山岳の町ガナオン
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【第三十八話】 交換条件

 揺れる草原の中に、男が一人佇んでいる。薄く笑みをこぼすその男。顔に半面の白い仮面、逆立った紫の短髪――マスクである。

 ライトは姿こそ見えないが、声を頼りに記憶を遡っていく。

「貴方は……マスクさん、ですか?」

「おっしゃる通り。お久しぶりですね」

 そう言うと、つかつかと歩き近づいていく。

「こんな所でライト様に会えるとは光栄です。時にライト様、一体何をされていらっしゃる?」

「えっ、あ、あの……」

 威圧するような声色にライトは嫌な予感がした。回復魔術をやめ咄嗟にヨウを抱える。そして隠すように背を向けそのまま身を固めた。

 ライトの行動に、マスクは足を止めふぅと長い息を吐いた。

「……ライト様。貴方がいるということは、大方ハギノに召喚されたのでしょう? そして腕の中にいるのはその使魔だ」

 すでにヨウがいることはばれている。嘘を付き通すことはできないと考えたライトは、ゆっくりと正面に向き合った。

「……だ、だったら何だというんですか?」

「その使魔をこちらへよこしてほしいのです」

 その言葉に息を呑んだ。

 マスクが真一の友人であるとは知っている。だが、真一とは違い信用できなかった。声は人の弱みを探るかのように聞こえ、感じる空間の歪みは人をも潰すような重々しいもの。

 ライトから見れば、感情を一切受け付けない冷血な人間にしか感じられなかった。そんな人間に弱ったヨウを渡すこと絶対にできない。ましてやヨウは真一から預かっている。渡してしまえば、真一を裏切ることと一緒だろう。

 ライトは黙ったままその場から動こうとはしなかった。震える身体を必死に抑え、強くヨウを抱きしめている。

「……渡すつもりはない、ということですか」

 ため息交じりの声が聞こえた。そんな声に震えがひどくなる。正直なところ怖くてたまらない。

 これからどうなってしまうのか、ヨウを守ることができるのか――考えれば考えるほど、足は地面に根付いたように固まった。恐怖に負け気を抜いてしまえば、そのまま地面に倒れ込みそうである。それを必死に堪えライトはひたすら気を張った。――真一が帰ってくると信じて。

「では渡す代わりに……貴方の目を治す、というのはいかがですか?」

 思考が止まる。


 ――今なんと言った? 


「私はイシャイナーです。どんな病気であれ、治す自信がありますよ」

 頭が真っ白になった。

 一瞬にして震えが止まる。息詰まり苦しくなる胸を何とか吐き出し、絞り出すように声を出す。

「う、嘘……。私の目は、父上ですら治すことができないんですよ? それを貴方が治せるなんて……」

 それでも動揺を隠しきれず、指先の震えが止まらない。

 統治者であるシトモンは、回復魔術を扱う人間の中で一番優れた人間である。それでも、ライトの盲目を治すことは不可能だった。

 落胆するシトモンの声は、当時のままライトの頭の中に焼き付いている。涙声で何度も謝る父。そんな声を聞きながらライト自身も涙を流し、もう見えないという現実と向き合った。

「貴方の目は治りますよ」

 平然と言ってのけるマスク。心臓の鼓動が身体全体を揺らしている。

「ほ、本当……ですか?」

 声が震えた。

 そんなライトを見下ろしながら、マスクはにやりと笑みを見せる。

「えぇ。必ず」

 断固たる自信が言葉に滲み出ていた。

 

 ――今渡してしまえば再び光を取り戻せるかもしれない。


 耳元で悪魔が囁く。


 渡してしまえばいい。


 眩暈がした。

 真っ暗な世界にライト一人が立っている。見渡す限りの黒、黒、黒。どこを進んで今どこにいるのか、それさえもわからない闇の世界。

 そんな世界に『治せる』という言葉が現れた。今まで誰一人として、口にしたことはない。ライト自身でさえも考えたことなどない。それが目の前に浮かんでいる。

 どこにも根拠はないはずだった。それでもそれを信じたい自分がいる。それを掴んでこの闇を振り払いたい――。


 いつの間にか、強く抱きしめていた腕の力が抜けていた。ゆっくりと腕を身体から離していく。

 

 その時だった。

「……うぅん」

 腕の中のヨウが本当に小さく唸り声を上げた。ライトははっとした。


 ――今、何をしようとしていた?


「さぁライト様。それを私に渡してください」

 ライトは存在を確かめるようにヨウの顔に触れた。

 しっとりとした肌、温かな小さな頬。――きっと、安心しきって眠っているに違いない。

 腕の中に収まるほどの小さな使魔。真一から託された使魔。

 

 ――渡してはいけない。


 再び自らの腕の中にぎゅっと抱きしめる。そして、深呼吸をするとすっと顔を上げた。

「絶対に渡しません! そのような嘘、わ、私は信じません!」

 強く言い切ったものの、再びマスクに対する恐怖が身体を支配する。自然と身体が震え始めた。

「やはり信じてもらえませんか」

 冷たく言い放つ言葉に、思わず身体がびくっと震える。

「では一度、体験していただきましょうか」

 その言葉と同時に、草をかき分ける音が聞こえる。それはどんどんライトに近づいていた。

 逃げたい。そう思っても身体がすくみ、足が地面に張り付いたように動かない。腰が抜けそうになるのを堪え、ヨウを奪われないよう自分の腕の中で抱きしめる。顔を伏せ身体を固めた。

 が――マスクの手が伸び、ライトの顎を掴むと無理やり顔を上げた。

「ライト様。貴方に少しだけ光を差し上げましょう」

 そう言うと、ライトの目に冷たいものが触れた。それはマスクの手のひらだった。驚き身を引こうとするも、顎を掴まれているので動けない。ただひたすらヨウを強く抱きしめ、ライトは耐えるしかなかった。

「トゥルメイ」

 そうマスクが呟いた。魔術の詠唱――そう直感し、ライトはますます身を固めた。

 だが、マスクの手が次第に温かみを持ち始める。固く閉ざしたライトの瞼をほぐすように、柔らかく心地よいものだった。すると、瞼の壁から光が漏れ始めた。何も映らないはずの壁に、ほのかな明かりが確かに見えたのだ。

「ライト様。目を開け確かめてください」

 そう言うとマスクはライトから手を離した。

 離されてもライトの身体は固まったままだった。確かに瞼の向こうに光が見える。それだけで心臓が激しく脈打つ。自分自身を落ち着かせようと頭を俯かせる。それでも鼓動は止まらない。

 ゆっくりと、ゆっくりと瞼の力を抜いていく。そして、固く閉ざされた瞼を開けた。

「あ……あぁ」

 そこには色彩のある世界があった。

 腕の中に眠る金色の髪の少年。色を忘れかけた目に飛び込んできたのは、寝息を立て眠るヨウの寝顔と、足元に広がる緑色の波だった。

「ライト様、信じていただけましたか?」

 視線を上げると、白い仮面をつけた男がいた。逆立つ紫の髪と、冷たい片目の視線。ライトよりも身長が高く、見下ろすように口元を緩め笑みを見せていた。

 しかし、ライトはさほど驚かなかった。それよりも、久しぶりに感じる色彩に胸が熱くなる。


 一面に広がる緑色の草原。腕の中に眠る金色の髪。

 目の前に立つ紫色の髪と白い仮面。草原の中に浮かぶ水色の服。空を見上げれば、青色の中に光輝く太陽。

 強い日差しに目を細めるライトに、太陽は躊躇うことなく光を降り注ぐ。

 目に飛び込んできたのは、紛れもない色のある世界。


 マスクに視線を戻すライトの目に、自然と涙が溢れていた。

「し、信じられません……。こんなにも……こんなにも眩しい世界だったなんて」

「ふふ。喜んでいただけたようですね。……それにライト様。やはり貴方は目を開けられた方が美しい。きっとハギノも貴方に見惚れてしまうでしょう」

 どきっと心臓が動いた。今なら、一番見たい人の顔も見ることができる。感じることでしかわからなかった存在も、今はっきりと確かめることができるのだ。

 一瞬表情が和らぐライトだったが、マスクは言葉を続けた。

「しかしながら、その効力は一瞬です。すぐにまた、貴方は闇の世界へと戻られる」

「ど、どうしてですか!」

「申したはずですが? 私は、その使魔と交換条件で貴方の治療をすると言ったのです。今一瞬見えるようにしたのは、事実だとライト様に教えるためのもの。勘違いしないでいただきたい」

「そ、そんな……!」

 一転、地獄へ突き落された気分となった。そんな様子のライトを見て、ふっとマスクは鼻で笑っている。

「さぁ、どうされますか? それを渡していただくだけで、ライト様の目は完治できるんです」

 目の前がぐらりと歪んでいくような気がした。動揺を隠しきれず視線が泳ぐ。

 彷徨った末、行きついたのは腕の中にいるヨウの寝顔だった。

 思った以上に幼い顔である。人間よりも遥かに小さな身体。その寝顔はまるで天使だった。

「どうして……。なぜヨウさんをほしがるのですか? 理由を聞かせてください」

 その時だった。

「っ!」

 突然目に激痛が走る。

 思わず目を瞑り手で押さえる。頭に走るような激痛に耐えながら、再びマスクを見据えた。しかし、ぼやけていた。はっきりと見えていた光が弱まっている。

「なぜか……。それを言えば、私は貴方を殺さねばならなくなる。ライト様、私が今問うているのは渡すか渡さないかの二択ですよ」

 薄く笑うマスクの顔が霞み始めた。徐々に視界が狭まっている。再び闇が待っているのは確実だった。

 視界がどんどんと霞み狭まっていく――。目の前に闇が迫りくる恐怖と焦りが、ライトを再び惑わし錯乱させた。


 渡してしまえば光を与えられる。光が再び灯れば、また新たな日々を送れるかもしれない。

 見たかったものが、自分の目で見ることができる。もう二度と闇に覆われた世界に戻ることはないのだ。


 強く抱きしめていたヨウを少しずつ身体から離していく。規則正しい寝息もはるか遠くに聞こえた。


 ――このまま光を失いたくない。


 どうしようもない願望が頭を占めていた。それでも、ヨウと真一の声が脳裏を蘇る。

 しかし――光を失うという絶望が、その手を止めることを許さなかった。


 ――もう一度光が見たい。


 ヨウがマスクの目の前に迫る――その時だった。突如、マスクが表情を歪めた。

「チッ。……ライト様、この話はまたにしましょう。私は行かねばならなくなりました」

「……え?」

 びくっと驚くライト。一方で、マスクは顔を歪め後ろの遠くを睨みつけた。

 そして顔だけ振り向くと、口元を緩め笑みを見せた。

「心配なさらないでください。私はいつでも貴方をお待ちしております。また会いましょう」

 ぼんやりとする視界の中、最後に見たのは冷たく笑みを浮かべるマスクの顔だった。白い仮面が最後にはっきりと見え、それを最後に再び闇へと引き戻された。


 ざぁという草の揺れる音がした後、マスクの気配はなくなった。いないと確信すると、ライトは一気に脱力しその場にしゃがみこんだ。

 震える手でヨウをゆっくりと横たわらせる。きっとあの天使のような寝顔のまま寝ているだろう。リズムよく寝息が聞こえていた。

 それを聞きながら、再び瞼を閉じる。

 ――見なければよかった。

 その直後、静かに頬を一筋の涙が伝い落ちていった。

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