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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第四章 山岳の町ガナオン
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【第三十六話】 リオ召喚

    ◇    ◇


 崩れ落ちる土壁の中、リオは戸惑う素振りも見せずゆっくりと振り返った。

「シン。久しぶりだな」

 天井からは砂がぱらぱらと落ちている。それにも関らずリオは堂々としていた。手には例の銀の棒を握り締めている。

「急にすまねぇ……けど、説明する時間がねぇんだ! 力を貸してほしい」

 己の不甲斐なさの余り握りこぶしに力が入る。歯を食いしばる真一をリオは冷静な目で眺めた。と、あることに気付きそれを指差した。

「……その腕の血はどうした?」

 両腕がヨウの血によって真っ赤に染まっている。リオはヨウそのものは見えないが、血だけが見えるようだった。

「あぁ、これは使魔の血だ。とにかく、この土壁が崩れたらある奴がいる。そいつの気を逸らしてほしいんだ」

「……なるほど」

 天井から土が塊となって落ち始める。慌てる真一に対し、リオはふっと表情を緩め笑って見せた。

「どんなことだろうと引き受けるさ。まかせろ」


    ◇    ◇


 土壁は全て崩れ落ち、二人の周りだけ土が覆っている。その円状よりも外側の生い茂る草の中、マスクは二人に対し冷ややかな視線を送っていた。

「ガナオン様の次は、エルモ人とはな。……まさか、そのエルモ人が俺と勝負でもする気なのか?」

 馬鹿にしたように鼻で笑って見せた。それに対し、リオはぴくっと眉をしかめ槍を真っ直ぐマスクへと向ける。

「だったらなんだ? 負けるのが怖いのか?」

「それは貴様だろう。魔術も扱えぬエルモ人が、我らに勝てるとでも思っているのか」

 アラウとエルモ。隣り合う二国であるが、体質は全く異なるものであった。

 魔術が当たり前のように存在するアラウに対し、エルモではそのような考えはない。そうなれば当然、戦う兵力も違っている。魔術を主体に構成するアラウ軍。一方で、武器や防具といった近接攻撃が主であるエルモ軍。大砲など、中距離長距離向けの武器もある。だが、それでも魔術に対抗できるほどの兵力ではなかった。

 一見、魔術を扱えるアラウ軍が有利に見えるが、エルモ軍が唯一優れている点があった。

 それは個々の能力そのものである。魔術が扱えない故に、エルモの民は己を鍛え抜く。筋力や走力、また身体ばかりではなく知識も高いものがあった。民の生活だけ見ても、アラウでは召喚魔術に頼るしかない食生活も、エルモでは植物の栽培をし豊かな作物が収穫される。魔術がない分、エルモの民はそれぞれに努力を惜しまなかった。その結果が互いに反発しあい、今でも対立を維持させることとなった。

「……貴様のような人間にエルモの民が殺された。だが……今は関係ない。死にたくなければ、この場からさっさと退け!」

「愚かな。それはこちらの台詞。例え逃げようとも逃がしはせん。……トグ、用意しろ」

 トグは険しい表情でマスクの近くまで降下した。先ほどまでの無表情はなく、眉間に皺を寄せ憎々しげにリオを睨みつけている。やはり使魔にとってエルモ人は憎むべき存在らしい。

 その表情のまま両手を突き出し、再び黒い光を作り上げた。リオはトグの姿は見えないので、いきなりの黒い光の球の出現に声を出し驚いた。

「なっなんだ、あれは」

「相手はあいつ一人じゃねぇ。もう一人使魔がいる。今から何をするのかわからねぇけど、気をつけろ」

 真一はマスクを睨みつけたまま注意を促した。その言葉に、リオは目を細め黒い光の球を凝視した。それでもやはり姿までは見えない。

「シンが見えるならそれでいい。見えんが頭に入れておく」

 一方、マスクはポケットから何かを取り出し握り締めている。ちらりと黒い光の球を見た後、再び視線を真一たちに戻し口元を緩めた。

 そして、そのまま握り締めていたものをその光の球に投げつける。その瞬間、黒い光が膨張し少しずつ膨らんでいく。

「……エルモ人。まずは貴様からだ」

 不敵な笑みを見せた途端、光の球が弾けた。そこから現れたのは、見たこともない生き物だった。

 全身が黒色。服など着ておらず、両手が鎌のようになっている。顔は牙がむき出しの口があるだけで、他に何もない。頭には牛のような角が生え、翼は蝙蝠である。切り裂かれた口からは、だらだらと唾液が垂れ流れている。

「いくぞ」

 マスクがすっと腕を上げ真っ直ぐリオを指差した。すると、魔物はぴくっと反応しマスクに向き直る。その瞬間、翼を一気に羽ばたかせた。

 口を大きく開き、振り上げている鎌は鋭く薄い。目にもとまらぬ速さで、気づけばすぐ目の前までいた。真一は息つく間もなく逃げる隙もなかった。――しかし。

 すぐ近くから甲高い金属音が響いた。

 ――魔物が振り下ろした鎌をリオが槍で受け止めている。力がぶつかり合い、鎌と槍が共に揺れていた。それでもリオは臆することなく口元を緩めた。

「……汚い奴だな。これ以上近寄るのは勘弁してほしいものだ」

「ギィギャアア!」

 魔物は不快なダミ声で叫んだ。口は鋭い牙が覗き、真っ赤な舌も見える。

 その時草が揺れる音がした。はっとした真一が真正面を向くと、すぐ目の前にマスクが立っている。冷たい眼差しで口の端を持ち上げていた。

 見えた手のひらには黒い光が渦巻いていた。が、身体が反応しない。見るだけで身体が動かなかった。――もう駄目だ、真一がそう思った時だった。

 死角から伸びてくる槍。――そこにリオがいた。

 リオは躊躇うことなく槍を振り上げた。しかし、マスクは瞬時に槍を避けすぐに身を引いた。リオはすぐさま、マスクと真一の間に立ちはだかる。

「おい。貴様の相手は俺だ。シンを襲うなんざ、卑怯な手を使うのはやめてもらおうか」

 リオの背中越しに、マスクの苦々しい表情が見えた。小さく舌打ちをしている。

 と、近くから低い唸り声が聞こえた。視線を向けてみれば、片腕を切り落とされた魔物がいる。痛々しい姿ではあるが、荒々しい呼吸を繰り返しながら身体はリオに向けられたままだった。

 が、二人はそんな魔物など目もくれず互いに睨み合いを続けていた。

「素早い奴だ。やはり貴様から殺すべきだな」

「残念だが、俺は簡単に死なん」

 すると、リオが軽く顔を横へ向け口を開いた。

「シン、俺があいつらを引き寄せる。その間に遠くへ行け」

「え。でも、リオお前は……!」

「心配することはないさ。まかせろ」

 言い終えるや否や、リオは真っ直ぐマスクへ向かって走り始めた。

「真正面から来るとは愚かな!」

 そう叫ぶマスクは真っ直ぐ腕をリオへと伸ばす。また、横から魔物が片腕の鎌を振り上げ襲いかかろうとしている。

 その時だった。リオは走っていた足を止め両足で踏ん張ると、高く跳ね上がった。見上げれば丁度太陽と重なり逆光となる。見えないのは真一だけではなく、マスクも魔物もそうらしく見上げたまま動けないでいた。

 リオは刃先を向け魔物に向かって降下する。落下速度が速く、気づいた時には魔物の脳天に、見事槍が突き刺さっていた。魔物は口を開けたまま動かず、一方でリオはにやりと笑みをこぼす。そして、逆さ状態のまま足を振り上げ、半回転するように地面へと降り立った。引き抜かれた魔物の頭から、噴水のように血しぶきが飛ぶ。そして、魔物の身体は黒い砂と化しあっという間に崩れ去ってしまった。

「……次はお前だ」

 真一からはリオは背中しか見えない。その背中越しからマスクを見れば、眉をしかめ悔しそうな表情を浮かべていた。ぼうっとその様子を眺めていると、リオが片手を後ろに回し、手を振っていることに気付いた。――あっちに行け、という合図のようだった。確かに魔物も消え、マスクとトグの注意はリオに向かっている。遠くに行くなら今だった。

 真一はゆっくりと後ずさりをし、なるべく音を立てないようにした。そして、背の高い草に身を隠すように屈むと一気に走った。

 ――リオなら大丈夫。きっと大丈夫だ。

 見渡す限りの草原。身を隠すことはほぼ不可能。それでも真一は走る。腕の中には深手を負ったヨウ。若干顔色が戻ってきているものの、油断はできない。丸腰の真一にできることは、早くヨウを回復させること。そのためにはライトを召喚する必要がある。

 リオのためにも、ライトを召喚する――。他人ばかりに頼っていると思っている中でも、真一は己にできる最低限のことは成し遂げたかった。


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