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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第四章 山岳の町ガナオン
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【第三十五話】 対峙

 ガナオンは振り返ると、毅然と立つマスクを見据えた。見覚えのある青年だった。否応にも目立つ白い仮面が目に留まる。じっと考えた末、ある人物が頭に思い浮かんだ。

「……貴方は、ダック公爵の部下かしら」

「おっしゃる通りでございます。ガナオン様」

 マスクは腰を折り、深々とおじぎをした。

「私はマスクと申します。まさかこのような場所で、お美しいガナオン様にお会いできるとは……」

「今の状況を説明しなさい」

 言葉を遮りガナオンは言った。険しい表情のまま腕を組み、マスクとその隣に立つ人型造形に睨みを利かせている。一方で、マスクはそんな様子に臆することなく、笑みを浮かべた。

「すでにご存じのこととは思いますが、私はただ、使魔掃討作戦を遂行しているのみでございます。……何か問題でも?」

「あるわ。統治者として、いくら使魔掃討作戦のためと言え、一般市民を巻き込むなど許すことはできません。すぐにこの場から去りなさい」

 しばらく沈黙が流れる。マスクから笑みは消え、視線を上空へと上げた。その方を見れば、トグが上から見下ろし一つ頷いている。すると、マスクは小さくため息を漏らし、人型造形に掌を向けぎゅっと握りこぶしを作った。すると途端、人型造形は崩れ落ちただの泥へとなってしまった。

「……わかりました。統治者様のお命令となれば、逆らうことなどできません。ですが……」

 すっと視線がガナオンを通り越し、真っ直ぐ真一へと向けられた。

「その使魔は回収させていただきたい」

 獲物を逃さない鋭い目をしていた。思わず息を呑む真一に、ヨウが薄らと目を開けた。短く呼吸をしながらマスクたちに顔を向ける。歯を食いしばり負けじと睨み返していた。

「それはできないわ」

 ガナオンのその言葉に、マスクは鋭い視線をそのまま移す。

「……どういう意味でしょうか?」

「そのままよ。回収などさせません」

 使魔掃討作戦について当然ガナオンも知っている。歯向かうことがどういうことになるのか、そのことについても理解していた。

 マスクは薄笑いを浮かべ、ガナオンの発言に対し鼻で笑って見せる。

「ご正気か? 回収させないという発言は、アラウ国王様の命令に背くということになりますよ。先ほど貴方様がおっしゃったように、私はダック公爵の部下だ。その発言が本当であるならば、当然上に報告させていただく。……ガナオン様もう一度伺います。そこにいる青年の使魔……回収してもよろしいか?」

 ガナオンはすっと目を閉じた。腕をだらりと垂らし、何かを考えているのか黙り込んだ。

 統治者は王族で、アラウ国王に従うべき身分であり手足となる者だ。大抵の決まりごとは、四大都市の統治者とアラウ国王で話し合われ決められる。

 アラウの繁栄と平和を考え、隣国のエルモ国に対してはいかに穏便に物事を運ぶか――最近はそんな議題ばかりだった。それまでの国王たちは、エルモとの戦争に勝つことだけを考えていた。手段を選ばず、民をも巻き込むのは当たり前だった。が、現国王となって以降戦争はほとんどない。それは国王自身が平和主義者であり、温厚な人柄であるためだった。

「……信じられないわ」

 ゆっくりと目を開けたガナオンは呟いた。記憶する国王と、使魔掃討作戦というものがどうしても結びつかないのだ。――優しい国王が使魔たちに対し、このような仕打ちをするだろうか。

 そして、ガナオンは真っ直ぐとマスクを見据える。目の前に立つ青年は、冷たい目線で言葉を待っていた。白い仮面は無表情で、彼から漂う冷たく鋭い雰囲気を助長させているようである。

「信じるも信じないも、送られた状が全てですよ」

 吐き捨てるように言うと、マスクは再び真一を睨みつけた。

「ハギノ」

 はっとして真一はマスクへと視線を向けた。向けられた片目は冷たく何の感情も持っていないようだ。

「使魔掃討作戦により使魔を回収する」

 そう言うや否や、マスクは草を蹴り上げ一気に真一たちへと飛びかかる。――しかし。

「待ちなさい!」

 真一たちの目の前で、ガナオンが両手を広げ立ち塞いだ。それには向かっていたマスクも止まり、眉をしかめガナオンを睨みつける。

「私は山岳の町ガナオンの統治者として、サモナーを守る義務があるわ」

 丁度草原に強く風が吹き抜けた。草が波のように揺れ、ガナオンの美しい黄色の髪も同じ方角へとなびく。しかし、マスクは微動だにしない。

「……ガナオン様、あくまでも邪魔をするおつもりですね」

「私はただ義務を守るだけよ」

「私も命令という絶対的な仕事を遂行するのみ。そして、統治者である貴方も命令に従うべき立場。命令に背いてまで守る者とは到底思えないですが」

「統治者だからこそよ。前に国王はおっしゃったわ。……民あっての国だ、とね」

「そうですか」

 そうマスクは吐き捨てると、視線をちらりと上空に向けた。それに気付いた真一はすぐさま上空を見上げた。

 上空にいたトグが両手を突き出し、手で三角形を作っている。どこかで見た光景だった。真一の頭の中で、さまざまな場面がフラッシュバックする。

「ガナオンさん逃げろ!」

 身動きをさせなくする移動魔術だった。それを思い出した真一はすぐさま叫ぶが、ガナオンも感づいていた。腕を大きく振りかぶり、一気に地面まで振り下ろす。

「インディションサモン!」

 叫ぶと同時に、ガナオンとマスクの間に土が一気に盛り上がった。それは丸い円状に盛り上がり、小さなドームを形成した。その中に真一も巻き込まれるような形となり、天井まで土壁一色となった。

「……な、なんだこりゃ」

 天井こそ低いものの、太陽光まで遮り音一つ聞こえない。地面を見れば草もない。声は反響し土の匂いもした。

 ガナオンはふぅと一息入れると、真一に近寄り跪いた。

「心配しないで、ひとまず貴方を守るために作ったのよ。それより、これを」

 そう言ってガナオンは懐から小さな袋を取り出した。手のひらに乗るほどの小さな袋。

「……これは?」

 真一は受け取り振ってみると、さらさらと粉のような音がする。

「トトロイから、貴方に渡すよう頼まれていたのよ。何でも召喚魔術をする際の触媒になる素材だそうよ。これで武器を召喚できるかもしれないわ」

「武器……」

 そう言われ思わず弓に目がいく。すぐ近くに置かれている弓。背負っている矢筒の中に矢はない。弓は矢があってこそである。最後の矢はどこへ行ったのか、草が生い茂るこの草原では探すのは一苦労かもしれない。半ば弓を引くことを諦めていた真一にとって、この袋は朗報だった。

「その血は使魔ね。……治療をしたいけど、私は回復魔術は扱えないし、何より下手に血に触れてしまったら大変だわ。困ったわね」

 弓から視線逸らし、ヨウを見下ろした。ゆっくり瞬きをしているものの、呼吸は弱々しく腹部は血で染まり上がっている。すると、ヨウは真一を見上げ口元を緩めた。

「……心配するでない。平気じゃ。どれぐらい魔力が持つかわからんが……回復魔術を施しておる」

 真一にはその笑みは強がりにしか見えなかった。小さな手は震え、回復魔術を施しているものの、青白い光はほのかで頼りない。何より、魔力がなくなってしまえば、また気を失ってしまうかもしれない。そうなってしまえばアラウの人々との意思疎通が難しく、余計にヨウを治療することが困難になるかもしれない。

 回復魔術が扱える者に治療を頼むしかない――そう考えた時ライトの顔が浮かんだ。ライトならヨウを知っているし回復魔術が扱える。思わず表情が緩む真一だったが、すぐに元通りとなった。今の状況で盲目のライトを喚ぶことは、余りに危険なのだ。ガナオンがいるとはいえ、本気で殺しにかかったマスクである。ライトが邪魔するものなら、ためらうことなく殺すかもしれない。兎にも角にも、マスクからヨウを遠ざけなければいけない。

「……何かいい案でも浮かんだのかしら?」

「治療してくれる奴は思い当たるんです。でも……マスクがいる限り余りにも危険すぎる」

「……そうね。この土の壁も長くはもたないわ。きっと召喚魔術が切れるのを待っているでしょうね。……それにしてもダック公爵の部下なんて……分が悪すぎる」

 ガナオンはそう呟くと、唇を噛み締め悔しそうな表情を浮かべた。

「ダック公爵って……何ですか?」

「アラウ国王の相談役よ。直接は見たことはないけれど、影の国王と噂される人物……。簡単に言えば、唯一国王と肩を並べることのできる方なの。余りにも情報がなさすぎて、統治者たちは皆危険視しているわ」

「マスクはその部下、か……。一体、こいつの前マスターとの間に何があったんだ。おい、お前一体何を思い出したんだ?」

 焦点が合わず呆然と見上げているヨウ。何かを思い出しているのか、苦々しい表情だった。

「待って。シンイチくんが契約者でしょう? 前とはどういう意味かしら?」

「俺は元々のマスターじゃないんです。こいつの前マスターは、確か……アラウ国王の娘さんです」

「なっ……イッチ姫ですって! 本当なの?」

 ぐっと近寄り問い詰めるガナオン。まん丸の目を一杯に見開き、驚いているようだった。

「え、えぇ。間違いないと思いますけど……」

「使魔がいるとは知っていたけど……どうして……。姫は使魔のことを……。彼が執拗に使魔を回収したがるのも不自然だわ……それに国王」

 ガナオンは動揺しているのか忙しく視線を泳がせている。ヨウもガナオンの言葉に顔を歪ませ唇を噛み締めていた。

「とにかく、彼らをどうにかしないと……!」

 ガナオンが顔を上げた時だった。ガナオンの身体から淡い光が帯びてきたのだ。白く柔らかい光は身体全体を覆い、ガナオン自身までも白く薄くなり始める。

「いけない、召喚時間が終わってしまうわ!」

「えっ!」

「私が元の場所に戻ってしまったらこの土壁も崩れるわ! それまでにシンイチくん! 彼らに対抗できる武器を召喚しなさい!」

 そう言われ、手のひらに持っていた袋の紐を口と片手を使い開けた。中を見れば銀色の粉が入っている。

 ガナオンの身体はどんどんと白く帯び、今にも光で見えなくなりそうだ。

「適当な量を握ればそれ相応の大きさになるわ。もし、本当に危ないようだったら、また私を喚びなさい」

「……ガナオンさん、どうしてそこまで……」

 ほとんど白い光に覆われ、ほとんどガナオンの姿は見えない。周りを覆っていた土壁の天井も崩れ始めている。

「トトロイが貴方を気にいったように、私も貴方を気にいったのよ」

 崩れ落ちる土の中、ガナオンの言葉がはっきりと耳に届く。そして、一番強く光が放たれた後、一瞬にしてガナオンの姿は消えてしまった。それと同時に、周りの土壁が大きく揺れ始めた。

 真一はすぐさま立ち上がると、袋は懐の中にしまい、代わりに召喚本を取り出した。片腕に抱くヨウは力なくぐったりとしている。矢を作り出したところで、ヨウを抱えて弓を引くことはできなかった。と言って、丸腰のままマスクと対峙すればまた殺され兼ねない。そうなれば、喚ぶしかなかった。

 真一はそのページを開き左手を乗せた。――そして力いっぱい叫ぶ。

「プレサモン!」


    ◇    ◇


 崩れ落ちた土の中、出てきた人影は二人。その姿を確認したマスクは、ふっと鼻で笑って見せた。

「ふっ。ハギノ、懲りもせずまた召喚魔術か。それも……エルモ人を」

 ヨウを抱える真一の隣に立っていたのはリオだった。赤髪の団子頭に赤い瞳。トトロイと同じ格好のようで、袖と膝から下の布がない真紅のローブを着ている。肩幅に開いた足元は、革の紐でできたサンダルを履いていた。リオは持っていた銀の棒を延ばし槍へと変化させる。鋭い先端を上空へと上げ、どんと乱暴に立てた。

「相手はあいつか」

 冷たい目線を向けるマスクに対し、リオは口元を緩め笑みを見せた。

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