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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第三章 潤いの町トトロイ
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【第二十九話】 新たなページ

 リオは銀色の槍を握り締め、その柄を使って一人の使者の頭目掛け一気に振り下ろした。

 何かを感じ取ったのか、当たる間際使者が振り返る。が遅かった。真っ直ぐ振り下ろされた槍と頭がぶつかり、鈍い音が部屋に短く響く。

 頭から倒れる使者。振り下ろす格好のまま、片膝で着地するリオ。

 その時、一人の使者がようやく異変に気づき顔だけ振り返った。言葉を発しようとしているのか、口が開きかかっている。が、リオはそれさえも許さなかった。

 片膝をついた状態のまま、振り下ろした槍を真横へと一気に振り抜く。風を切る音が聞こえた瞬間、柄は見事に使者の顔面へと直撃していた。

 使者は膝から崩れ落ち、そのまま床にゆっくりと倒れ伏せていく。

 リオは使者が倒れたのを確認すると、すっと立ち上がった。あっという間である。

 その時ようやく真一がベッドから這い上がった。使者を一発殴ろうと思っていたが、すでに遅かった。

「リ、リオ……お前……」

 倒れている使者たちは指一つ動かしていない。瞬く間に二人も倒して見せ、まるで寸劇を見ているようだった。

 やってのけた張本人は何食わぬ顔をし、倒れた使者たちを見下ろしている。が、すぐに表情を崩すと苦笑いを浮かべた。

「困っていたようだったからひとまず殴った。……間違ってたらすまん」

「い、いや……」

 トトロイも呆気に取られていた。そこへ、魔術から解放されたトトが胸へと飛び込んだ。外傷はないようで、背中の羽根を忙しく動かしている。

 そのことにほっとした表情を浮かべ、トトロイは優しい手つきで頭を撫でた。

「無事でよかった」

「ありがとう、マスター。どうなるかと思った……」 

「身体が堅いな、怖かったのか?」

「ち、違うもんっ」

 からかうような笑みを見せるトトロイと、頬を膨らますトトの二人。微笑ましい光景に、真一たちも思わず頬を緩ませた。

 少しの間様子を眺めていたが、ヨウが不意に視線を落とす。それに釣られて真一も視線を落として見ると――眼差しは使者たちへと向けられていた。

 使魔掃討作戦、と使者たちは言った。二人に関係のない話ではない。直接巻き込まれる可能性もある。不安を拭えないまま視線を上げると、使者が取り出していた紙が目に留まる。気になり凝視していると、トトロイが紙を拾い上げた。

「国王の署名がしてある。偽物ではない。使魔掃討作戦だと? 国王は何を考えているのだ!」

 舌打ちをした後、乱暴に紙を机に叩きつけた。

 紙を覗き見ると、文字が書いてある。真一には読めなかったが、つらつらと書かれた文章の下に、違う筆跡が確認できた。おそらくこれが国王の筆跡なのだろう。ヨウもその視線を落とし、じっと紙を眺めていた。

 国王とヨウは、おそらく顔見知りのはずである。姫が前マスターであるならそれは間違いない。だとしたらこの作戦の意味とは一体何なのか。考えれば考えるほど不可解であった。顔見知りであるならば、使魔について知っていてもおかしくはない。なのになぜ、掃討作戦など実行しているのか。

 サモナーを作り出す血が足らないのか、はたまた何かしらの事情があるのか――。いくら考えても答えなど浮かばない。

「それはそうと、シンイチの使魔は――」

 もしかすると、ヨウが地球に来てしまった理由も関係しているのではないか。そんな予感が真一の中で生まれ始める。

 一方でトトロイはヨウをじっと見つめ、何かを思い出そうと必死になって考えていた。

「おい。何の話かは知らないが、こいつらはどうするつもりなんだ?」

 面白くない顔をしているリオは、いつの間にか槍を小さくし倒れている使者たちを指で指した。

「こいつら起きたらまた何か仕出かすんじゃないか? どうするんだ」

 言われて見ればそうである。今は気を失っているものの、目覚めれば再び使魔たちを襲うに違いない。

 慌てて身を隠すヨウとトトだったが、トトロイはふっと笑って見せた。

「心配するな。こいつらはロイの餌となる。俺に無礼を働いた罪だ」

 にやりと笑うトトロイ。何か悪いものを感じ寒気が走った。

 リオも同じように思っているのか苦笑いを浮かべている。

「……ロイって、あの変な生き物か」

「失礼な奴だな。ロイはかわいいぞ。まぁひとまず、そいつらが目覚める前に餌となってもらおう――」

 そういうとポケットから小さな本を取り出した。――召喚本である。開くとそのページに手のひらを置き、叫んだ。

「プレサモン!」

 突然、地響きのような物音がし、建物が小さく振動した。窓を見れば、先ほどまで明るかったはずが何かの物陰で暗くなっている。

 一体何が起こったのか。慌てて辺りを見回したが、答えはすぐに見つかった。

「何か御用ですか」

 いきなり降ってきた声に、一同は思わずびくっとさせる。

 低い重低音。胸にぶつかるように響く声。耳を塞ぎたくなるほどの声量。今まで聞いたことのない声である。

「警備中すまないな、ロイ。お前に餌があるのだ。投げるから口を開け」

 トトロイは一人、せっせと倒れている使者たちを担ぎ上げた。宙に浮かび上がっていたトトは、不機嫌そうに頬を膨らませている。

「……おいおい、まさかあの生き物が外にいるのか」

 リオは冷や汗を流し、無意識なのか後ずさりをしている。肩にしがみ付いているヨウも、理解できたのか頬を引きつらせていた。

 唯一、真一だけが状況を飲め込めないでいる。昨日、トトがパラッグの雛がいるとは言っていた。だが真一の中で想像したのは、ピィの姿で、どこにでもいるような鳥である。

 その時――いつかのヨウの言葉が頭を過ぎる。

『一角の竜じゃよ。わしもそればかりは見たことない』

 ――まさか。

 恐る恐る窓に近づき、そっと外の様子を覗く。そこにいたものは――。

「ちゃんと分けてくださいよ」

 巨大な竜である。赤い胴体を家と壁との間で、窮屈そうに折り曲げている。全体を厚い鱗に覆われ、尻尾は太く先は鋭い。足と手の指は三本でそれぞれの爪先は尖り、鋭い爪が砂に突き刺さっている。そのままゆっくりと見上げていくと、飛び込んできたのは鋭利な牙だった。ずらりと並んだ牙。目は大きく見開かれ鋭い眼光だった。頭に二つの耳が立っていて、その間にはモヒカンのような赤い毛が背中まで続いている。

 その姿に圧倒されてしまったが、一番驚いたのは双頭だということだった。

 二つの顔が荒い息をしている。見える牙は鋭く光り、眺めるだけで震え上がってしまいそうだ。

「あれは……自衛の雛じゃ。それも、三段階目のな」

 呟くように言ったヨウも、姿に圧倒されているのだろう、胴衣を握り締める手に力が入っている。真一もその姿に言葉を失う。目の前に竜がいるのだ。

 一方、トトロイは使者たちを窓の傍へと運び終えていた。作業を終え一息つくと、自衛の雛――双頭の竜に向かって叫ぶ。

「丁度二人いる! どちらでもいいから、口を開け! 投げ入れるぞ!」

 一人の使者の腋の下に腕を入れ持ち上げる。窓の外を見れば、突如大きな穴のようなものが出現していた。周りには牙が生え揃われ、穴の奥は暗く何も見えない。見える舌は真っ赤に染まり、そこだけ別の生き物ではないかと思ってしまうほどである。

 不意に真一の頭の中で、使者が食われてしまう場面が頭を過ぎった。余りに残虐で無残な姿である。

「ちょっと待て! 餌にするって……そいつらまだ生きてんだぞ! あんた正気か?」

 目の前で人が殺される場面など見たくはない。真一は慌ててトトロイに駆け寄り、抱えられている使者のローブを握り締めた。

 しかし、トトロイはその行動にムッとした表情を浮かべる。

「だから何だ? 意識を取り戻して餌にしろというのか?」

「違う! もっと他にやり方があるんじゃねぇのかって言ってんだ」

「他にやり方? 跡形もなく証拠を残さぬやり方は、これが一番だろう。ロイも腹の足しになるし一石二鳥ではないか」

 そう言いきると、真一の手を振り解くかのように思いっきり使者をぶんと振った。勢いに負け、真一の手が離れてしまう。

「あっ」

 離れた使者の身体は、まるでゴミのように穴へと放り込まれていく。真一は何とか服を掴もうと腕を伸ばしたが遅かった。

 穴は入った瞬間、勢いよく閉ざされた。それと同時に耳に届く不快な音。

 骨を噛み砕き、血液がほとばしり、噛むごとに聞こえるぬちゃという肉を噛む音。牙の間から滴り落ちる鮮血、見える肉片。その音と目の前の光景が信じられず、真一は咄嗟に顔を背けた。

「よし、もう一つの口を開け。投げるぞ」

 一方でトトロイは満足げな笑みを見せ、ロイが食するのを眺めている。顔をほころばせながら、さっさと次の使者を抱えていた。

 止めなければいけないと思ってはいるものの、気持ち悪さが先に立った。窓から離れ、背を向けた。見ればリオもヨウも口元を押さえ、眉をしかめている。余りに惨たらしい不協和音と臭いはしばらくの間続いた。


「久しぶりに重いものを運んだな」

 肩を回し、首をぼきぼきと鳴らしている。椅子に腰掛けているトトロイは平然とした表情をしていた。外にいたロイは元の場所へ戻ってしまい、何もなかったかのように静かな空間へとなっていた。

「大丈夫? 君たち」

 トトが心配そうに首を傾げる。真一たちはトトロイよりも疲れきった顔で立ち尽くしていた。未だに離れない音と臭い。見てはいないにしろ、嫌でも想像してしまう。言葉を失っている三人に気を遣ったのか、トトロイは豪快に笑い始めた。

「はっはっ! 心配するな! 使者のことを聞かれた時はどうにか取り繕う。そんな顔をするな」

 平然と笑うトトロイに釣られ、三人は苦笑いを浮かべた。こうなっているのはそこではない、と突っ込む気力さえ失っている。

「しかし、使魔掃討作戦はどうにもならん。俺もどうにかせねばならんが、シンイチお前もだぞ」

「……あぁ」

 目を伏せ再び使者の姿を思い出す――。

 水色のローブに目元に覆った白い仮面。それが使者たちの特徴である。再び目の前に現れるような気がした。ヨウがいる限りきっとそうだろう。使っていた魔術といい、突然消えたことといい、おそらく移動魔術を扱う者、ティレナーだろう。魔力が豊富にあるトトでさえ身動きが取れなかったのだ。魔力が減っているヨウが受けてしまった時、果たして自分だけで守れるのだろうか――。

「なぁ、俺もついていっちゃ駄目か」

 顔色を回復させたリオは真っ直ぐと真一を見つめる。思わぬ申し出に、真一は思わず頬を緩めた。

「俺は受けた恩は絶対に返す。シンには命を救ってもらったし、何かをしたいと思っている。どうせ、祖国にも戻れん」

「駄目だ」

 が、真一が口を開く前に、トトロイが一喝した。怒ったような目で見上げている。

「シンイチはアラウ城へ向かっているのだ。それまで、行かねばならん町もある。そこには必ず派遣所が存在する。もし付いて行ったとして、エルモ人だとばれたらどうするのだ? また捕まりたいのか」

「その時はその時だ。シンに生かされた命だ。再び縛り上げられたとしても、悔いはない」

「馬鹿者。生かされた命を粗末にしては何の意味もなかろう」

 トトロイは呆れたようにため息を漏らした。

 リオもそれ以上の反論は見せなかった。代わりに、がっくりと肩を落とし俯いている。そんな姿を見つめた後、トトロイはにやりと口の端を持ち上げた。

「リオはここに残れ。俺がその身を預かってやる」

「ええ!」

 即反応したのはトトだった。慌てた様子でトトロイの真正面へ飛んでいくなり、声を張り上げた。

「マスター! 何言ってるの! こいつはエルモ人だよ!」

「まぁまぁいいじゃないか。ほら、リオは赤髪だろう? 俺は残念ながら赤髪じゃない。だからこのように頭に巻いているんだ。それはお前も知っているだろう」

「そりゃ知ってるけど!」

「一目見たときから羨ましかった。……リオ、お前は初めて俺が雇う兵士だ。これからよろしくな」

 にっこりと満足げに笑みを見せた。傍らでは、トトががっくりと肩を落としため息を漏らしている。トトが気の毒なように思えた。この人は、統治者だとかそんなことは関係なく、どうやら人の意見を余り受け入れない人物らしい。

 一方で、当人であるリオは嬉しそうに笑みを見せていた。

「よくわからないが、ありがたい。助かる」

 笑みを見せていたトトロイだったが、すぐに表情を一変させ、急に真面目な顔つきとなった。空気もそれ相応に重く感じられる。リオもそれを感じ取り、ふっと表情を戻す。

「ここにいても外に出られるとは思うな。この敷地内にいるときは俺がどうにかしてやるが、出た場合は知らん」

「そうか。しかし……」

 リオと視線が合った。恩返しがしたい、という思いが捨てきれないのか、申し訳なさそうに俯いている。

 真一も一緒に来てほしいと思った。だが、トトロイの意見と同じく、次捕まってしまえば今度こそどうなるかわからない。それを思うと、どうしても一言が言い出せなかった。

 言葉を押し込めるように、真一も目を伏せた。

「……がしかしだ」

 トーンの上がった声で、トトロイはにやりと笑みを見せた。

「リオの、シンイチの力になりたいという意見だけは尊重しようと思う。シンイチに召喚された時のみ、外出を許可する」

「……召喚?」

 首を傾げるリオをよそに、トトロイは顎を使って軽く振り、しろと言わんばかりに指示して見せている。

 その方法を忘れていた真一は思わず頬を緩ませた。――召喚本である。

 さっそくポケットから取り出し、真っ白なページを開いた。一方でリオはその行動を不審そうに眺めている。

「何やってるんだ」

「さっきのロイみたいに召喚するんだ。わりぃんだけど、このページに血を垂らしてくれねぇか」

「よくわからんが……力になれるのであればやる」

 リオは棒を取り出し槍にすると、刃先で指を小さく切った。指から垂れる鮮血が一滴落ち、それに反応するかのように本が白い光を放つ。

「な、何だこれは」

「……よし、ありがとう。これでいつでもリオを喚べる。これからよろしくな、リオ」

 差し出された手に、リオは笑顔で応じた。

「いまいち理解できていないが……ま、いいか。これでシンの役に立てるなら何でもやるさ。よろしくな」

 分厚い手のひら。明らかに真一よりも力があるだろう。男として妬いてしまいそうではあるが、仲間となるとこれほど頼もしいものはない。

 二人の握手を、トトロイも目を細めた。

「よしよし。万事これで解決だな。……そうだ、シンイチついでだ。次の町まで送って行ってやろう」

「え! マジで。いいんすか」

 一つ頷いてみせると、トトロイはトトを見上げた。それを受けてトトが真一の目の前に降りてくる。

「もう……マスターの指示なら仕方ないかぁ。はぁ、僕慣れてないんだけどな」

「まぁそう言うな。ガナオンまで随分遠い。あの山を登るのは辛いだろう。それに、いつ使者らがシンイチの前に現れるかもわからん」

 トトは自ら指を切ると、その血で真一の周りを小さな円で囲い始める。

 赤い床に薄っすらと違う色の赤い円ができた。描き終えると、目を閉じ集中し始めている。

「それと……ヨウ、だったかな。姫はどうしたのだ。何かあったのか?」

 突然のトトロイの言葉に、ヨウは凝視した。姫、という単語に一瞬言葉を失う。

 なぜトトロイが知っている――ヨウは必死に記憶を呼び覚まそうとする。しかし、どうやっても浮かばない。

「な、なんで姫のことを知っておるんじゃ……」

 ヨウが呟いた瞬間、カッとトトが目を開け円の淵に手を置いた。

 すると、円から光が壁となるように上がり、一瞬にして目の前が光に覆われた。何も見えず真っ白になる。

「守ってやれ」

 どちらに向けられた言葉なのか。確かめる間もなく、その声を最後に真一たちは潤いの町トトロイから去っていった。


    ◇    ◇


 飛ばされる間は一瞬である。がその一瞬でもヨウの中に、トトロイの言葉は妙な引っかかりを覚えた。

 ヨウの頭の片隅にある閉ざされた記憶。

『守ってやれ』

 何か大事なものを忘れている――大切な何か。どうして、自分はマスターから離れてしまったのか。一体なぜ。

 ぽっかりと空いた記憶の穴。そこにいるはずの人。思い出したい、思い出さなければ。そう思えば思うほど焦燥感が増していく。

 ――その焦りが鍵となったのか、一つ、思い出す。


 悲しい笑みを浮かべた、姫の顔。


 なぜ悲しい顔をして微笑む?

 その顔に問いかけても答えは返っては来ない。




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