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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第三章 潤いの町トトロイ
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【第二十七話】 トトロイの統治者

 生温い乾いた風が吹き付けている。太陽は昨日と同様、容赦ない日光を照らしつけ、その熱気は砂漠から反射して下からも沸き上がっていた。

 どれぐらいの時間を歩いたのかわからない。無駄な体力を消耗しないために一行は黙々と歩いてきた。水溜まりから幾分か遠くへ来たはずだったが、一向に景色に変化はない。

 途方もなく続く砂漠。はっきりと分かれた地平線。真一はどこか違う星へ来てしまったのはないかと、思い始めていた。次第に足取りも重くなっていく。慣れない砂場と照り付ける日差し。流れる汗は暑さゆえにすぐに蒸発していった。ヨウはぐったりと肩に身体を預けたまま動かず、苦しそうな呼吸だけが聞こえている。

 どこまで続くのかと思っていた矢先だった。

 遠くにうっすらと建物らしき残像が見えた。暑さのためなのか、ゆらゆらと蜃気楼のようなものの向こうに浮かんでいる。

「あ、あれか? あれが町か?」

 真一は乾ききっている口をなんとか動かし、声を絞り出した。

「あぁあれだけど、もう少しあるよ。ま、頑張ってね。もう野宿は嫌だから休まないからね」

 トトは振り返り、涼しそうな顔を真一たちに向けると、再び前へと進み始めた。

 真一はうなだれため息を漏らした。もう少し、という言葉が一体どれほどなのか考えただけでも嫌気が差す。身体全体がだるく、一度座ってしまば当分の間動けなくなるだろう。挫けそうになる気持ちを堪え、顔を上げ遠くに見える町を見つめた。

 遠くだが確かに町は存在する、そう自分に言い聞かせ、重い足を再び前へと歩み始めた。


 暑い日差しに耐えてひたすら歩んだ結果、やっとのことで町の手前まで来ることができた。

 しかしここに来て砂嵐が起こり、ほとんど目が開けられない。風で舞い上がる砂を手で遮りながら、真一は町を眺めた。

 白く低い建物がぎっしりと並んでいるように見える。その奥に、一番大きな建物が見えた。手前の建物が小さく見えるために異常に目立っている。

「あれがトトロイか」

「うん。あの大きな建物の中に僕のマスターがいるよ。紹介してあげるから、会いなよ。どうせ証目的なんでしょ?」

 ぐったりとしていたヨウだったが、そのトトの言葉に突如むくっと身体を起こした。

「トトお主……マスターというのは、もしかして」

「会えばわかるよ。そいつも一緒に連れて行こう」

 トトは後ろのリオをちらりと見ると、町へと飛び始めた。しきりに砂を気にしている様子から、早く戻りたいらしい。

 真一とヨウは互いの顔を見合った。

「まさか、あいつのマスターってのは」

「……そうじゃの」

 トトを見直すとかなり前にいた。真一は慌てて駆け寄り、早く進むトトの背中を追っていく。

 町が近づくたび、溜まっている疲労が緊張感に代わっていくのを感じた。ヨウも同じなのか、いつもどおり肩にしがみ付き顔は生気を取り戻している。

 トトのマスター――真一とヨウはなんとなく勘付き始めた。

「おい、シン。俺をどこへ連れて行くつもりだ?」

 舞う砂を防ぐことができないリオは、目を瞑りしきりに唾を吐いていた。そんなリオの声さえ届かないほど、真一の緊張は高まっていた。


 町へ入った、といっても特に仕切りなどはなく、目の前に建物が隙間なく並んでいた。先ほど見たとおり白い土壁のような低い建物。その間を一本の道が真っ直ぐと続き、奥の大きな建物へと導いている。真一は目を手で覆いながら、その一本道の奥にある建物をじっと見つめた。

「あれが、マスターの家か」

「そうだよ。早く行こう。これ以上砂を被りたくないよ」

 服についた砂を払い終えると、トトは真一を見下ろした。

「僕、先に行ってマスターに事情を説明してくるから。そいつ、逃がさないようにね」

 そう言った後トトは一本道を少し飛んでいったのだが、思い出したかのように振り向いた。

「……あ、それと、リンゴだっけ。あれを用意しててね!」

 トトはそう言うと、大きな建物を目指し背中を小さくしていった。

 真一は両端に並ぶ低い建物を見ながら、ゆっくりと道を進んで行く。どの家も戸はなく、入り口には布がかけられ扉代わりとなっていた。砂嵐がひどいためなのか、人は出歩いてはおらず寂しく建物が並んでいるだけだった。

「ひっどい砂嵐じゃの! 口の中に砂が入ってくるわい」

 口を手で覆いながら、ヨウも建物を見上げていた。

 殺風景な町、という印象だった。白い建物はほとんどで、その中にいくつか土壁に色が付いた家が所々ある。何か意味があるのかはわからなかったが、看板がないところを見ると何か特別な家なのかと真一は考えた。しかしながら、行って確かめて見ようなどと思うことはなく、早く砂嵐から逃げたい気持ちが勝っていた。

 ふと後ろを振り返れば、リオは口も目も閉じられた状態でただひたすら砂の攻撃から耐えている。こんな状態のリオを気の毒に思い、真一は観光もそこそこに、足早に奥の建物へと歩を進めた。


 吹き荒れる砂嵐の中を懸命に進み、やっとこのことで奥の建物の前までやって来た。真一は手のひらで砂を避けながら、立ちはだかる扉を見上げた。

 重そうな石の扉である。隙間なく閉められており、見るからに頑丈そうであった。

 真一はひとまず扉に近寄ると、手のひらで数回石の扉を叩いてみた。ぺしっという軽い音が鳴るが、それは砂嵐の風の音によってすぐさまかき消されていく。

「……すいません! 開けてもらえませんか!」

 冷たい扉に向かって叫ぶものの、本当に届いているのか不安に思った。そもそも人の気配を感じない。

 まさか砂嵐が収まるまでこのまま外に放置されるのではないか。だとすれば、たまったものではない。頭を掻けば手に砂の感触があり、口の中はじゃりっという砂の音がする。目は砂でほとんど開けられない状態で、服の中も砂が侵入していた。

 このまま外にいれば埋もれてしまう、そう思った真一は何度も何度も扉に向かって叫んだ。叫ぶたびに口の中に砂が入ってきたが、そのつど唾を吐き出した。

「なんだぁ、この家に入るつもりなのか」

 声がしたので振り返ってみれば、顔をしかめたリオが歩み寄ってきた。

 リオは真一の横に立ち並ぶと、

「開けろ! 捕まったエルモの者だ! 通せ!」

 と思わず耳を塞ぎたくなってしまうような大声を出した。驚いた真一は思わず周りを見回した。

 幸いなことに、家から出てくる様子はない。――その時だった。

 目の前の石の扉がゆっくりと左右に開き始めたのだ。

 地面の砂を押しのけながら、ゆっくりと開いていくとそこにはトトが浮いていた。頬を緩めてにっこりと笑って手招きをしている。

「ほら、早くこっちへ。砂が入っちゃうから」

 その言葉に慌てて真一は建物の敷地内へと入り込んだ。途端、後ろで開いていた石の扉は大きな音を立てて閉まった。

 その音に驚き、三人は振り返った。石の扉は堅く閉ざされ、ふと気づけば砂嵐もない。そのまま見上げてみれば天井がある。手を伸ばしても届きそうもない高さだった。

「……なんだこの家は」

 見上げたまま真一が言葉を漏らすと、トトがふふっと笑う声がした。

「マスターの家だよ。完全に砂を防御してるんだ。トトロイはほとんど砂嵐だからね」

 周りを見渡せば、家壁も石のような堅い壁だった。灰色の壁が並び、外と内を完璧に遮断していた。あれだけひどかった風の音さえも聞こえてこない。足元こそ砂であったが、なんの支障もなかった。

 それよりも驚いたのは、中にまた家が建っていることだった。外に並んでいた同じような家の形をした赤い建物。大きさは外に立っていた家よりも二回りほど大きい。横幅が狭かった外の家に比べれば断然こちらの家の方が大きく、なにより外壁が美しく赤く輝いている。窓がいくつか見受けられ、どうやら二階建てのようだった。その内二階の窓が一つ開いている。あそこに統治者がいるのか――そう思いながら真一が見上げていると、呼びかけるトトの声がした。見れば赤い家の入り口まで進んでいて、真一たちが来るのを待っていた。

「早く来てよ。マスターが待ってるから」


 中は至って質素だった。リビングのような部屋が一部屋あり、そこから階段を上った。階段を上って廊下を進むが、ドアがいくかあっただけで立派な飾りも何もない。また、シトモンの館にいた警備もおらず、人が本当にいるのかと疑ってしまうほどの静けさであった。

「さ、ここだよ。マスターに知らせてくるから、少しここで待ってて」

 トト止まった部屋はドアが開けられていた。が、ドアよりも手前で止められたため中の様子は伺えなかった。トトはそのまま部屋の中へ入っていく。

 その間三人の間に会話はなく、緊張感だけが高まっていった。一体どんな人物なのか。そして、捕らわれたリオはどうなってしまうのか。

「入れ」

 と、緊張する雰囲気をぶち壊したのは低い男の声だった。何か耳に残るような重い低音。驚いた真一はすぐさまドアを全開に開き、急いで部屋の前へと移動した。

 見えたものは真っ赤な部屋だった。何もかもが赤い。床、壁、机、椅子全てが赤い。部屋の真ん中には四角い机があり、真正面にはシトモンの部屋と同じように大きな窓があった。窓の手前には少し大きな机が置かれている。が肝心の声の主の姿が見えない。

「何をしている、入らないのか」

「は、はい!」

 見えない声の主に驚き、真一は慌てて部屋へと入った。

 と、そこで声の主――トトロイの統治者を見ることができた。部屋の右手にあるガラス戸のようなものの前に立っている。が、中を見ているのかそれは後姿であった。

「トトから聞いた話によると、お前は赤い……リンゴという物を召喚できるそうだな」

「……は?」

 挨拶もなく突然の話に真一は困惑の表情を浮かべた。

 いきなりりんごという単語。意味がわからず、開いた口が塞がらなかった。すると、統治者はようやく振り返った。

 無精ひげを生やした男。ターバンのような赤い布を頭に巻きつけ髪が完全に隠れている。おでこには細い紐を巻き、その真ん中には赤い宝石が輝いていた。ローブのような赤い服を着ているが袖はなく、逞しい二の腕が露わとなっている。下半身も同じで、ローブは膝から下が切り裂かれ短くなっていた。腰には白い帯のようなものを巻きつけ、骨盤辺りに小さな袋が付いていた。

「出せるのか出せないのか。どっちなんだ」

「いや、まぁ……出せることには出せるけど――」

「だったら、ほらっ、今すぐ出せ」

 そう言って男は手のひらを差し出してきた。

 真一は理解できないまま、ひとまずりんごを召喚することにした。

 とにかく機嫌を損ねることは避けたい。そう思った真一は、トートバックの中から素早くフェル草を出すと、手のひらに乗せた。

 視線が集まっているのを感じながら、集中を高めていく。

 ゆっくりと目を閉じてひたすらりんごを想像する。赤い球体に、口の中に広がる甘い果汁――。

 ――そして。

「インディションサモン!」

 勢いよく目を見開き叫ぶと、手のひらのフェル草が一瞬光り、一気にりんごへと変化していた。真一は胸を撫で下ろしほっと息をついた。

 ただ、前回のこともあり気が抜けなかった。見るだけではわからず、真一はせめてもと思い、りんごを鼻に近づけ匂いをかいだ。――甘い匂いがする。

「おお、本当に赤いな! 気に入った!」

 男は真一に近寄ると、りんごを奪ってしまった。手に取りりんごを掲げると、下から見たり上から見たりと物珍しそうな視線を送っている。頬は緩み嬉しそうな顔だった。

「よし、さっそく飾るとしよう」

 男は再び背を向け、ガラス戸を開けると少し開いたスペースにりんごを置いた。後ろから覗き見をしてみると、ガラス戸の中は赤い物ばかりが置かれている。赤い石、赤い布、赤い木、赤い葉と様々ある。どうやら赤い物を集めているらしかった。その一番下の端っこに新しくりんごが加わった。

 男は戸を閉じると、しばらく眺め満足そうに何度も頷いた。小さな声で「よしよし」と言ったあと、男は窓の前にある大きな机へと移動し、そのまま椅子に腰掛けた。見るといつの間にかトトが男の横に浮かんでいる。

「お前……名前はなんだ?」

「え、あ、萩野真一ですけど」

「では、シンイチこちらまで来い」

 男は机の前を指差し、真一は指示通りに歩み寄った。縄に縛られたリオも真一と並び立ち、横顔を伺えば怪訝そうに男を見下ろしていた。

「俺の名前はトトロイだ。名前通り、潤いの町トトロイの統治者だ。大体の話はトトから聞いている」

 トトロイは真一とリオ、ヨウの顔を見上げた。視線の具合を見るからに、やはりヨウの姿は見えるようであった。ヨウもごくんと唾を飲みこんでトトロイの言葉を見張っている。

「まぁまずは……これをやる」

 そう言って机の引き出しから出された物は、赤色のバッチだった。それを机の上に置くと、そのまま真一たちの前まで差し出した。シトモンからもらった証と同じ形で、色はトトロイのおでこにある宝石と全く同じであった。

 真一は差し出された証を手に持った。前回とは違いあっさりと貰い受けることができてしまい、思わず疑いの目をトトロイに向けた。

「……もらっていいんですか?」

「ん、お前たちはそれが必要でやって来たのだろう? 何か不満でもあるのか?」

「な、ないです」

 真一は慌ててトートバックの中へと放り込んだ。

 何はともあれ目的の物を手に入れることができた。それにほっとしつつも、再びトトロイに視線を戻した。トトロイの目は先ほどよりも険しさを感じる。その視線の先は、隣にいるリオに向けられていた。リオはその視線を受けても暴れそうな気配もなく、無表情にトトロイを見下ろしていた。

「お前の名前はなんだ」

「リオ」

「赤髪か。エルモ人だな」

「そうだ」

 短い会話ながら見えない緊張感が漂ってきた。隣にいるのは、敵国とされているエルモの人間。一方で、目の前にいるのはアラウの王族であるトトロイの統治者。立場は大きく違うものの、敵対しあう者同士が対面していること事態が大変なことである。

 真一は今更ながら、リオがどうして警備されている国境を越えてきたのかと疑問に思った。国境を越えるなど、命を捨てるものではないのか。現にリオはひどい火傷を負っていた。今でこそ気丈な振りをしているが、おそらく完治はしていない。リオはエルモを追い出された、と言っていたがあれはどういう意味なのか。追い出されたからといって、どうしてリスクを負ってまでアラウへやって来たのか。

「トト、リオの縄を解いてドアを閉めろ」

「わかった」

 トトはトトロイの言葉に従い、真一から縄を受け取るとそのまま縄を解いていく。リオはようやく縄から解放され、腕を上へと伸ばし背伸びをした。ローブの裾が垂れ下がって見えた腕にも、やはり火傷の跡が生々しく残っている。その間にトトは部屋のドアを閉め、再びトトロイの近くへと戻ってきた。

「ロイの自衛魔術から逃れ、よく町までたどり着いたな。恐らく優れた身体能力があるのだろう。しかしだ。ここはアラウだ。エルモとアラウの関係……リオ、お前もわかっているだろう?」

「あぁ知っているさ。で、俺をどうするんだ」

 リオは真っ直ぐトトロイを見つめていた。縄が解かれてはいるが、逃げる素振りはない。握りこぶしをぎゅっと作り、直立不動のままトトロイの言葉を待っていた。

 トトロイはそんなリオを数秒見つめた後、小さく息を吐いた。少し目を伏せた後、ふっと鼻で笑った。

「……もったいない男だ」

 そう小声で呟き、顔を上げリオを見据えた。

「今からお前は派遣所へ連行される。もうすぐ、派遣所の役人たちがやって来る。そいつらにお前を引き渡す。それからは軍の指導だ。エルモの情報を吐かせるのか、何か処罰があるのか、それとも命を奪うのか――残念だが俺は知らん。俺はお前が逃げないよう見張るだけ。逃げようとするなよ、俺は自衛魔術を扱えるのだ。ロイよりもきつい炎を浴びせるぞ」

「逃げないさ。何があろうと受けてやる」

 リオは頬を緩め不敵な笑みを浮かべながら、トトロイから目を逸らさなかった。それを受けたトトロイも、ふっと笑みを浮かべた。

 トトロイの言葉を受けて動揺していたのは、その横にいた真一だけだった。

 リオは悪い奴には見えない、このまま派遣所の役人に渡してしまってもいいのか。そんな思いだけが頭をぐるぐると回っていた。笑みを見せ合うトトロイとリオを後目に、真一だけが視線を床に泳がせ思案を巡らせていた。

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