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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第三章 潤いの町トトロイ
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【第二十六話】 リオという男

 槍の先端は真一の頭に向けられ、鋭い刃先は簡単に貫くことができそうなほど眩い光を放っていた。その刃先は拳一つ分ぐらいしか離れておらず、見るだけで縛られたように動けなくなった。

 恐怖心をなんとか抑え込み、真一は動かせる目だけで構える男をゆっくりと見上げた。

 男は至って冷静に見えた。槍こそ真一に向けているものの、思ったほどの殺気を感じない。男は首を傾げ、真一の格好を訝しそうに眺めていた。

「お前、変わった格好してんな。名前は」

 一通り見たのか、真一の顔をまじまじと見ている。

 男は赤髪の団子頭に、頬に少しだけ火傷の跡が残っている。凛々しい少し太い眉に瞳が赤い。男らしい顔立ちだった。

「……萩野真一だ。何もしねぇから、これ、下ろせ」

「ふーん。変わった名前だな。長いからシンでいいな」

 一人、納得したように頷いている。が、槍は下ろさずそのままの状態だった。

「で、シン。確か俺は、エルモ国からこっちに来る時に、おかしな生き物に酷い火傷を負わされたんだよ。それで命さながらこの水溜りにたどり着いた……はずなんだ。それが今じゃ身体が治ったみたいに楽なんだよ。お前が治療してくれたのか?」

「……だったらどうするんだ」

 下手に刺激をしては危ないと思っているものの、相手のペースに巻き込まれるのも癪だった。様子を伺いながらも、真一はちらりと男の背後を見た。

 男の横で寝ていたはずのヨウの姿がない。同じくトトの姿もない。視界全てを見回したが、どこにも見えなかった。

 やられてしまったのか、そんな焦りを感じ始めたときだった。視界から槍の先端が消えた。見れば男は微笑み、槍を下ろしている。

「いやぁシンなら槍なんか向けたら罰が当たるね! え、シンなんだろ? シン以外にここにいないしさ」

「え。あぁ、まぁ……そうだけど」

 真一は視線を泳がせながら返事を返した。実際に治したのはヨウだったが説明が面倒だった。

 すると、男は真一の目の前に屈み、分厚い手のひらを差し伸べてきた。槍は砂の上に置かれている。

「俺はリオ。火傷を負ったときは死ぬ覚悟をしたんだ。エルモからは追い出されたし、アラウは敵国だったしね。ありがとう、感謝するよ」

「え、あぁ……」

 訳の分からぬまま、真一は手を出そうとした。リオの屈託のない笑顔とさばさばとした口調に、緊張の糸がほぐれてきた。

 悪い人ではないかもしれない。――そう思った矢先だった。

「な、なんだ!」

 突然リオの身体に太い縄がぐるぐると巻き始めた。驚き慌てて立ち上がったものの、バランスを崩しそのまま倒れこんだ。縄はリオを締め上げ、腕は身体にぴったりとくっつきびくともしない。と、倒れたリオの背中に見えたものは――。

「案外あっけなかったね」

「そうじゃの。姿が見えんというのはやはり有利じゃのぉ」

 それぞれの手に太い縄を持っているヨウとトトだった。してやったりとでも言うように、互いの顔を見合いにやにやと笑っていた。

「お前ら、何やってんだ!」

 真一はすぐさま近寄り、それぞれ手に持っている縄を奪った。

 しかし、二人はすぐに真一の手から縄を奪い返した。

「こればっかりは譲れないね。さっきだって君に槍を向けたんだよ? 町に着くまでは縛り上げていたほうが身のためだよ」

「わしもシンイチの安全を考えると、トトの意見に賛同するの」

 縄をぎゅっと握り締めている二人を目の前に、真一は黙り込んだ。

 確かに、素性がわからないこの男を野放しにするのも危険だった。

「シン! 誰と話してるんだ? てか、誰だ、縛っている奴は!」

 リオは必死に背後を見ようとしているが、首だけでは見ることができないようだった。

「使魔だよ。警戒してるんだ。悪いけど、そのままの状態で歩けるか?」

「シマ? なんだそりゃ……。まぁ、エルモ人だと聞いてすぐに安心する奴なんていないな。別にいいぜ。その代わり、槍、こっちへよこしてくれないか」

 顎を使って槍を示した。縄から少しだけ見える指を必死に動かし、ここに持って来いとでも言っているようだった。

 真一はリオの隣に置かれている槍を手に取った。銀色の槍は見た目以上に軽く、一定間隔に継ぎ目が見える。槍を眺めながら、リオの手元へ槍を近づけていく。――すると、トトが眉をひそめ叫んだ。

「君! どうしてこいつの言うことを素直に従うんだい! それで襲われたらどうするの?」

 その言葉に、真一の動きが金縛りにあったかのように止まった。一方でリオは、いきなり動きが止まった真一を不審そうに見上げた。真一はその視線に気づくことなく、頭の中で思考した。

 渡せばどうなるか、そんなことは少し考えれば予測できることだった。いきなり縛り上げられたわけだから、相手も警戒しているに違いない。何より、一度刃先を向けられた相手である。動けないにしろ、危険なことには変わりはない。

 しかし、真一の中からリオの感謝の言葉と笑顔が消えなかった。あれだけは、どうしても嘘であるとは思えなかった。

 真一は深く息を吐くと、そのまま槍をリオの手元へと導いた。

「これ。だけど、もう向けないでくれよ」

「ありがとう。もう向けないさ。……にしてもシン、ちょっと危ない人だな」

 受け取るとふんと鼻で笑った。

 リオは槍の柄の部分にあった小さなボタンを押した。すると槍は一気に収縮し、あっという間に手のひらほどの長さの棒へと変化してしまった。驚き唖然としていた真一だったが、リオは気にする様子もなく、うつ伏せだった状態から膝を立てると一気に起き上がった。

「じゃ、行くか。どうせ町に行く途中だったんだろ? 丁度いいじゃないか」

「あ、あぁ。……なんで俺が危ない人なんだ?」

「いや悪い意味じゃないさ。そんなことより案内をしてくれ。俺も早く解放されたいんでね」

 言葉とは裏腹に表情は険しい物ではなく、いたずらっぽく笑って見せている。真一はその表情に戸惑いながらも、苦笑いを浮かべた。やはり悪い人には見えなかった。

 すると、リオを縛っていた縄の両端が前に移動し、そのまま真一の隣までやって来た。その両先端にはヨウとトトがいるのだが、リオには当然見えない。リオは一人その様子を見て「おぉ、縄が浮いてる!」などと驚きの声を上げている。

「はいこれ。じゃ、案内しようか。僕の後を付いてきてね」

 トトは縄を真一に手渡した後、頭上に浮かび上がり少し前を飛び始めた。ヨウも縄を真一に手渡すとそのまま肩にしがみ付いた。

 そして真一も、トトに遅れないよう歩み始める。

「わしが寝た後、トトと何か会話したんか?」

「……あぁしたよ」

 少し歩くとヨウが口を開いた。顔色を伺えば悪くはない。ぐっすり休んだせいなのか体調はよくなったようだった。

「何を話したんじゃ?」

 真一はヨウから視線をはずし、前を見据えた。

 マスターが死ねば使魔も死ぬ、その事実を知ることができた。が、どうしてもヨウに対する疑念を取り払えない。

 真一とヨウは、前マスターへ行くという同じ目的を持った者同士で、それ以外の目的はない。つまり友情など特に必要ないのだ。助けたのも自分の命を守るため、それが理由であろうと文句を言う資格はない。それに対して疑問投げかけるなど、真一には勇気も気力もなかった。

「……プレサモンで召喚したもんは、約一時間しかいられねぇこと。あとはお前らのことやら、アラウのことなんかだよ」

「ほう、そうか。あやつも見た目以上にしゃべるんじゃのぉ」

 ヨウはちらりとトトを見上げた。

 そんな横顔を見た真一は思わずため息を漏らした。

「なんじゃ?」

「別に」

 考えても仕方ない。そうは思っても心に引っかかった。しかし今の真一には聞くことはできなかった。

 ――どうせ前マスターへ届けるまでの関係だ。

 そう思い、この疑念はなんとかして忘れようと心がけることにした。それがお互いのためだと思った。

「……シン、お前本当に危ない人か?」

 後ろから黙って様子を眺めていたリオが心配そうに声をかけた。リオには使魔が見えなかった。


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