表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第三章 潤いの町トトロイ
26/77

【第二十四話】 赤髪の負傷者

 ピィは翼を畳むとさっそく言葉を発した。

「真一さん戻りました」

「おつかれ。水はあったか?」

 ピィは一つ頷いた。

「ここから少し行った場所に、綺麗な水が湧き出ている場所がありました。ですがそこに少し気になる人が……」

「気になる人?」

 すると、ピィは背を向け再び翼を広げた。

「人がいたんですが、身動き一つしないんです。すぐに案内します」

「わかった、頼む」

 真一は渋いリンゴを手に持ったまま、ピィの後を追った。


 ピィは迷うことなく進んで行った。真一は砂に足を捕らわれながらも、急ぎ足で進んで行く。

 やがて、日光を反射しているような地面が見えた。反射する光に、目を眩ませながらも近づいて見ると、そこに小さな水溜りがあった。淵は大きな岩が囲み、中の水は透き通っていて、底の砂まで鮮明にはっきりと見える。底から小さな泡がいくつか浮き上がっており、どうやら水が湧き出ているらしかった。

 と、その水溜りの反対側に人が倒れていることに気がついた。うつ伏せの状態で、薄茶色のローブにフードを被り動く気配がない。真一はすぐさま駆け寄った。

「おい! 大丈夫か?」

 持っていた荷物を砂の上に置き、その人物の肩を持ち仰向けにした。

 見えた顔は目が閉じられ、凛々しい太い眉に口は半開きの状態だった。頬には火傷らしき生々しい傷もある。

 と、仰向けにしたせいなのか被っていたフードが取れた。そこから出てきたのは――赤髪の団子頭だった。

「なっ……赤髪じゃと!」

 見た瞬間、真一も珍しいと思ったが、ヨウは目を見開き驚いていた。トトも険しい表情で地上へと降り、男の口元に手をやった。

「……息があるよ。まだ死んでない」

 男は全身火傷を負っているようだった。薄茶色のローブは所々黒く焦げている。顔はもちろん腕やふともも、特に背中がひどかった。ローブを焼き裂き、見える肌は赤くただれ、中心部は黒く焦げていた。生きているのが不思議なほどだった。

「どうしてエルモ国の人間がアラウにおるんじゃ? 警備に穴でもあるのか!」

 険しい表情でヨウは男を見下ろした。歯を食いしばり、力が入っている。

「エルモ国? ……そう言えば、マスクがそんなこと言っていたような。でもそれがどうしたんだよ」

「アラウの民は紫色の髪が特徴じゃ。そして、エルモ国は赤髪が特徴……。こやつは紛れもなく、エルモの者じゃ」

「あぁだから赤髪か。……なんでお前そこまで警戒してんだよ」

 ヨウもトトも、怪我人を見守る目ではなかった。人ではなく物を見下ろしているようだった。心配するような素振りもない。倒れている男に対する憎しみのような感情が、その態度から見て取れた。

「エルモ国はトトロイから東にある大きな国じゃ。アラウ国とエルモ国との国境は長い川なんじゃが、それぞれ対岸に軍の者がおると聞く。常に睨み合いが続いておるんじゃ。……意味がわかるかの?」

「……戦争でもしてんのか?」

 ヨウは目を閉じ、俯き加減に首を横に振った。

「今は……しておらん。アラウ国王は、争いをもっとも嫌う人じゃからな……。じゃが対立はしておる」

 神妙な面持ちで呆然と地面を見つめていた。しばらく沈黙が流れたが、トトが大きく息を吐いた。

「……で、このエルモ人どうしようか? 気を失っているし、このまま引きずってトトロイの派遣所にでも届けようか」

 そう言うと火傷をしている腕をおもむろに握り締めた。赤い皮膚に小さな手が握り締めている。

 男は気を失っているため何の反応も示さなかったが、見ている真一が顔を歪めた。

「おい、そこ火傷してんだぞ。……引きずるどうこうの前に治療が先だろ。こんだけ火傷してんだ、早く手当てしてやらないと」

 ゆっくりと頭を下げていき、砂の上に仰向けに寝かせた。男は口を半開きのままびくともしない。

 一方、トトは握り締めている腕を離すことなく、怪訝な顔をしていた。

「ヨウさんのマスターは正気かい? 敵を治療する、なんて言った人間は初めてだよ」

「シンイチは事情を知らんからな……」

 ヨウも目を伏せがちに呟いた。肩にしがみ付いたまま降りる素振りも見せず、ただ男を見下ろしている。

 男がいつから倒れているのかわからなかったが、早く手当てをしなければ命に関わることは明らかだった。男の唇はひび割れ、手の甲にも火傷を負っている。

 無表情のまま見下ろす二人の使魔を前に、真一は大きくため息を吐いた。そして、トートバックの中からハンカチを取り出した。

「シンイチ、何をするつもりじゃ?」

 水溜りの淵へ行き、ハンカチを水の中に入れた。水分を十分に含ませた上で弱く絞る。薄い青だったハンカチは、水により濃い青へと変化した。それを手に男の元へ駆け寄り跪いた。そして、男の頬にある火傷の上にハンカチをそっと置いた。

「手当てに決まってんだろ。お前らが治療する気がないなら、俺がやる」

 トトは火傷した所を握り締めていたが、真一はそれ見て無理矢理離した。トトは小さく「あっ」と言ったが、真一は無視した。ハンカチを取り、その腕の火傷に当てる。ハンカチは照りつける日差しと火傷のせいで、すでに温まっていた。

「そんなこと、やっても無駄だよ?」

 真一は黙ったまま、水溜りと男の間を行き来した。火傷の箇所に冷たいハンカチを当て、冷たくなくなれば水に浸し、また火傷に当てる。

 ヨウは、真一の真剣な横顔を複雑そうな表情で眺めていた。トトも、やめようとしない真一にため息を漏らした。

「……くそっ」

 何度か往復した後、真一は思わず舌打ちをした。

 冷たいはずのハンカチを当てても男は反応しない。顔を歪めることも、うめき声を出すこともない。真一の行為を黙って受けているだけだった。

 地球にいるなら、携帯で救急車を呼んでそれで終わりだった。しかし、今携帯は持っていないし、あったとしても電話など繋がるはずもない。では応急手当をすればいいと思っても、やり方など知らなかった。知っていることは、火傷は冷やせばいいという風説だけだった。その通りにやってみたものの、余りに頼りない行為だった。

 自分の情けなさに思わず手が止まる。火傷は赤いままで、治まった気配もない。

 アラウ国とエルモ国が対立していようが、真一には関係のないことだった。あくまで、真一の目的はヨウを前マスターに返すことである。アラウ人だろうがエルモ人だろうが、目の前にいるのは同じ人間だった。

 エルモ人だから治療をしない。真一はそんな考えが信じられなかった。意地でも自分一人で治してやろうと思った。

 しかし――ここまでが限界だった。このまま冷たいハンカチを当て続けても、命が救えるとは思えなかった。あくまで、その場での処置でしかない。

 真一は苛立ちを隠すように俯き、拳を振るわせた。

「もういいシンイチ」

 その声にはっとして顔を上げた。見れば、大きく息を吐きながら頭を振るヨウがいた。

「シンイチは十分やった。後はわしにまかせろ。……回復魔術を施す」

「お前……」

 ヨウは肩から降りた。そして男の元へ近づくと、身体の上に腕を伸ばし手を広げた。しかし、これを見たトトがすぐさま叫んだ。

「ヨウさん! どうして? これはエルモ人なんだよ! 僕らの、アラウの敵なんだよ。回復魔術を施して、逆に襲われたらどうするの!」

「その時はその時じゃ。わしら三人でやれば、縛り上げることぐらいできるじゃろ」

「そんな無駄なこと……。このまま町へ持っていけばいいじゃないか。敵なんだ、生きようが死のうが関係ないね」

 トトは腕組みをし、顔を背けた。頬をいっぱいに膨らませ、気に食わないようだった。

「その様子じゃ、トトは回復魔術を手伝ってくれそうにはないの……」

「当たり前じゃないか」

 ヨウは大きくため息をついた後、再び真剣な表情となった。仰向けに倒れている男を見据え、掌に力を入れる。

 すると、ゆっくりと青い光が掌から膨れてくる。それぞれ片手に膨らんでいた青い光は、合わさり一つとなった。合わさった後もどんどんと膨らんでいく。そして、その膨らみが男に触れたとき、ゆっくりと青い光が身体全体に広がっていった。腹部からそれぞれ頭と足先に向かって、ゆっくりゆっくりと流れていく。

 ヨウは眉間に皺を寄せ、伸ばしている腕は細かく震えていた。

 そして、青い光が男の身体全体を包み込んだ。

「ぬぅ……」

 ヨウは唸り声を出しつつ、なお掌に力を入れる。そのためか震えが大きくなった。顔も力み歪んでいる。

 男を見れば、腕や太もも、顔などの火傷が徐々にではあるが薄くなっていった。所々あった黒く焦げた肌はすでにない。あとは赤みを消すだけ――真一がそう思った矢先、青い光が引き始めた。引く早さはあっという間で、すぐさま男の身体から消えうせてしまった。

「も、もうだめじゃ!」

 そう叫ぶと、ヨウは後ろへと倒れこんだ。顔には汗が流れ、ぜえぜえと呼吸をしながら息を整えていた。

「これぐらいの怪我を完治できないなんて……どうしたの?」

 トトが首を傾げヨウを見下ろした。ヨウは薄っすらを目を開け、呼吸が落ち着いたところで口を開いた。

「……ま、魔力がの……少ないんじゃ。これでも、増えた方じゃ」

「ふーん。でも、ヨウさん苦しそうだね。水魔元素使い果たしちゃった?」

 トトは倒れるヨウを見ても、手伝う気にはならないようだった。その場に座り込み、服の袖でヨウの汗を拭っている。

「しばらく動けん。シンイチ、悪いが今日はここで野宿じゃ。……これぐらいは許してくれるかの?」

 男を見ればやはり意識は戻っていない。このまま放置するのも中途半端のように思えた。

 倒れているヨウもヨウだった。今でも荒い息をしていて、小さな身体が膨らんだり萎んだりしていた。身体にこれ以上の負担をかけると、また気を失うかもしれない。

「無理することねぇよ……それより」

「……ん」

 真一は視線落としたまま、つぶやくように言った。

「結局お前の魔術に頼っちまった」

 すると、ヨウはふっと笑みを見せた。

「何を言っておる。使魔は、マスターと一心同体じゃ、よ。悪いが……寝る、ぞ」

 そう言い終えると、すぐに寝息が聞こえ始めた。ヨウは寝てしまったらしい。そんな姿を見て、真一は思わず頬を緩ませた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ