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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第二章 港町シトモン
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【第十九話】 先生の言葉

 ひたすら薄暗い通路を走る。ヨウを先頭に、ライトの指を握り先導していた。目の見えないライトは指を引っ張られるまま走っている。一方、最後尾の真一は後ろを気にしつつ走っていた。扉からは離れたものの、扉を叩く凄まじい音は扉が見えなくなってからも聞こえた。扉を突き破り追ってくるのも時間の問題だった。

「これどこに繋がってんだよ!」

 走りながら前を行くヨウへ話しかけた。ヨウは前を見据えたまま口を開いた。

「わしが知るわけなかろう! とにかく行くしかないんじゃ。もし行き止まりじゃったら、わしがどうにかしてやる」

「また気失うだけなんじゃねぇのか」

 その言葉にヨウは黙り込んでしまった。どうせ無茶をするんだろう――そう真一は思った。どうして必死に守ろうとするのかは知らないが、貸しを作っているようで嫌だった。だったら自分がどうにかしなければいけない。そうは思っても身体が付いてこないのが実情だった。

 一本道の通路を走っていると、急に広い洞窟のような場所に出てきた。鍾乳洞のような切り立った岩が上からも下からも伸びている。どこからともなく水滴の音がこだまし、まるで別世界へと来たような感覚となった。走ってきた通路は普通の岩肌だったが、この洞窟は足場も安定しないまさに洞窟だった。見上げれば天井は高く、左右の壁はなくなり広い洞窟が奥まで続いている。

「な、なんでいきなり洞窟なんだよ」

「……そういえば」

 息を整えながらライトが言った。

「前、森を歩いていると足元から冷たい空気が流れてくるのを感じました。今思えば、その流れていた空気の根源はここかもしれません」

「どういうことじゃ?」

「幼い頃、まだ視力がある時森へ来たことがあるんです。記憶が薄れているんですが、洞窟らしき入り口を見た覚えがあって……ですから、たぶん……」

 自信がないのか語尾を小さく消えるような声で言った。見かねたヨウが咳払いをした。

「要するにじゃ。ライトの記憶が正しければ、最近感じた冷たい空気は洞窟からだと。そしてどこかに出口があると。そういうことじゃな」

「は、はい」

 それ以上問いただすことなく、真一とヨウはじっと上を見上げた。が、暗くて光などなかった。足元にはさらった奴らが利用していたのか、灯りがところどころ灯っている。がその光が天井まで届くはずがない。じっと洞窟の奥を見ていると――光が見えた。

 灯りの揺らめきではなく、はっきりとした光が差し込んでいた。思わずヨウは指差した。

「シンイチ、あの奥じゃ。あそこがきっと出口じゃ」

「……何か光が差し込んでいるようにも見えるな。さっさと行こう」

 そう言って一歩踏み出した。が、突然通路からバサバサと静かに羽ばたく羽根音が迫ってきた。

 その音に三人とも振り返り通路を凝視した。

 通路から飛び出たのはツバメ五匹だった。真一たちを見るなり五匹とも甲高い声で鳴いた。その鳴き声が洞窟内に響き渡り、思わず耳を塞いだ。

「くそ! とにかくお前は女を連れて走れ!」

「じゃがシンイチは……」

「俺はいいんだよ! 女が怪我でもしたら本当に証がもらえねぇかもしれねぇだろ! わかったならさっさと行け!」

 今までにない真一の気迫に、ヨウは言葉を飲み込みライトの指を引いた。

「シンイチさん? どうして、一緒に行きましょう? きっと三人で行っても先ほどのように逃げ切れます」

「それが無理そうじゃからシンイチがあのように言ったんじゃ。お主は見えておらんからわからんじゃろうが、あの魔物ども素早いんじゃ」

「だったらなおのことです! わ、私だってイシャイナーなんです。お役に立てることだってあります!」

 すると、真一が黙ったままライトに近づいた。そして、ライトの手を取るとトートバックを手渡した。

「はっきり言って、いても邪魔なんだ。俺は平気だから行ってくれ。あと、これ。弓引くのに邪魔だから持っててくれ」

「で、でも……!」

「ええから行くんじゃ!」

 半ば無理矢理ライトを引っ張って行った。不安定な足場に転びそうになりながらも、ヨウは懸命に誘導をする。

「外に出たら戻るからの! 絶対無事でおるんじゃぞ!」

 真一は手を挙げて応え、頭上に浮かぶツバメたちに集中した。

 全部で五匹。矢筒の中にある矢は四本。仮に全て当てたとしても、一匹残ってしまう。そもそも、あんなに小さく素早いツバメに矢なんて当たることができるのだろうか。一人見上げる真一は急に不安に襲われた。薄暗い洞窟内だというのに、ツバメたちのくちばしは光って見える。あれに刺されてしまったら――思わず身震いしてしまった。

 ひとまず準備はしなければいけない。開けている背中の矢筒の中から一本矢を取り出した。矢筒の中は残り三本。取り出した矢を見ながらそんなことを考えていた。が、ツバメは構うことなく五匹の内一匹が鋭いくちばしを向け、真一へと急降下してきた。

 その殺気に気づきすぐさま横へと転がった。しかし先ほどの広場とは違い、ごつごつとした岩肌に背中が痛んだ。

「くそ、転がって避けるのはやめよ……って!」

 手を付き起き上がろうとする真一に、また別のツバメが急降下してきたのだ。

 今度は後ろへジャンプして避ける真一。急降下してきたツバメは岩に激突することなく、すぐさま浮上し真一を見下ろしていた。するとまた、残った三匹が一斉に真一目掛け飛んできた。それには思わず背を向け、咄嗟に大きな岩陰へと身を隠した。するとツバメは再び浮上し、探しているかのようにまた甲高い鳴き声をあげた。

「なんだって俺がこんな目に合わなきゃなんねぇんだよ。……あぁくそ! あんな高校生活でも恋しいぜ、全く!」

 覚悟を決めたかのようにそう叫ぶと、すぐさま弓に矢を番え弓を打ち起こした状態で岩陰から出た。

 ツバメが二匹近くにいた。内、一匹はすぐに真一に気がつき、鋭いくちばしを向け飛び掛ってきた。

 真一はなんとか自身を落ち着かせ、飛び掛っているツバメに狙いを定めた。

 当てなければいけない、当てなかったら――無意識でもそう考えてしまい手に力が入る。当てたい、当てなければ。

 引き分けるとその状態を維持することなくすぐさま矢を放った。弓から放たれた矢は真っ直ぐ飛んでいく。

 が、無常にもツバメの横を通り過ぎた。

 矢が岩に当たる音と、ツバメのくちばしが目の前にやって来たのがほぼ同時だった。

 真一は咄嗟に左に身体の重心を移動させ倒れるように避けた。ツバメのくちばしが頬をかすめ、長い切り傷を負った。それでもなんとかツバメを避けることができた。しかし倒れた場所が悪かった。丁度岩が隆起しており、そこに頭を強くぶつけてしまった。その衝撃で真一の意識は遠のいていく――。

 

    ◇   ◇


「当てようと思っちゃいかん。当てよう当てようと思いながら引く射では、絶対に的には当たらん」

 いつかの先生の言葉だった。試合前だったと思う。個人戦の結果でみんなを見返してやろうと必死になって弓を引いていた。が、先生はそんな俺を叱った。

「何事も基本が大事だ。そんな雑な射では駄目だ。試合だろうと、普段通りの射でやればいい。そうすれば自ずと結果は付いてくる」

「じゃあ先生、試合中の射は何を思いながら引けばいいんですか? 負けたくないって思いながら弓を引けばいいんですか?」

「それも違う」

 先生は遠くにある的を眺めた。

「萩野くん。射法八節(しゃほうはっせつ)と言う言葉はもちろん知っているだろ?」

「はい。弓を引く動作のことで、足踏み、胴造り、弓構え(ゆがまえ)、打ち起こし、引き分け、(かい)、離れ、残心(ざんしん)の八つの動作です」

「その通り。それら全て大事なこと。一つでも怠ればそれは正しい射ではない。弓道は正しい動作で行えば、必ず的に当たるようになっている。あとは、弓の重さによって矢先の高さを調節すればいい」

「……はい」

 高さが違っているのか。しかし、放った矢は的とは全然違う所へ突き刺さっている。高さだけのせいではないような気がした。

「試合中も練習時と同様、射法八節の動作一つ一つを確認しながら引けばいい。そうすれば当たるさ。萩野くんは良い射なんだ。焦る必要なんて全くない」

「はい……ありがとうございました」

「さぁもう一度。見てあげるから引いてみなさい」

 

    ◇    ◇


 はっとして起き上がった。見上げればツバメたちが真一を見下ろしていた。どうやら気を失っていたのは一瞬だったらしい。痛む頭に手を当てれば血がついた。思わずぎょっとしたが、それどころではない。すぐさま立ち上がりツバメたちを睨みつけた。と、足元に何かが転がった。視線を落とすと、そこにはピィがいた。

「ピィ! お前ずっと頭の上に乗ってたのか? ってお前も怪我してるじゃねぇか!」

 ふわふわの黄色い毛に赤い血がつき、固まっている。抱え上げようと持ち上げるが、ピィは自ら地面に落ちた。

「ピッ!」

 怒っているかのように真一に向かい鳴き声をあげた。そして何を思ったのか、ツバメたちに向かって威嚇するように再び鳴き声をあげた。

「ピィィ! ピィィ!」

 すると、その鳴き声に反応して五匹ともがピィを見下ろした。ピィの鳴き声が聞こえないほどの甲高い鳴き声を上げる。あまりのうるささにまた真一は耳を塞いだ。

「ピィ何やってんだ! いいからお前もさっさと洞窟から出ろ!」

「ピッ」

 逃げるどころか、ピィ自ら五匹に向かってちょこちょこと走り出した。五匹の真下に行くと再び鳴いた。まるで挑発しているかのように見える。すると、ツバメたちは一気に急降下をし、ピィに向かってくちばしを向けた。

「馬鹿!」

 が、なんとかピィは避けている。

 それでもかすめているのか、毛に血が染み渡っている。しかし、ツバメは構うことなく次から次へと急降下しピィに攻撃をしていた。ピィは丸い体を活かし転がるように避けているが、あれではくちばしに刺さってしまうのも時間の問題だった。

 ピィの奮闘ぶりを見ているうちに、はっと気づいた。――ピィは的になっているのではないか、と。だったらそれを無駄にすることはできない。

 真一は比較的平たい岩の上に移動し、足踏みをした。

『射法八節の動作一つ一つを確認しながら引けばいい。そうすれば当たるさ』

 短い夢の中の先生がそう言った。確かに先ほどは焦りがあった。真一は自嘲ぎみに笑った。


 三年間弓道ばかりをやって来た。『糞真面目の萩野』。そんな言葉が同級生の間に広がった。それでも一人弓道に明け暮れた。自分でもいつから弓道に対し真剣になったのかわからない。ただ、馬鹿にする奴らを見返してやりたかった。自分は真面目ではない、ただ弓を引きたかった。それがいつの間にか真剣に弓道と向き合うようになっていただけだった。が、同級生たちはそれを糞真面目だと言う。誉めているのではない、馬鹿にしているのだ。適当に部活を流す同級生。そんな奴らも同じように弓を引く。

 腹が立った。そんな奴らと同じ場所で弓を引く自分にも腹が立った。そして、自分一人ではどうすることもできない無力さに腹が立った。

 真剣に取り組むことを貶される。貶されるなら群れなければいい。いつの間にかそんな考えが出来上がっていた。弓道は幸いにも個人種目だった。その結果で見返せばいいと思った。俺とお前らは違う、と。

 その中でも先生だけは最後まで自分を信じてくれた。自分の意見を真剣に受け止めてくれ、それに応えてくれる。そんな先生の期待だけは絶対に裏切りたくない。

 先生の言葉が頭の中で反芻する。


 胴造り。背筋をを伸ばし腕を少し湾曲させる。弓の上から視線を下ろしていき矢を通じて的を見据える。――的となるツバメは、一匹上空におり、他の四匹がピィを攻撃する様子を眺めていた。

 弓構え。弦にかけを引っ掛ける。軽く握る。力んではいけない。そして、再び視線をツバメへと移動し集中を高めていく。

 打ち起こし。ゆっくりと弓が倒れないように、真っ直ぐと。矢は地面と平行に。頭の斜め上ぐらいまで弓を持ち上げる。

 引き分け。弓を持つ左手は押すように、弦を引く右手は力まないように。ひじが後ろに引っ張られるイメージで弦を引いていく。

 会。無心に。短くても長くてもいけない。離そうと思ってもいけない。徐々にかけの中の親指の力を抜いていく。

 離れ。離す瞬間に、右手が弦に負けて戻ってはいけない。中から割って開くようなイメージで、離す。

"バシッ"

 弓から矢が真っ直ぐ放たれた。狙い通りに真っ直ぐ飛んでいく矢は逸れることなくツバメへと飛んでいく。そして、ツバメが気づくことなく矢は命中した。

 それを見届けた真一は最後の動作、残心をする。伸ばしていた両腕をゆっくりと腰へと戻した。

「よし」

 ツバメたちの動きが一瞬にして止まった。落とされたツバメはそのまま動かなくなり、前と同様に黒い砂へと化していった。突き刺さっている矢も巻き込まれるように消えてしまった。ツバメたちの注意が一気に真一へと注がれる。それでも真一は焦ることなく、次の矢を取り出し、番えている。

 ツバメは再び甲高く鳴くと、今にも真一へと突進する構えを見せた。が、しかし。

「ピ、ピィィ!」

 血まみれのピィが思いっきり鳴き、一瞬注意が逸れた。それを真一は見逃さなかった。

 再び射法八節の動作を注意しながら弓を引く。そして、先ほどと同様無心で矢を放った。

"バシッ"

 矢が見事に命中し、音もなく落ちるツバメ。それを確認すると、すぐさま次の矢を矢筒から取り出す。残ったツバメ三匹は、一気に真一の元へと突進をしてきた。ピィが再び鳴いたが今度は通用しなかった。真っ直ぐ真一だけに向かっている。

 が、真一は逃げることはなかった。狙い定めたツバメだけに集中し、動作を速めるわけでもなくいつもどおりに弓を引く。――大丈夫だ、そう自分に言い聞かせた。

"バシッ"

 向かってくる一匹のツバメに矢が命中し、そのままツバメは崩れ落ちていった。が、残った二匹は構うことなく真一に鋭いくちばしを向け飛んできた。

 真一は咄嗟に動き、くちばしが刺さることはなかった。が、くちばしが左わき腹と右肩をかすめ、その部分のローブが切り裂かれた。

「……くそっ!」

 思わず屈みこみ傷口を押さえると血で濡れた。破れたローブは傷口から赤く染まっていく。傷口がズキズキと痛み握っていた弓が手から落ちる。立ち上がるのでさえ困難なほどだった。

 そこへゆっくりとした歩調でピィがやって来た。ピィも全身血だらけで、痛々しい姿だった。それでも真一の姿を見るなり、身体に自分をこすり付け心配しているかのように弱々しく鳴いた。そんなピィの頭にポンッと手を置いた。

「大丈夫だ。でも、もう弓は……。痛くて手に力は入らねぇし、矢筒の中ももう空っぽだ。それより、ピィの怪我の方がやばいな」

 真一はピィを大事そうに抱える。両腕の中にいるピィが温かく、思わずほっとした。そして、歯を食いしばりながらもゆっくりと立ち上がった。頭上では残り二匹のツバメがじっと様子を伺うかのように見下ろしている。

「あいつが戻ってくるまで逃げるしかねぇ。動くなよ、ピィ」

「ピィ……」

 力なく鳴くピィ。そして、真一は地面を蹴り上げると光が漏れている方を目指し一気に走り始めた。

 このまま足場の悪い洞窟内にいるのは危険だと判断した。少しでも出口に近づいて早く出なければ――。しかし、ツバメたちはそれを阻止するかのように真一の行く手の頭上に飛んでいくと、真正面から急降下してきた。

 横へ避ける間もなく、真一は屈んだ。が、背中をくちばしがかすめ、背負っていた矢筒の紐が切れてしまった。

「ぐっ……く、くそ! 邪魔すんじゃねぇよ!」

 そんな真一の叫びもツバメたちは無表情に見下ろすだけだった。


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