【第二話】 予感
真正面に浮かぶヨウを、怪訝そうに真一は見ていた。
「地球ではないって、じゃあどこなんだよ」
「アラウという国じゃ。別の星にある」
「別の星? なんだそれ。……もしそうなら、お前どうやってそっから来たんだよ」
「異空間移動というやつじゃ。アラウでは使えるやつがぼちぼちおる。じゃが……なぜ地球に来たのかどうも思い出せん」
「……マジかよ、嘘くせぇなぁ」
すると、道場の入り口から弓と矢を持った先生が入ってきた。
「萩野くん? 誰かいるのかな?」
「あ。……あの、こいつは……」
空から落ちてきた妖精です、とは言えなかった。どうしようかと視線を泳がせている真一に対して、先生は不思議そうに首を傾げる。
「はて……どの方のことかな。道場にはあなた以外いないんだが」
「えっ」
その言葉に驚き思わずヨウに顔を向けた。確かに真一の目の前に浮いている。それを確認し再び先生を見た。どちらを何度見ても互いに見える位置にいる。
きょろきょろと頭を振る真一を尻目に、先生はしびれを切らし咳払いをした。
「……虫でもいたかね? 気になりはするだろうが、集中を切らしてはいかん。一射一射気持ちを込めて弓を引きなさい」
「は、はい」
そう言い終えると、先生は真一より一つ前の的で弓を引き始めた。
道場に張り詰める空気。床に弓がつく音と弦を引く音、そして的に射る音のみが響き渡る。先生の沈黙の注意に対して、真一も目の前にいるヨウから気持ちを切り替え的に集中し始めた。
が、ヨウはこの場の雰囲気を飲み込むことができなかった。
「おい、シンイチ。なぜ黙る必要があるんじゃ。わしの話は終わっとらんぞ。あちらの爺の言うことは素直に聞くくせに、わしの言うことは聞けんのか」
真一の耳にはちゃんとした声量でヨウの声が聞こえている。この声量なら前にいる先生にも聞こえているはずだった。しかし、先生は黙々と弓を引いている。
不思議そうに先生を眺める真一に対し、ヨウはため息を漏らした。
「……あの爺にはわしの姿は見えん。というより、シンイチにしかわしは見えん。……まぁ本当はシンイチにも見えないはずじゃったんじゃがの」
虚ろな表情だった。しかし、すぐさま鋭い視線を真一へと送る。
「とにかく責任を取ってもらうぞ。シンイチがわしのマスターになってしまったのは変えようのない事実じゃ。じゃから、アラウに出かける仕度をせい」
肩幅に足を広げていた真一だったが、足を静かに揃え直す。
「……先生、すいません。トイレに行ってもよろしいですか?」
「あぁ、行って来なさい」
真一は出入り口に向かうと、そのまま道場に向かって一礼をし廊下に出た。ヨウも真一の後をついて行く。廊下にある弓を立てかける台に弓を置くと、そのまま黙ってトイレへと向かった。今道場には先生と真一しかいないので、トイレには当然誰もいない。
入ってドアを閉めるなり、真一はヨウのほうに振り返り叫んだ。
「今から仕度しろだと? 俺はそれなりに忙しいんだよ!」
眉間に皺を寄せながらなお続ける。
「あの人は俺の弓道の先生なんだ! こっちが集中してんのに近くでぺちゃくちゃしゃべんな!」
頭に血が上っている真一に対し、ヨウは臆することなく涼しい表情だった。
「キュウドウ、というのか。初めて見るの。それはどれぐらいやらねばならんことなんじゃ?」
「さっき来たばっかなのに帰れるか。……お前俺が弓引いてる間どっかいっとけよ、邪魔なんだよ」
「それはできん。さっさとアラウに行かねばならん。それに……」
そう言うとヨウは考え込むように、難しい表情で地面に視線を落とした。
「……それに何だよ」
なかなか言葉を発しないヨウに、真一も勢いを失い言葉の続きが気になった。
その声にヨウは険しい表情で真一を見た。
「悪い予感がするんじゃ」
「は? 悪い予感?」
「……ともかくそのキュウドウとやらが終わったあとでもいい、早めに切り上げるんじゃ。おそらくわしだけではなく……」
とヨウが言いかけた時、道場の方から先生の大きな声が聞こえてきた。
「わあぁぁぁ!」
その声に真一がすぐさまトイレのドアを開けた。
「今の声って先生? 一体……」
「やはりか」
困惑する真一の横で、真一の左肩にしがみついたヨウが真剣な表情で言った。
「アラウから来たのはわしだけではなかったんじゃ」
「はぁ? ったくそれを早く言えよ!」
トイレから飛び出た真一は一目散に道場へと走って行った。