【第十八話】 襲撃
扉の中央が壊され扉を叩く音が鳴り止んだ。遠目から穴を覗けば、向こうには薄暗い広場が見えている。が、人の姿が見えなかった。
鳴り止んだのを安心したのか、真一はゆっくりとその穴に近づいた。そして、顔を近づけていく。
「シンイチ、引くんじゃ!」
ところが、突然ヨウが大きな声を出した。それに驚き、真一はすぐさま穴から身を引いた。
そのすぐ後だった。いきなり穴から尖った黒いものが突き出してきた。しかし、それはすぐに引っ込んだ。いきなりのことで息を呑んだ真一は戸惑いを隠せない表情だった。
「なっなんだよ……今のは」
そう言ったや否や、またその穴から今度は鳥のような頭が黒いくちばしを突き出してきた。
小さいながらも先鋭のくちばし。そして、頭の上に少し赤みかかり、くちばしより下の部分が少し白い。見たことのある頭だった。その特色のある頭にすぐさまある鳥が思い浮かんだ。
「ツバメか? なんでこんな所に……」
「ピィィィ! ピィィィ!」
口を大きく開け甲高い鳴き声をあげた。しかし、すぐまた頭を抜き姿を消してしまった。
「い、今の音は……な、何ですか? あんな音、私、聞いたことありません」
真一の後ろにいるライトは、真一のローブの裾を掴むと震え始めた。見れば顔を俯かせ、怖さを我慢しているのか唇を噛み締めている。
「ツバメだよ……あぁ、魔物だ。心配すんな、入ってこれねぇみたいだから」
と言ったものの、嫌に静かな扉に不気味ささえ感じる。が真一は、落ち着いていた。怖がるライトを見たせいなのかもしれない。それに、女と一緒に怯える男と言うのも格好が悪い。強がるつもりはないものの、パニックになるほどの焦りは感じなかった。
ツバメがいるとわかったにしろ、数がどれぐらいいるのかわからなかった。激しく扉を叩いたのは一匹や二匹ではできないだろう。三匹なのか、それとももっと多いのか――。そう真一は考えていたが、急に何かを思い出したように目を見開くと慌てた様子で矢筒の中を確認し始めた。
「どうしたんじゃ?」
「……矢が後四本しかねぇ」
「なんじゃと?」
ヨウも矢筒の中を覗き込んだ。確かに矢が四本しか入っていなかった。真一は矢筒から全ての矢を取り出し、矢筒を逆さまにしたが、当然それ以上矢は出てこない。
元々矢を購入した時、六本セットとなっている。内、一本は最初に道場でカラスが襲撃した時に放ち、もう一本はダリィを助ける際に放っていた。よく考えれば、カラスが消滅した際矢も一緒に砂へと化していた。今更ながら気づいた真一は、悔しそうに頭を掻いた。
「あぁくそ! ……でもまぁ、どうせこんな部屋じゃ弓は引けねぇか。とにかく、ここから出た方がいいんじゃねぇのか? 音しなくなったし」
ヨウもじっと扉を睨みつけた。どこへ行ったのか、ツバメの鳴き声さえしない。
「そう……じゃの。早く地上へ出てマスクに協力してもらったほうがええ」
そして、真一は振り返りライトの手を握った。まだ少し震えている。ライトは眉を八の字にし、顔を上げた。
「で、出るんですか? 大丈夫なんですか?」
「あぁ。大丈夫だから心配すんな」
「は、はい」
真一はぐっとライトを引っ張り上げた。ふらつきながらライトは立ち上がり、すぐさまぴったりと真一の腕に絡みついた。腕をぎゅっと握り締め、身体までも左腕に寄り添っている。
「あの……さ。別に腕を持つのはいいんだけど、動きづらい」
「あ、す、すいません」
すぐさま左腕から身体を離した。それを見たヨウは真一の肩から離れ、ライトの前に浮かぶとその左手を握った。小さな手がライトの指を握り締めている。
「心配するな、わしがそばにおろう。わしも、男にしがみつくより、女子手を握る方がええしのぉ」
「は、はぁ」
真一は矢を矢筒の中に戻した後、そのまま肩から提げ背中に背負った。トートバックも肩に提げる。置いていた弓と拾いながら、真一は上機嫌に笑うヨウを呆れた目つきで見た。ニコニコと嬉しそうに笑っている。そんなヨウから目を離し、恐る恐る扉に近づいて行った。
また穴からくちばしが出てくるかもしれない――そう思うとやはり怖い。遠くから穴から見える範囲を確認し、安全と分かったところで扉を思いっきり蹴った。扉を壊せば置かれている荷物を退かせることができるかもしれない。
何度か蹴っているうちに、木がメキメキという割れるような音が鳴り出しどんどんと破片が床へと落ち始めた。どうやら穴が空いたせいか、もろくなっている。何度も蹴っていると、とうとう一枚の板が外れた。ずり落ちて見えたものは、大きな木の箱のようなものだった。
「こいつを退ければ扉が開くな」
「じゃの。がんばれ、シンイチ」
真一は空いた隙間に手を入れ、もう一枚板を取り払った。そして、空いた空間からその木の箱を押した。なかなか重く、手だけで押しただけではびくともしない。考えた真一は再び弓を壁に立てかけた。そして、気合を入れるように手をこすり合わせ中腰になると、一気に箱を押した。大きな音を出しながら少し前へ動く木の箱。後ろではヨウが心配そうに眺めていた。
どうにか動かし終えた真一は息を切らし荒く呼吸をしている。
「こ、これで……扉が少し開くはずだ」
顔を赤く染めた真一が汗を拭う。隙間から見ると、確かに少しだけ扉と木の箱の間に隙間ができている。
一息ついた後、真一は再び扉に手をかけた。そして、唸り声を出しながら必死に扉を押した。
「くそっ、お、重い! 動け!」
足をつっぱり必死に押している、が扉はなかなか動かない。すると、後ろで立っていたライトがおぼつかない足取りで真一の横へとやって来た。そして一緒になって扉を押し始めた。
「わ、私も手伝います! 全然意味ないかもしれませんけど」
「いや、助かる! いくぞ! ……おい、お前も手伝え!」
じっと見ていたヨウだったが、ため息を漏らすと真一の隣へと飛んできた。
「わし、腕力なんてない」
「うっせぇよ! たまには動け!」
白けた顔をしたまま、ヨウも扉に手をかけた。
「じゃあ行くぞ! せーの!」
息を合わせ三人同時に扉を押した。それぞれ歯を食いしばったり筋を立てながら扉を押していく。すると、少しずつではあったが扉が開いていった。開く隙間から見える広場の灯り。
そして、人一人分の隙間が開き終わり三人は疲れたようにその場に座り込んだ。三人とも息を切らしている。
「あ、開いた……開いたぞ」
「ほ、本当ですか? よかった、です」
「な、なぜ……わしまで」
なんとか息を整えた真一は弓を手に取り、ライトの手を握って立ち上がらせた。ヨウもすぐさまライトの元へ行き、また指を握り締めた。
「あんまりゆっくりしてたら、またツバメ……じゃなかった魔物が帰ってくるかもしれねぇ。俺が先に進むから、後ろ頼んだぞ」
「わかった。……まぁ階段上るだけだしの。ちゃっちゃと行けるじゃろ」
弓を握り締め、扉の隙間からゆっくりと身体を出した。広場は見たときと変わってはいない。周りには何かいるような気配さえ感じなかった。安全だと思った真一はすぐに隙間から手招きをした。
それを見たヨウはゆっくりと飛んで行き、ライトの手をその隙間に当てた。ライトはその隙間の幅を確認するとゆっくりと進んだ。そして、何事もなく部屋から脱出することに成功した。
「よし。じゃ、階段を上がろう。狭いから気をつけろよ」
「はい」
と、階段へ向かおうとした時だった。
何か無数の鳥が羽ばたく音が上から聞こえてきた。かすかに聞こえる程度の小さな音だ。
「……なんだこの音」
思わず足を止めた真一。すると、頭の上のピィが激しく鳴き始めた。頭の上で暴れ小さな羽根をばたつかせている。
「ピィ、どうしたんだ? ……ん、何だ」
小さい音と思っていたが、徐々に音が大きくなっている。
階段を下りてきているのか階段からその音が響いていた。どんどんと近づいてきている。危険だと察した真一はすぐさま振り返り叫んだ。
「どっちかの扉に逃げろ! ツバメが戻ってきた!」
「何? ……なっ! シンイチ! 後ろじゃ!」
その声に真一はすぐさま振り返った。頭上には黒く小さな身体のツバメが五匹、尖ったくちばしを真一へと向けていた。驚きの余り声を出せず唖然としていた真一に対し、ツバメたちは容赦なくそのくちばしを真一目掛け突進させてきた。
「うわっ!」
咄嗟に後ろへと転がり、なんとか避ける。しかし、行き着く間もなくすぐ次のツバメが真一に鋭いくちばしを向けた。
「早く行け!」
「わかっとるわい! ライト、こっちじゃ!」
ヨウは右の扉を引いてみた。すると少し開いた。すぐさまライトの手を隙間に入れ、開けるように促した。察したライトはすぐさま扉を開け中へと入った。
一方真一はぎりぎりのところでツバメの攻撃を避け続けていた。と言うのも、ピィが攻撃が来る一瞬の前に鳴くため、避ける判断が早くなっていた。広場の中央で、まるで踊っているかのように避け続けている真一。目を見開きツバメそれぞれに集中していた。――くちばしが刺さればただではすまない、そう思いながら弓を握り締めている。
「シンイチ! こっちじゃ! 道がある。早く来い!」
その声にすぐさまその扉へと身をねじ込ませた。すぐ扉を閉めたが物凄い音を立てながら扉が揺れている。大方ツバメたちがくちばしで扉を壊そうとしているのだろう。その音に恐怖を抱きながらも前を見た。人一人分の通路が真っ直ぐと続き、点々と灯りが灯っている。
「とにかく、ツバメから離れるんだ。あんた、先行け!」
「で、でも!」
一瞬強張るライト。しかし、ヨウが指をぎゅっと握り締め笑いながら言った。
「なぁに怖がることはない。ライトの使魔がまだおったなら、同じように必死になって守ろうとしたはずじゃ。わしも同じじゃ。その使魔の分もわしが守ってやる」
「……はい」
「よし、笑ろうたの。じゃ、行くぞ!」
ヨウを先頭に、真一たちは薄暗い通路を進んで行く。