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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第二章 港町シトモン
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【第十七話】 見える者

 ライトは返事を待っているかのように、じっとヨウがいる方へ顔を向けている。真一は驚きの余り声を出せないでいた。一方で、ヨウは一つ咳払いをすると口を開いた。

「わしは、使魔のヨウじゃ」

 その声にライトは微笑んで応えた。

 今までヨウの声を聞いた者はいない。真一が見てきた限りではそうだった。イダワ島で会った元軍人のダリィでさえ、使魔の存在は知っていたもののその姿と声までは見えていない。それなのになぜ、盲目の女にヨウの声が届くのか――。真一はライトの顔をじっと見ながら、ようやく声を出した。

「なぁ、あんたは……こいつの声が聞こえるのか?」

「え。は、はい。私、目は悪くても耳は悪くないんですよ」

「いや、そうじゃなくて……」

 くすくすと笑うライトに、問いただすことができなくなってしまった。すると、真一の頭の上から紹介しろと言わんばかりに「ピィ!」と言う鳴き声が響いた。笑っていたライトだったがそれを聞いた途端、びくっとし顔を強張らせた。鳴き声がした方へ、恐る恐る手を伸ばしている。

「い、今の鳴き声は……な、何ですか?」

 真一はふらふらと彷徨っているライトの腕を掴むと、自ら膝を折り曲げピィの元へと導いた。

「ひよこ……じゃなくて、最弱の雛だよ。ピィって言うんだ」

「うわぁふわふわ。よろしくね、ピィさん」

 ライトは優しくピィを撫で、ピィも気持ちいいのかうっとりとしている。少し撫でさせた後、真一はゆっくりと立ち上がった。

 痛む背中と頭を気にしつつも再び扉に手をかけた。が、やはり扉はびくともしない。

「困ったの。……上におるマスクとやらが気がつくまで、じっとしておるしかあるまい」

「だな。……奴ら階段上がって行ったみたいだけど、あいつ大丈夫かな」

 真一は開けることを諦め、壁にもたれそのまま座り込んだ。弓を壁に立て掛け、矢筒もトートバックも下ろした。ふとライトを見れば扉に背中をもたれ立ったままだった。

「あんたも座れよ。こんな状況じゃどうもできねぇよ」

「え、えぇ。……早く気づけばこんなことには。本当にすいませんでした」 

「ん、なんで謝るんだよ?」

 申し訳なさそうに顔を俯かせている。壁伝いに歩いて行き、真一の真正面辺りでライトはゆっくりと地べたに座った。


    ◇    ◇


 男たちは足早に階段を駆け上がっていた。狭い階段を一列に並び、交わす言葉もなく急いでいた。男たちの荒い息と足音だけが響いている。

 急ぐのには理由があった。上には男たちを雇った、雇い主がいるためだった。


 ほとんどのアラウの者が回復魔術を主とし、イシャイナーの身分を与えられている。が大半は形だけだった。確かに素質はある。しかし、魔力が低いがために小さな傷や簡単な修理しかできなかった。魔術を仕事としてやっていくのは難儀なことだった。

 それでも、生きていく道はそれしかない。皆、自分のできる範囲の仕事をやり合い助け合いながら少しずつお金を貯める。そして、サモナーを雇う。サモナーさえいれば何でもできた。食事から暮らしのことまで全て楽をして生きていける。大半の者はそう考えつつ、毎日を送っている。

 が、男たちは違っていた。誰にも頼らず自分たちの魔術だけを頼りに生きていた。と言うのも男たちの身分は移動魔術を主魔術とする、ティレナーだった。ティレナーと認められると派遣所などの事務職か、人や物を移動させる運搬などの仕事に務められることが可能になる。魔力がさほど高くなくとも務まる上に、稼ぎもある仕事だった。しかし、男たちはその仕事を嫌った。そもそも、人のために働くなどという考えがなかった。さらに男たちはティレナー独自の魔術も習得していた。相手を吹き飛ばすことができる"シント"、相手の動きを止めることができる"アビシャス"、その二つの魔術を自由に扱えた。完璧に扱えるとまではいかなかったが、その魔術を使って楽に生きていける方法を見つけたのだ。

 それが人さらいだった。さらって金を要求する。実に簡単だった。何もサモナーなど雇わずとも、食料や金が簡単に手に入る。男たちは結託して何度も人さらいを繰り返していた。

 しかし、そんな中、一人の男がアジトに出向いてきた。普段なら魔術を使って返り討ちにしている。が、その男は違った。

 見た瞬間、男たちの中にある野生の勘、もしくは本能が警笛を鳴らしたのだ。――絶対に逆らってはいけない、と。


 階段を駆け上がると、そこには仁王立ちした雇い主がいた。駆け上がってくる男たちを無表情に眺めている。その表情に駆け上がってくる男たち皆が一気に顔を強張らせた。雇われて日はそれほど経ってはいない。が、雇い主の異常さは見ずとも直接肌に感じるものであった。

 そして雇い主を見た瞬間、本能で理解した。――この男は今、機嫌を損ねている。

「随分遅いな。一体何をしていた?」

 汗をだらだらと流し固まっている男たちに向け、雇い主は冷淡に言い放った。表情一切変えず見据えている。その言葉に男たちは慌てて口を開いた。

「あ、あの男が下りるのを待っていたんだ」

「俺たちが時間をかけたんじゃない」

「それにちゃんとあんたの言う通り、部屋に閉じ込めた」

 ばらばらと発言するが、雇い主はそれぞれ目で確認し黙って見ている。見つめられると思わず視線を避けたくなってしまう。薄気味悪ささえ感じる雇い主の顔、しかし避ければ当然なにか罰を与えられるに違いない。そう思うと、男たちは恐怖心と戦い雇い主の視線に耐えるしかなかった。

「ならばいい。あとはこちらでやる。……今日で契約は終わりだ。今までご苦労だった」

 ふっと笑いながら雇い主は契約解消を男たちに言い渡した。その言葉に安堵の表情を浮かべる男たち。

「そ、そうかい。じゃあもらうもんだけもらって、後はあんたが好きなようにやってくれ」

 ゆっくりと三人が元雇い主へ近寄って行く。

 三人は雇い主の前に立ち並び、真ん中の男が両手を合わせ手のひらをおわんのように作った。それを見てにっこりと笑う元雇い主は、ズボンのポケットに手を入れ何かを取り出そうとしている。その行動に三人の男は頬を緩ませた。

「お前たちはほぼ俺の指示通りに動いてくれた。それは感謝している。……しかし一点、気に食わないことがあった」

「えっ」

 雇い主がポケットから出したものは小さな小瓶三つだった。それを呆然と眺める男たち。その表情を満足そうに見つめ、ふっと笑みをこぼした。

「……俺はイシャイナー。ほぼ攻撃手段がないという、世間の見方だがそれは違う。これに限らず、固定観念と言うものを持ってしまうと変化が生じた時に人はそれをなかなか受け入れることができない。先入観をなかなか取り払えないのと一緒だ。それを例えるならば、今がそうだ。俺が何かを取り出そうとしているのを見て、お前たちは嬉しそうな顔をした。……一体なぜだ」

 突然の問いかけに思わず三人は困惑の表情を浮かべ、顔を見合わせた。

 なんと答えるべきなのか、少しの間沈黙が流れたが真ん中の男がゆっくりと口を開いた。

「そ、そりゃ報酬をもらえると思って……」

「だろうな。そうじゃなければ、この間に遠くへ逃げている」

「え?」

 すると、雇い主は小瓶をそれぞれ男の前に置いた。その小瓶はすでに栓が開けられている。男たちはそれを不思議そうに眺めた。

「イシャイナーは修理をしたり怪我を治したりするだけができる範囲ではない。もっとも、世間の大半の者はそうであろう。だが、俺は違う。人の命を奪いそれを保存する魔術を習得しているのだ。……お前たち、見たことはあるか?」

「なっな、何を……!」

 雇い主は両手を真っ直ぐ横に伸ばし、握りこぶしを作っている。すると、その両方の握りこぶしが青白い光を帯び始め拳全体を覆った。それを見た男たちはようやく悟った。

 殺される。

 がたがたと身体全体が震え始め、崩れそうな腰をなんとか踏ん張り逃げ出そうと一歩踏み出した。が、見えない何かがそこにあった。

「な、何だこれは!」

「どうなってんだ!」

「ここから出せ!」

 何も見えないはずの空中を手で叩くと、何か壁のようなものが目の前にある。その壁は男たちの後ろ横前にあるらしく身動きが取れなくなってしまっていた。必死に見えない壁を叩くが壊れそうもない。空気を空しく叩く、パントマイムのような動きだった。

 そんな男たちの姿を見て、また雇い主はくすっと笑った。

「滑稽だ。……俺に土をつけた罰だ。命をとられてもなお、それが活かされることに感謝しろ」

 必死の形相で雇い主に訴えるが、もはや声さえ届いてはいなかった。


    ◇    ◇


 ライトは俯き加減にゆっくりと口を開いた。

「私……アジトだとは思わず、ずっと浜で寝かされているものばかりだと思っていたんです。人の気配はしなかったですし。でも、臭いなぁと思ったり、都合よく食べ物があるなぁとは思ってました」

 そう言うとため息を漏らした。狭い部屋の薄明かりに黄色の髪がえらく目立って見える。

「浜で寝かされていたとしても、家には戻りたくありませんでした。どうせ見つかるまでだと思ってずっとそのまま動かずにいました」

「……あんた変わってるな」

 閉じ込められ、部屋の外からは音が全くしていない。

「それで時々遠くから話し声が聞こえていたんです。名前までは聞き取れませんでしたけど、あれを餌に来るのを待っているのか、と」

「ふぅん。で、俺が餌に釣られたってわけね。にしても、あいつら初めから俺たちが来るって思ってたんだな。もし俺がシトモンに言ってたらどうするつもりだったんだろうな」

「ぬぅ。あやつらの思惑にまんまとはまったわけじゃな。……にしても、都合よくいきすぎておるの」

 唸り声を上げているヨウに、くすくすとライトが笑った。

「ヨウさんって喋り方が変わっていらっしゃるんですね」

 口に軽く手を当て、上品に笑っている。

 そんな様子のライトを見て再び真一は疑問に思った。どうしてヨウの声が聞こえるのか、そっとヨウに尋ねた。

「なんで女にお前の声が聞こえてるんだよ」

「あぁそりゃ簡単じゃ。ライトもマスターなんじゃよ」

 思わずライトの腕を見た。が、ローブで隠されているため確認できない。

「なぁ、左腕か右腕、見せてくれないか?」

「え、あ、私ですか。いいですよ。……でも私ライトって名前があるんです。次からちゃんと名前で呼んでくださいね」

「はいはい……」

 ライトは右腕左腕両方のローブの袖を捲し上げた。華奢な細い腕が露わになる。その左腕の上腕部に赤いリングが二つ描かれていた。

「証だ」

「え、証?」

 そう言いつつライトは袖を元に戻した。真一はすぐさま部屋を見回した。しかし、ライトと契約しているはずの使魔の姿は見えなかった。

「あんた……じゃなかった、ライトの使魔はどこにいるんだよ」

 しかし、ライトは首を傾げた。

「あの、私、使魔と言う言葉は知っていますが契約などしていません。どうしてそのようなことを?」

「え? いやいや、あんたの腕。使魔とのマスターの証があるって」

 ライトはそう言われ思わず腕に手を当てた。が、当然描かれているものなので手触りだけではわからなかった。

「ほ、本当ですか? で、でも私そんなことをした覚えは……」

「おそらく、その使魔が自らライトと契約を結んだんじゃろ。血でそのリングを描けば契約成立じゃ。何か腕にされた覚えはないかの?」

「……あるような気がします。そういえば、それから城を抜け出してもすぐには見つからなくなったような気がします」

 統治者の娘。王族独特の黄色の髪。それだけで、町を歩けば目に付いてしまう。ライトは毎日のように城から抜け出していた。城の中にいても変化のない時間だけが過ぎていた。窓から景色を眺めることもできない。時間の移り変わりでさえその目で見ることはできなかった。

「いつものように抜け出した時に、温かい手が私の腕を掴んだんです。それからその人は『見守っててあげる』とおっしゃって……名前を尋ねたんですけどすでにどこかへ行かれたようでした。それからです。何か運がよくなった感じがしたんです」

「運?」

「えぇ。城から抜け出して町を通る時、人にぶつからなくなっていたんです。あと転ぶこともなくなりました。町を抜け出して森へ行ったときも、迷うことなく行けました。……誰かが声をかけてくれてたような感じで、足が自然と進んでいたんです」

 微笑ながらライトは話した。

 しかし、その話を聞いた真一は少し疑問に思ったことがあった。それを聞こうとしたとき、先にヨウが口を開いた。

「それで、使魔がおらんくなってしもうて人にぶつかっておったのか。……そうか、おらんくなってしもうたか」

 寂しそうにつぶやいた。横顔もどことなく暗い。呆然としていて、ため息を漏らしている。

「……俺と会ったときぶつかってたよな。使魔がいなくなったのか?」

「わかりません。でも確かに最近よく人にぶつかるようになりました」

「おい、どういうことなんだよ」

 そう肩にしがみ付いているヨウへと問うた。虚ろな表情のままだった。

「おそらくじゃが……その使魔はこの世におらんくなったんじゃ。ライトをかばったのか、それとも誰かに捕らわれたのか。……残念じゃ」

 ぎゅっと真一のローブを握った。震える拳は怒りなのか悲しみなのか。

 真一は使魔と言うものをよく理解できていなかった。時折見せるヨウの表情が、その疑問を問うことを躊躇させていた。イダワ島で見せた警戒する顔と強張らせた顔。どちらも使魔に関する話の時だった。一体何がそうさせるのか。使魔とは何なのか。その問いを今のヨウに投げかけることは、真一にはできなかった。

 その時だった。

 急にドアが激しく音を立てて揺れ始めた。

「な、何だ!」

「何の音ですか?」

 激しくドアを叩く音だった。一人だけで出せる音ではない。いくつも手があるように、ドンドンと言う音が絶え間なく響いていた。木の扉が壊れるのではないかと思わせるほどの威力を感じた。

 真一はライトの手を取り、すぐさま扉と対面する壁へと移動させた。激しく動く扉を見ると一気に恐怖心が芽生えた。異常な音で、ライトもそれを感じているのか少し震えている。

「……なんだこれは」

「わからん。ひとまず、身構えた方がええぞ」

 しかし、矢を引ける高さがない。仕方ないので真一は立て掛けていた弓を持ち、構えた。激しく木が割れるよな音が響く。

 威力は衰えることなく、より一層扉を強く叩いている。

 壊れてしまうのでは、と真一が思った時だった。とうとう扉の真ん中に小さな穴が開いてしまった。


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