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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第二章 港町シトモン
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【第十五話】 思惑

 マスクを先頭に浜辺を東へと歩き進んで行く。その結果港町シトモンからは離れることになり、振り返ると小さく見える程度までになった。砂浜はずっと先の岬まで続いている。浜を上がった所の陸も、沿うように丈の低い原っぱが続いていた。ずっと岬を追って見ていくとだんだんと原っぱはなくなり岬辺りではごつごつとした岩肌となっている。そして、そこには大きな岩があり、まるで隆起しているように見えた。

「あの岩は空洞となっていて、そこがアジトになっているのだ」

 目を凝らすと確かに穴らしき黒い影が見えた。ほど遠い位置を歩いているので、そこに人がいるのかどうかはわからない。

 あそこに、自分を吹き飛ばした奴らがいる――。そう思うと真一は嫌でも受けた衝撃を思い出してしまい、背中に嫌な汗をかいた。自然と弓を持つ手に力が入り、震え出しそうになる。それを誤魔化のようにトートバックを担ぎ直した。

 黙り込む真一を不審に思ったのか、マスクは顔だけ向けるとふっと鼻で笑いながら話しかけてきた。

「……怖いのか?」

 口の端を持ち上げにやりと笑っている。その表情に思わずむっとしたが、すぐには否定できなかった。緊張の余り声が震えそうだった。

「素直に怖いと言って、引き返すべきじゃ」

 その声に真一は視線をちらっと横に移しヨウを見た。馬鹿にしているのかと思ったが、顔を見ると大真面目な顔をしている。

「ええか、シンイチ。わしらの目的は前マスターに会うことじゃ。そのために証が必要で、わしらが港町シトモンに来たのはその証をもらうためじゃぞ? あの娘が目の前でさらわれ、自分を責める気持ちもわかる。じゃがな、下手に深追いをして己の命が落ちては何の意味もなかろう。……シンイチ自身は隠しておるつもりじゃろうが、顔色が悪いぞ」

 ヨウの言葉に、真一は思わず頬に手を当てた。真一自身でもわかるほど強張っている。何とか顔を力を抜き、一つ深呼吸をしてからマスクの顔を見た。

「怖くないって言ったら嘘になる。けど、やっぱり……ほっとけねぇよ」

 無表情にマスクが見つめる。

「それに俺一人じゃないしな。マスクもいるし……たぶんなんとかなるだろ」

 マスクは表情を崩し、ふっと笑みをこぼした。

「随分頼りにされているな。でも、俺はイシャイナーなんだ。攻撃できるような手段はほとんどない。むしろ、ハギノ、お前の召喚魔術に掛かってるぞ」

 そう言われ、思わず真一は視線を逸らした。

 召喚魔術と言うものがどんな術なのか、どうやればできるのか、そもそも自分に魔力と言うものが備わっているのか――。そう考えると、サモナーと名乗ったがサモナーではない気がしてきた。弓道していたただの高校生だ。

 返事をせず黙っていたが、マスクは返事を待たずに前へ向き直した。

「とにかく急ごう。ライト様が心配だ」

 そう言うと駆け足になり、浜には大きな歩幅の足跡が残されていく。真一もその足跡に習い、駆け足でマスクの後ろを追いかけて行った。


 岬に近づくにつれ、海からの風がより強く冷たく感じる。浜辺に沿って走っていたが、途中から少し内陸を走り、砂浜よりも堅い草の上へと移動した。始めは浜辺と段差はなかったが、進むにつれその差はどんどん広がる。少し坂になっている地面はやがてごつごつとした岩のようなものとなり、走りながら下を覗けば海が遠くに見えた。

 やがて、前を走っていたマスクの足が止まった。見れば前に道はなく海が広がっている。どうやら岬にたどり着いたようだった。強く冷たい風が海から届く。

「……あれがアジトだ」

 マスクが指差したのは海より内陸にある大きな岩だった。目視できる範囲だったので、ごつごつした表面が見えた。先ほど見えた穴は確認できなかったため、おそらく横に来たのだろうと真一は思った。が、いくら大きな岩だからと言って中が広そうには見えなかった。遠目からではあるが、正面から見たときは穴がほとんどを占めていたので、おそらく横幅もそこまで広くはない。

「大きい岩だけどよ、中の広さなんてたかが知れてるだろ。本当にアジトなのか?」

 海が崖に打つ音と風が吹きつける音しか聞こえない。人の気配など全く感じられなかった。

「間違いない。これは断言しよう」

 真っ直ぐ真一を見るマスクの顔に疑いの余地はなかった。さらにマスクは続けた。

「しかしだ。どれぐらいの人数がいるのか、俺は知らない。もしかするとあの三人だけかもしれないし、入ればもっといるかもしれない。さらに言えばアジトの構造がどうなっているのかわからん」

「どうするんだよ」

 マスクは顔色一つ変えずに言った。

「二人で入るのは危険だ。二人とも捕まってしまえば何もできん。よって、どちらか一人がアジトへ侵入、もう一人は出入り口で敵が来ないか見張る。……この作戦で行く」

「ひ、一人でアジトへ侵入……だと?」

 真一は自分でも血の気が引いていくことがわかった。頭の上のピィもかすかに震え、ヨウもしがみ付いている手に力を入れたままあんぐりと口を開いている。

「ちょ、ちょ待て。……どっちが侵入するんだよ」

「結論から言えば、ハギノ。お前だ」

 その言葉に固まる真一。マスクはそんな様子に構うことなく、アジトである岩へと慎重に歩を進めていく。周りの様子を伺いながら姿勢を低くし、足音を立てずに歩いている。真一は訴えたい言葉がいくつも思い浮かんだが、下手に騒げない状況だった。マスクの見よう見まねで進む。

「……俺はさっきも言ったようにイシャイナーだ。もし、敵の奴らと遭遇しても対処できん。だが、ハギノならその手段がある」

「だけど、俺は召喚魔術なんて……」

 真一が俯き加減にそう呟くと、進んでいたマスクの足が止まった。すると、ゆっくりと振り返り仮面をつけた半面だけを向けてきた。

「お前には他の手段があるだろう」

 ひどく冷たい言い方だった。何か射抜かれたような鋭い視線を感じ、一瞬にして真一の中に恐怖心が芽生えた。思わず息を呑み、言葉を失う。

 その様子にマスクははっとし、すぐさま真正面に向き直った。

「あ、いや……俺が言いたいのは、その手に持っている物だ。それが武器になるんじゃないのか? ハギノなら大丈夫さ」

 はは、と笑うと再び前に向き直し歩いて行く。

「何じゃ……今の顔は」

 しがみ付いているヨウもその殺気を感じたようで、怪訝そうな表情を浮かべた。真一も驚くばかりで、ただただ首を傾げるしかなかった。


 岩のすぐそばまでやって来た。近くに来てもやはり人の気配は感じられない。岩の周りには隠れるような場所もなく、ごつごつした岩場と見渡す限りの海しかない。目の前に立ち塞がる岩は高さが真一の何倍もあり、上どうなっているのか見えないほどだ。球体らしく、丸み帯びている。

 マスクは岩にぴったり背中をつけると、口元に指を立てる。真一もすぐさま岩に背中をつけ、じっと動かずマスクを見守る。ピィが鳴くのではないかと不安に思ったが、察しているのか静かだった。マスクはじりじりと進んで行き、岩の正面へと移動して行く。一緒に追うとしたが、手で制せられそのまま待つことにした。

 真一の位置からマスクの姿が消え、しばらくするとマスクが普通に歩いて戻って来た。

「どうだった、誰かいたか?」

 戻ってくるマスクにすぐさま真一が尋ねた。マスクは首を横に振ると口を開いた。

「いないようだ。岩の中がアジトになっていたかと思ったが、どうやら地下になっているらしい」

「地下?」

「あぁ。こっちへ来て見ろ」

 先ほどより緊張感を感じなかったので、真一も少し安心しつつその後姿をついて行く。

 大きな岩肌を回ると正面へと出た。岩に大きな穴が空いている。そして、その穴には階段が掘られていた。階段の壁には火が灯り、暗闇を照らしている。先がどうなっているのか、少し覗いてみたものの螺旋になっているのか奥までは見えなかった。

「この下がアジトのようだ。……どうだ、心の準備はできたか?」

 真一はじっと階段を見つめた。この先何がどうなるのか、考えれば考えるほど躊躇してしまう気がした。ちらっとヨウを見れば険しい顔をしている。その口は今にも引き止めるような言葉が出てきそうだ。その言葉が出る前に真一は大きく息を吐いて、頷いた。

「あぁ。大丈夫だ」

 そして弓巻きを取りトートバックに収めると、弓のつるを真っ直ぐ伸ばし岩の壁を使い、弓に張った。その行動をマスクは訝しそうに眺めた。

「……何をしているんだ。行かないのか?」

「準備だよ。すぐできる」

 矢筒に取り付けていたかけ袋をはずし、その中からかけを取り出した。かけ袋をトートバックに入れ、跪いた。そして取り出したかけを右手につけ始める。その様子を見ながらヨウが口を開いた。

「無理するでないぞ。もちろん助けるが、どうなっておるのかわからんのじゃからな。ここまで来たなら、ひとまず娘を探して一緒にここから出るんじゃ。敵に見つからんようにな」

 無言ながら真一は頷いて答えた。

 そして、かけをつけ終わると立ち上がった。ピィはその丸い体をふっとジャンプさせると、その間に真一は被っていたフードを脱ぎ去った。フードから現した黒色の短い髪が風で揺れている。ローブの腕を捲くり準備を整えるが、余計なことを考えると体全体が震えそうだった。真一は再び大きく息を吐いた。

「……じゃ、行ってくる。マスクも気をつけろよ」

「ハギノも、な」

 そして、真一たちは薄暗い階段を下り始めた。



「……黒髪か。珍しい色だな」

 降りていった階段を見つめながら、マスクは思わず頬が緩んだ。

 長い棒が武器だと思っていたが、違っていた。糸を棒に張っていたが何かを投げるものなのだろうか、とマスクは少し考え込んだ。

「あれでヤと言う棒を飛ばすんだ。エルモ国で言う、チェリンダーと考えていいだろう」

 と、子どものような高い声が突然話しかけてきた。が、周りには誰もいない。その声は白い仮面から聞こえているようだった。マスクはその声に驚くことなく、質問を続けた。

「チェリンダー? ……確か殺傷能力の低い、紐を使って物を投げる兵士のことだったが……まさかあの契約者はエルモ国の兵士だと言うのか?」

「違う。あれはチキュウと言う星から来た異星人だ。アラウと敵対しているエルモ国の兵士が、のうのうとアラウにいるわけないだろう」

「わかっている、言ってみただけだ。……チキュウ、ね。えらく魔術に自信がないと見えたが、トグ、お前はどう見えた」

 そう言うとマスクは左半面にしている白い仮面を取り外した。

 が、そこのあるべき目や頬などはなく、大きな穴があるのみだった。そしてその黒い穴から何かが出てくるとマスクの前に降りてきた。

「俺もお前と同意見だ。あいつがついているはずなのに、魔力がほとんど身についていないな」

 そう言うとふっと鼻で笑って見せた。マスクにトグと呼ばれたのは、ヨウと姿形がほとんど変わらない使魔だった。ただ違う点は、背中についている羽が漆黒だった。

 そしてトグは両手を合わせ力を込めた。すると手の合わさっている所が黒く光り始め、ゆっくりと両手を離していくと黒い光の玉が出来上がっていく。

「何か召喚するために俺を出したんだろう。さっさとやれ」

「相変わらずせっかちだな。久しぶりに対面した使魔について何も思わないのか」

 そう言いながらポケットを探り、小さな瓶を取り出した。栓を開け出したのは黒粒だった。手のひらにそれを五つほど出すと、再びポケットにしまい込んだ。

「俺から言わせればさっさと始末してしまえばいいのだ。なぜ様子を見る必要がある」

「俺に文句を言うな。……それともそれはあの方へ対する愚弄か? それなら貴様だろうが手にかけるぞ」

 無表情な目つきでトグを睨む。トグも表情を崩さずマスクを見ている。しばらく睨み合いが続いたが、マスクがふっと笑いをこぼした。

「……まぁいい。今はお前と争うのは無駄だ。先にやるべきことをやろう」

「同意見だ」

 マスクは黒粒をぎゅっと握り締めると、トグが作り上げた黒い玉の中へと放り投げた。

 すると、薄かった黒い光の玉は一気に濃さを増していく。やがて鉄の玉のような、どす黒い玉へとなるとどんどんと膨らみ始め上昇し始めた。

「素早く小さな、的を絞りにくい魔物を召喚しろ」

「わかった」

 短くトグが答えると、自ら飛んで黒い玉に近づきそっと手を触れた。

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