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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第二章 港町シトモン
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【第十四話】 責任

 通された部屋は至って普通の書斎だった。部屋に入って一番に目に入ったのは、真正面にある大きな窓だった。その窓の前には大きな机が置かれ、窓につけられているカーテンが風でなびいている。右手にはクローゼットらしい棚が置かれ、左手奥には本棚が二つ並んでいた。

「名は何だ?」

 部屋の主は入ってきた真一に顔を向けず、ずっと窓から外の様子を眺めている。

「萩野真一」

 真っ直ぐその主を見た。真一は統治者と言う肩書きがあるからには、それ相応の服装をしていると予想していた。が、城の入り口にいた男たちと同じように真紅のローブを着ている。ただ違っていたのは黄色の短髪で、頭に細い紐のようなものを巻き、その紐には一つ水色の宝石がついていてそれが丁度おでこにあった。ローブを着ていてもわかる、がっしりとした肩と頬張った顔。勇ましい男の横顔だった。

 が、真一が名乗っても男はただ呆然と外を眺めているだけだった。何かを話そうと言う素振りも見せない。待っていた真一だったが、しびれを切らし口を開いた。

「証がほしいんですけど」

「え……あぁすまない」

 ため息を漏らしつつ、その主は真一を見た。真一が持っている弓に驚いたのか、それとも頭の上のピィに驚いたのかしばらくじっと真一を見つめた。が、主は咳払いをしただけだった。

「……私は港町シトモンの統治者、シトモンだ。この名は代々受け継がれている。まぁ私のことは良いとして……証についてだが……」

 シトモンが話そうとした時、後ろからドアのノック音が響いた。シトモンは話すのをやめ、ドアに注目した。真一も思わず振り返った。

 そこには真紅のローブを着た男と見覚えのある仮面を被った男がいる。

「シトモン様、この者も証を求めて来た者です」

「わかった。下がれ」

 真紅のローブの男は一礼すると、ドアから立ち退いた。残った仮面の男は部屋へ入ってくると、真一の横に立ち並んだ。

「……名はマスク。証をいただきたく伺った」

 マスクと名乗った男は間違いなく、肉まんを真一に渡した男だった。真一と同じ背の高さで、見える仮面は無表情で、薄気味悪さを感じる。マスクは真一には目もくれずシトモンをじっと見ている。声をかけようかと思った真一だったが、かけるのをやめ同じようにシトモンを見た。

 一方シトモンは、マスクの仮面に驚いているのか言葉が出てこないようであった。口を開いているが声が出ていない。目線をはずし大きく深呼吸をしたあと、ようやく言葉を出した。

「すまないな……少し驚いた。私の名はシトモン、港町シトモンの統治者だ」

「ご丁寧にどうも。この仮面を見て、驚かれるのはよくあること。……前に大怪我をしてしまって、その傷跡が残ってしまったのです。だからこうして仮面をつけている次第」

「なるほど」

 頷いたシトモンは、咳払いをして真一とマスクの両者を見た。

「お二方、証を求めここに来たようだが……その前に頼みたいことがあるのだ。それを聞いてくれるのであれば、証を渡そう」

「頼みたいこと?」

 真一が聞き返すと、シトモンは深く頷いた。そして考え込むように顔を俯かせたまま、再び窓の外へと視線を移した。

「……私には一人娘がいる。その子は病魔に冒され、視力が落ちていき今では目が見えない状態になってしまったのだ」

 その言葉を聞いた時、真一はふと坂道でぶつかった女を思い出した。

「私は心配で、この屋敷にいるように言っておるのだがどうも不満のようで……よく外へ出て行ってしまうのだ。警備の者に頼みすぐに連れ戻しているのだが、最近は逃げるのがうまくなったのか、なかなか見つからない。そこでだ」

 シトモンはマスクと真一を真っ直ぐと見据えた。

「娘を屋敷にいるように説得してもらいたいのだ。娘が納得して、私の目の前で約束を交わすことができたなら証を渡そう。今も娘はどこかへ行ってしまっているから、まず娘を探してもらうのが先なのだがね。……以上が頼みなのだが、受けてくれるかな?」

 真一とマスクは間を開けず同時に答えた。

「やります」

「やります」

 二人の答えに、シトモンは安心した表情で頷いた。


 真一はマスクと一緒に城を出た。城内では会話を交わさなかったのだが、城内を出るとすぐにマスクが明るい表情で話しかけてきた。

「あんたも証を求めて来たのか! 部屋で見た時驚いたよ」

 部屋の中とは違う雰囲気に、真一は一瞬戸惑った。それを感じたのかマスクは咳払いをしてにこっと表情を和らげた。

「俺の名前はマスク。身分はイシャイナー。あんたは?」

「え、あぁ。俺は萩野真一。さっきはどうも。助かったよ。身分はサモナー……だけど」

 サモナーと名乗ることに対し、少し抵抗を覚え始めた。サモナーとわかった途端、皆目の色が変わる。心地の良いものではなかった。

 が、マスクは表情を和らげたまま何度か軽く頷いただけだった。

「そうかそうか。……あれ、それよりハギノ。ここ怪我しているだろ。少し腫れてるぞ」

 じっと真一の腕を見たあと、マスクは腕を乱暴に掴んだ。

「え……。あ、いって」

 掴まれた腕に痛みが走る。見た目は何ともなっていなかったが、完治していなかったようだった。思わず真一の顔が歪む。

 すると、マスクは真一の両腕を両手で覆いかぶせ、手のひらから青い光が帯び始めると両腕を包み込んだ。前にヨウがやった時よりも濃い青で、氷が乗っているかのような冷たさを感じる。冷たさで感覚が麻痺しそうな時、青い光がゆっくりと消え失せた。

「よし、これで治った。痛くないだろ?」

「あ、あぁ。押さえても握っても痛くない」

 それぞれ腕を握り締めてみても痛みを感じられない。どうやら本当に治ったらしかった。それには見ていたヨウも感嘆の声を上げた。

「ほぉ、さすが本職イシャイナーじゃな。手早く完璧じゃ」

「マスク、あんたは……俺がサモナーだって聞いて何とも思わねぇのか?」

 真面目な表情で真一が尋ねた。が、マスクはきょとんとした顔をした。じっと真一がマスクを見ていると、ふっと笑った。

「……何言ってんだ。そんなの関係ないじゃないか。俺はそれより頭の上に乗っている最弱の雛と、ハギノが持っている物に驚いたね。なんだい、それは」

「え、あぁ。これは弓って言うんだ。背中にあるのは矢筒。こいつはピィ」

「ユミ? へぇ、隣国のエルモ国ならあるかもしれないが、アラウで持っていると不審者だな。この国にはそんな武器染みたものないからな」

「そうだったのか」

 すると、マスクは笑顔で握手を求めてきた。

「ま、自己紹介はこの辺りにして、証を互いにもらうために協力しようじゃないか」

 差し出された右手は綺麗な手だった。指は長く、一見女のような手にも見える。

 真一は、初めて自分を偏見なく見るマスクに対し、警戒心がすっかりなくなってしまった。真一も手を出し、握手に応じた。

「あぁ。よろしくなマスク」

 真一が握手をすると、ぎゅっと握り締めにこやかにマスクが笑った。

「こちらこそよろしく、ハギノ。……まぁまず、娘さんを見つけないことには説得もしようがないな」

 手を離すとマスクは考え込むように腕組みをした。

「どこにいるんだか」

「いや、俺それらしい女にさっき会ったんだ」

「何、本当か」

 坂道を登ろうとした時ぶつかった女。目の見えない女。真一はある程度の確信を持って歩み始めた。

「遅いかもしれねぇけど、いるとしたら浜辺だ。行こう」



 駆け足で一気に坂を下り、浜辺へと出た。浜辺にはすでに船はなく、静かな海が広がっている。少しだけ息を切らしながら真一は浜辺を見渡した。

「シンイチおったぞ。あそこじゃ」

 そう言いながらヨウが指差す方向には、白いローブの女がいた。女は波から少し離れ浜に座っている。呆然と海を眺めているように見えた。

 一緒に来たマスクも真一が何かを見つけたのを察し、その方向を見た。

「……あれが娘さんか?」

「あぁ。……一応確認した方がいいだろうな」

 二人はその女へと歩み寄って行った。

 女は気配を感じたのか、二人の方に顔を向けた。色白の顔は目を閉じ、どこか不安そうに顔を強張らせている。

「だ、誰ですか」

 声を震わせながら少し後ずさりをした。真一は不安を取り除こうと、膝を付き女と同じ目線にした。

「俺は萩野真一。さっき会ったんだけど……声でわかる?」

「あ。わ、わかります。あぁ驚いた……先ほどはありがとうございました」

 頬を緩ませて笑った。

「あの、何か御用でしょうか?」

「聞きたいことがあってさ。……あんた、シトモンさんの娘さん?」

 すると、女は驚いたようですぐには返答をしなかった。口を真一文字に閉じている。

 真一は答えるのを待っていたが、後ろで見ていたマスクはしびれを切らしたのか、真一の隣に屈み口を開いた。

「失礼。私、マスクと言います。先ほどシトモン様に証を貰い受けたく城へ伺いました。ですが、貴方を説得しなければ証を渡さないという条件を出され伺った次第です。なぜ、ハギノの質問に答えないのか疑問ですが……髪の色を見ればわかることです。失礼」

 早口に言うと間髪入れず、女のフードを取ってしまった。女が小さく「あっ」と言ったが遅かった。

 フードの出てきたのは黄色の髪をしたおかっぱ頭だった。

「貴方は、シトモン様の娘、ライト様ですね?」

 抑揚のないマスクの声に、白いローブの女――ライトはゆっくりと頷いた。

「ひとまず城へ戻りましょう。シトモン様が心配されています」

 そう言ってマスクはライトの手を取った。がしかし、ライトはそれを振り払い自ら立ち上がった。眉をしかめている。

「一人で歩けます」

 はっきりと言うと、おぼつかない足取りで坂道の方へと歩み出した。そんな背中を見ながらマスクはため息を漏らし、真一に耳打ちをした。

「……説得するのは難しいかもしれないな」

 返事をすることなく女の後ろ姿を見ていた。白いローブに黄色の髪色は、目立つ存在だった。ゆっくりと慎重に、手を無造作に動かしながら進んでいる。見ていると不安で仕方がない。

「確かにそうかもしれねぇけど、やるしかねぇだろ」

 見かねた真一がライトの所へ駆け寄ろうとした時だった。

 突然、どこからともなく大柄の男が三人ほど、ライトの前に立ち塞がってきた。黒いローブで、どれも坊主頭で目つきの悪い男たちばかりだ。ライトが進んでいるのにも関わらず男たちは立ち退こうとはしない。そのためか、ライトは仁王立ちする男とぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「……黄色の髪色。あんた、シトモンの娘だな」

「えっ」

 男がにやりと笑った瞬間だった。

 男はライトの頭を殴りつけ、その衝撃でライトは倒れてしまった。そのままぴくりとも動かない。

「なっ! お前ら何やってんだよ!」

 真一は叫びながらライトの元へ走って行く。がそんな姿に三人はにやりと余裕の笑みを見せた。

「邪魔はいけねぇな」

 ライトを殴った真ん中の男が言うと、左右の二人の男が同時に真一に向かって手のひらを見せた。

「シント」

 そう同時に言うと、その手のひらから空間が歪んでいくのが見えた。その歪みは空気の波となりそのまま真一へとぶつかっていく。

 ぶつかった瞬間、受けたこともないような衝撃が真一を襲った。

 何かとぶつかったように目にも止まらぬ速さで後ろへと吹き飛ばされ、後ろから様子を見ていたマスクも巻き添えになってしまった。しかし、結果マスクが壁代わりとなり二人重なるように倒れこんだ。

「ぬぅ……大丈夫か、シンイチ!」

「……い、今、あいつら何したんだよ」

 腰を摩りながら立ち上がる。特に外傷はなく、ヨウはひとまず胸をなでおろした。マスクも怪我はなくただ仮面に手を当てずれを直している。直し終えると浜に手を着き、ゆっくりと立ち上がった。

「今のは移動魔術のシントと言う詠唱だ。……チッ」

 マスクは男たちを睨みつけている。男たちは気を失っているライトを抱え、不敵に笑みをこぼした。

「じゃあな、あばよ」

 そう言い残し、男たちとライトはふっと消えてしまった。残ったのは浜に刻まれたライトと男たちの足跡だけだった。

 わけのわからない真一は、男たちがいた場所へ駆け寄り周りを見渡した。

「あ、あいつらどこへ行ったんだ? 何でいきなり消えるんだよ! 女は? どこだよ!」

 そこに冷静なマスクの声が真一の動きを止めた。

「落ち着けハギノ。ライト様はさらわれたのだ」

「さ、さらわれた?」

 戸惑いの色を隠せない真一に対し、ヨウが言った。

「シンイチ。うろたえても仕方ないぞ。男どもが使ったのは、移動魔術じゃ。シントと言う詠唱語も移動魔術の一つなんじゃ。移動魔術は一度行った場所であったなら、一瞬で行くことのできる魔術で、おそらく消えた男どもは自分たちのアジトでも戻っておるんじゃろう。うろたえる暇があるなら、シトモンにこのことを報告した方がええんじゃないのか?」

 ヨウの言葉に多少は落ち着きを取り戻したのか、真一は目を閉じ大きく深呼吸をした。そして、目を開けるとすぐさま城へ向かうべく坂道を上ろうと走り始めた。が、しかし。

「待てハギノ! 一体どこへ行くつもりだ!」

 後ろからの声に思わず足を止め振り返った。

「シトモンにこのことを伝えるんだよ!」

「駄目だ!」

 真一よりも大きく強い声でマスクが叫んだ。なお続けた。

「言ったところでどうなる? 失敗と見なされて証がもらえなくなったらどうするのだ」

「でも、あいつここの偉い奴なんだろ? おまけに女のおやじじゃねぇか! 伝えるのが筋じゃねぇのかよ!」

「関係ない! 目の前でさらわれたのに自分には責任がないと言うのか? 他人に責任を押し付けるのか!」

 その言葉に真一は、はっとした表情を見せた。早く坂を上ろうという気持ちの熱が冷めていく。

 一方で、ヨウは驚いたように目を見開きマスクの言葉を聞いた。

「あやつは何を言っておるんじゃ……。ん、どうしたシンイチ?」

 真一の様子の異変に気がつき、思わず顔を覗きこんだ。呆然としていて足は完全に止まってしまっている。

 マスクも真一の様子が変わったことに気づいたのか、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「……俺はあの男たちを知っているんだ。前にも人をさらったやつらでね、顔に見覚えがある。奴らのアジトも知っている。早く行ってライト様を助けた方が良いに決まっているだろう? みすみす目の前でさらわれてしまったんだ……その責任は当然俺たちにある」

「シンイチならん! お主がまともに戦えるならまだしも、全然戦えんではないか! ましてやアジトなど、何がおるのかわからんのだぞ? はよう、シトモンの所へ行くべきじゃ!」

 ヨウは必死の形相で叫んだ。

 真一は迷っているのか、地面をじっと見つめ考えている様子だった。目の前でさらわれた、責任は自分――その言葉がぐるぐると真一の頭の中を巡った。しかし、ヨウは構わず叫んだ。

「シンイチ! わしはお主を心配し……!」

 その時何かぞくりとする殺気を感じて、思わずヨウは口をつぐんだ。咄嗟に周りを見渡してみたがそれらしい人影は見当たらない。すると、タイミングよくマスクが口を開いた。

「ハギノ、行こう。……責任を果たそう」

 真一はその言葉にゆっくりと顔を上げた。そして、振り返りマスクを真っ直ぐと見た。

「あぁ。それに、早く女を助けないとな」

 頷くマスク。真一の横顔は真剣そのもので、弓を握る手に力が入っている。

 それを見て、ヨウはそれ以上反論できなくなってしまった。


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