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弓道好きの高校生と召喚遣いの妖精  作者: ぱくどら
第一章 イダワ島
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【第十二話】 サモナーについて

 町よりも森の近くにその家はあった。町ではレンガ造りの縦長の住居ばかりだったが、目の前に建っている家は日本家屋のような木材でできており、屋根には様々な葉っぱが積まれている。窓と思われるものにガラスなどなく、そのまま家の中の様子が丸見えだった。そんな窓から赤い灯りが漏れ、暗闇の中怪しげな雰囲気を醸し出していた。

「ちょっと汚いけど、これが私の実家。さ、入って」

 照れ笑いを浮かべながら、ダリィが木の戸に手をかけた。

 戸を開けた途端、小さな子どもが一人飛び出てきてダリィに抱きついた。

「お姉ちゃんお帰り!」

「ただいま、サキ」

 サキと呼ばれた少女はダリィに頭を撫でられ嬉しそうに笑っている。黒いローブを着て、紫色の髪を肩まで伸ばしていた。サキは、ダリィの後ろに立っている真一に気がつくと、すぐさまダリィの後ろへと隠れてしまった。

「サキ、この人は私を助けてくれた人よ。挨拶して」

「サキです。……初めまして」

 照れているのか頭だけ出してぺこっとお辞儀だけすると、すぐさま家の中へと入ってしまった。真一はどうしていいのかわからず立ち尽くしていたが、ダリィに勧められ家の中へとお邪魔した。


 お世辞にも綺麗とは言えないものだった。部屋は一室のみで、床は土の上に大量の草が敷かれているだけだった。部屋の中心には囲炉裏らしい、土を掘った穴とその中心には木の枝が炭になりかけで置かれたままだった。囲炉裏の上には金属の皿が天井からぶら下がり、そこには木の枝が燃えていて灯りの役割をしている。

「はい、サキ。これで三日持たせるんだよ」

 そうダリィがポケットから取り出したのは、両手いっぱいのフェル草だった。それを受け取ったサキは嬉しそうに笑った。

「ありがとうお姉ちゃん! ……食べていい?」

「駄目。大事に布にでも包んでいなさい」

 そう言われたサキはしぶしぶ返事をすると、布が敷かれてある部屋の奥へと行った。

「おい、フェル草って中毒症状があるんじゃねぇのかよ」

「あるぞ……なんで小娘に。しかも、食べていい、じゃと?」

 囲炉裏を前に座っている真一は嬉しそうに丁寧にフェル草を包んでいるサキを見つめていた。そこへ、ダリィがやって来て囲炉裏の前に座った。座ると同時に囲炉裏の中にあった木の枝に向かって手を掲げ、そこから赤い光の玉のようなものを出すと木の枝に火がついた。

「あの子は誤ってフェル草を食べてしまったのよ。だから、フェル草は必要不可欠なの」

 そう言ったダリィはフードを取った。出てきたのは紫色のくるくると跳ねている髪の毛だった。見える顔は少し痩せこけている。

「両親が亡くなってから、私が実家に帰るまであの子は一人だったのよ。だから食べる物なんてなかった。サモナーを雇う余裕なんてないし、生きていくためには仕方のないことだったわ。だから私は軍をやめて、こうやってあの子のためにフェル草を摘み、お金を稼いでいるの」

 そう言い終えるとため息を漏らした。

「だからフェル草に手を出すなって言ったのか。でも、それとサモナーを雇うってのはどう関係あるんだよ」

「何も知らないのね。アラウ国王がサモナー政策を打ち出して以降、サモナーは召使……いいえ、道具同然と扱われるようになったのよ」

「道具同然だと?」

 真一の言葉にダリィは頷いた。

「……アラウ国は魔術で成り立っている。国の防衛から民の生活まで……それは全ての人に魔元素と言われる魔力の元を備えているから。そして主魔術に対し、管理するためそれぞれ身分と言うものを一人一人に与えることになったの」

 咳払いをすると、さらに言葉を続けた。

「移動魔術を主魔術にしている者は『ティレナー』。腕に黄色い布を巻きつけてるわ」

 頭に詰め込むように、真一は囲炉裏の炎をぼうっと眺めながら呟く。

「移動魔術のティレナー、黄色い布……」

「えぇ。回復魔術を主魔術にしている者は『イシャイナー』。腕に青い布を巻きつけてる」

「回復魔術のイシャイナー、青い布……」

「……そして」

 そう言うとダリィは右腕のローブをたくし上げ、細い腕を真一に見せ付けた。その二の腕には赤い布が巻かれている。

「自衛魔術を主魔術としている者は『フィティナー』。赤い布を巻いているの」

「自衛魔術のフィティナー、赤い布……」

 真一はじっと赤い布を見つめた。

 少ししてから、ダリィはローブを下ろした。

「……じゃあサモナーって言うのは召喚魔術を扱う者のことを差すんだな。これがその証だったのか」

 改めて見ると確かに黒い布を巻かれていた。

「だけど、それがどう関係あるんだよ。なんでその中でサモナーだけが道具同然の扱いされなきゃいけねぇんだよ」

「最初に言った通り、この国は魔術に頼った生活を送っているわ。食べる物でさえ……ね。四つの魔術の内、直接生活に関わる主魔術は召喚魔術だった。道具や食べ物を召喚で簡単に手に入れられるから。だから、召喚魔術を持った人が居れば生活は楽に送れる。だけど、扱う人の数も限られているわ。全ての家に一人扱える者がいるとは限らない。……だから王は決断したのよ」

 真一はふと肩に乗るヨウ見ると、頭に手を当てているのが見えた。

「サモナー政策――浮浪者、貧困者に対し使魔の血を飲ませ、無理矢理召喚魔術を扱えるようにする政策」

 が、その言葉にすぐさま視線をダリィへと戻した。

「使魔の血だと?」

「血と言っても薄めたもの、ほとんど水に近い液体よ。使魔は別名"魔元素の源"と言われていて四つの魔術を扱えるの。……そのことは貴方自身知っているんじゃないかしら」

「あ、あぁ……。そんな別名は知らなかったけどな」

 またヨウを見れば頭を抱えていた。

「使魔はそれぞれ得意な魔術があるらしいけど、召喚魔術はどの使魔も特別使えた。その血を飲んだ者は例え薄くても、簡単に土魔元素を体に蓄えるようになり、少しの召喚だったらできるようになった。それを使って、生活の苦しい浮浪者や貧困者に対し派遣所が無理矢理サモナーとして仕立て上げた」

「……そんな簡単になるもんなのかよ」

「えぇ。サモナーは触媒があって魔力があれば簡単にできるのよ。特別な詠唱語もないらしいけど……詳しいことはわからないわ」

 すると、サキが部屋の奥からダリィに駆け寄ってきてその隣に座った。

 じっと真一の頭の上を見つめている。真一はその視線が気になったが、ダリィは話を続けた。

「それからよ。サモナーの存在がどんどん軽視されていったわ。食べ物や道具を召喚するだけのサモナー。派遣所にお金を払えば誰でも雇うことのできる身分。それに一度派遣所でサモナーと認められてしまうと、一生サモナーとしての仕事をしなくてはいけなかったの。それもサモナー政策に含まれていたから。……その結果、次第に巷ではサモナーと名乗る者に対して、浮浪者や貧困者だと言う認識が広まっていったわ。もっとも被害を被ったのは、浮浪者や貧困者ではない元々のサモナー達よ。そんな人たちでさえ世間から冷たい目で見られるようになってしまった。……実際私も貴方のことを見くびっていた。そうなってしまった経緯を知ってたのに……ごめんなさい」

 ダリィは申し訳なさそうに顔を俯かせた。

「いや仕方ないだろ。いきなりでっかいカラスが襲ってきたら誰だって混乱するさ」

「……カラス? お兄ちゃん、カラスって何?」

 興味津々の様子でサキが真一に言った。サキは立ち上がると真一のそばまでやってきて、頭の上に乗るピィに手を伸ばした。

「カラスって最弱の雛のこと? それにお兄ちゃんはどうして最弱の雛を頭に乗せているの? 非常食?」

「こら、サキ! こっちに来て座りなさい」

 その声に驚いたサキはすぐさま元の位置に戻り座った。が、相変わらず視線はピィに向けている。

「こいつは非常食じゃない。ペットみたいなもんだよ。それにカラスは黒い鳥だ。見たことあるだろ?」

「ペット? なぁにそれ。黒い鳥なんて見たことないし、鳥は最弱の雛しか知らない。ね、お姉ちゃん」

 同意を求めるようにダリィの顔を覗きこんでいる。ダリィも頷いて見せ、訝しそうに真一を見てきた。

「……カラスって魔物のことかしら。アラウには、人以外で動いているものはパラッグの雛と使魔ぐらいしかいないのよ。それ以外は魔物とされているわ。なぜ魔物が発生するのか、私は知らないけど。シンイチがいたチキュウと言う土地は、不思議な場所なのね」

 その言葉に驚いてしまいすぐに言葉が出てこなかった。

「……マジかよ。動物がいないって……。俺からすりゃここが不思議な土地なんだけど」

「ふふ。私からすればシンイチ自体不思議だわ。格好と言い、最弱の雛を大事にしていることと言い……何より契約者だと言うことが一番の不思議ね」

「使魔のことか?」

 そう言ってヨウに視線を移すと、うつろな表情のまま呆然としていた。

 先ほどからのヨウの様子に、真一はたまらず声をかけた。

「おい、頭でも痛いのかよ」

「……え。いや、なんでもない。わしのことは気にするでない」

 無理矢理笑顔を作っているような、引きつった顔している。

 と、ダリィ達を見れば首を傾げ不思議そうに真一を見ていた。

「あ、悪い。今、使魔に話しかけたんだ」

「……そこに使魔がいるのね。使魔と会話している人を余り見たことないから、少し驚いたわ」

「使魔とマスターの関係のやつは少ないのか?」

 答えようと口を開けたダリィだったが、何か躊躇うと真一から視線をはずし申し訳なさそうに俯いた。

「昔は多くいたそうよ。だけど……軍のせいで……」

 言葉を濁し、少し間を開けたがダリィは続けて言った。

「サモナーも政策で被害を被ったとさっき言ったけど……実は使魔たちの方がもっとひどい目に合っているのよ」

 続きを聞きたいと思い口を開いた真一だったが、視界に顔を強張らせているヨウの姿が目に入った。

「……そうか」

 真一は言葉を飲み込むように口を閉ざし、一息ついた。

「そろそろおっさんの家に帰るか……早く本島に行って城に行かなきゃな」

 城、と真一が言った途端、ダリィはぱっと顔を上げ驚いた表情を浮かべた。

「貴方……アラウ城へ行くの? どうして?」

 立ち上がった真一を驚いた表情でダリィが見つめている。真一は弓や矢筒、トートバックを持ちながら話した。

「……今は俺がマスターになってるけど、こいつ……使魔の前マスターがその城にいるんだよ。俺はただ返しに行くだけ」

「待って。そもそも、貴方チキュウと言う土地にいたんでしょ? それがどうしてアラウにしかいない使魔と契約しているの?」

「急にこいつが落ちて、運悪く血が付いたんだ」

 ダリィは何か考え込むように、囲炉裏の火を見つめるとゆっくりと口を開いた。

「なぜそうなったのか、理由はわからないけど……城へ行くのなら、四人の統治者たちの証が必要よ」

 その言葉に真一よりもヨウが驚いたようで、耳元で「なんじゃと?」と声を出した。

「城は警備が厳しくて、軍に関わっていない一般人が入るためには、統治者たちから証をもらわなければいけないのよ。そのまま行ったとしても、追い返されるか自衛魔術に阻まれるわ」

 肩に乗るヨウが小さく唸る声が聞こえた。

「じゃあ四大都市を回って統治者に会わなきゃ駄目ってことか」

「そうよ。とても長い……道のりになるでしょうね」

 そう言い終えるとダリィは立ち上がり、ポケットの中からフェル草を五枚ほど取り出した。どれも黄色に淡く光っている。それを真一の前に突き出した。

「これ、本当は町で売ろうと思っていたんだけど……貴方にあげるわ」

「え?」

「いいのよ。サモナーならこれを触媒に食べ物を召喚できるはずだから。貴方には助けてもらった、そのお礼だから受け取って」

 ダリィは真一の腕を掴み、手のひらにフェル草を置いた。フェル草の温かさが手のひらに広がっていく。そのフェル草を見つめながら真一は言った。

「ありがとう。大事に使わせもらう……って俺が召喚なんてできたらの話だけどな」

「できないの? ……でもいづれきっとできるわよ。自信を持って。貴方なら城にだって行けるわ。応援してるから」

 それから、優しく微笑むダリィに背を向け、真一はダリィの家から出て行った。


 窓からダリィとサキは並んで、真一の後ろ姿が見えなくなるまで眺めていた。

「お姉ちゃん」

「何?」

「変わったお兄ちゃんだったね。見たことない道具と服を着てて、それに頭に最弱の雛が乗ってたよ」

「……そうね。でも、あの人が魔物をやっつけてくれたのよ」

「信じられないなぁ」

 そう言うとサキは部屋の奥へと行ってしまった。一方、ダリィは見えなくなった真一をまだ見つめていた。

「サモナーなのに、召喚ができないなんて……本当に変わった人」

 ダリィは思わずくすっと笑ってしまった。



 真夜中の町。誰一人として出歩いていない。マイク邸に行くとまだ家の明かりがついていた。玄関を叩けばマイク本人が出迎えた。

「随分遅い帰りだな」

「色々あって……」

 そのままリビングへ通されるとマイクはソファに腰掛け、手のひらを出してきた。

「当然持って帰ってきたのだろうな?」

「あぁ、もちろん」

 真一はトートバックの中から輝く実を取り出した。その輝きにマイクも感嘆の声を上げ、受け取るとまじまじとその実を眺め始めた。

「素晴らしい! これがフェル草の実か! よくやった!」

「……約束は守るんだろうな」

 立ったままマイクを見下ろしていた真一に対し、マイクはにやりと笑って見せた。

「当然だ。船には乗せてやる。……しかしよくやった。すっかりお前を気に入ったよ。サモナーにしては上出来だ」

「そりゃどうも」

 そう言って、真一が部屋から立ち去ろうと背中を向けるとマイクが叫んだ。

「待て! ……シンイチ」

 その声に思わず足を止めた。

「今日は泊まっていけ。明日から……お前に休暇を出す、どこへでも行けばいい」

 振り返って見ると、マイクは口の端を持ち上げにやりと笑っていた。じっと考えていた真一だったが、少し笑うと答えた。

「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。……マイクさん」


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