【第十一話】 見せない気遣い
真一はその場に弓を置くと、すぐさまヨウに駆け寄った。仰向けに倒れているヨウの顔を見ると、目を閉じ意識がない。その小さな顔に軽く指で叩いた。
「しっかりしろ! どうしたんだよ!」
すると、目の前にいたカラスが突き刺さった矢の元から黒い砂と化していった。さらさらと音を鳴らしながら体全て砂になると、そのまま崩れ落ち、風がその黒い砂を消し去っていった。まるで何もなかったかのように、再び静かな森へとなった。が、真一はそうではなかった。
「目、覚ませよ! おい!」
何度も何度もヨウの頬を指で叩いた。が、一向に目覚める気配がない。カラスが消え去ったことにさえ気づかずひたすらヨウの頬を叩いていた。すると、そこへゆっくりとした歩調でダリィがやって来た。
「魔物は……。まさか、貴方が魔物を?」
見れば腕の袖口が焼かれたようにボロボロになっている。腕を力なく前にだらりと下げ、左手で右の腕の痛みに堪えていた。ダリィの声にはっとして顔を上げた真一だったが、怪訝そうな表情でダリィを見た。
「……何で急に意味わかんねぇ言葉しゃべってんだよ」
すると、真一の言葉を聞いたダリィも驚いた顔をした。
「何? 何を言っているの?」
必死に訴えているダリィだったが、真一には意味が伝わらず首を傾げた。先ほどまで通じていた日本語が急に通じなくなり、ダリィのしゃべっていた言葉が理解できなくなってしまったのだ。
「貴方が魔物を倒したんでしょう? だったら私はお礼をしたい。貴方の名前は何と言うの?」
そうダリィは真一に訴えていたが、真一は理解できず首を大きく横に振った。
「何言ってんのかわかんねぇよ! あんたに構ってる暇ないんだ! ……おい、目覚ませよ!」
再び真一はヨウの頬を叩き始めた。が、ダリィには真一が一人空中を指で横に振っているようにしか見えなかった。そんな真一をじっと見ていたダリィだったが、何かに気がつき驚いた表情で言った。
「貴方……その左腕についている赤い二つのリング! それは使魔との契約の証じゃない!」
「ん、使魔だって?」
ダリィの発せられた言葉の中にはっきりとシマと言う言葉が聞こえた。思わず真一は手を止め、ダリィに向け言った。
「あんたこいつ……使魔が見えるのか」
「使魔を扱っているなんて……貴方一体何者なの? 貴方の言葉が通じなくなったのも、きっと使魔の魔力が少なくなって気を失っているためだわ。ちょっと待ってて。近くにパラッグの木があるなら、何とかなるかもしれないわ」
「……使魔とパラッグしか聞き取れねぇよ」
ダリィは待てとでも言っているかのように、両手の手のひらを見せている。真一はただ困惑するしかなかった。
が、近くにいたピィは理解できたのかダリィの足元へ寄って行くと「ピィ」と鳴いた。
「最弱の雛?」
「ピィ、お前言葉がわかるのか」
そう真一が言うと再びピィは「ピィ」と鳴いた。そして、再びフェル草の上を飛び跳ねながらどんどんと進んで行く。それを唖然として見ているダリィだったが、真一が声をかけた。
「あんた、パラッグがどうのこうの言ってたけどあのひよこが知ってるぜ。行きたいならついて行けよ」
そう言うと、再びヨウの頬を叩き始めた。
「……よくわからないけど、あの雛についていけばいいのかしら。貴方はここで待ってて、すぐ戻るから」
右腕の痛みで顔を歪めつつも、先を行くピィの姿を追いかけて行った。
フェル草が淡く真一を照らしている。その淡い黄色の灯りでヨウの金色の髪の毛が輝いて見えた。が、いくら叩いてもヨウは目覚めることなく目を閉じたままだった。
「……くそっ!」
思わず、かけをつけている手でフェル草を叩いた。何度も叩いた。ばさばさと、草が揺れる音が激しく鳴ったがそれでもヨウは目を開けようとはしない。苛立つ真一の頭に、突然何かが乗る感覚があった。はっとして顔を上げると、頭の上から「ピィ」と言う鳴き声が聞こえた。
「ピィ。戻ったのか」
すると、ダリィも走ってきてそのまま真一の横へと跪いた。急いできたのか息を切らしている。その手には手のひらに収まるほどの、濃い緑の葉を一枚持っていた。
「これを……使魔に与えて」
そう言って葉を真一へと差し出した。真一には何を言っているのかわからなかったが、シマと言う単語と葉を受け取ったので大体予測がついた。受け取った葉は見た目以上に重く、薄荷のような匂いがした。
「鉄みたいに重いな。……これを食べさせればいいのか?」
葉をヨウの口の上に掲げ手を上下させた。それを見たダリィも、ヨウは見えないが行動の意図が見えたので頷いて見せた。
「わかった」
真一は葉の先をヨウの唇の間へと押し込んでいく。口が開いているのか葉は簡単に口の中へと入っていった。そして、全ての葉が口へ入るとヨウがもぐもぐと口を動かし始め、それを飲み込んだ。飲み込んだ途端、ヨウの体に絡みつくように黒い光がぐるぐると集まってきた。その光はヨウの体ごと浮かせると少しずつ上昇していく。そして、はじけるように光が四方に飛んでいくと、その中からヨウが呆然と空中に浮かんでいた。
「ヨウ!」
真一の声にはっと意識を回復させた。そして上空から真一の目の前まで降りてきた。
「シンイチ! 無事じゃったか! ……わし、カラスの攻撃を防いだ後から記憶がないんじゃが……カラスはどうなったんじゃ?」
「もういねぇよ、馬鹿」
真一は体の力が一気に抜けたのか、背筋を曲げ首をもたれ、大きく息を吐いた。
「ねぇ私の言葉わかる?」
隣に正座をしていたダリィが真一の肩を叩いてきた。
ヨウもその時ようやくダリィの存在に気がついたようで、目を生き生きと輝かせながら真一の肩にしがみ付いてきた。
「おい、シンイチ。えらく親しげにしとるようじゃが、何かあったんか?」
そう言ったヨウの頭を思わず叩いた。
そして、すぐさまダリィに顔を向け答えた。
「あぁ。わかるぜ。俺の名前は萩野真一。……まぁシンイチでいいよ。あんたのおかげで、こいつが助かったし。ありがとう」
「シンイチ……ね。パラッグの葉は魔元素を多く含んでいるから、魔力を使いすぎてしまった時にはよく効くのよ。でも……貴方が使魔との契約者だなんて」
その言葉にヨウがびくっと反応し、すぐさま真一の肩から離れた。上空に浮かび上がり睨みつけるようにダリィを見下ろしている。
「シンイチ。なぜ、この娘はシンイチがマスターと知っておるんじゃ? 赤いリングの証は一部の人間にしか知らぬはずじゃ」
先ほどと打って変わってのただならぬ雰囲気に真一は首を傾げた。すぐダリィへと視線を戻すと、努めて冷静にしゃべった。
「ダリィ……さんだっけ。あんた、なんで俺に使魔がいるってわかったんだ?」
「あぁ、それは貴方の左腕を見ればわかることだわ」
そう言いながら指差したのは赤い二つのリングだった。
「それは使魔との契約者の証。軍に属したことのある者なら誰でも知っていることよ」
「軍? ……なんだそれは。あんた何者なんだ?」
警戒する真一に気遣ったのか、ダリィは笑みを見せ立ち上がった。
「安心して。私は軍をやめた者よ。……どこにいるかわからないけど、使魔、貴方を捕まえようって言うわけじゃないのよ。ただ私は、シンイチに助けてもらった。それに対してお礼がしたいだけ。それだけよ」
ダリィは何もない空に向かってしゃべりかけた。ヨウが見えないせいなのだろう、頭を左に右にと動かしている。真一も立ち上がりヨウを見上げた。ヨウは黙ったままダリィをじっと見ていた。
「あんた元軍人なのか。軍に属しているのといないのとじゃ、何が違うんだ? それに、使魔を捕まえるって言うのとどういう関係があるんだ」
「……貴方、格好と言い知識のなさと言い……アラウの人間じゃないのかしら」
「あぁ、俺は地球の日本ってとこから来たただの凡人。だから、あんたがちゃんと説明してくれなきゃあいつが警戒しっぱなしなんだよ」
そう言い再びヨウを見上げた。釣られてダリィもその方向に顔を向けた。ヨウは眉間に皺を寄せ困ったような表情をしていた。
「わかったわ。ちゃんと話をするから、ひとまず私の家に案内する。こんな所で話すのもあれだし、家で私の帰りを待ってる子もいるから。付いて来て、森には慣れてるから迷わずすぐ行けるわ」
そう言うと真一に背中を向け歩き始めた。真一も弓や矢筒、トートバックを担ぎ直しその背中を追うように歩き始めた。が、すぐに足を止め振り返った。
「おい! いつまでそこにいるつもりなんだよ!」
その真一の声にヨウは驚いたように体をびくっとさせた。が、すぐに真一の元へ戻ろうとせず視線を避けただ浮いている。
「ったく! お前は俺の使魔なんだろうが! さっさとこっち来いよ!」
その真一の言葉に、驚いているかのように真顔になっている。が、徐々に頬を緩ませていくと嬉しそうに笑った。そして、すぐさま真一の肩へとしがみ付いた。
「ふふ」
「……なんだその顔」
ヨウに呆れながらも先を歩くダリィを見失わないように歩き始めた。
すると、ヨウがぱっと笑顔をやめ、深刻な表情で真一の顔を覗きこんできた。
「シンイチ……まさか男の趣味ではないじゃろうの」
と言う言葉に真一はヨウを睨みつけた。一方でそれに気づかないヨウはため息を漏らしつつなお続けた。
「残念じゃが、わしは女子にしか興味がないんじゃよ。すま……」
ヨウが言い終わる前に真一が左手でヨウの頬を思いっきり抓った。なぜか、頭の上に乗るピィもヨウの頭を突付いていた。
「いたたたっ! 何すんじゃい!」
ヨウは払いのけ、真一を睨むのではなく頭の上に乗るピィを睨みつけた。が、ピィも負けじと唸りながらヨウを見ている。
「男に興味あるわけねぇだろうが。ただ、お前がいなくなるとこの世界の言葉がわからねぇからな」
「……わかっとるわい! ただからかっただけなのにのぉ……ってそれ知っておるんか」
驚いた様子でヨウが言った。真一は遠くを歩くダリィから目を離さないまま、歩きながら口を開いた。
「さっきお前が気絶してる間苦労したんだよ。もう気絶なんかするんじゃねぇぞ、こっちが迷惑だからな」
「……なんじゃ、それだけのことか。初めてシンイチがわしを気にかけてくれたの思ったのにのぉ。……あれ、そういえばわし、シンイチに名前呼ばれたような気がするんじゃが……」
それ以上真一は口を開くことなく、ダリィからはぐれないよう早足で森の中を歩いて行った。