【第十話】 狙う魔物
「こりゃ早く着きそうじゃの。……あの女子、さっきの魔術を見る限り自衛魔術を使うみたいじゃ。多少はカラスに対抗できるじゃろう」
肩にしがみ付くヨウが続けて言った。
「にしても……誰がカラスなんかを召喚しておるんじゃ。またわしらを狙っておると言うことか? それとも自然発生したのか……ぬぅわからん」
「何にせよ……俺らの目的はフェル草の実なんだ。それが取れりゃ何でもいいんだよ」
すると、前を走っていたダリィの足が止まった。それに釣られ真一もその横で足を止める。
地面一面に金色の淡く輝く草が生えていた。昼間にはなかった数で、それはまるで黄金の草原のようだった。淡い黄色の光が辺りを覆い幻想的な灯りに包まれている。
「ここが……フェル草が生える場所よ」
ダリィは息を切らしながらも足元に生えているフェル草を摘み取った。
「これでなんとか生きていける……。私はここでフェル草を摘み取るわ。貴方は実を探すんでしょ? 頑張って」
そう冷たく言うと黙々とフェル草を摘み取り始めた。
「あぁ。助かった、ありがとう。じゃ」
更に奥へと行こうとした時、トートバックが急に暴れ始めた。
「……ん」
中を覗くと、ひよこが小さな羽根を動かし、出せと言っているかのように暴れていた。真一は仕方なくひよこをトートバックの中から出すと、ひよこは嬉しそうに何度も跳ね「ピィピィ」と鳴いた。
ダリィは思わず手を止め、ひよこと真一をじっと見た。
「最弱の雛……。貴方、さっきまで暗くて見えなかったけど変わった格好してるのね。その道具と着ている物は何? それに髪の色……。その上サモナーだなんて。派遣所で馬鹿にされなかったかしら?」
そう言うと再びフェル草に目を落とし、草を摘み始めた。真一はその言い方と態度が気に入らずむっとなった。思わず口調がきつくなる。
「俺にとってはこれが普通なんだよ。これは自衛用。……ともかく、邪魔したな」
そう言いひよこを拾い上げトートバックの中へと入れようとした。
が、ひよこは暴れ再びフェル草の上に落ちてしまった。するとひよこは小さな歩幅でフェル草の奥へと進んでいく。
「あ、待て!」
何かを目指しているかのようだった。淡く黄色に光る道をただ真っ直ぐ奥へ進んで行く。真一も拾い上げようとはしたが、何かを感じそのままひよこが進むがままにした。
「……何しとんじゃシンイチ。あのひよこ、逃げてしまうぞ」
「いや、あいつ……実は俺たちが探している物の場所、知ってるんじゃねぇのかな」
「はぁ? んわけなかろう! あいつひよこじゃぞ? 言葉もしゃべらんのに、理解できとるわけないじゃろ」
そんなヨウの言葉を無視しひよこの後ろを歩いて行く。が、急にひよこの進むスピードが速くなった。一目散に木々の間を進んで行く。その姿を見ながら真一の歩みが止まった。
「見てみぃ、ただ歩き回っておるだけじゃ。今に戻ってくるわい」
「いや……見てみろよ。あれ」
そう言い真一は指差した。その方向を見ると――なんとパラッグの木があった。木々の隙間から太く大きな幹が姿を見せていた。
そしてその木の下には、ひよこが真一たちが来るのを待っているかのようにちょこんと座っている。
「なっ……なんでじゃ。昼間あれだけ苦労して見つけたパラッグの木が……」
「やっぱりあのひよこ、何か知ってそうだな」
真一はパラッグの木に向かって走って行った。
昼間と同様パラッグの木の周りは円形で広い空間になっていた。昼間では気づかなかったが一面の原っぱの間から、淡く黄色に光る草が生えていた。それは間違いなくフェル草だった。そのせいなのか、パラッグの木の周りも淡く光を帯びている。
「気づかなかったな。この草の中にもフェル草があったなんて。……ってことはやっぱりフェル草の実はパラッグの木に生ってるんじゃねぇのか?」
幹に触れると温かい。暗いが卵がたくさんなっていることだけは確認できた。
「いや、パラッグの木にフェル草の実が生るとは考えにくいの。あるとすれば……この周辺の原っぱの中じゃろうの。探すしかあるまい!」
「そうだな」
ヨウも真一の肩から降り、真一も弓と矢筒を地面に置いた時だった。
「ピィ!」
と、ひよこが今までで一番強く鳴いた。その鳴いた方向を見るとパラッグの木より少し横に離れた所でちょこんと座っている。真一と目が合うとまた「ピィ!」と強く鳴いた。真一とヨウは互いに目を合わせた。
「……あいつ何か見つけたのか」
「わからん。ひとまず行って見た方がいいじゃろ」
ひよこの元へ駆け寄ると、草の間から強い光を放っている。手を伸ばしそれを拾い上げた。
胡桃のような形だったが、その実から光が出ている。まともに見れば目が眩むのほどの強さだった。
「これ、フェル草の実……だよな」
「おそらく、そうじゃろう。噂は本当にあったんじゃな」
「これが実か……すげぇな」
真一はその実を大事そうにトートバックの中へと入れた。そして、地面に座っていたひよこの前に手を差し出した。するとひよこは乗り、真一はそのままひよこを自らの頭の上に移動させた。
「……何やっとんじゃシンイチ」
呆れ顔でヨウは頭の上に乗るひよこを見た。そんなヨウも真一の肩へと乗っている。真一は置いていた弓と矢筒を拾い上げ、矢筒をたすきのように肩から提げ背中に回した。頭を普通に下げたがひよこは踏ん張っているのか落ちない。
「いや、見つけてくれたのにバックの中に押し込めるのも悪いなって思ってさ。すごいなぁピィ」
「ピ、ピィじゃと?」
驚いた顔をして真一の顔を見た。が、真一は嬉しそうな顔をして頭に乗るひよこを撫でていた。
「名前なかったからな。今日からお前、ピィな。馬鹿にする奴らを一緒に見返してやろうぜ。いいな、ピィ」
「ピィィ」
猫がのどを鳴らすかのように、ピィも撫でられるのが気持ちいいのか目を瞑っている。ある程度撫でて手を下ろした真一はパラッグの木を背にその場から歩き始めた。
「じゃ、さっさと戻っておっさんに実渡そう。お前、上空に上がって町がどの方向にあるのか見てくれよ」
「ぬぅ……わしにもちゃんとした名前があるんじゃが……」
と、その時だった。暗い森を裂くかの如く、叫び声が響き渡った。
「きゃああああ!」
はっとしてその方向を見た。それは歩いてきた道、その道には出会ったダリィがいるはずの場所だった。
「シンイチ! 今の声は……」
ヨウが言うが早いか、真一はすぐさまその道へ駆け出して行った。
生えているフェル草の上を走って行く。その灯りに照らされた道のずっと向こうに、赤い光が見えた。が、その手前には黒い物体が立ち塞いでいた。
黒く長い尻尾が見える。黒く大きな背と、頭を振りかぶるその度に見える黒いくちばし。
それは紛れもなく、先ほど追っ払ったカラスだった。何かをつついているのか、くちばしを振り下ろすたびに"ボッ"と言う火が燃えさかるような音が聞こえる。
「赤い光といい……この音といい……まさかあのカラスがつついておるのは……」
すると、真一はおもむろに背負っていた矢筒と提げていたトートバックを地面に落とした。何かを察したピィも頭の上から自ら地面へと落ちた。
「矢筒から矢を出せ!」
と、突然叫んだ。驚いたヨウは慌てて地面に落ちた矢筒を開け、中から一本矢を取り出した。一方、真一は集中を高めているかのように目を瞑りゆっくりと足踏みをした。ヨウから矢を受け取った真一は矢を弓へと番えゆっくりと弓を引く動作に入った。
真っ直ぐカラスの頭を狙う。弓を慎重に打ち起こし、その頂点からゆっくりと弓と矢を引いていく。が、ここで異変が起こった。卵を受け取った際に痛めた腕が疼き始めた。腕に力が入らず歯を食いしばる真一。
「……くそっ! 弓が……引けねぇ」
震える腕でなんとか引こうとする真一に対し、カラスが何かを察したのか急に振り返った。遠くからでも見える漆黒の瞳が真一を捉えた。
「いかん! シンイチ、カラスがこっちに気がついた! 逃げるんじゃ!」
カラスは体の向きを変え、脚力を使い一気に飛び立つと早いスピードで真一に向かって飛んできた。が、真一は逃げる仕草を見せずどうにかして弓を引こうとしている。逃げても間に合わないと察したヨウは、真一の目の前に飛び出てきて宙に浮かんだ。
「なっ!」
「わしが守る! シンイチはその間に逃げるんじゃ!」
そう叫び両手を真っ直ぐ伸ばした。その両手から赤い光がどんどんと膨らんでいる。が、ヨウの目の前にはカラスが鋭いくちばしを向け飛び掛ろうとしていた。
カラスのくちばしの先端がヨウの頭に目の前に来た。カラスはヨウが見えているのか、気のせいか目線がヨウに向けられている。真一は痛みを堪え、弓を引いた。焦る気持ちを抑えカラスの頭に狙いを定めた。ヨウにくちばしが突き刺さりそうな瞬間、突如爆発音とともにヨウの目の前に炎の壁が出現した。
「くっ!」
ヨウは苦痛に顔を歪めながら両手を前に突き出していた。間一髪、カラスのくちばしを防いだのだ。がその炎の壁を突き破り、カラスのくちばしの先端が見えている。防いだにも関わらず、カラスは炎の壁から引くことなく尚ヨウに向かってくちばしを突き刺そうとしていた。
「おのれ……こ、ここまでか……」
そう呟くと、ヨウは突き出していた両手をだらりと下げた。すると、燃えさかっていた炎の壁が見る見るうちに小さくなっていく。じりじりと大きくなっていたカラスの先端が、一気にヨウに向かって突き刺さろうとした時だった。ヨウの後ろから弦をはじく音が響いた。
"バシッ"
炎が消え去り、そこから姿を現したのは頭に矢が突き刺さったカラスの姿だった。脳天に矢が突き刺さり目を見開いた状態で固まっている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
真一は残心の状態で荒く息をしていた。カラスが動くのではないのか、そんな不安を感じているのか目を見開きカラスの動きに集中していた。
が、その時だった。
「えっ」
目の前にいたヨウが、ぐらりと体を傾けるとそのまま地面へと落ちていく。
そして、音もなくフェル草の上に落ちるとそのまま動く気配がなくなってしまった。