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徒然枕物語 参  作者: 緋和皐月
2/15

 ロケ先で用意されていた、有名なブランドの、お洒落なサンダル。

 15センチのハイヒールだって履きこなす私が、たかだか8センチのヒールで転けそうになるのは、履き慣れていたいことが1番の原因だろう。


 靴擦れが痛い。この靴、歩くと足首の紐が、ぐっと皮膚に食い込んでくる。

 いくら有名なブランドだとは言え、これはなかなか、売れそうに無い……いや、世のお洒落女子は気にせず履くだろうか。

 今日はこの靴で、何時間もロケをしなければいけないことを考えると、なんて苦痛なのだろうと思う。


「リンリンたーん、準備ぉおけぇー? 撮影始めんよー」


 甘ったるく話しかけてくる男性スタッフを一瞥して、溜息を吐きたいのを堪える。

 こいつは、私がバスから降りた瞬間、サインを求めてきた厚かましい奴だ。


「……私、絆創膏買ってくる。マネージャーに伝えておいて」

「えっ、絆創膏? そのくらいなら、今すぐ僕が」

「良いの。私が行く」


 スタッフの言葉を途中で遮って、私は歩き出した。

 こういう奴は、相手が人気女優だからと、バカ高い絆創膏を探し求める阿呆でしか無いのだ。それなら、自分で行った方が、安上がりだし、何より早い。


 ラフな帽子と、目元を完全に隠すサングラス。

 近頃有名になってきた私が、帽子の中に髪の毛を入れるだけで、大抵の一般人はコロリと騙されてくれる。

 人の印象とは、そういうものだ。



 近くの薬局で、1番安い絆創膏を買う。

 どうせ、靴擦れ用でしか使わないのだ。それなら安い方がお得だろう、と思いながら、足首に絆創膏を貼る。

 そして、人気女優になっても、まだ、下積み時代の貧乏性が働いてしまう自分に気付いて、苦笑した。


 薬局から出てくると。


「痛ダァッ!」


 ……目の前で大の男が、冗談かと思うくらい綺麗にすっ転んだ。


「…………」


 ここはスルーすべきか、助け起こすべきか、暫し悩む。


 まぁでも、助け起こすのも面倒だ、と思った私は、素通りしようと横道を通る。


「……んーっ?」


 男が、もぞもぞと動く。

 ……都会から少し離れているとはいえ、誰も助け起こさないとは何事だろう。

 他人というのは無情なものだな、と、自分のことを棚に上げながら、私はそう思った。


「目の前に、まるで白魚のような美しい脚がっ! おお神よ、貴方はワタシに何と素晴らしいものを恵んでくださったのだ! ハッこれは、その麗しき匂いを嗅げ、というお告げだな?!」


 ……なんなんだ、この変態は?

 標的にされた脚の主が可哀想だな、とは思いつつ、私は足を早めた。

 ロケが、あと1時間後に始まるのだ。このままでは遅れてしまう。今が旬の女優にとって、勝手に抜け出しロケに遅れるなぞという事があれば、取り返しのつかないことになる。


「ああ待って! 神の御御脚(おみあし)! せめて、せめてその脚で、ワタシのここを踏んでくださいっ」


 マゾかよ、キショ。

 そういう言葉をぐっと飲み込み、私は更に足を早める。

 ……あの変態、どうやら私の行く先へ向かっているらしい。

 ああ嫌だ、いくら対象が自分では無いとは言え、まるで、自分が変態に追いかけられているようなこの恐ろしさに、誰が嫌悪を覚えないのかというものだ。


「待って待って、行くならこのワタシの股の間についているコレを踏んで行って……!」


 訂正しよう。

 変態じゃなくて、こいつはドマゾのド変態だ。

 こんな変態が湧いているなんて、世も末だなとしか思えない。


 ああ、喉が渇いた。さっさと帰って、あのスタッフに飲み物をねだろう。


「待って待ってってばぁ〜! ……うん?」


 やっと、変態が黙った。

 どうやら気配からして、もう私を追いかけるように這うのはやめたようだ。


「ねぇお姉さん」


 ふむ、綺麗な脚の主は、やはりお姉さんだったか。可哀想だな。


「ちょっと、君のことだって」

「は?」


 ぐっ、と何かが腰に巻き付いた。

 ……誰が見ようと一瞬で分かる。男の腕だ。


「……へ?」

「ねぇ君ってさ……野宮凛?」

「…………」

「この匂い……あと、この美しい脚の形とこのたわわに実った果実のような胸っ! やっぱ、今大人気の凛たん、だ!」


 ……ふむ。いまいち状況が掴めないが、ここは大声を出して周囲に助けを求めるべきか、男の股間を蹴り上げてでも逃げるべきか、それとも、つまらないロケに行くよりこの男の話を聞く方が、有意義か?


 取り敢えず、話だけでも書いてやろうか。

 掴まれたその腕を無理やり離して、私はそいつと向かい合う。


「お前は誰だ」

「……え? あ、そうだね、自己紹介は必要だよねぇ……僕は、田中待広だお♪」


 たなかまちひろ? 田中町、広い?


「何それ?」

「えっ知んない?! 今話題のアニメ映画作った、名監督だよ!?」

「私は知らない」

「ウッソーッ?!」


 ふむ。この男、五月蝿い。その上ちっとも面白く無い。


「嫌い」

「なんで初めて会って早々、嫌われたのかなぁ僕は?!」

「黙れ」

「もうヤダこの子! いや無愛想(クール)なキャラってのは知ってたけどさ?!」

「私を知ってる?」

「そりゃ知ってるよ! 世界に通用する名女優、野宮凛のことを知らない奴とか、どんだけ社会問題に疎い奴だよッ!」


 叫ぶな、五月蝿い。

 ……でも、脚が綺麗とか、名女優とか言われると、照れる。


「…………ありがと」

「……唐突なデレッ?! 凛ちゃんのせいで、僕はすっかりツンデレ萌えだよ、全くもう! 好き!」

「五月蝿い」

「いやーっ、冷たい〜んっ!」


 ゴロゴロゴロ、と地面に転がる男。


「ねぇ変態、夏なのに、転がって熱く無い?」

「変態?! 凛ちゃん僕の名前聞いても関係無しに、僕のこと変態って言うんだ、うわーん! でも美女に変態って罵られても、ご褒美にしか聞こえないよね、どうしよう!」

「変態、情緒不安定? お医者さん、呼ぶ?」

「お巡りさんじゃ無くてお医者さんってとこが、これまた嫌だなぁ! 職質受けなくて済むけど、それ絶対精神科だよね? 僕、精神科嫌いだよ!」


 五月蝿い男。まるで蝉みたいだ。

 よくよく見るとこの男、蝉みたいな色した眼鏡をかけている。


「……変態、蝉?」

「え待って、それどういう事?!」


 ああ、そういえばロケがあった。

 早く帰らなければならない。


「私、マネージャーに怒られるから、帰る」


 そう言ってから、……少しだけ気になって、男に問う。


「変態、迷子? お巡りさんに、言ってあげる?」

「いや迷子って歳でも無いし、そもそも迷子じゃ無いしね! 心配無用だよ! 敢えて言うなら、ツンデレ気質の無愛想な不思議ちゃんを楽しみたいなあ! デートしない?」

「しない」


 じゃあね、と歩き出せば、男はハッキリとよく通る声で、またね、と言った。

 振り向けば、大きく手を振っていた。



 ロケ地に帰った私は、ふと自分の脚を見る。

 成る程、確かにこれは、綺麗かもしれない。

 食事制限、適度な運動(ダイエット)、睡眠に、外出時間と入浴時間等。

 全て、他人に決められた、他人の為の体。

 私の為だと嘯きながら、他人は他人の為に私を整える。

 いつも不満に思ったし、時には激しい怒りを覚えた。


 でもまぁ、そんな体でも、褒められるのは……悪く無い。


 私は、思わず口許を緩ませた。

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