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1.明日は今日よりおしゃれな自分

 朝の交差点、章子は目の前を横切る女性を穴のあくほどに見つめていた。

ふんわりとウェーブした長い髪は手入れが行き届いていて、主張しすぎない青のスカートは、おそらくそこらのファストファッション店では売っていない光沢がある。

 人波の中、章子は決意した。おしゃれをしなければ。この藁でもつまっていてもおかしくないようなお芋ファッションでは大人の女性になんていつまで経ってもなれないのだと。


 章子は憧れている。おしゃれな女性に。激ダサな学生生活を経て、やっとここ最近では駅ビルのファッション店を徘徊できるようになってきた。服を見に行く服がない。そんなおしゃれド初心者の長い下積み期間を経て、ついにだ。泣ける。


 服は鎧だ。戦闘服だ。一部の女性はスカウターを完備していて、一瞬で相手の戦闘力がわかる。もちろん基準は自分と世間の思い込みのみ。ばかばかしいけど、それが現実だ。


「ええええ、あやぴーじゃんっ」

唐突にぶつけられた声に、嫌な予感を感じつつ振り返る。綺麗に染まった明るめの茶髪をふわふわたなびかせて、天敵イマドキ女子がやってきた。

「やーもう、超ひさしぶりじゃーん」トーンが最大限上がった声で、イマドキ茶髪女子が小突いてくる。痛いって。

誰だっけと記憶を探る。高校時代の同級生がヒットした。こんな顔だったっけ・・・。

「も~全然変わってないからすぐわかったよー!」

何気ない一言にカチンときた。一番言われたくない言葉だ。お前の努力なんてそんなものさと一蹴されている気がする。

「久しぶり…梅は…変わったね」変わってないね、と言いたいところだったが飲み込んだ。それぐらい変わっている。人違いでなければ、あの梅子である。

「そんなことないよー!!!」ぎゃははと梅子が笑う。あ、昔の感じ…と一瞬だけ章子は思い出した。放課後の美術室、大きなキャンパスを前に何か語っていた高校生の自分、何を話していたんだっけ。

「もーほんとびっくりー!こっちに住んでるの?」

「ううん、今日は偶然、出張…」

「えーっそうなんだ!私の家この近く!わーまじ運命!!」

都会人か、と章子は驚愕する。しかし同時に納得もした。地元に残った自分と、都会での激しい競争にもまれる梅子とでは違いも生まれるだろう。

「今時間ある!?」ぐい、と梅子がみを乗り出してきた。思わずのけぞる。

「う、うん、一時間くらいなら…」そんなことを口走ってしまったのは、やはり思い出の中の梅子を見つけたかったからか

「よっし、じゃ、お茶しよ!!」勢いに乗って梅子がぐい、と手を掴む。油絵の具の匂いがした、いや、そんな気がしただけだった。



梅子は現在都内のデザイン事務所で働いているらしい。


「やっぱり、章子は変わってないよ、昔のままの、やさしい章子だよ」別人みたいにふんわりと笑う。そうだ、こいつの常套手段・忍法懐潜り。人の心の隙間にスッと入ってくる。気が付けば洗いざらい話していた。


完全私服の職場がおしゃれ人間だけで辛いこと。上司となかなか埋まらない溝のこと。デスクの周りをうろつくおしゃれ人間のこと。なかなかいうことを聞いてくれない後輩のこと。廊下の角ですれ違うおしゃれ人間のこと。不満を口にするばかりで全く働いてくれない向かいの席のパートさんのこと。エレベータに乗り込むときにこちらを一瞥するおしゃれ人間のこと。


「うん、大体わかった!」梅子が元気良くうなずく。

この子は以前から頷きがオーバーリアクションで先輩たちからは「いつか頭が肩から転げ落ちそう」などと評されていた。しかし、この頷きは相手が話しやすくするためのもので、話している相手が自信がなさそうなほどふり幅が大きくなることを章子は知っている。


「まず言いたいことはねー。章子は全然ダサくないってことだよー」

ケーキ用のフォークをくるりと回してこちらに向けてくる。

「章子に足りないのはハイブランドの服でも、身長でも、体型でもない。

自信だよ。」

グサッとフォークが胸に刺さる。

「なんでおしゃれ人間たちがおしゃれなんだと思う??

それは自信を持つためだよ。そういう人たちはおしゃれすることで

ここにいてもいいんだっていう存在価値を得ようとするんだよー」

梅子大先生の講義が続く。

「自信がある人ってかっこよく見えるじゃん。パリコレだってミノムシファッションみたいなやつがでてきても、スーパーモデルが着るとかっこよく見えるでしょ」

私はさすがにミノムシはかっこよくは見えない、という言葉を飲み込んだ。これはいま議論すべきところではない。一般論である。

「だからぁー」と梅子はにっかり笑う

「あやぴーに必要なのは、賞賛、褒め言葉だね!」

ぐぬぬ、と奥歯をかむ。的確だ、的確過ぎる。私が一番ほしいのに、周りの人ばかりがもらっているもの。褒め言葉、小さなことでもいい。それを一人よりちょっぴりでもいいからもらいたい。一言でもいい。それで私の居場所ができる。もちろん、この上ないわがままで浅ましい自分の考えだ。本当に自分は汚い生き物だと腹が立つ。

「そして問題なのはー」

「そういう自分を認めずにずっとその場にとどまっているあやぴー自身だね」

「えっ」

一瞬頭が混乱する。この梅子大先生は、いろいろずけずけ言うことはあっても、こんな人を傷つけるリスクのあることは絶対に避けて通る人間だったはずだ。でないと忍法懐潜りは使えない。

絶句している私を見て、ごめんね、と梅子が眉を下げて笑う。

「だって私がそうだったもん」

「褒めてくれない、あの子は褒めるのになんで?どうして?って思ってばっかりで、努力なんかこれぽっちもしなかった。でもそういうこと、ついぽろっと飲み会でできる先輩にげろっちゃって、どかーんって怒られたんだよー」

肩を落として見せる姿もかわいらしい。その梅子が、スッと真顔になってこちらを見た

「あやぴーはかわいい。きれいだ。その白い肌も、切れ長の目も、薄い唇も、全部私が持ってないもので、ずっと憧れてたんだ。言ってなかったっけ?だから、ちょっとイラッとして、こんなこと言っちゃった。ごめんね!まだまだ私も精進が足りないっ!浅ましいーあー浅ましい!!!」

ずずずっとアイスコーヒーをすする梅子を見て、思い出した。美術室で梅子と同じような話をしたことを。


「うめこおおおおおおお」私は大仰な仕草で肩を落として見せた。

「えっ、なになに!?ごめんて!!」梅子が慌てて覗き込んでくる

「私もっともっと美人になって先輩の目にとまってやるーーーー!!!!!」そう宣言した。絶対、絶対私ならできる。こんなかわいい梅子を嫉妬させた私なら。

「なんだ、男かよ!!!」と梅子が笑う。

「ドキドキした!!!久しぶりの友達に絶交されるかと思ったー!!ああ、あやぴ、ほんと好き!!!なんでもっと早く連絡とらなかったんだろ、高嶺の花と思ってできなかったよ!!好きだって、私高校生の時にちゃんと言ってた??」

「聴いてない!でも伝わってた!私は梅子が一番好きで、一番嫌いだった!!」

「まじ!?私も!!!」

ああもう二人、お酒も入っていないのに、変なテンションで笑っている。酸素が足りなくて、頭がふわふわする。懐かしい、嫉妬と愛にあふれた、浅はかな高校時代。あれからたくさん変わったけれど、変わってないこともある。変わらなければならないこともある。ほんのちょっぴり大人になって、でもやっぱりあのときのままで、それでも明日は、今日より自信を持った私でいられるかもしれない。


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