表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守護者と鍵   作者: 井藤美樹
9/18

第八話 人食い鬼



 結局私はまた、二○一号室に戻って来てしまった。



 恐怖で押し潰されそうになる。このアパートから出られない以上、このアパートの住人に逆らう訳にはいかなかった。もし逆らったら、先輩みたいになるかもしれない、そう思ったからだ。それだけは、絶対に嫌!! だから、機嫌を損なうようなことは出来ない。それに、目の前にいる黒髪の美女から、逆らえない何かを感じていたのも、確かなことだった。それは恐怖からなのか……。私には分からなかった。



 安藤は私の目の前に、コーヒーが入ったカップを置くと、ぽつりぽつりと話始めた。



「……朔夜ちゃんがみたのはね、この場所に起きた、遠い昔の出来事よ」










 遠い、遠いーー昔。



 五百年ぐらい前の話だ。



 あやかし、妖怪、魔物、様々な名前で呼ばれる異界のモノと人間の境が曖昧な時代に、その惨事がこの地で起きた。



 異界のモノの住む世界と人間が住む世界の壁が、突如として消え失せ、二つの世界が繋がってしまった。人間界に解き放たれた異界のモノは、水を得た魚のように人々を襲い、その血と肉を喰らった。村に流れていた小川は真っ赤に染まり、至る所で鉄の匂いがした。戦う術のない人間はなす術がなく、大勢の村の者がその犠牲になった。それは隣の村まで及んだ。



 だがその異界のモノが唯一、入って来れない場所があったーー。



 それは神社だ。



 僅かに生き残った村人たちは、神社の中で息を潜めて、異界のモノが去るのを待った。穴が塞がれない限り、去ることはないのに。嵐が通り過ぎるのを待つように、ただじっと……待ち続けた。その間も、異界のモノは穴を通り、この世界にやって来る。



 誰もが絶望にうちひしがれた時だーー。



 村人の前に一人の僧侶が現れた。藁をも掴む思いで、村人たちは僧侶にすがった。



 その思いに答えた僧侶は、生き残った村人たちにこう言った。

「穴を塞ぐ方法はある」とーー。



 そのためにはまず「人間と密接な関係にある、あやかしを捕まえる必要がある」と、僧侶は言った。



 僧侶の言葉に、一人の村人が反応した。「思い当たるモノがいる」と。それはこの神社の裏山に住む一家の主だった。大きな対格に、赤い髪、そして赤い目をしていた。髪の毛を隠していたが、ちらりと見えたと村人は言った。



 これで救われる。村の生き残りたちは色めきたった。そして僧侶と共に裏山に入り、一家を襲撃した。



 そして捕らえられたのが、一匹の鬼だった。



 その鬼はかつて人だった。だが度重なる飢饉の中、その男はあろうことか、友を喰らった。



 そして男はーー人鬼になった。



 強烈な飢えに襲われる度に人を襲い、喰らっていくうちに、その男は人鬼から人喰い鬼へと変貌した。



 だが、一人の人間の女性を心から愛し、人の心を取り戻した人食い鬼は、その女性のために人を喰らうのを止めた。強烈な飢餓が人食い鬼を襲ったが、鬼は耐えた。愛する者を失う恐怖に比べれば、飢餓などとるにたらない。そして人食い鬼と女性は、人里から離れた場所に住み、子をなし、慎ましやかだが幸せに暮らしていた。人を喰らうのを止めたせいで、鬼の力は、その大半を失っていた。それでも鬼にとって、その生活は幸せなものだったに違いない。



 しかし、僧侶と村人たちは、その慎ましやかな幸せを奪い去った。



 村人と僧侶は、鬼の妻と子を人質にとり、その身柄を押さえた。



 そしてーー。



 家族の見ている目の前で、人食い鬼を穴に落としたのだ。すぐさま僧侶は、その上に結界を張り、村人たちは大岩を動かし、蓋をした。



 愛する家族を護るために鬼は戦うしかない。結果、それが結界を護ることとなる。傷付いても……傷付いても……死なない不死身の肉体を持つ鬼は、戦い続けた。戦い続ける他道はなかった。




 ーー〈守護者〉として。











「……それが、朔夜ちゃんが見た夢の話」

 安藤は淡々と、私に話して聞かせた。でもそれが本当なら、疑問が残る。



「このアパートの敷地に、大岩が見当たらないけど?」



「ええ、ないわ。取り壊されたの。六十年ほど前にね」

 そう言うと、一口、コーヒーを口に含んだ。私もつられるように、コーヒーを口に含む。



「結界を張って以後、この土地は鬼の子孫たちが代々守ってきたの。神社を建てて、大岩を奉ってね。それがせめてもの、村人たちの優しさだったのかもしれない」



「優しさ?」



 もし、彼女の言うことが本当のことだったとしても、私はそれのどこが優しさなのか分からなかった。その気持ちが伝わったのだろう。



「その当時、土地を持つということは、すごいことだったのよ。特に、故郷を捨てた者にとってはね」

 


 人食い鬼と共に生きる。それを望んだ女性は故郷を失うことになっただろう。住む土地を転々としてきたに違いない。そう考えると、私は彼女が言おうとしていることが理解出来た。



 ただ……安藤が浮かべたその笑みは、まるで泣いてるように、何故か私の目にはそう映った。



(この人は……今までどんな生活をおくってきたの?)

 


 私は目の前にいる黒髪の美女を、不思議な思いで見詰めていた。







 安藤は話を元に戻す。



「……六十年ほど前、突然、金融屋が現れたの。そしてこの土地は自分たちのものだと言った。証文を根拠にね。証文には、鬼頭一徳という名前が書かれていたわ。賭け事で作った借金のかたに、神社の土地建物を抵当にいれてたの。借金取りは、今すぐ立ち退けと迫った。従わないとこうなると言って、ガラの悪い連中と一緒に大岩を動かしてしまったの…………」




 そしてーー惨劇は再び繰り返された。







 最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。少しでも、ひんやりして頂けたでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ