第六話 悪夢
(……ここは、どこ?)
時代劇にみるような……ううん、もう少し古い時代かな、それもどこかの農村のような場所だった。
そこには僧侶と、村の庄屋らしき人。そして大勢の村人が集まっていた。
「この大岩の下に、人食い鬼を封じ込めておる。この鬼が、結界を護る守護者になるだろう」
僧侶の言葉に、村人の一人が訊いた。
「そんなところに、人食い鬼がいて大丈夫なのかい?」
「偉いお坊様が大丈夫って、太鼓判を押されているんじゃ。大丈夫に決まっておるじゃろ」
庄屋が失礼だと、村人を嗜める。
それでも、村人たちの不安な気持ちを和らげることは、到底出来なかった。正直言えば、庄屋自身も、村人たちと同じ気持ちだった。しかし立場上、そうは言えない。
「皆の気持ちは分かる。しかし、守護者を置かないと、この結界の力は半減する。もし、結界が解かれたら、この周辺は人が住めない地獄とかするだろう。この人食い鬼は力を持つ鬼だ。この役割にもってこいだろう」
僧侶の言葉に、異論を挟めることが出来る者は、この場に誰一人いなかった。いるはずがない。庄屋さえ何も言えなかったのだ。ここにいる皆、あの地獄をもう一度味わうぐらいなら、死んだ方がましと思うほどの、地獄を味わってきたのだ。結界が半減することは、彼らにとって耐え難い恐怖だった。
だが……この場にいる者は、皆思うだろう。
もし結界が敗れ、この人食い鬼が放たれたら、間違いなく自分たちはこの鬼に喰われてしまうだろう。この世の地獄を味わうより前に。それとも、この世の地獄を味わってから、じっくりと喰われていくのかもしれない。
彼らの不安な心が……私の心を汚染していく。だがそれと同時に、いたたまれない罪悪感が入り雑じった、何とも言えない気持ちが、私の心を支配した……。
涙が頬を伝う。
その感触に、私は目を覚ました、LEDの淡い明かりが私を照らし出す。私は布団の上に寝かされていた。私はゆっくりと体を起こす。
「大丈夫? 朔夜ちゃん」
黒髪の綺麗な美しい女の人が、心配そうに声をかけてくる。
彼女があまりにも落ち着いているので、私は自分が長い夢を見ていたのだと思った。どこからどこまでが、夢なのか分からない。それにしても……リアルで最悪だ。かなりたちの悪い悪夢ーー。今でも思い出すと、吐き気が込み上げてくる。
ここに来たくない気持ちが見せたものだと、私は思い込む。本当は、私は貧血で倒れてしまったのだ。勝手にそう思い込んでいた。だから気付かなかった。目の前の美女が戸惑うことなく、自分の名前を呼んだことに。
「…………あの……貴女は一体? それに加奈は?」
彼女はにっこりと微笑むと、熱いお茶をすすめてくれた。私は一口、口に含むと飲んだ。それを、彼女は黙って見ていた。
「私は二○一号室の安藤咲といいます。加奈ちゃんなら、今、部屋の片付けにおわれているわ。他の住人たちと一緒に」
『部屋を片付けている』
安藤と名乗った彼女のその言葉に、私は言い様のない、得体の知れない何かを感じた。心臓がドクドクと大きな音をたてている。冷や汗が頬を伝って、畳の上に数滴落ちた。
「……どの部屋の…片付けに?」
どうにか、私は声をふり絞って尋ねた。尋ねずにいれなかった。例え後悔したとしてもーー。
安藤はにっこり笑うと言った。
「決まってるじゃない? 二○三号室よ。朔夜ちゃんも部屋の中を見たでしょう」
私の脳裏に、先ほどの光景が鮮やかに甦った。
壁まで飛び散った血。転がった先輩の首。力なく横たわった死体。死体からは内蔵が見えていた。腸が床にまかれてあった。そして、転がった先輩の首を拾う加奈。加奈は先輩の首を持ったまま、私に笑いかけた。満面の笑みでーー。
(…………あれは……夢ではなかったの……)
急に込み上げてきた吐き気を抑えることが出来なくて、私はキッチンのシンクまで走った。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。少しでもひんやりして頂ければ嬉しいです。