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守護者と鍵   作者: 井藤美樹
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第三話 動き出した影

 



 大学構内の図書館に向かう途中「加藤!」と、私を名を呼ぶ男の声が聞こえた。私は立ち止まると、振り返る。小走りに駆け寄ってくる男の姿が見えた。



 男は私の前まで来ると「ちょっと、時間ある?」と、訊いてきた。



「……少しなら」

 私はそう答える。



 彼は加奈の彼氏だ。そして私たちのサークルの先輩だった。先輩がわざわざ私を呼び止めた理由ーー。それは、簡単に想像出来た。私が加奈を避けていたからだ。加奈から掛かってくる電話は留守電にしてるし、構内でも別の子と一緒にいた。サークルも休んでいる。



 先輩は私に缶コーヒーを渡すと隣に座った。一口、口をつけてから私に尋ねてきた。



「……加奈のことなんだけど。喧嘩でもしてる?」



(やっぱり……そのこと)



 加奈にそれとなく訊いて欲しいと、頼まれたのかもしれない。先輩は加奈のことを、とても大事にしていた。それは端から見ていてもよく分かったし、正直羨ましいとも思った。



「別に、喧嘩はしていないけど」

 私は小さな声で答えた。



「ならいいんだけど。加奈が加藤に嫌われたって泣くからさ。心配になって」

 先輩の言葉に、私の胸は痛んだ。加奈が悪い訳じゃない。でも……私は加奈を避けるしかなかった。



「……加奈が悪い訳じゃないの。加奈が遊びに来るよう、何回も誘うから……。昔、あのアパートで親友が行方不明になったの。それを思い出すのが辛くて。自分が住んでるアパートで、昔、人がいなくなったって言えないし……」



「ーーだから、避けてたんだ!!」

 そう答えたのは、男性の声ではなくて女性の声だった。私はびっくりして後ろを振り返る。



「加奈!!」



「だったら、正直にそう言えばいいじゃない!! 正直に言ってくれたら、誘ったりしなかったよ」

 加奈はそう言うと、ぽろぽろと涙を流して泣き始めた。私は驚いて、加奈の顔をを見詰めた。そんな私の体を、加奈はベンチ越しに抱き締めると、泣きながら言った。



「嫌われたと思ってた。あたし、空気が読めないところがあるから、朔夜に酷い事をしたんだって思ってた」



 私は加奈の体を受け止めると「ごめん」と、何回も謝った。その様子を、先輩は優しい目で見ていた。ほんとに加奈は、先輩に愛されている。


            







「加奈、良かったな。加藤に嫌われてなくて」

その日の夜、加奈の部屋に遊びに来ていた先輩は、ビールを飲みながら、キッチンに立つ加奈に呼びかけた。



「本当、嫌われてなくて良かったぁ。ちょっと、強引過ぎたのかなぁ。でも……時間ないし。どうしようかな?」



 独り言のように呟く加奈に、もう一度声をかけようとした時だった。唇が痺れて動かないことに、そしてーー声が出ないことに彼は驚いた。持っていた缶を床に落とす。飲み掛けのビールの缶が、ころころと床を転がっていく。唇だけじゃない。体全体が痺れて動かなかった。座っていることも出来なくて、床に倒れ込む。彼の目に、裸足で近付いて来る加奈が映った。必死で加奈に助けを求めようとするが、うめき声しか出なかった。



「無理に声を出そうとすると、苦しいよ」

 加奈は先輩に向かってそう言った。



 嘘だと思った。信じられない言葉に、彼のうめき声はいっそう大きくなった。



「あんまり騒ぐと、近所迷惑だよ」

 そう言うと、加奈は先輩の口に猿ぐつわを噛ませた。先輩の目に、にっこりと微笑む加奈の姿が映った。



「主様、御食事の用意が整いました」

 加奈はそう言うと、頭を下げる。



 彼は今も、これは、加奈の何かの冗談だと思っていた。そう思いたかった。でも頭のどこかで、何かが激しく警報を鳴らしている。しかしその時にはもう……すでに彼の体は、指一本でさえ動かせなかった。



 冷たい何かが、先輩の首に触れる。それはまるで氷のようだった。恐怖が彼を襲う。



「うー!! うー!!」

 猿ぐつわを噛まされた先輩の口から、うめき声が漏れ出る。少しでも恐怖から逃れようと、彼は必死だった。



「安心して、痛いのは一瞬だから。先輩」

 加奈がそう言った瞬間ーー先輩の首から、勢いよく血が噴き出した。先輩の首筋の肉が、ごっそりと削ぎ落とされていた。



 主様と呼ばれた者の口から、赤い筋が垂れ落ちる。



「お味はいかがですか? 主様」

 加奈の問いに、口に付いた血を拭いながら答える。



「まぁまぁかな。不味くはない」

 不味くはない。それは言い換えれば、美味しいと同じ意味合いだ。最高の誉め言葉だった。



「それは良かったです」

 にっこりと微笑みながら、加奈は嬉しそうに言った。



 この言葉が聞きたくて、加奈は贄になる者を探した。タバコを吸わない者、クスリをしない者、適度の筋肉があって健康的な者、家族の縁が薄い者、そして見付けたのが先輩だった。加奈はこの瞬間のために、先輩に近づいたのだ。そうとも知らず、加奈と付き合い贄になった哀れな男の首が、床の上に落ち、ころころとキッチンまで転がって行った。



 体中を真っ赤に染めた塊が、加奈に話しかける。



「それより、加奈。分かっているな。時間はもうないぞ」



 主様の言葉に加奈は顔を引き締める。そして答えた。



「分かっております。強引に押して逃げるのなら、引くまでです。お任せ下さい。必ず、朔夜様を主様の元にお連れ致します」

 そう言うと、加奈はスマホを取り出した。


 



 バイトの帰り、スマホが鳴っていることに私は気付いた。加奈からだった。昼間のことがあったから、私は躊躇うことなく通話ボタンを押した。





 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。深夜二時、彼らが騒ぎ出す時間です。

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