第一話 忍び寄る影
私は十歳の時、親友を失った。
約束の時間に間に合わなかったばっかりに……。
親友は姿を消したのだ。
死んだのか、そうでないのか……今も分からない。ただ、忽然と玲ちゃんはアパートから姿を消した。
当時ーー
神隠しにあったとか、変質者に誘拐されたとか、殺されたとか、色々な噂がたったが、今も玲ちゃんは見付かっていない。
「朔夜、聞いて!!」
中学校から大学まで一緒の、腐れ縁と呼ぶべきか、親友と呼ぶべきか、微妙な関係にある中沢加奈が、私を見付けると抱き付いてきた。よほど嬉しいことがあったらしい。その声は凄く興奮して、弾んでいた。
「何か良いことがあったの?」
私は尋ねた。
「うん。お父さんに、やっと認めてもらったよ!!」
「へー、良かったね」
お父さんっていう単語が出た時点で、加奈が何を言おうとしているのか分かった。
加奈は大学に入ってから、ずっと一人暮らしをしたがっていた。通学に往復、二時間かかるからだ。通おうと思えば出来る距離、だけど、サークルに入ってバイトしたいって考えると、どうしても無理だった。私も、一人暮らしをしたい加奈の気持ちは十分理解出来た。朝のラッシュはさすがにきついしね。それに加奈は最近彼氏が出来て、尚一層、その思いを強くしていたのも知っている。
「それで、どこに決まったの?」
「少し古いんだけど。最近、リノべーションされて、すっごく綺麗になったアパートがあってね。〈裏野ハイツ〉というアパートなんだけど、そこの二〇三号室」
「ーーーー!!」
私は言葉を失った。まさか、そのハイツの名前を聞く日がくるなんて思わなかった。思わず持っていたコーヒカップを落としてしまうほどに、私は動揺していた。
「ちょっと、何やってるのよ!! 朔夜!!」
加奈は慌てて椅子から立ち上がる。
私は「ごめん」と謝ると、慌てて自分のスカートを拭いた。その手が小刻みに震えているのに私は気付く。でも、その震えを抑えることがどうしても出来なかった。
「あーあ。それ、絶対に染みになるよ」
加奈は能天気な声で言いながら、スカートの染みを見ていた。
いくら拭いても、拭いても、染みはなくならない。それは私の心も同じだった。広がっていくスカートの染みと同じように、じわじわと広がっていく、言い様がない不安……。
それは、心の片隅へと追いやった過去への誘いだった。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。
初めてのホラーです。少し、寒くなりましたか?