第十二話 噂
「聞いた?」
「うん。聞いた、聞いた。経済学部の井上先輩が行方不明なんだって」
大学の食堂で女子が噂をしていた。
「また、裏野ハイツの近くでいなくなったんだって。本当なのかな?」
「そうらしいよ。警察が来てたし」
耳を澄ませば、食堂のあちこちでこの噂が囁かれていた。
私は顔をしかめる。すると向かいに座っていた加奈が、カレーを頬張りながら言った。
「そんな顔をしたら、美人が台無しだよ、朔夜」
あの惨劇の夜から、私の人生は大きく変わってしまった。その発端が、目の前にいる加奈だ。なのに私は、まだ加奈と一緒にご飯を食べ、大学に来ている。加奈は私の世話を玲ちゃんから、直々に言い使っているらしい。
(でもそれは建前で、本当は、私の監視役だ)
分かっていた。正確にいえば、この町に住む大勢の人間が、私を監視しているのにも気付いていた。あの夜以降、面識のない人が、私に声を掛けてくることが多くなった。
彼らにとって、私に何かがあれば、自分たちの身に大変な災いが起きることを知っているからだ。私に何事もなく生活を送ってもらう。それが、彼らにとって最も大事なことなのだろう。
「いいの?あんなこと言わしといて」
私は小声で加奈に聞いた。
「いいのよ。言いたい人には、言わしといて。警察も事件性はないって、言ってたでしょ」
確かに、刑事さんはそう言ってた。具体的に言えば「いつものように処理しとく」と言っていたのだ。つまり、警察もあの惨劇を黙認しているということだ。玲ちゃんが行方不明のまま処理しているのも、バックに警察組織が味方についているからだった。先輩も行方不明者として処理されるだろう。
「加奈。先輩のこと聞いたよ。大丈夫?」
私たちが話をしていると、同じサークルに所属している女子が話に割り込んできた。私も同じサークルなのに、完全無視だ。まぁ……いつものことだけど。
「心配してくれてありがとう。大丈夫。先輩のことは心配だけど、警察は事件性はないって言ってたし。そのうち、元気で何事もなく帰って来ると思う」
加奈は少し笑いながら言った。それが他人の目には、空元気で言っているように映るのだ。
「加藤さんが、案外知っているんじゃない?」
その言われように、私はため息が出そうになる。呆れてものが言えない。怒るだけ無駄。疲れるだけ。彼女が私に対して敵対心を持っているのは、今に始まったことじゃない。
一年ほど前に遡る。
当時、彼女が付き合っていた男子に告白されたのを断っただけだ。別れたのも私のせいじゃない。だけど本人はそう思ってないみたいで、事あるごとに、私に対してこんな態度をとる。言い返すのも馬鹿らしいから、私は黙っている。それがかえって彼女は気に入らないみたいだ。
「なっ!! 何するのよ!! 冷たいじゃない!!」
私が止める暇もなく、加奈はコップに入っていた水を、その子にぶっかけていた。
「私の親友に失礼なこと言わないでくれる!!」
その声は低く、加奈が本気で怒っているのが分かった。その剣幕に、彼女は逃げ出すしかなかった。
食堂がざわめくが、直ぐにいつもの雰囲気に戻る。
「加奈、ありがとう。ちょっと、すっきりした」
私は加奈に礼を言う。加奈はいたずらっ子のような顔で笑った。
あんなことがあってまだ間もないのに、私はいつもと変わらずに、加奈と話をしている。全てを受け入れてしまっている自分自身に、私は恐怖を抱く。
守護者になった瞬間、私は、人として大切な何かを失ってしまったのかもしれない。ふと……そんなことを思った。
長い間お待たせしました。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。これからも一生懸命書いていきますので、応援宜しくお願い致します。




