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守護者と鍵   作者: 井藤美樹
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第九話 呪われし者



 男たちが動かした瞬間、音をたてて大岩が砕け散った。



 黒い霧が……かつて岩があった場所から、湧き出してきた。取り立て屋たちは慌ててその場から離れる。その間も、ゆっくりと、ゆっくりと、徐々に黒い霧は地面を黒色に染めていく。



「なんだ、これ!!」



 取り立て屋の一人の足が、霧に触れた。その瞬間ーー男の足が、触れた部分から切り離された。それはあっという間の出来事だった。周りの人間は何が起きたのか理解出来ない。躊躇しているその間も、黒い霧は地面を広がっていく。



 突然片足を失った取り立て屋は、バランスを失い倒れ込む。その体は恐怖で動けない。恐怖は男から痛覚を忘れさせるほどのものだった。そのまま霧は男に覆い被さる。大きな音が静寂な空気を打ち破った。何か固いものが砕かれるような音だ。その間にもグチャグチャという音が聞こえる。



 やがて音が止み、倒れた男の上に覆い被さっていた霧がはれた。



「ぎゃ!!」



「うっ!!」



 その瞬間、その場に残っていた取り立て屋の男たちは、短い悲鳴を上げ、踵を返し、一目散にその場から逃げ出した。倒れ込んだ取り立て屋の上半身がなかったのだ。正確にいえば、大型動物に食い殺されたような無惨な死体だった。上半身と片足のない死体の下に、大きな血溜まりが出来ている。



 それまでゆっくりと広がっていた黒い霧は、突如その動きを変えた。まるでその影は、意識を持っているようだった。黒い霧は次々と逃げ出す男に襲いかかった。男たちの悲鳴が木霊する。その度に、神社の境内に惨殺された死体が増えていった。



 この土地に住む鬼の子孫たちは、呆然と凍りついたまま、その光景を見ている他なかった。顔を背けたくても、背けることは出来ない。まるで、金縛りにあったかのように、体の自由が奪われていた。



 全ての取り立て屋たちが喰い殺された後、黒い霧は、徐々に一ヵ所に集まり、やがて……人の形をとりはじめた。



 そこに現れたのはーー人の形をした鬼だった。鬼には二本の角が生えている。歴史に出て来るような衣装をまとい、頭はばさばさで、口元には真っ赤に染まっていた。



(これが……伝説の人喰い鬼か)



 そこにいる誰もが、大岩の伝説はただの昔話だと思っていた。現実にそんなことがあるはずがないと。



 だが……目の前にいるのは、間違いなく人食い鬼だった。



 人食い鬼には影がなかった。影はなかったが、鬼の足下に四方から何かが集まってきているのが目に入った。子孫の一人が思わず口を押さえる。それはーー人食い鬼に殺された、取り立て屋の流した血だった。

 


 鬼は全ての血をを吸い取ると、深く息を吐き出した。そして「不味い」と、小さな声で呟く。



「そこに隠れている者、姿を現わせ」

 唐突に人食い鬼は言葉を発した。その声は冷たく、感情が一切こもっていない。それがかえって、周囲の恐怖を倍増させる。



 少しの間の後、ガサガサと草を掻き分ける音がした。姿を現したのは、あろうことか町長だった。



「ーー何故、町長が?」

 皆、町長の出現に疑問を隠せない。



「全て、お前の差し金だろう」

 人食い鬼はニヤリと言いそう言うと、町長の胸ぐらを右手で掴み持ち上げた。町長の体が軽々と宙に浮く。町長はあまりの息苦しさで、顔が真っ赤になった。



 鬼は鼻で笑うと、町長から手を放した。町長は尻餅をつくと、脱兎の如く、その場から逃げ出した。











「それで、どうなったんですか?」

 私は安藤に尋ねた。少しの間の後、彼女は戸惑いながら答える。



「…………帰った町長が見たのは……自分の孫が、異界のモノに喰われているところだったそうよ。異界のモノは町長に気付くと、姿を消したらしいわ」



「…………」

 私は言葉を失う。異界のモノは町長を殺さなかった。私なら、絶対その場で殺して欲しかった。



「この土地にホテルを建設するために、町長は一徳さんを罠にはめたの」

 目を伏せ、安藤は言った。



 町長の行為が正しいとは思わない。町長は町民のためにしたのか、それとも、自分の私利私欲のためにしたのか、私には分からない。だけど、自分の孫が目の前で喰われ、また……大勢の町民が無惨な死体になった。彼の責任は計り知れないほど大きいだろう。もはや、町に彼の住む場所はなかった。



「それで、町長さんは?」



「今は、このアパートの管理人をしてるわ。朔夜ちゃんも会ったことがあるはずよ」



(えっ!?)



 意外な答えに私は驚く。私が会ったことがある管理人は、一人しかいない。玲ちゃんのお祖父さんだ。



(ーー彼が元町長!!)



 信じられない。だとしたら、彼は何を思ってここにいるのだろう。人食い鬼にまた孫を食わせて!! 怒りで頭が真っ白になる。でも待って、年が合わない。普通に考えると、百歳をとうに超えているはずだ。十年前でさえ。



「彼は鬼に呪をかけられたの。結界を解いた罰としてね。その呪いを解く方法は、私たちには分からないわ。それにここは、表の世界とは少し次元が違う。時の流れもゆっくり流れているわ」

 安藤は言う。



 残酷だ!! 私は思った。呪を掛けられ、年をとらなくなった町長が戻って来れるのは、ここしかなかっただろう。人食い鬼は罰として、ここに町長を縛り付けたのだ。忘れないように……。



 安藤が言った。『時間がゆっくり流れている』と。もしそれが本当なら、目の前にいる彼女は、実際、何歳なんだろう。私がそう思った時だった。



「朔夜ちゃん」

 唐突にーー安藤は私の名前を呼んだ。その声音は、今までのような優しい声とはまるで違っていた。冷たく、固い声だ。私の背中に冷たい汗が流れた。






 最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。初めてのホラーですが、少しはひんやりできましたか?

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